2015/7/28

SEALDsTOHOKUのメンバーの学生のスピーチ  

7月16日に行われた、仙台弁護士会主催・戦争法案強行採決緊急抗議集会にSEALDsTOHOKUのメンバーの学生も参加し、スピーチが行われました。そのスピーチの全文をご紹介します。

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昨日昼の講義が終わり、Twitterを開いたら強行採決の知らせが飛び込んできて、おかげでその後の講義も全然頭に入っ...てきませんでした。人前で政治的な発言をするのはとても怖いし不安だけど、私が今日ここでお話をすることで、同じような気持ちをもっている学生が、共感して、一緒に声を上げてくれたら、その雰囲気がここ仙台でも広まっていったら、それは意味のあることだと思ったので、ここでお話する決断をしました。


まず私は、安保法案の内容に反対です。集団的自衛権行使容認に反対です。なんでわざわざ他国の戦争に巻き込まれに行かなきゃいけないのか。それに、後方支援とか、一体化しないとか、そんな概念が紛争地帯で通用するとは思えません。自衛隊の方々のリスクは絶対に高まる。難しい言葉で、ありえない想定をして、この法案の本質を見えないようにしているとしか思えません。安倍政権が提示する切れ目ない安保法制は、本当に切れ目がありません。褒めてるんじゃないです。自衛隊が行う「後方支援」から日本が戦争に巻き込まれるのにほとんど歯止めがないということです。こんなに恐ろしいこと、自衛隊を、国民を命の危険にさらしてしまう仕組みを、簡単に、勝手に作ってしまおうとしている安倍政権。信じられません。

そもそも日本は、唯一の被爆国として、武力を永久に放棄した平和憲法をもつ国として、武力によらない平和への道を世界に先駆けて、追求していく使命があるはずなのです。なのに安倍政権は武力にばかり依存していて、その使命を果たそうとする姿勢が全く見てとれません。悲惨な戦争を経験した世代の人々がいなくなっていってしまう一方で、政府はどんどん力を増していく。戦争を知らない私達が、まあ大丈夫だろうと思っているうちにジリジリと戦争への道をたどっていく。70年前も、国民はわけもわからないうちに、日本の「存立危機事態」をあおられ、いつの間にか戦争に踏み込んでしまったのだと思います。私には今の状況が、その状況と似ているように思えてすごく怖いです。戦争を経験した多くの人が、この法案に反対しているのも、あの時と同じような感覚が彼らを襲っているのからなのではないでしょうか。

もし仮に、集団的自衛権が今本当に日本に必要なのだとしても、それでも今の安倍政権がやっていることは絶対におかしい。集団的自衛権に賛成だから、この状況のままでいいという判断は違うと思います。そもそも憲法違反なんです。憲法が底抜けになってしまったら、国家権力を縛るものが何もなくなってしまいます。日本の民主主義が失われてしまいます。政府の独裁に限りなく近づいてしまうと思います。そんなこと許されていいわけがない。集団的自衛権が本当に必要なら、安倍さんには、その必要性、戦争になることは絶対にありえないと、断言するだけではなくて、ちゃんと納得できるような説明を私たちにちゃんとしてほしい。今までの安倍さんの説明では、全然それがわからない。言ってることがめちゃくちゃだから、ますます怖くなる一方です。それで本当にこの安保法制が正当で、日本に絶対必要なものなのなら、改憲という、ちゃんとした民主主義のプロセスを、正々堂々踏んでほしい。10本一気にとかじゃなくて、一つ一つ丁寧に説明し、審議しつくしてから、国民のその是非をちゃんと問うてください。国民のためのものじゃないから、平和のためのものじゃないから、ちゃんとした説明ができないし、正当なプロセスも踏めないんじゃないんでしょうか。そんな政府の言うことなんて、信用できるわけない。そんな政府が、集団的自衛権を持ってまで、戦争への道を止められるわけがない。

護憲・改憲、集団的自衛権いる・いらない、どんな立場の人だって、今の状況にはもはや賛同できる理由がないと思います。命を、平和を、人権を、民主主義を、守りたい。これはもう、イデオロギーによる主張とかじゃないんです。ただただ、正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると、主張しているだけのこと。そういう当たり前のことを、いま私たちが主張しなければ、日本の未来が危ないと思うのです。それに対して、左とか右とかレッテル貼るの、本当に良くないと思います。

