肺ガンへの恐怖

2016/12/27 
肺ガンへの恐怖は、たぶん人一倍強い


子どもの頃、家の中では両親と祖母が喫煙者だったので、

常に煙がもうもうとしていた。



昔のことだから、来客があるとさらに煙が増え、そんな中で育った。

いまになって思うが、よくあんなところにいたものだ。



そして、結婚して家を出たが、結婚した相手も喫煙者だった。


二人目の子どもは「小児喘息」で、タバコを止めてくれるように頼んだ。


しかし、「タバコは止めるぐらいなら死んだ方がマシ」とまで言われ、

それ以降は頼むのをやめた。
(その夫とは結婚17年目に離婚した)



生活のために転職した職場は、喫煙者だらけで、非喫煙者が外へ逃げるしか

なかった。




その後に転職した職場は、さらにひどい喫煙者の集まりで、

私以外は全員喫煙者。目を開けるのさえ辛く、1ヶ月で退職した。




この時点までの46年間、見事な受動喫煙者だった。
 
たぶん私は肺ガンのリスクが高いだろう。



そんなことを考えて、喫煙者の吐く息もどれほど危険か、

非喫煙者をどれだけ危険に晒しているのか検索してみた。





鹿児島中央病院
http://www.kojimach.or.jp/news/kinen.html



「目に見えないタバコの害」と禁煙外来を勧めているもの。



そこに書かれているのが「有害物質はタバコを吸った後も吐く息から出ています」


ただの受動喫煙の話ではなく、「呼出煙」というもの。


「喫煙者の吐く息には、タバコを吸い終わった後でも、
一酸化炭素をはじめとするタバコ由来の有害物質が含まれています。
例として、一酸化炭素は吸い終わった直後から、最低8時間は息から出ています」



とある。



喫煙習慣がある人がいる空間に身を置くことはもちろん避けたい。


それだけではなく、喫煙者が喫煙所で喫煙して戻り、その人が吐く息からは

一酸化炭素が排出され続けるわけである。ただのタバコ臭い息なわけではない。




このことを知ると、肺ガンリスクが高い私としては、もはや喫煙者とは

いっしょに過ごすことはしない方がいいと思えてきた。



しかも、難病を抱えている身であり、日常的に気をつけている私は、

やはり喫煙習慣がある人には近寄らないほうがいいようだ。

( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1
タグ: 肺癌 受動喫煙

いろいろあって さらに

2016/11/26 
予想していたように、 ↓ の投稿をした翌週に、さらに強いイヤがらせ
を超えて攻撃とも思えるものがSNSに投稿された。


「脅しが来た

先週の投稿
http://blog.ap.teacup.com/1952/251.html

これからちょうど1週間して脅しのメッセージが来た。」




まるで爆弾を落としたかのようなものが Facebookの「公開」で投稿された。
(公開で投稿されているのでこちらでもそのまま掲載する)


クリックすると元のサイズで表示します


これは、市の講座での配布資料の1ページで、それは私の取り組みの紹介を

しているものだった。



そのページがこちら ↓

クリックすると元のサイズで表示します



資料として配布されたこのページを、クシャクシャにして火をつけた状態を

facebookに公開で投稿されたのである。
 

(実際に火をつけたのかアプリなのかは知る由もないが)


まるで子どものようなイヤがらせなのはいつものことであるが、

これはすでに常軌を逸しているものと私は捉えている。

 


「スルーしたほうがいい」のアドバイスを得て、私もそうすることが一番だと思った。



そのうちに飽きるだろうと思ったが、そうではなくひどくなる一方である。





先週には、次に脅しが来た時には警察に相談に行こうと考えていたが、


今回のもので、行動を起こすことにした。





この1年2ヶ月、またうつ病に戻りそうな恐怖と一生懸命闘っているが、

その反動か半端ない胃痛に苦しんでいる。




そして、この投稿を目にした時の恐怖は、私が行動を起こすには十分なものになった。



「お前に火をつけてやる」の憎悪を投げつけられたと感じた。





元々が「あることないこと」や「火のないところに煙は立たない」

の類のものではなく、相手の100%の思い違い思い込みから来ており、

さらに、私は悪口は一度も言っていないしSNSでの投稿もしていない。




私が言っている、書いていると吹聴している人に、その証拠を提示させたい。


私はどこでだれに話しましたか?どこで書きましたか?





イヤがらせをする根拠にしているものに一つもその事実はない。
 



相手の謝罪は求めていなかった。到底謝罪するとは思えないから。


しかし、スルーすればするほど図に乗ってイヤがらせ、攻撃してくる以上は、

私は元来、温和な性格であるが、今回ばかりはきっちりと、

Facebookにおいて公開での私への謝罪を求めて裁判所で闘う覚悟ができた。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1
タグ: うつ病

