ヤマカンwiki管理人さんについて  フラクタル

 今回、インタビューに応えてくださったヤマカンwiki管理人(twitterアカウント@wiki_yama)さんは、
「山本寛(通称・ヤマカン)wiki まとめサイト」
(URL・http://www14.atwiki.jp/yamakanwiki/pages/11.html)の管理人さんです。
 twitter上での交流を通じて、今回インタビューをさせていただきました。
 まだテレビアニメ「フラクタル」は放送されておらず、知名度、期待度等は未知数ですが、今回本作の山本寛監督が監督引退をかけて制作しています。
 その山本監督を一番に応援している方に、今までの山本監督の活動を振り返っていただいた方が、「フラクタル」を観る上で重要だと感じ、このような記事を上げている次第です。
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ヤマカンwiki管理人さんに訊く・私の優しくない「ヤマカン」その4  フラクタル

――― 改めて一度整理します。山本氏は、『らき☆すた』監督降板後、自身が所属していた京都アニメーションと決別し、フリーの演出家を経て、元京アニの方々と共にアニメ制作会社「Ordet(オース)」を立ち上げます。
 そして、山本氏は2008年、大手の制作会社「A-1 Pictures」と組み、独立第一作『かんなぎ(原作・武梨えり)』を発表します。当時、山本氏は盛んに「普通にやったらええねん」(注22)と主張し、パロディや内輪ネタを中心とした前作『らき☆すた』とは違うスタイルで作品を発表することを宣言しました。
 管理人さんは、アニメ版『かんなぎ』について、また本作や山本氏を取り巻く状況について、どのように考えていましたか?また、当時のヤマカンwikiの活動についてもお伺いしたいと思います。