私達は、民主主義国家の一国民として、政府の暴走をきちんと止められるようにならなければいけないのです。そして大学という、恵まれた環境で学問をし、教養を身につけている私達大学生には、政府の嘘をきちんと見抜いて、抵抗する義務があると思っています。自分が得た教養で、平和を守るために、少しでも貢献しなければならないと思うのです。

国民を大事にしない安倍政権の暴走を見て見ぬふりはできません。民主主義は、国民一人一人が不断の努力をし続けなければ守れないから、私はその一人としてやれることを精一杯やろうと決めました。自分の意志で立ち上がった関東の学生たちによる民主主義を求めるアクションが、全国で広まっていることを受け、同じような気持ちを持つ学生たちと集まって、ここ東北でも、学生アクションを起こそうと決めました。

私個人的には、この動きが全国で広まるまでは、正直デモとか泥臭いし、自分がするべきことじゃないと思っていました。でも今はもう、そんな呑気なこと言ってられる状況じゃないってことに気付いたんです。政府が暴走し始めたら、国民が世論で、国民主権の力で食い止めるしかない。今の私にも、日本社会のために、平和な未来のためにできることがある。それは些細なことなんかじゃなくて、学生だからこそ、今の私だからこそできる、本当に意味のあること。全国の学生とともに声を上げたいと思います。絶対に、止めなければなりません。私達の未来のために。
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2015/5/25

新党憲法9条  海外ロングステイ

新党憲法9条の結党宣言が4月29日にあった。

私はこの宣言に賛同し、協力したいと思いこのブログに投稿する。

これから、このネットによる結党の趣旨に沿い、出来るだけこれを拡散していきたいと思う。

被ばくの拡散というこの危機的な状況、いやそれ以上に危機的な安倍政権の暴走を座して見ていることは出来ない。

これからあらゆる形でこの新党憲法9条を拡散していきたいと思う。

まずはじめに、このブログではネットに掲載されている新党憲法9条の構想を以下に転載する。


新党憲法9条の構想

安倍暴政は目に余るものがあります。しかし、残念ながら今の政治に安倍暴政をSTOP!させる意欲も能力もありません。私たちがSTOP!をかけるのです。それが「新党憲法9条」です。

 私が考える新党憲法9条構想は次の通りです。これを出発点にして、これから毎日、私は志を同じくする皆さんと共に意見を交換し合いながら、この新党構想を完成し、そしてなによりも実現したいと考えています。

1.まったく新しい政治をつくる

 今の選挙制度の下で生み出される如何なる政党も政治家も、国民の為の政治を実現できません。

 なぜなら選挙に勝つためには主義主張を曲げ、無駄なカネを使い、組織票を持つ既得権益に迎合せざるを得ないからです。

 そうして苦労して手に入れた国会議員の特権を手放すことが出来ず、政治家になり続けることが優先されます。

 その結果、今の政党、政治家は、すべからく党利党略、私利私欲を優先し、国民の期待を裏切ることになります。

 その対極にある政党をつくり、我々の為に文字通り働いてくれる本物の政治家を、我々の手で国会に送り込むことこそ、新党結成の目的です。

2.新党はインターネットを通じて実現する政党である

 政治に何の影響力も持たない我々が、どうやって既存の政治の中にそのような新党をつくることが出来るのか。

 それはHPやブログやツイッターなどインターネットを駆使して、常日頃からあるべき政治を訴え、その考えに賛同する者たちの票を獲得しておくことです。

 選挙が行われるたびに、その時だけ必死で芝居がかった選挙運動をするのは、金とエネルギーの無駄遣いだけではなく、選挙に関わっている者たちの私益であり、彼らの自己満足でしかありません。そのような選挙を否定し、この新党なら、あるいはこの人物なら、支持したい、投票したいと思わせる状況を365日毎日のインターネット上の発信、意見交換で、つくっておくのです。

 そうすることによって、新党の候補者は、選挙の心配や選挙で無駄な資金とエネルギーを使うことなく、確実に当選することを約束され、その代わりに、公約通りの政治の実現に専念できることになります。