いろいろあって 投稿して1週間

2016/11/16 
脅しが来た


先週の投稿
http://blog.ap.teacup.com/1952/251.html

これからちょうど1週間して脅しのメッセージが来た。



そもそも、相手の思い違いと周囲の人間による作り話の煽りが

私への嫌がらせを正当化するものなので、どう脅されようが私はそれに

関しては痛くもかゆくもない。



ただ、事実ではないことを基にして、私がどんなにひどい人間なのかを

広めているのは悔しいが、それに反応してもいいほうには変わらない

ことが、この1年2ヶ月で分かっているので、嫌がらせされっぱなしで

スルーしてきた。

ここまでは。





しかし、脅しが直接来たことは、これはスルーしている場合じゃないと

思い始めた。




今回の脅しもスルーしていることで、おそらくもっと強い脅しが来ると

思う。




その時には、容赦なく警察に相談に行くつもりでいる。




誹謗中傷・名誉毀損にもほどがある。



事実がかけらでもあれば話は違うが、すべてが作り話であり、

悪意がある誰かによる煽りが増幅させるようで、たぶんその悪意ある煽りを

する人たちのほうが罪は深いだろう。




うつ病に逆戻りしそうな思考パターンに時々陥るのを感じるが、

必死に自分を保ち続けている。

夜に眠れない状態にはなっていないので、まだまだ大丈夫と耐えている。

( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1
タグ: うつ病

詩「扉を閉ざして」

2016/11/12 
(うつ病の中で苦しんでいた時に書き留めておいた詩)



「扉を閉ざして」


どっちを向いても能面の人しかいない
居心地が悪いとかなんとかいうのではなく
心が通じるのは誰なのか分からなくなった

傷つく前に自分の手で扉を閉じることにした
そうすれば傷つかないと思った

でも
それでも傷ついた
傷ついたと言ったら
こんなことで傷つくなんてと笑われた

もっと強く扉を閉めることにした
そう決めた
もう絶対に傷つきたくないから

( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1
タグ: うつ病

膠原病〜初冬〜

2016/11/10 
しばらく症状のことは書いていなかったように、
かなり普通の人のごとくに元気に過ごしてきた




とは言っても、足の親指の関節の腫れがひどく、1日も欠かさず

ロキソプロフェンFaテープを貼っている。



今年の春までは左足ばかりだったが、今は右足も。

貼っていない時には不意に襲ってくる痛みに顔が歪む。




そして今の手の指の状態は、右手の第4指の関節に潰瘍がある。

今期の始まりは10月15日で、この頃は暑いのか暑くないのか、

上着を脱いだり着たりしていたが手は冷たかった。

完全に油断していた。



この日から潰瘍がなくなることはなく、ずっと痛いか痛くないかの違い。




ネキシウム20を服薬しているが、胸焼けがひどい。



夕飯に炭水化物を摂らなければいいと分かったが、たまに食べたくなり、

食べると間違いなくその夜はほとんど眠れなくなる。




これから冬が来て、症状の激しい進行はなくなったが、やはり春までは怖い。



春になったら、今年も冬を無事に乗り切ったと主治医と喜び合うんだろうなあ。



( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1
タグ: 膠原病

詩「将来がみえない」

2016/11/8 
うつ病の最中に詩作をしていて、そのうちの書き留めてあったものを
少しずつ出していこうと思ったので





「将来がみえない」


足もとしか見ず

顔をあげられない



明日の希望も

来月の希望も

来年の希望も

何の将来も描くことができない



うつ病患者は

希望を持って将来を描いてはダメなの?

それが神様の決まり?



それなら死なせて欲しい

何のために生きていかなければならないの?



足もとだけを見て歩いていても

ただ嫌な日を過ごすだけ

まえと同じように

将来を描いて、希望を持って

生き生きとして生きていけたら



せめてそんな希望だけでも持って

自分のいい将来をみたい

( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1
タグ: うつ病

いろいろあって

2016/11/7 
いろいろあって、ずいぶんと遠ざかっていた


この1年2ヶ月、よく乗り切ったと思う。

当初は、またうつ病に逆戻りしてしまうのではないかと思っていた。



一つが去って次のが来て、そして7ヶ月になったが、

facebookで嫌がらせを受けている。



害虫、ゴキブリ、目ざわりと、おぞましい、病んでいると、まるで

小学生のようなイジメが7ヶ月も。




始まりは、ただの相手の勘違い、思い違い。

話せばわかると思ったが通用しなかった。


 「某カフェが草ボゥボゥ、サラダは傷んだ葉、虫食いが入っていて
 「いらっしゃいませ」も言わない等書いたら、
 「そのお店はどこですか?」
 と、
 メッセンジャーがきたから(当時は味方のフリして)教えたら、
 ワザワザその店に行って、
 スマホだかiPadの
 「画面を見せてその投稿を指差してお店オーナーに教えた」と、
 本人が私のところにコメントしました(間違えて)。」




まず、メッセンジャーで尋ねていない。

その店と分かる投稿をしていたので、尋ねる必要もない。
 


そして、その店に行ってどうのこうのということは一言も言っていない。

私が話したのは別の店であって、だから別の件のことである。



そして、この人の投稿にコメントを書いたのは、間違えてではなく、

その人の投稿に対して、私ならお店に言いますの例としてコメントした。




その後に、スレッドの趣旨に逸れているので削除しますとメッセージをして

削除した。


この削除の行為がさらに輪をかけて尾ひれをつけられている。


 「間違えて私の所に書いて慌てて削除した。
 ここに貼ってもいいんですけどね(笑)」と。

  