ヤマ管 (『かんなぎ』について)まず、「ナギ非処女」騒動(注23)や「アニメ本編内に某大物アニメ監督らしきモブキャラをわざわざ侮辱的に登場させた」といったことにまつわるネット上のあれこれに関しては、ひとこと「くだらない」と申し上げておきます。PCモニタの向こう側に生身の人間がいるという当たり前のことすらも想像できない連中も「くだらない」し、炎上マーケティングのつもりなのかいちいち相手にするヤマカンも「くだらない」と、当時のわたしは思っていました。
 ヤマカンが、テレビアニメ『かんなぎ』の監督を務めるという一報を知ったとき、わたしは嬉しかったです。これでようやく、「アニメ監督・山本寛」の名誉回復がなされると感慨ぶかいものがありました。2008年10月のアニメ放送開始にそなえて、かんなぎの原作コミックも全巻揃えましたし、かんなぎ巻末の作者マンガに登場する元ネタを知るため、武梨えりさんの『TAKE MOON』(注24)なども購入しました。
 原作コミック『かんなぎ』を読んだ感想は「淡白だなー」というものでした。「テーマが意欲的であり、ナギ様はカワイイけれど、あれこれ盛り込みすぎて内容が散漫」というふうに感じました。率直に言えば「『コミックREX』掲載マンガのなかで1番マシな作品」というのが、コミック『かんなぎ』に対するわたしの第一印象でした。テレビアニメ『かんなぎ』」関連の最新情報を求めて「コミックREX」を購入していましたが、連載マンガを読んでも、いわば二流に届くか届かないかの作品ばかりを集めている印象を受けました。そもそも、武梨えり先生の出自が「TYPE-MOON」の二次創作同人活動であり、そのあたりの背景からも、「かんなぎの原作力には期待できない」というのが、アニメ放映前における「かんなぎ」への個人的な評価でした。しかし、その一方で「型月厨のみんな!ヤマカンにチカラを分けてくれ!」とも祈っていました。かくいうわたしも、軽度の型月厨ですが(笑)。
 しかしながら、淡白な素材だからこそ、扱う人間の技術いかんでは大化けするとも考えました。そういう意味では「良い原作に当たった」と言える――と、いうのは方便で、原作力に多少の不安をかかえながらも、ファンとして、そう自身に言い聞かせていただけのような気がします。しかし・・・
 「期待していたものと違った」
個人的に、テレビアニメ『かんなぎ』を総括するとすれば、そういうことになります。
 ただし、ヤマカンファンということを離れて考えれば、文句のつけるところが少ない良作だったと思います。「ママはアイドル」(注25)風味のオープニングは、とても印象に残るものです。戸松遥が甘ったるい声で歌う「motto☆派手にね!」も良い曲でした。ヤマカン云々とは関係なしに、今でも聴き返すことがあります。キャラクターデザインや画面のクオリティも、どこに出しても恥ずかしくありません。声優のキャスティングも、(御厨仁役の)下野紘以外は良かった。戸松遥においては、不安定ながらナギ様を最後まで演じきった。出番は少ないながらも、花澤香菜演じる「ざんげちゃん」はよくハマっていました。山本寛や吉岡忍の演出・絵コンテ回は、いずれも野心に満ちていて、観ていて緊張してしまうほどでした。
 アニメ『かんなぎ』制作にあたって、ヤマカンは雑誌インタビュー等で「普通ができたらええねん」「80年代ラブコメ」というキーワードを用いて説明していました。しかし、わたしには違和感がありました。なぜなら『かんなぎ』はラブコメではないと思うからです。「ナギは2000%、仁に惚れることはない」ことが定義づけられているに等しい作品、それが「かんなぎ」のもつ大前提なのではないか、というのがわたしの解釈です。むしろ、あれら登場人物のなかで「ラブコメ」に発展する可能性がいちばん高いのは「仁 大鉄」だと言っても良いくらいです。これは冗談ではなく、ごく客観的な事実にもとづく推論を申し上げているつもりです。
 「普通ができたらええねん」という制作姿勢の表明に関しても、「今回は守りにはいったな…」というのがわたしの第一印象でした。しかし、たとえそれが事実であったとしても、責められるべきことではない。アニメ『かんなぎ』は、京アニ退社後はじめての大きな仕事であり、Ordetスタッフに対しても責任ある立場なわけですから、ヤマカンが慎重を期して何重にも保険をかけたくなるのは無理もないと感じました。「半身」を失ったアニメーション演出家であり経営者でもあり――というのが、かんなぎ制作当時の山本寛のステータス値でした。満身創痍、と言い換えてもいいでしょう。アニメ『かんなぎ』の出来には大いに不満はあったけれど、それでも「ヤマカン、最後までよくやりきった」という賞賛をささげたいと思います。