 私が新党憲法9条をインターネット政党と呼ぶ理由がここにあります。

3.何を目指す政党なのか

 新党が目指すのかは、次のような日本の実現です。

 すなわち、特定のイデオロギーや信条を優先するのではなく、一人一人の人権と自由を尊重する日本です。

 自由主義経済を認めつつも、その一方で、競争や金儲けに過度の価値を求めず、あるいはその犠牲になった者たちも等しく生きる権利が保証される日本です。

 権力者の不正、不条理を絶対に許さない、嘘のない、公平、公正な日本です。

 自然と共生し、他者と共生することを大切にする日本です。

 なによりも平和を最優先する日本です。紛争の解決には武力を決して使わない決意をする日本です。

4.党名はズバリ「新党憲法9条」

 新党の名前に憲法9条という言葉を使うと、 左翼政党のような印象を与え、大きな広がりにはならないと懸念する意見があります。確かにこれまではそうでした。

 しかし、憲法9条は、イデオロギーを離れて普遍的価値を持つ、日本が世界に誇れる日本のアイデンティティだと私は思うのです。

 そう考えた時、憲法9条は単に平和を守るだけの護憲政党の独占物ではなく、あらゆる国内政策の基本であり、外交においては最強の安全保障政策である事に気づくはずです。

 この「憲法9条は最強の安全保障政策である」という考え方は、イスラム国問題やウクライナ問題や、核拡散問題などに見られるように、もはやいくら軍事力を強化しても自らの安全を守れないどころか、ますます危険になるという、今の国際情勢を見れば輝いています。

 そうなのです。憲法9条は日本が世界に誇れる唯一、最大の至宝なのです。

 単に憲法を守るだけなら既存の護憲政党に任せておけばいい。我々はそのような既存の護憲政党と協力して、憲法9条を守ります。

 しかし、それだけでは十分ではありません。憲法9条を水戸黄門の印籠のように構えて、それを捨てようとする安倍政権の間違った政治を正す。憲法9条を世界に掲げて軍事大国や武装抵抗組織にその誤りを気づかせる。

 そういう積極的な国民政党を新党は目指します。

 そう考えたとき、党名は、ズバリ「新党憲法9条」これしかありません。

 これほど強い輝きを持つ党名はありません。

 憲法9条の下に、皆が謙虚になって、対等の立場で集結する、そういう新党を私は実現したいのです。

5.新党と既存政党との具体的な違い

 新党と既存政党の違いの主要例を下記の通り具体的に示します。これこそが「新党憲法9条」の最大のセールスポイントです。

起業する(1)税金を私物化せずに国民に還元する。

 政党や政治家に当然のように与えられている政党助成金や政務調査費などの特権の廃止を求めます。

 それが既存の政党、政治家の反対で実現しないなら、その予算を新党の活動基金という形で「ファンド」にし、納税者である国民に還元します。

 政治家に支払われる歳費でさえも、その5割削減を求め、それが既存の政党、政治家の反対で実現しないのであれば、新党の政治家の歳費の5割をこの「ファンド」に拠出します。

 こうしてつくられたファンドを使って、新党の趣旨にかなった国民のあらゆる活動、事業について、ファンドの許す限り財政支援します。

 特に自立の為に起業したいと考える若者たち(若者でなくてもいいのですが)の資金援助を重視します。事業が失敗しても返済義務は一切問わないけれど、そのかわり成功すればその成功報酬の一部をファンドに寄付し、こうして皆が助け合って支援事業の拡大を目指す、そういう活動を始めます。

 新党は、そうする事によって税金を国民に還元する事を約束する政党です。

沖縄_福島(2)地域政党と協力して地方から日本を変える

 日本の再生は、真の地方自治の確立にあるという認識に立って、新党は、新党の趣旨に賛同する地方自治体の首長と連携し、本物の地方自治の実現を目指します。

 具体的には、その首長の地方再生、創生努力を国政が支援できるように、国会における代理者の役割を果たします。そのような首長が必要とする様々な法の整備と予算の分配を、実現することを目指します。

 新党は、沖縄、福島の自立を支援し、沖縄と福島から政治家を国政に送り込み、沖縄と福島から日本を変える、そういう政治の動きをつくります。

(3)新しいメディアをつくる

 今のメディアはジャーナリズムの使命を忘れ、国民に代って権力を監視する役割を放棄しています。

 新党憲法9条ができたら、今のメディアが伝えようとしない真実を求め、それを報じるようなメディアを支援します。

 志を同じくする既存のメディア、ジャーナリストを支援し、育成する努力をします。それが不十分なら、新党として自らメディアをつくり、真実を伝え、自らを含めた権力批判、権力監視に努めます。