私は貼ってくれたほうが真実がわかっていいとさえ思っている。






 「味方のフリして近づいてきて、
 私に見えない様にして、私の悪口書いたオバサンね。
 複数人の人から教えて貰ったわ。
 つまり、皆からオバサン 嫌われてるのよ。」




はっきり言うと、私は味方の振りをして誰かに近づく行為はしない。

また、その人の悪口を人に言ったことも、SNSに投稿したこともない。

だから、複数人から聞いたというのは、耳に入れたその人たちの

捏造である。




人と人を仲違いさせることを楽しんでいる人がいると考えるとゾッとするが、

たぶん私の知る人がそんなことをしているわけである。






また、10月のピンクリボン月間に、今年もまた当市は何もしていないので、

市の保健センターに要望書を出してきた。

私は幼馴染と叔母を乳がんで失っており、3人の娘がいることでも乳がんは

人ごとではない。




この件に関してもその人は書いている。

そして、なんと私の癌についても書いている。



 「あのオバサンとあの男以外の
 人 全員にはピンクリボンに
 関心をもって欲しいけど。
 オバサン、自分の癌について動くのが先じゃないかな。
 なんでも、わたしの真似するなって話。
 だから、
 月(私)と虫(オバサン)
 太陽(私)と虫(オバサン)
 なんだから。
 ほんとに病んでるんだよね、オバサン。」



私はごく一部の人にしか自分の癌のことは告げていないのに、

この人はfacebookで公開にして私が癌を患ったことを公表した。 



この人も私には付き合えない人だと思い知った。


しかも、この人は過去に私がうつ病であったこと、1年2ヶ月前の件では、

私がまたうつ病に戻りそうな状況だったことも知っていた。

にもかかわらず、こういう嫌がらせをしてきている。

 


「ゴキブリ」「害虫」とSNSで私の目にも止まるのを承知で公開にして拡散した。
 




7ヶ月間悩まされたが、私を理解してくれる人が多くいることを知り、

なんとか前を向いて街を歩けるようになった。




我慢しろ、とアドバイスも受けた。

こうやって書くことでたぶんまた嫌がらせが激しくなるだろうが。


( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1

「大震災と娘」

2016/3/11 
2011年の大震災のことをその年に地元の文芸誌に応募し、採用された。



随筆 

 「大震災と娘」
 
独身二十七歳の末娘は、あの日、2011年3月11日は宮城県名取市に住んでいた。

勤務先は仙台空港だった。



 関東で揺れ始めてすぐに「無事か?」と携帯電話メールを送ったが、返事はない。

テレビ画面には震度6などととんでもない数字が出ている。

携帯電話を握りしめてテレビの前から動けなくなった。

そのうちに津波が映し出された。

「名取市」と言っている。「止まってくれ」と願いながら、仙台空港は
海のそばにあるという意識がどんどんと頭の中を占めてきた。

その反面、空港は大丈夫だろうと安心したくもあった。



 しかし、もし非番でアパートにいたら下敷きになってやしないか、街に遊びに
出ていたら、松島へカキを食べに行っていたら、とどんどん自分を不安に追い込
んでいる。

一つでも安心の根拠を得ようとパソコンを開いた。

「仙台空港は大丈夫ですか」と打ち込んだ。反応はなく、また別のところに
「仙台空港は大丈夫ですか」と打ち込んだ。反応があった。

「仙台空港は無事だ」。

空港にいれば大丈夫と一つ安心した。

 つぎつぎと田畑を侵略し続けていた津波は仙台東道路で止まった。
娘のアパートは国道の西側にあり、津波の被害に遭う心配は消えた。


 テレビではけが人と死者の数を発表し始めた。そんなものではないとはすぐに
思ったが、テレビから流れる状況から、アパートにいれば大丈夫だろうと
思うことにした。

よく行くと話していたショッピングモールの被害状況も報告しているが、
もしかするとケガぐらいはしているとしても命は大丈夫だろうと思うことにした。

あとは、松島へ行っていないことだけを祈った。



 都内に住む次女が国交相に問い合わせていた。無事を確認したと連絡があった。

 夜が更けてようやく娘から「無事。そっちは大丈夫?」のメールが届いた。
名古屋に住む長女からは「ドコモの災害伝言板に伝言がある」とメールが届いた。

「私は大丈夫です。」とある。パソコンの画面を指で撫でる自分がいた。

続いて「「非番の一人は連絡がまだ取れませんが、他は全員無事確認」と。


 娘から携帯電話に連続してメールが届く。
「情報が何も入ってこないので不安」「なんでもいいから情報を」と。
テレビが出している情報をとにかく送信した。ただ、
バッテリーの充電はできないはずで、こちらからのメールはそれを最後にし、
その後は伝言板のメッセージで様子を知ることにした。