 (ヤマカンについて)山本寛というアニメーション演出家は「デコレーションセンスが抜群」な人です。素材(原作)に、相性のよさそうなものをたくさん追加して装飾して、見映えのよいアニメ・映像作品にすることを得意とします。これは古巣の「京都アニメーション」の制作手法であると言い換えることも出来ます。アニメ制作に対するスタンスもそうですし、代表作である『ハルヒ』や『けいおん!』などは、巧みかつ過剰なデコレーション技術によって大化けした、典型的な事例です。これ褒めてますからね(笑)
 ここからは仮説です。もしかするとヤマカンは、テレビアニメ『かんなぎ』時点で「過剰なデコレーション(装飾)」に嫌気がさしはじめている自身に気づいたのではないでしょうか。彼は、たびたび「自分は職業アニメ演出家だ」という意味の発言をしています。つまり、職業である以上、ウケの良い「過剰なデコレーションを施した制作手法」を否定することは難しいですし、いままでそれでうまくやってきたわけです。しかし、いつしか嫌気がさしはじめていた。そんな方法で、自身のアニメによる感動の原体験である「ナウシカ」や「ラピュタ」と同じもの、それを超えるものが作れるのだろうか?
 わたしはヤマカンの心情をそのように推測しています。(注26)
 前述の「普通ができたらええねん」には、2つの思いが込められていると考えます。
(1)「職業として、仕事として真摯に原作付きアニメを手がける」という心がまえの表明。
(2)「商品として仕立て上げるため本来おこなう必要のないデコレーションをなるべくせずにアニメを作りたい」という願い。
 そして、この(2)を実現できるものこそが、原作付きではない、そもそも過剰なデコレーションをする必要のない、映像化に適した良質な素材によるアニメ。オリジナルアニメ。2011年の新作『フラクタル』なのではないかと思います。物足りなく感じたテレビアニメ『かんなぎ』も、オリジナルアニメ『フラクタル』が生まれるために必要な道のりだった。
 そう思える日が来るのを、わたしはいまから楽しみにしています。
(その時期のヤマカンwiki活動について)テレビアニメ『かんなぎ』放送当時のヤマカンwikiの状況ですが、さほど活発な更新はしていなかったように思います。
あの当時ことで書くべきことがあるとすれば、ヤマカンwikiに、わたしの「主観的意見」を記すのをやめようと決めたことです。
現在のヤマカンwikiには、作品リリース情報や、インタビュー掲載雑誌リスト、各種参考リンクなどの「客観的な情報」のみが掲載されていますが、TVアニメ「かんなぎ」以前はそうではありませんでした。wikiの単独編集権を活用…というかなかば濫用する形で、的外れなことや電波なことを書き連ねていました。いまでは恥ずかしい思い出です。いまでも未熟な人間ですが、当時はもっと未熟な人間でした。いまでもTwitterアカウントで変なことをつぶやくことが多々有りますが、ごめんなさい。これは病気なので治りそうもありません。
前述したとおり、『かんなぎ』放送当時は、その内容が期待はずれだったこともありモチベーションが低かったので(笑)、あまり、wikiの更新はしなかったように思います。また、アニメ版だけでない『かんなぎ』の本家まとめwiki(http://www19.atwiki.jp/kamnagi/)のほうが、更新が頻繁におこなわれていたため、『かんなぎ』の情報はそちらにおまかせしてもいいよね、と思って手を抜いていました。
さらに言えば、同じ2008年秋アニメでは、どちらかといえば『喰霊-零』や『ガンダム00セカンドシーズン』を楽しみに観ていました。どちらも次週を楽しみにしていました。『かんなぎ』は、3話か4話あたりで「もうゴールしてもいいよね…」と思い始めていたと思います。記憶が定かでありませんが、もし当時のwikiやブログなどに「かんなぎ、面白い!」とか書いていたとしたら、それはウソだと思います。ヤマカンwiki管理人として、いちおう盛り上げようと思っていたのでしょう。
「つまらない、退屈だ」などと、さんざん書き連ねてしまいました。しかし、『かんなぎ』原作は、神道を扱うなどしており意欲的な作品だと思います。その試みが成功しているかどうかは読者それぞれの判断に委ねるとしても、わたしは『かんなぎ』に関していえば、アニメよりも原作のほうがはるかに優れていると思っています。同時に、ヤマカンにチャンスを与えてくれた武梨えり先生は、わたしにとっては、これからも感謝と尊敬の対象であり続けることは間違いありません。
ところで、かんなぎ休載後にはじまった、結城心一『かんぱち』(『かんなぎ』のパロディ漫画)はとても面白いです(2010年現在、コミックス1巻発売中)。この作品は、どの監督、どのアニメ会社が制作しても面白いアニメになることが保証されていると思います。いわゆる「原作力」があります。もしアニメ化されれば『灼眼のシャナたん』『涼宮ハルヒちゃん』と並び称されるに違いありません。