6.今後の進め方

 新党憲法9条の実現可能性を見極めるために、このHP上で下記の企画を実施します。新党憲法9条の趣旨に賛同し、その実現に熱い思いを抱く「同志」は、ぜひ協力して下さい。

 公職選挙法との関係がありますので次の点にご留意ください。すなわち、この模擬投票や模擬寄付金はあくまでも仮定の話です。特定の政党や候補者、政治団体などが現時点で存在しているわけではありません。従ってまた、特定の政党や候補者が現れた時にどうするのかというアンケートと思ってご協力をお願いします。

(1)模擬投票への参加

 このHPには模擬投票欄を設けます。この投票数が日々確実に増えて行き、それが百万票を超えると一人の政治家を送り込める可能性が出てきます。新党の実現可能性を見極める有効な目安になります。

(2)模擬寄付金の拠出

 このHPには模擬寄付金欄を設けます。これは、現実に新党の可能性が高まり、いよいよ候補者を立てる時が来たとき、どれほどの寄付が集まるかを知るためのものです。

 もちろんその金額が実際に集まるかどうかの保証はありません。しかし、大きな目安になります。例えば、その金額が6000万円に達したなら、参議院全国区で党として選挙に参加できる要件である10名の候補者を擁立できる供託金の支払いが可能になります。6000万円が集まれば、間違いなく新党憲法9条は来年夏の参院選に新党として参加できるのです。

(3)支持者との日々の意見交流

 このHPには読者からの意見を書き込める投稿欄を設けます。寄せられた意見とそれに対する私の考えをHP上で日々公開することによって、新党構想をより分かりやすく説明していきます。

 その積み上げにより、実際の選挙が行われる来年の夏までに新党構想をより充実したものにし、確実に支持者を増やし、新党憲法9条への投票者の確保を目指します。

(4)候補者の選定

 私はこのHPを立ち上げたあと、その趣旨に賛同してくれる著名人を見つけ、見つかった順から、賛同者、協力者としてこのHPに掲載していきます。

 彼らは選挙の際の候補者になり得る人たちです。 もちろんその中には初めから選挙には出ないと言う人もいます。それでも応援してくれるなら、それは強力な支援者です。 そのような人たちとその応援メッセージをこのHPに掲載していきます。

 補者の推薦については大いに歓迎します。できればその推薦人物は皆が納得する新党憲法9条にふさわしい人であることをお願いします。そして、できれば本人への説得もお願いしたいと思います。
 これがやってみるとなかなか難しいことが分ります。ましてや新党憲法9条の政治家は文字通り献身的な奉仕の精神が必要になってきますから、ますますむつかしいと思われます。それでも候補者になるという人こそ新党憲法9条の候補者にふさわしい人です。

(5)新党憲法9条構想の拡散

 あらゆるインターネット上の手段を使って、このHPの存在と新党憲法9条構想についての拡散をお願いします。この事こそが皆さんが新党憲法9条実現の為に貢献できる最大のものです。

 皆さんの協力なくしては、新党憲法9条構想は実現できないかもしれません。逆に言えば皆さんの協力があれば、新党憲法9条は実現できるのです。

 あなたがこの新党の創始者であり代表なのです。

 私はあなたであり、あなたは私だ、という意味はそういう事なのです。


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2009/9/22

ブログの統合  海外ロングステイ

これまで9個のブログを試行的に開設して来ましたが、これよりgooブログに統合いたします。
出来れば下記のブログを読んで頂ければ幸いです。
http://blog.goo.ne.jp/akio1192/e/9ed727edebe5e56be5a8ffa8ada59b74
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2009/9/20