 娘たち職員は一晩を管制塔で過ごしたあと、翌日、大勢の人がいるターミナル棟へ
移って救助を待つことになったとのメールが来た。

伝言板に新たに書いてあるメッセージでは元気な様子を知らせながらも、
私には「早くここから出たい」というメールが届き、
これを見るとやはり泣いてしまった。



 仙台空港にいる千三百人が救出されたとの報道があっても娘からの連絡はなく、
ひたすら待ち続けた。

都内に住む次女から「国交省に電話をしたら、責任者を残して全員救出済み。
自宅が無事な者は帰宅しているって。京ちゃんの名前も確認した」とメールが届いた。


 翌日になってようやく、近くの公衆電話からかけていると電話があったときには、
天にも昇る思いだった。

「ごめん。アパートに帰ったらホッとして連絡するのを忘れていた」と。

大勢の人が並んでいるからと、話らしい話もできなかったが、声を聞くということが
こんなにも安心するものかと思った。


 インフラが整うまではそれから数日を要したが、同僚や友人と助け合って
過ごしているとのことに、娘の周囲の人たちに感謝するばかりだった。


 余裕ができてからは送って欲しいもののリストが毎日のように届き、
せっせとそれらをそろえて送った。
自分のものであったり、家族を失った友人へのものであったり、水もガスも
無い同僚のためのものだった。

送ったものは、水の要らないシャンプー、手指消毒用ジェル、インスタントみそ汁、
雑誌、バスタオルなど多種で、最後は「マーガリン入りのロールパンが食べたい」だった。



 娘は今は震災前に決まっていた人事異動で福岡にいる。
そして、金曜日になると三月十一日は何をしていたか考えてしまうと言っている。

あの日の恐怖はずっと心に残るのかもしれないと案じるが、それ以上どうすることも
できない。ただただ立ち直る日が一日でも早いことを祈るばかりである。


 最後になりますが、今回の震災で命を落とされた方、被災された方に
心からお見舞いを申し上げます。そして、原発事故による影響が終息して、
心穏やかに過ごせる日が一日も早く来ることを願います。
               
               おわり

(一部修正)


( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
2

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

2015/11/19 
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」を読んだ。




面白かった。あっという間に読み終え、すぐに2回目に。




著者 渡邊 格(わたなべ いたる)



「原発事故後に岡山でパン屋さんを開き、どちらかというと経済書」

これだけの情報でこの本を手にした。





冒頭にも書いたが、本当に面白く、文章も展開のさせかたも、読者を

引き込ませる方法に見事にはまった。





パン屋さんになる決意、伴侶となる人との出会い、どれも、誰の身にも

起こるであろうことだけど、唐突にパン屋を選んだ経緯に、「こいつやるな!」

と思った。





千葉で最初に始めた時の物件探しの苦労には、「そうだよ!とうなづきながら読み進めた。



著者は、生き方が自分では「不器用」だと思っているらしいが、うまいと思う。




周囲の人をどんどん巻き込む能力は、商売をする人には必要な能力だと考える。



本当にうまく周囲を巻き込み、というか、実際は、巻き込むというよりも渦の中に

自分から飛び込んでいくタイプなのかもしれない。





岡山県の山間地へ、原発事故後に移住したのだが、この件(くだり)も

興味深々。




そして、ところどころに入るイラストが、「酒種パンができるまで」。




本文を読みながらこのイラストを見ていると、自分にもできそうな気がしてくる。


いやいや、絶対無理なんだけど。





ここは「読んだ本の紹介」なので、感想は控えめにする。





目次

はじめに

第T部 腐らない経済


第一章 何かがおかしい(サラリーマン時代の話・祖父から受け継いだもの)

第二章 マルクスとの出会い(父から受け継いだもの)

第三章 マルクスと労働の話(修行時代の話1)

第四章 菌と技術革新の話(修行時代の話2)

第五章 腐らないパンと腐らないおカネ(修行時代の話3)



第U部 腐る経済

第一章 ようこそ、「田舎のパン屋」へ

第二章 菌の声を聴け(発酵の話)

第三章 「田舎」への道のり(循環)

第四章 搾取なき経営のかたち(「利潤」を生まない)

第五章 次なる挑戦(パンと人を育てる)

エピローグ





「腐る」の意味が読む前は分からなかった。




「腐る」を「発酵」と読み替えると、経済は発酵させてこそ人々を幸せにする、

そう読むことになり、商売をするとことの意味がよく分かる。





これから商売(この本によるところの「小商い」)を始めようと

考えている人はぜひ読んだほうがいい本です。




この本は飯能市立図書館には無く、申し込んだら、熊谷市立図書館からの取り寄せに

なった。






私は若い時に自由に生きていられたら、こんな風に生きただろうかと、

こんな生き方にシフトしただろうか、といろいろ考えさせられた。










( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
2

ジビエ料理はだいじょうぶか

2015/11/19 
野生シカ肉の埼玉県対応について



東京都内や埼玉県の山間地では、シカ肉やを提供する店を時々見かける。




2011年の原発事故で埼玉県では大きく「自粛」を要請したので、

そのような店では県外のものを提供せざるを得なくなった。





埼玉県環境部みどり自然課発表 (2015.11.19現在 次の発表は継続している)


「野生獣肉の放射性物質調査の結果について」

埼玉県は、県民の安全を確保するため、ニホンジカの食肉を取り扱う事業者に対し、

県内で捕獲されたニホンジカ食肉の出荷・販売の自粛を要請しています。

県民の皆さまにおかれましては、県内で捕獲されたニホンジカの食肉を

食べないようお願いします。


http://www.pref.saitama.lg.jp/a0508/wildmeat2.html

http://www.pref.saitama.lg.jp/a0508/wildmeat.html



当ブログの筆者は、埼玉県南西部地域で捕獲したシカを解体したシカ肉の測定を

これまでしており、その結果、放射性セシウムを検出している。





また、2014年11月2日 上に掲載した埼玉県発表の埼玉県秩父市で捕獲した

ニホンジカからは、放射性セシウム134,137合計で、530 Bq/kg検出している。





そんな状況であるにもかかわらず、報道で、「解除」という文字が出たことが

「解禁になった」と勘違いされて流布したのか、埼玉県産の野生のシカ肉が

提供されるようになってきた。
 




《シカ肉、出荷自粛を一部解除 業者が検査態勢整備》
2014.10.22配信(asahi.com)