(注22)「普通にやったらええねん」・・・引用元はまんたんウェブ
http://mantan-web.jp/2008/07/12/20080712mog00m200010000c.html より
ちなみに引用元を見れば、「インタビュー文面では「普通に」ではなく「普通が」になっている。文意としては「普通が」のほうが正しいと感じます」(ヤマ管さん・談)とのことである。故に、ヤマ管さんの文脈では「普通ができたらええねん」とされている。
(注23)「ナギ非処女」騒動・・・「REX」連載中の漫画『かんなぎ』において、主人公ナギの元彼氏と思われる人物が登場したことに対するネット上での騒動。主に『かんなぎ』に対する誹謗中傷の類の書き込みが相次いだ。また、原因かは定かではないが、原作者武梨えりはこの騒動の直後に『かんなぎ』を休載し、現在も休養中である。
(注24)『TAKE MOON』・・・武梨えりが、『月姫』『Fate/Stay night』などの成人ゲームで有名なゲームブランド「TIPE MOON」の作品群を二次創作したアンソロジー漫画。OVAにて、アニメ化も決まっているとのこと。ちなみに、「型月厨」とは「TYPE MOON」の熱心な信者を指す言葉。
(注25)『ママはアイドル』・・・1987年に放送された中山美穂主演のテレビドラマ(制作・TBS)。このドラマの主題歌「派手!!!」にオマージュをささげたのが、アニメ『かんなぎ』のオープニング「motto☆派手にね!」である(山本自身、「辛矢凡」名義で作詞を手掛けている)
(注26)わたしはヤマカンの心情をそのように推測しています・・・東浩紀氏も新作『フラクタル』について、山本監督は今まで培ってきたノウハウを捨てて取り組んでいる、と発言している。(『吉田尚記のオールナイトニッポンR ミューコミ+プラス・ ノイタミナ合同新年会』における発言より)
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ヤマカンwiki管理人さんに訊く・私の優しくない「ヤマカン」その3  フラクタル

