2011/1/7  8:59

医者  現在の医療

80パーセントは肺がん。80パーセントは初期のIA。
これは父の執刀医が手術前に述べたこと。
実際肺がんは当たったが、病期は末期一歩手前のIIIB。(がんのステージは1〜4期)

90パーセントは脳転移なし。頭に水がたまっているだけ。
これは父が亡くなる2カ月前に歩けなくなったときに、MRIを撮って脳外科医が述べたこと。
実際は脳転移で、余命1カ月と診断。

そのほか、父の最後の主治医であった内科医は、父の病名(癌性髄膜炎で水頭症を併発)をはっきり把握していないようで、私がセカンドオピニオンを得て、他の医者から確認。

上記の内科医は、抗がん剤などについて問うと、その後調べてきましたとばかり、コピーを何部かもってきて、データーではこう、こう書いてあるなどと説明。

ざっと父の2年間の闘病中、私が医師に対して不審に感じたことを書いてみた。

めざましい医療技術の進歩とはいえ、まだまだ人体の神秘を解き明かすには程遠いというのが現実であり、又医療者側の事情も色々あるだろうが、患者側としては、医者まかせにしては、病院まかせにしてはダメというのを、患者の家族として痛感した2年間であったともいえる。

医療側、患者側と2者存在するが、患者側の立場にたっての言動が最優先されるべきなのは、明白であろう。

患者の心に対するケアはもとより、医療自体もまだまだ不確かで患者にとっては頼りにならないことが多いようだ。
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2010/12/23  23:03

葬式は要らない  ガン患者の言葉

「葬式は要らない」と「葬式は要らない」という本の紙カバーに筆ペンで書いた父。
他の残した文庫本には、こうしたカバーに題名を書いているものはない。
家族葬は生前はっきり希望していたようだが、葬式についても思うことがあり、ふと紙カバーに題名を書いたのかな。
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タグ:  ガン 家族

2010/12/21  23:13

自分の態度  ガン患者の家族として

病気と闘っていた父とは、密に電話をしたり、ちょこちょこ会いに行ったり、食事を家族でしたりしたが、父にどんな言葉を発したらよいのかいつも戸惑っていた。
頑張ってね。大丈夫だよ。などは陳腐すぎて思わず飲み込んでしまう言葉達だったが、実際でた言葉も、どうですか調子は、気をつけてなど、ありきたりの言葉達を発する毎日だったような気がする。
また対面していても、楽観的にどこか無神経な態度や発言をしてしまったようにも思う。
今日もふとそんなことを考え、父に自分の気持ちを少し伝えたくなった。
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タグ: ガン  家族

2010/12/20  22:52

親父の亡くなり方  ガン患者の家族として

今考えると、父は、周りの家族にあまりショックを与えない形で、逝ったなと思う。
ガンで苦しむ姿を見せたり、亡くなる直前までまともな意識があったり、突然逝ったりなど、自分にとってより大きいショックを受ける可能性はあった。
ただ、父は上のどれも見える形では自分には見せなかった。
勿論苦しかったであろう、又亡くなる直前までどこかの意識は働いていて自分たちを認識していたかも知れない。(このあたりの程度は医者も本人しかわからないことと言っていた。)
とにかく、父はある意味自分にとっては優しい形で旅立って行ってくれたと思う。
気づかいをしてくれたのかな。
日常は淡々と流れ、注意は目の前の出来事に奪われていき、そんな中ふと父を思ってこんなことを考える。
今亡くなった父を思うことは、現在元気な母を思うことでもある。
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タグ:  ガン 患者

2010/12/18  14:12

「がんと向き合って」 上野創 2  ガン患者の言葉

死に対して

「何度考えても、逝ってしまう人間の方が、残される人間より気楽だと感じた。立場が逆だったら、もっとつらい。僕が一人にされて生き続けるのは、つらすぎてやりきれない。これもまた、エゴなのか。それとも、自らの死の恐怖から逃げたくて、残される側の心理に目が向くのか。」

「命あるもの、皆死ぬという摂理を、頭では分かっている。でも、自分の死は、どうにも受け止めきれない。」

癌にたいして

「「不条理は前からは来ないぞ」と書いた。試練の多くはある日突然、背後から襲ってきて、われわれを暗やみへと引きずっていく。」

「「大変ですよね」「つらいですね」という言葉も、同じ体験をくぐった人間が発すると重みがまるで違う。」

「「がんになると自分の一生などいろんなことを考えます。健康な人なら考えないことまで考えられるんです。生きることのすばらしさや偉大さを身をもって思います。」

治療に対して

「巨大な山がそびえている。越えればゴールがあるかもしれない。でも次の山が見えるだけなのかもしれない。そして、その向こうもゴールとは限らない。」

抗がん剤の副作用〜食事〜

「まず、食事の載ったトレーを目の前に置いたまま、しばらく料理とにらめっこをする。気持ちが整ったら自分をうながして、はしをとる。少しでも食べられそうな薄味の野菜の煮物などを少量口に入れ、ちょっとかんだら、ゆっくり飲み込む。そのあとは、しばらく姿勢を崩さず安静にし、食べたものを戻さないように我慢する。視点はどこかに定めておく。落ち着いたら再びはしをとって・・・、という繰り返した。珍妙な儀式のようだった。」

抗がん剤の副作用〜だるさ〜

「自分の体が、自分のものでないようなだるさだった。どんより重くて、寝ていても起き上がっていても落ち着かず、身の置きどころがない。「この肉体を脱いだら楽だろう」という思いだった。」

「体は泥の沼に沈められたようなだるさだった。思うように体を動かせない。ベッドで身の置き場なく横たわって過ごした。」

コメント:父の最期の最期まで、患者の家族として、父と限られた少ない時間を大事に過ごそうという気持ちは起こらなかったような気がする。
亡くなる1週間前、もう意志反応もなく体力も日に日に衰えていた時でさえ、私はセカンドオピニオンで得た効くかもしれない抗がん剤を、主治医にお願いしていたのだ。
末期患者の場合、本人はもちろんだが、周りの家族も、どこで治ってもらいたいという気持ちから、残りの時間を大事に過ごしたいという気持ちに切り替えるかは大事だと思う。
そうでないと、どこまでいってもまだ回復するかもという希望を持ち続けてしまい、突然最期がやってくるという展開になるのではないだろうか。
そのような切り替えが欠けていたため、私は父との最期の会話が思っていた形でできなかったようである。

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タグ:  がん 患者



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