『埼玉県は、県内で捕獲されたシカ肉の出荷自粛を一部解除した。

東京電力福島第一原発事故の後、野生のシカから国の基準値

(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが

検出されたとして、2012年10月から事業者に自粛を

要請していた。

 県によると、シカ肉を扱う小鹿野町の業者が9月に放射性物質の

測定器を購入し、県とのダブルチェックで全頭検査する態勢が整った。

このため、県は16日から基準値以下であれば出荷・販売できるようにした。



 この措置を受けて、小鹿野町や秩父市の旅館や飲食店約70軒では、

シカ肉のローストなど「ジビエ料理」の提供が可能に。

紅葉シーズンを前に、モミジ(シカ)で観光を盛り上げようと、

21日にさいたま市の知事公館で西秩父商工会が試食会を開いた。

小鹿野町の旅館の若女将、須崎真紀子さん(38)が「柔らかくて

おいしいシカ肉を食べにきて」とPRした。


 国は引き続き、野生キノコを鳩山、ときがわ、横瀬、皆野の4町

で出荷制限、県などがナマズと江戸川のウナギを出荷自粛としている。』





 
ここで「解除」の文字が使われている。

解禁されたのではなく「一部の事業者のものに限り自粛の解除」
がなされたに過ぎない。





一部の事業者とは、秩父市内および小鹿野町の二事業者で、埼玉県が

出している条件(事業者が測定して不検出のものを県で再検査して

不検出の判定)をクリアしたものだけが「解除」されたというのが

正しい。




つまり、埼玉県からの自粛要請はこの記事を書いている2015年11月19日現在も

継続中で、解除されているのは、




所在地:埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野1867-1
名称:株式会社肉の宝屋
自粛解除日:平成26年10月16日
個体番号:先頭が「0」からはじまるもの(0001〜)

所在地:埼玉県秩父市定峰336
名称:夢風庵精肉店
自粛解除日:平成27年5月1日
個体番号:先頭が「M」からはじまるもの(M001〜)

この二業者のこの個体番号があるものだけ
である。(2015.11.19現在)





その他の、例えば「個人」が捕獲したものを直接客に提供するものは

まだ自粛対象になっているのである。





提供する店自身が、あるいは持ち込まれたものが、

既定の検査過程を経ることなく「ジビエ料理」として人々の口に入る。





このことを、過日、飯能市役所に電話してみたところ、

「市内に野生のシカ肉を出す店があるのは知らない」


と返ってきた。




驚いたのなんのって、「本当は知っているんじゃないですか?」と

言ってしまったほどに。



そして、どこの店ですか?教えてもらえないかとも。




ちょっと人に聞けばすぐに分かると思いますよ、と答えておいた。





そして、今日(2015.11.19)新たに提供されている店がfacebook

で紹介された。




それを投稿しているのは市議会議員。


クリックすると元のサイズで表示します





同じく提供している他の店によると「解禁された」と認識していると聞いた。




新たに提供している店も、それを投稿した市議会議員も、「解禁」と

思っているのだろう。





自粛要請がある中を、間違った情報で提供が続いていることを

埼玉県は知っている。



埼玉県は再度自粛要請を出さなければならないのではないだろうか。
( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1

哀悼の意を表す

2015/11/16 
パリで起こったテロで大勢の人が亡くなった。

世界中でその死を悼み、それぞれのやりかたで哀悼の意を表している。





そんな中驚いたのが、facebookの自分のアイコンにフランス国旗を

被せる哀悼の意の表明だ。


そして、それが一日のうちに拡大していった。





私のfacebookの「友達」は114名いるのだが、そのうちの1割以上

最大時13名もいた。





それぞれ自分の意思で行動に起こしたのだろうから他人がとやかくいうほどでもない。




ただ私は次のサイトを紹介し、
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujiiryo/20151115-00051471/

「自分がなぜ旗を出すのか、そうすることの帰結として何が起こりうるか、
ましてやfacebookとはアメリカのSNSであり、このトリコロールカラーを
被せるのはアメリカからの提案、等、はたしてそこまで考えた人達の行動
なんだろうか」


と自分の意見を書いた。





ところが、多くの人は単に「哀悼の意を表すブーム」に乗り、被せたのかと

思いたくなる現象が起こった。





次に、おかしなものが飛び交い始め、それを読んだ人が、フランス国旗を外し始めた。





1時間、一日、一週間...と短期の設定もできるものだが、1時間以上被せ、

一日経たないうち、あるいは一日と少々して外した人が出始めた。




そのおかしなものとは ↓



「皆さんにお知らせです。拡散お願いします。

フランス同時多発テロに抗議の為、フラン
ス国旗を模したトリコロールカラーのプロ
フィール写真にされてる方、すぐに解除し
てください。
フェースブック内の個人情報が漏れてると
の事です。
ご自分だけでなく、関連付けられている、
お友達にまで及ぶ恐れがあるそうです。
すぐに解除してください。