――― 管理人さん曰く「らき☆すた」降板事件以降、山本氏の「プロ」のスタンスが変化したとのことですが、一方である意味「プロ」意識に欠ける、つまり作り手の「自意識」が強い部分が、山本氏の強烈な信者及びアンチを引き寄せる魅力でもあると思います。
 管理人さんは、「らき☆すた」降板事件以降、どのような経緯で、どのような思いで山本氏を見守るようになったのでしょうか?

ヤマ管 わたしが京都アニメーションを退社したあとのヤマカンを見守ることにした理由
は、いくつかあります。
1.ヤマカンからのメール返信。
2.ヤマカンを観察することが京都アニメーションを分析することにつながるから。
3.第2のトミノになれるかという興味。
4.元「京アニ組」に光を当てる。
第1の理由。そもそもの発端は、ヤマカンの個人掲示板での炎上事件でした。
現在、ヤマカンの個人メディアとしては「掃溜ノオト」(山本の個人ブログ)が有名ですが、それ以前には「御記帳」という掲示板がありました。当時のヤマカンは、その「御記帳」において、ファンとの交流を深めていたようです。たしか2008年の3月か4月頃だったと思いますが、その「御記帳」において、批判的な匿名書き込みに対してヤマカンがいつもの調子で反論したことによって、「炎上」事件が発生しました(注17)。
たしか、2007年6月以降の京アニ退社からそれほど経っていない、ヤマカンの先行きがもっとも不透明だった時期であったと思います。株式会社「Ordet」(注18)を設立して、水島努監督(注19)のツテで『撲殺天使ドクロちゃん2(セカンド)』のグロス請けや『スケッチブック〜full color's〜』で演出を担当するなど、ようやくヤマカンが新たな一歩を踏み出そうとしていた時だっただけに、前述の炎上事件には、たいへんな危惧を感じました。「これが原因で、ヤマカンが干されたらどうしよう」などと、今から思えば杞憂だったのですが、当時のわたしはまだヤマカン慣れ(笑)していませんでした。
これは一大事だと浮き足立ったわたしは、そのままPCに向かい「スタジオ枯山水」にて公開されていたヤマカンの個人メールアドレスにメールを送りました。内容は、以下のようなものです。

(ヤマカンwiki管理人さんがヤマカンに宛てたメールの概要)「現在、掲示板で発生している炎上騒動が、ヤマカンの今後の活動に悪影響を与えないか心配です。ファンとしては、これからもあなたの仕事が見られないのは困るので、いったん閉鎖してはいかがですか?」

決して冷やかしのつもりではない、こちらが真剣に忠告しているのをわかってもらうために、メールにて「本名、住所、電話番号」を記載しました。忠告というよりも、半ば懇願するような内容のメールを送信しました。なぜそこまでしたかというと、『スケッチブック〜full color's〜 第11話』の演出がとても素晴らしく、その時点で、わたしがヤマカンの能力に揺るぎない確信をもっていたからです。要は、『ハルヒ』は偶然だったかもしれない…『らき☆すた』は道半ば…しかしスケッチブック第11話によって、ヤマカンはまぎれもなく高い演出力を証明した、ということです。
メールを送信したからといって、あちらは腐ってもアニメ監督経験者なのですから、一ファンに対しての返信など期待していませんでした。また、その当時は、山本寛という人物は「インテリ」で「気難しく」「人格が若干破綻しているかもしれない」そういう人物であると、わたしは思っていたのです。
しかし、数日後にヤマカンから返信がありました。内容は以下のようなものです。

(ヤマカンがヤマ管さんに宛てたメールの概要)「ご心配をおかけして申し訳ありません。本当にありがとう。しかし、このネット社会において、ファンとやりとり出来る個人掲示板というのは、テレビなどと同様のれっきとした「メディア」であり、積極的に自分の意志や意見を表明できる貴重な場だ。だから、たとえ炎上するなど自分にとって不利な状態になっていても、めったなことがないかぎり閉鎖したくない。」