ブログの選択  海外ロングステイ

ぼちぼちブログを一つに絞ろうと思う。アクセス数が多いが読みづらいブログサービスを、読みやすいブログがアクセス数で上回って来たからだ。単純にアクセス数だけでは判断しにくいが、同じ記事で今の段階でケタ違いというのは、ブログサービス会社の規模の違いかも知れない。この差は今後広がると思うので、画像の貼り付けが思うようにいかない等の少々のことは我慢して、そのブログにしようと思う。どうしても他のブログが良ければ、その時引っ越すという手もあることだし。中止にするブログを閲覧して頂いていた皆様には申し訳ないが、出来れば継続するブログを見て頂ければありがたいです。
さて、そもそもブログの目的は自分の考えを書いて、何らかのコメントが欲しい。それをヒントに考える参考にしたいと思ったからだが、私の尊敬する友人にパソコンはおろか、携帯さえ持たない人がいて、遠く離れた日本からその友人の意見を聞くすべもなく、代わりに多くの人からアドバイスを貰えたらとの思いで始めたものです。その友人が言った言葉で、いつも指針にしている言葉。「何かを得ることは、何かを失うこと」。私はタイと日本を比べては、いつもこの言葉を思い出す。タイの悠久を得て、日本の文化を失う。私はタイで死ぬことは何の抵抗も無いが、日本のその友人を失うことが残念だ。彼がスカイプ(スカイプ加入者同士の国際電話は無料)をしてくれたら…。昔、私がワンボックスカーを通勤に使っているのを見て、彼は「君は空気を運んでいるのか。」「新車はまだしも、中古車は10万20万で手に入る。車を走らせるには道路など莫大な費用がかかっている。車を持っていない者の税金も使われている。車の値段は不当に安い。」また、「鉄の塊が時速50キロで走っているのは凶器だ。大体、動物は、自分の生の移動力以上の対応力を持っていない。」彼はモータリゼーションに大反対だった。思い出せばきりがない。私は一々感心したものだ。彼のことを疎む者もいる。彼は孤独な人だ。私は彼を尊敬している。よくぞ職場で隣同士になったものだ。私は運が良かった。彼の記憶力は素晴らしい。私がマルクスの「家族、私有財産及び国家の起源」の参考文献のモーガンの「古代社会」を、とりあえず読むだけは読んで自己満足していた。ある時、彼はその内容をすらすらと引用して私に言って聞かせた。マルクス主義者でもない彼が、そこまで読んでいることに、また、その記憶力の良さに脱帽した。彼は、しいて言えば自分はヒューマニストと言っている。私はマルクス主義者。マルクス主義者は、いつもヒューマニストに教えを乞うている。
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2009/9/14

書物主義  海外ロングステイ

9個のプログを比較研究している間に随分日が経ってしまった。アクセスカウンターが見当たらないブログに自分で付けたり、よく見ると管理ページに用意されていたり。特に画像の貼り付けが思うようにいかないので四苦八苦した。他社のアクセスカウンターを探している内に、その会社にも無料ブログがあったので、勢いでまた作ってしまった。その会社のものはマイナーで、デザインも貧弱、画像もお粗末。そのお陰でブログを選ぶ際の重要なポイントがわかったような気がした。しかし、読みづらいブログが相変わらずアクセス数が群を抜いて高いので、もう暫く9個のプログを続けることにする。
さて、いかに生きるかを考える際に、どうしても最初に思ってしまうのが、幸せに生きたいということ。それには健康が一番。幸いお金の心配はない。家族の健康。妻が池の掃除をしていてふと思った。滑って頭を打たないだろうか。不幸は突然やって来る。幸せに生きるということは、別に難しい哲学書を読まなくても、健康でお金の心配がなければ、そんなに難しいことではないはず。本を読むのは、突然やって来る不幸に備えて、日頃から哲学書を読んで、心の準備をして置くということだろうか。私は青年時代、哲学、宗教哲学、心理学の本を読んで、いかに生きるかを考えたが、心の準備のための読書なら贅沢なことだ。生きる指針のための読書にしても、突然やって来た不幸に、それまで築き上げた生き方の論理がどこまで通用するのか。その時こそ真価が問われるのだろうけれども、以前、それまで持っていた生き方の論理が、不幸に対して無力だと感じたことがある。それでも本にすがって幸福を求めたいのは、それだけ煩悩が強いということか。道元の「正法眼蔵」が愛読書だが、読んでもわからないのはそのせいだろう。他に、アンナ・フロイドの「自我と防衛」が愛読書だ。そこでは「良心」は親の禁止によって形成されると説かれている。青年時代の私の命題は「善く生きる」ということだった。善とは何か、良心とは何かを解き明かそうと思った。柳田謙十郎の「倫理学」が最後の本だった。本屋で立ち読みをしながら、この本に私の知りたいことが書いてなかったら読書を止めようと思い、答えが得られる自信はなかったが、そう思って買った。そして、何度読み返しても、私の知りたい周辺のことは詳細に書いてあったが、核心部分は言及されてなかったので、読書は止めにした。書物主義は止めて、当時流行っていた寺山修二の「書を捨てよ。町に出よう。」に見習って、実践活動にのめり込んでいった。
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