このような連絡を友人からもらいましたので、
私も解除しました。
皆さんも協力お願いします。」



こんな思わず吹き出してしまうものが瞬く間に拡散した。




そしてそれを読んだ私の「友達」もどんどんフランス国旗を外していった。




そもそも、facebookのアカウント取得の段階で、自分の個人情報をアメリカ政府に

吸い取られることを承知していたのではないのか。




そして、人の心配をしなくても、その人たちも吸い取られているわけで、

いまさら、「友達にまで及ぶ」ことを恐れなくてもいいわけではないのか。





分かったことは、このわけのわからないもので納得して外した人というのは、

そもそも確固とした主義主張で起こした行動ではなかったらしい。




しかも、笑ってしまうようないい加減なものに踊らされて転換する。




今回のことは、このような人との付き合い方を考えさせられる結末になった。





自分の主義主張で行動する人ではなく、周囲に流されて行動する人かも

しれない。




自分の考えを持たず人の噂話や憶測に乗って、一緒に人を非難する人かも

しれない。




こんなことを考えた今日一日だった。







残念な人たちもいた。




このブログを読んでくださっている人は、私が膠原病であることを

ご存知だと思う。




今回、アイコンにフランス国旗をかぶせて哀悼の意を表した人のうちの

数人は、私に向かって、「病気のことを書くのは同情されたいからか」

とあからさまに言った人たちである。




近いところにいる人に対してそのような言葉を言う人が、世界で起こっている

事件に哀悼の意を表す行為をすることに、なにかちぐはぐなものを感じる。

そして、この哀悼の意の表し方は、本当に心からのものか

どうしても冷めた見方をしてしまっている。







( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1

市議会報告会

2015/5/18 
第2回議会報告会 というものに行ってきた。



第1回目は昨年あって、その日は仕事で行けなかった。



なので、どんなものなのかさっぱりわからない状態で行った。





第1部の仕組みは、3月議会の報告で、各委員会ごとに報告し、

その後に出席者からの質問を受ける「質疑応答」がある。





第2部は5名の議員がテーマ「未来志向!共に考える地域づくり・まちづくり」

での意見発表。





第1部

総務委員会報告

「財産の取得について」で土地開発公社が14億で取得していた自然公園に

する予定だった山を市が毎年2億円かけて10年間かけて買い戻す」というもの。




これは、土地開発公社の解散に向けて負債をなくすのが目的だと。

(私は解散に賛成で、ようやく解散か。それにしてもデカイ金額だわと聞いていた)





経済建設委員会報告

「緑の基金の設置、管理及び処分に関する条例の一部を改正する条例について」

でのこと。



「飯能市緑の基金を飯能市土地開発公社に貸し付け、運用できるよう、

条例の一部を改正した。」と説明。




先にあった総務委員会報告での「解散させるために20億円必要」な団体へ、

条例を改正して「緑の基金」を貸し付けるのか。




(「緑の基金」はその基金の趣旨どおりにうまく運用/活用する団体がある。

なのに、解散させることが決まっている土地開発公社に貸し付けるという。)




この質問に残念ながら正面から答えず「まあまあ」みたいな締め方。

自分たちで可決させたのなら市民を納得させなきゃならないだろう。





水道事業についても参加者から質問というか意見があった。

水道事業運営審議会を傍聴したが、お金がないお金がないという話ばかりで、

市では一方で土地開発公社から阿須の土地を毎年2億円、10年間で

20億円で買うお金があるならなんとかならないのか。




県水の受け入れをする理由に、2系統確保のために県水が必要というが、

県水受け入れは本当に必要か。おいしい飯能の水...。




これに対しても正面からは答えなかった。



説明によると、年間総配水見込み量は前年度比 2.1%減。

だから水を使って欲しいそうなんです。(節約じゃなくて)