とても真摯な文体で、その向こう側には強い決意を感じさせられました。

(メールの概要)「現在、ニコニコ動画のコメントシステム、MAD動画などが、アニメ本編よりも盛り上がっている。しかし、長い視点でみた場合、それは果たしてアニメにとって良いことなのか?一アニメ制作者として、そのような流れをただ手をこまねいて傍観しているわけにはいかない。アニメを、視聴者からわれわれ制作者の手に取り戻すにはどうすればよいか?わたしは、それをこれからもずっと考えて、実践していきたい。」

以上が、ヤマカンからの返信メールの概要です。わたしが送ったメールも長文でしたが、ヤマカンからの返信メールもそれに負けないくらい長文でした。
くしくも、これは『フラクタル』声明文にも通じるところがあります。つまりヤマカンは、京アニ退社後の3年間、ブレることなく、そのことを胸中に宿し続けていたということになります。
わたしは、感銘を受けました。メールを返信してくれたことに、ではありません。
ここまで「アニメと関わること」について、強い使命と責任を感じている山本寛という人物の、いつわりのない真摯さに、わたしは感銘を受けたのです。
実を言うと、ヤマカンのメールには再度返信しませんでした。返信してしまえば、それは「馴れ合い」になってしまうと思ったからです。それよりも「行動」しようと思いました。行動によって、ヤマカンの「アニメに対する真摯さ」に応えよう、援護射撃をし
ようと考えました。
じっとしていられなくなったわたしは、その勢いを借りてで、すぐ@wikiでアカウント登録をして、ヤマカンwikiを作成しました。いつか、山本寛がふたたび大舞台に登場するその日を、ひたすら信じながら、いまも、そしてこれからも更新していくつもりです。
見守ろうと思った第2の理由は、京都アニメーション(注20)の制作力の秘密を分析する「判断材料として」です。
京アニをひとことで言い表すなら「アニメ業界におけるイチロー」だと思っています。
京都アニメーションという組織は、モチベーションが高く、長期間それを維持し続けています。目標を定め、それを達成するためにはどうすれば良いかをよく考え、徹底して管理された制作スケジュールのもと、一貫した方針に基づいて行動して、十分な結果と、高い顧客満足度を達成しています。
かつてヤマカンは、そんな優れた制作集団の構成員だったわけです。つまり、退社後のヤマカンを観察することで、3つのことが分析できるとわたしは考えました。
ヤマカンが抜けたあとの京アニは、『ハルヒ』や『らき☆すた』以上の業績をあげることができるのか?
ここでの「業績」とは、売上という意味だけではなく、他社と比較した場合の製品としての出来の良さ、顧客満足度などです。退社後のヤマカンと京アニの双方を「比べる」ことで、オープンなようでいて、まだまだ明らかにされていない京アニの「ノウハウ」が明らかになるのではと思いました。
(1)「京アニ」-「ヤマカン」=???
ひとつは、ヤマカンがいなくても京アニの制作力や優位性は変わらなかったということです。ヤマカン退社〜『けいおん』2期に至る現在。制作力や優位性に関しては『CLANNAD』や『涼宮ハルヒの消失』で証明されています。また、『けいおん!』においては、作品自体に周囲を巻き込む「熱気」を帯びさせることに成功しています(『消失』では成功しているとは言いがたいですが)。品のない物言いをするならば、『ハルヒ』や『らき☆すた』で発揮された「錬金術」的な能力は、ヤマカン以外の要因によるものであることが一層明らかになったということです。加えて、アニメ作品のヒットと音楽制作サイド(レコード会社)のモチベーションの関連性の分析にも、少なくない判断材料をもたらしています。
(2)「京アニ」+「ヤマカン」=???
ひとつは、やはり京アニは、「ヤマカン的な要素」があるからこそ、京アニたりえるのだということ。紙幅をおもんばかり、具体的な作品の例示はしませんが、おもに山田尚子、高雄統子(京アニ在籍のアニメーション演出家)ら2氏の存在が「ヤマカン的な要素」を代替しているとわたしは考えています。「作品への過剰なまでの情熱」という点では山田さんが。「ケレン味」という点では高雄さんが京アニ作品において重要な役割を果たしているのではないでしょうか。わたしはこの2人を合わせて「良いヤマカン、キレイなヤマカン」であると分析しています。
(3)「ヤマカン」-「京アニ」=???
ひとつは、「ヤマカンの実績は、たしかに自身の能力によるものだった」ということです。退社後の参加作品の多くが「あまり売れてない」とか「京アニの時より面白く感じない」などという感想、またはネット上の評判をもって、ヤマカンの能力を疑うこともできるでしょう。そういう懐疑的意見の反証としては「退社後の参加作品は“絵コンテ”(注21)のみの仕事が多いから」ということができます。山本寛は「演出家」であり、演出を担当、もしくは絵コンテ演出をともに担当することによってその本領が発揮されます。これはファンの贔屓目ではなく、退社後の参加作であるならば『灼眼のシャナU』の第2オープニング(第16話〜)、『ケメコデラックス!』第2話、『かんなぎ』オープニング・第1話、『スケッチブック 〜full color's〜』第11話を観ていただければおのずと理解できると思います。このことは、ヤマカンが「絵の描けない演出家」であるが故に、自らの身体と言語コミュニケーション能力をもって(アニメーターに)演出指示を出すという、ヤマカン独特のスタイルを分析するための判断材料にもなります。
ヤマカンを観察する理由の3つめとしては、富野由悠季との類似性を見極めるためです。
ガンダムの監督や原作者として有名な「トミノ」と、ヤマカンはよく似ています。
(1)いわゆる、絵が描けない演出家である
(2)にもかかわらず、絵コンテにこだわりがある
(3)確信犯的な、傍若無人な言動
(4)良くも悪くも、唯一の大ヒット作の呪縛に悩まされ続ける
この観点に関して多くを語れるほど、わたしはまだ考察を深めていません。ですから、言及する程度にとどめます。ただ、ひとつ言えることがあります。それは、ヤマカンにとっての『ハルヒ』は、トミノにとっての『ガンダム』であると必ずしも言いきれないということです。どちらかといえば、2011年の新作『フラクタル』が成功した場合、それこそがヤマカンにとっての「ガンダム」になりうる。そのようにわたしは予想しています。
そして最後の、見守る第4の理由は、元京アニ組の存在が気にかかるからです。
ここでいう「元京アニ組」とは、
ヤマカン退社後に、ヤマカンと共に作品制作に関わったことのある、京都アニメーション所属経歴のあるアニメーターや構成員を指します。具体的な名前を挙げるなら、門脇聡さん、吉岡忍さん、松尾佑輔さんなどのことです。他にも、美術の袈裟丸絵美さん、制作進行の富井涼子さん。
吉岡忍さんは、京アニ時代は絵コンテや演出を担当しており、退社後は『B★RS』(ブラックロックシューター)の監督をするなど、今後ますます活躍されることでしょう。
松尾佑輔さんも同様で、Ordet作品のみならず、他社作品にも積極的に参加しているので、あまり心配はありません。この人は、もし京アニに居続けていたら、堀口悠紀子さん、西屋太志さんに比肩する存在になりえたであろう実力派若手アニメーターだと思います。
わたしが特に気にかけているのは、門脇聡さんです。門脇さんは、京アニ時代は、元請け初期のAIRの頃から作画監督を担当しており、ハルヒの「ライブアライブ」や「朝比奈ミクルの冒険Episode00」で作画監督を担当しています。実力派であり、いわばヤマカンのイメージを忠実に再現してくれた「影の功労者」ともいえる人物です。ハルヒ1期に
おける「Ordet」=「奇跡」の少なくない部分が門脇さんの貢献によるものだと、わたしは確信しています。また、かんなぎでは総作画監督を担当しており、Ordetにとっては大黒柱のような存在です。門脇さんがいなければ、今後もヤマカンは自信をもって「各話の下請け」「元請け企画」を売り込みには行けないのではないでしょうか。
 このように、わたしがヤマカンwikiを続ける理由のひとつとして「元京アニ組に光を当て続ける」という責務のような気持ちがあります。元京アニ組ともくされている人々は、べつにヤマカンを盲信しているわけではないでしょうけれど、それでもヤマカンに関わっている以上、その人たちには幸せになってほしいですし、ヤマカンと関わったことを後悔してほしくない、と私は強く思っています。ですから、ヤマカンwikiを更新し続けることによって、ヤマカンの仕事に光を当て続ける、イコール、門脇さんなどのアニメーターにも注目を集めることができると考えています。