*前市長も言っていたのだが、節約は水道使用料金の収入減になるらしい。




また、失念していたが、老朽化した本郷浄水場を休止し、

その分の水は県水で、という仕組みがとっくにできてました。

(後期事業計画H23~H27年度)
http://www.city.hanno.saitama.jp/…/c…/0000000/973/tyuuki.pdf





「原案可決」のH27年度水道事業会計予算の報告には、

上水道料金値上げによる収入増に関するものがなかったので聞きたかったが、

残念ながら時間切れで聞けなかった。





厚生文教委員会の報告

「介護保険法改正に基づき、条例の改正をした」




介護保険法改正は「地域密着型サービス」を大きく置いた「地域包括ケアシステム」

の確立である。




それには、住民による共助も頼みとしてボランティアによる活動も

そこに位置付けしようというものである。





ところが、飯能市の条例改正はグループホームの定員増への変更だった。




そこで、地域包括ケアシステムへのボランティアによるものの位置付け、

有償ボランティアなどに関することは討議されなかったのかと質問した。





市による条例改正にはそのことは無かったので話には上っていないと

いないということだった。





かなり驚いた。




議員はもちろん得手不得手があるが、介護保険を範疇とする議員は

当然いるのだから、市が出してきたものしか考えないというのでは、

ただの追随じゃないかと思う。




市民に直接関するところではなく、いじり易いところだけを

変更したわけである。





介護保険の費用抑制が主目的の改正であり、それを受けての条例変更なら、

当然、費用抑制にはどうするかを討議すべきであり、そこに住民にはどのように

参加してもらうかを考えるしかないはずである。




社会資源としての住民の関わりは必須なのである。


グループホームの定員変更だけでをやって手を打っていることにあきれた。





しかし、もっともあきれたのは、質問に正面から答えないことである。





第2部の議員の意見発表は突っ込みどころ満載だったが、

時間切れとのことで質疑応答は無かった。





議会報告会を開くというのは、自分たちが可決させた市の提案を

なぜ可決させたのか市民に説明するのが目的のはず。




じゃないと、「開きました。市民がこれだけ出席しました」という

アリバイ作りになり、関心を持って積極的に出席した市民は利用されたことになる。




さて、来年も同じ報告会を開くのだろうか。






( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1

「どうせ」について考えてみた

2015/5/7 
「どうせ」という言葉の使い方について考えてみた



テレビを見ていたとき、飲食店の店主が言った言葉が気になった。




「どうせ買うなら、近隣の農家が作ったものを」


と、「どうせ」を使った。





もちろん店主が言った意味は「同じ買うなら」とか「「どっちみち買うなら」

で、肯定的な意味合いだろう。





しかし、私はこの「どうせ」を否定的な意味の使い方でとらえてしまう。



たとえば、「どうせ私なんか」の使い方である。





goo辞書によると、やはり二つある。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/156186/m0u/



(1) 経過がどうであろうと、結果は明らかだと認める気持ちを表す語。

いずれにせよ。結局は。

「―勝つんだ、気楽にやろう」「―やるなら、はでにやろう」



(2) あきらめや、すてばちな気持ちを表す語。

所詮(しょせん)。

「―私は下っ端(ぱ)ですよ」




日本語にはいろいろな意味の言葉があるが、このように一方では否定的な

使い方になるのはややこしくなる。






こういうときには英語ではどうなるのだろうか、と検索してみる。
(同じくgoo辞書)


anyhow 

after all

at best  

at most



そして例文が載っている。



Anyway [Anyhow], it will take one whole day.
どうせ1日は掛かる


This frame was going to break in the end anyway.
この額はどうせ壊れるようにできていたんだ


After all, he is not going to recover.
どうせ治らない病気だ


I won't get more than eighty 「at best [at most].
どうせ80点ぐらいしか取れない





なんと、否定的な使い方をする例文ばかりで少々驚いた。





英語礼賛主義者ではないが、やはり私には否定的な言葉に思える。







こじつけかもしれないが、goo辞書の例文にいちゃもんをつけると



「どうせ勝つんだ、気楽にやろう」 果たしてこう使うだろうか。




こういう場合に「どうせ」を使うとしたら、


「どうせ負けるんだ、気楽にやろう」ではないだろうか。



これは 「(1) 経過がどうであろうと、結果は明らかだと認める気持ちを表す語」

の例文だが、「(2) あきらめや、すてばちな気持ちを表す語」になるわけである。






否定的ではない方の「いずれにせよ」の使い方の「どうせやるなら、はでにやろう」



問題はこの使い方である。





この使い方も私には否定的な意味合いを考えてしまう。

「あまりやる気はないのだが」が付いているような気がしてしょうがない。



「あまりやる気はないが、どうせやるなら、はでにやろう」






これらのことから、私には「どうせ」という言葉は否定的な意味合いが

ある言葉だと思えてしょうがない。





できれば、私の子どもは使ってほしくない。





( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1

議論というものについて考える

2015/4/19 
議論とは何?という現場にきのう立ち会った。




二人の人の議論がいきなり始まった。



一人は名前が知られた人で、その人の論には私は全幅の信頼を置いている。




一人がそれに対して反論した。





先の人の論に私は近かったが、反論の方にも納得できるものがあった。





そういうこともあり、もっと聞きたいと思うほどだった。





互いにきちんと自分の意見を言い、相手の意見を聞いている。





いい議論をしているなあと思っていた。








同じ会場だが、その2時間後に意見交換が始まった時のこと、




一人の意見に対して反論がでた。




反論の人の話がまだ途中の段階で、元の意見の人が意見をかぶせてきた。




反論の人と元の意見の人の意見が重なるようになってきた。




反論の人が「これは議論です。まだ途中ですから待ってください」




しかし、元の意見の人はかぶせてきた。




その状況は、「自分の意見への反論は言わせない」というものに見えた。




しかも、その場でもう一人も同じように反論の人に意見をかぶせてきた。





議論になりえない。








私はなかなかちゃんとした議論ができない。



それは私が議論下手だというのがあるだろうが、

話している途中に意見をかぶせられる状況になったら、そこで「もういいや」と

逃げてしまうところがある。





相手に反論はさせないとばかりに意見をかぶせて言い合うのは議論ではなく

口喧嘩だと思っており、人との争いは避けたい私にはその場は争いに感じるから。





散々自分の論を張り、「はい これでお終いね」と言う人がいる。




また、反論された時に茶化して逃げる人がいる。




もちろんこういった人との議論など成立しない。






私はこの言葉が好きだ。


私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は

命をかけて 守る




      フランスの哲学者 Voltaire(ヴォルテール)の言

I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.




( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
1

ふるさと納税のことを聞いてみた

2015/4/9 
飯能市のサイトに「ふるさと納税」が登場した


http://www.city.hanno.saitama.jp/0000006752.html


「ふるさと納税」とは、応援したい自治体、廃(すた)れて欲しくない市町村への寄付。

たしかそんなことで始まったはず。





疑問がいろいろあって聞きに行ってきた。





一番聞きたかったのは、自分が住んでいる自治体に寄付するにあたって、

それは「ふるさと納税」の扱いになるのかどうかということ。



なにしろ、最も応援したい自治体であり廃(すた)れてほしくない自治体だから。




 答え:OKだった。ふるさと納税の仕組みどおりに謝礼品も含めて、

 市民によるふるさと納税も有りということだった。






TVなどをみると、ふるさと納税マニアとでも名付けたくなる人たちが

謝礼品目当てかと思うほどにうまく利用している。






詳細な仕組みは置いておいて、目当ての自治体に「ふるさと納税」

すると、自分が住む自治体での住民税をうまく節税できて、さらに、

「ふるさと納税」をした自治体から謝礼品がもらえる。





それによって億単位のお金を集めた自治体もあれば、住民税収入が減った

自治体もある。





飯能市の場合はどうなのかこの点も聞いてみた。




 答え:飯能市の場合、市民が他の自治体に行う「ふるさと納税」による

 減収よりも、寄付による収入の方が今のところは多い。


 というのは、「ふるさと納税」の1件あたりの金額は少ないが、
 
 寄付は1件ごとの金額は多いからだと。

 なるほど!






他自治体の在住者が飯能市に「ふるさと納税」すると、住民税減収は

その人が住む自治体。飯能市は減収になるわけではない。




飯能市民が他の自治体に「ふるさと納税」すると、住民税減収は飯能市。

だけど、飯能市に「ふるさと納税」していただくと収入になる。





私が思いついたのは、自分が住む自治体にふるさと納税すること。



それを確認するためにも聞きに行ったわけだが、そうだ!だった。








テレビには取り上げられていないが、石川県羽咋市の謝礼品がすばらしい。

羽咋市民でも羽咋市にふるさと納税した方がぜったいいいと言いたいほどに。

http://www.furusato-tax.jp/japan/prefecture/17207


商品券まである。





さて、飯能市は、

http://www.city.hanno.saitama.jp/cmsfiles/contents/0000006/6752/syareihin.pdf



見事なまでに魅力がない。(このあとのH28年度に大きく追加された。文末へ)




「ふるさと納税するならここに!」という気持ちにはなりにくい。






それで、このことも市役所で言ってきた。



「わたしは欲しいと思うような謝礼品は残念ながら無い。

市民自身が、ふるさと納税するなら飯能市にしようと思うものを」






その謝礼品が異様に偏っている。


この点も、なぜこうなったのか聞いてみた。



「指定管理者で....」




物品販売の指定管理者...そういうことか。





もっと広く市の産業を知ってもらうためにもいろいろな物品があったほうが

いいに決まっているのに。






よく思うのだが、飯能市を思う飯能市民の感覚と市役所の感覚は

なぜこうも違うのだろう。







「ふるさと納税」申し込み書によると、使徒を選べる。




使い道になる事業例もあるのだが、どれも「基金」に組み入れるもの。




しかも、これも見事に偏っている。




いったい、どんな人がどんな議論をしてこうなったのかと思う。




基金以外に使い道を指定できるのだが、これもまた「ほんと?」。


なので、聞いてみた。





例えば、私がよく利用する施設に不具合があって、そこを修繕してもらうことを

目的にしての指定することはできるのか。



しかし、これも「公共施設整備基金」で基金化されているものなので、指定は

できない。






提案(というかお願い)してきた。



飯能市は転入者を増やすための取り組みを始めた。



こういうところに使って欲しいので、そういうこともぜひ。



また、子育て支援に関することもぜひ、と。





基金に組み入れられるものばかりでは使い道がわからなくなる。





もちろん、使い道の公表もお願いしてきた。

(この点は今回相手をしてくださった担当者も同じ考えだった)





多くの自治体では、「ふるさと納税」の窓口は、総務課や秘書課など1本に

なっている。




しかし、飯能市では、市民税課と財政課になっている。



「ふるさと納税」に関することは市民税課

寄付金の使い道に関することは財政課




なんというか、「ふるさと納税」という新たな取り組みだというのに...。



なお、このあとで飯能市の返礼品がどんどん豊富になってきた。


ムーミンのテーマパークが2017年に飯能市にオープンする予定で、

返礼品にも反映されている。


そういうわけで、私もついに飯能市に「ふるさと納税」をした。

http://www.furusato-tax.jp/japan/prefecture/11209?gclid=CjwKEAiAjIbBBRCitNvJ1o257WESJADpoUt0f2Ciipu7wkdfcJTDd1EiZjLyOvwgTD69zthvbi351BoCVinw_wcB














( twitter:@k_ohkub )


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
2



AutoPage最新お知らせ