(注17)「炎上」事件・・・山本寛個人HP内の掲示板「御記帳」において、山本は『true tears』(2008年放送、制作・PA works)に次のように言及した。
「true tears(#12まで)- ヤマカン
2008/03/27 (Thu) 23:05:16
「ドラマ」を生まれてから一度も観たことがない未開の野蛮人がやいのやいの言っているようだが、 この作品はアニメ史に確かな「痕」を残す、偉大なる野心作である。 キモオタは『人生』(笑)でも観てなさい。」
ちなみに『人生』という単語は、京都アニメーション制作のテレビアニメ『CLANNAD』(2007年放送、原作・key)の俗称である。ただし、山本がどの意味でこの言葉を使ったかは定かではない。
(注18)株式会社「Ordet」・・・京アニ独立後に山本寛が設立したアニメーション制作会社。山本自身が代表取締役を務める。『かんなぎ』『ブラック★ロックシューター』などのアニメ制作に携わっている。ちなみに会社名は、カール・TH・ドライヤー監督の映画『Ordet』(1954年公開、邦題:奇跡)に由来する。
(注19)水島努・・・1966年生まれ、アニメーション監督。代表作に『ジャングルはハレのちグゥ』『侵略!イカ娘』などがある。山本は京アニ時代に水島が監督を務めた『ハレグゥ』の各話演出を務め、以来水島と親交があった。
(注20)京都アニメーション・・・言わずとした京都府宇治市にアニメーション制作会社(大阪スタジオとして、子会社に「アニメーションDo」がある)。ちなみに、テレビアニメで制作元請を専念し始めたのは『AIR(2005年放送)』からであり、それまでは主にグロス請け(要するに、下請け)が中心だった。ゆえに、山本が2007年に京アニを退社したのは、そうした制作体制が確立してからわずか2年ほどの経過したあとの出来事なのである。
(注21)絵コンテ・・・簡略化した絵や指示を用いるアニメーション全体の設計図のこと。故に、コンテを用いることで、絵のうまいアニメーターでない者でもアニメの演出が可能となる。
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ヤマカンwiki管理人さんに訊く・私の優しくない「ヤマカン」その2  フラクタル

――― アニメのみならず、映画、特撮等の知識が深かったA先輩との交流が再びアニメの世界に入り込むきっかけになったのですね。そのあたりは、「妄想ノオト」で映画批評を積極的に行っていた山本氏とかなり重なっています。
「『らき☆すた』監督降板事件」で山本氏に興味を持ったとのことですが、その事件をどのような形で知ったのですか?また、降板騒動当時、ヤマカンwiki管理人さんは、山本氏についてどのような人物評をお持ちでしたか?

ヤマ管 時期は、ヤマカンが脚本を担当していた第4話が放映された直後の出来事だったと思います。『らき☆すた』監督降板の第一報は、2ちゃんねる、はてなブックマークで話題になっていた事で知ったように記憶しています。はじめ、どうせ釣りだろうと思っていました。しかし、それらの記事はまちがいなく京都アニメーションのURLであり、有名な「その域に達していない」という文言を含む、山本寛監督途中降板が記されていました。
一部ファンの間では「この監督交代劇はネタなのではないか。あのヤマカンならやりかねない」等、希望的観測をともなった様々な噂がまことしやかに囁かれましたが、実際そうでなかったのは皆さんご承知のとおりです。
『らき☆すた』は、「『ハルヒ』ヒットの立役者である期待の若手演出家」の初監督作品ということで、わたしは楽しみにしていました。傍から観ても大抜擢人事ですし、アニメファンの間でも「きっとダンスオープニングが来るに違いない。今度はどのように楽しませてくれるのか」という期待の声が多かったのではないでしょうか。放映のすこし前にニコニコ動画に投稿された「京アニ山本寛 絵コンテ・演出シーン集」(現在は削除されている)も、『らき☆すた』に対する期待をふくらませる一因となっていました。
なかでも、アニメ開始前にテレビ放映されたCMがとても秀逸でした。
画面フレームいっぱいに、(=ω=.)こういう顔をした泉こなたのドアップを映して「ヴーーーーー」とも「ムーーーー」とも言えないような唸り声のみを流し、あえて意味のあるセリフをしゃべらせないそのケレン味に満ちた演出はまるで「ただの萌えアニメにはしないぞ」という挑発とも受け取れ、そこにヤマカンの野心を感じ取っては、放映開始に向けてワクワクしていたことを今でもよく覚えています。
しかし、センセーショナルな「もってけセーラー服!」OPで幕を開けた割には、第1話(演出・絵コンテの担当は山本監督)はとても地味なものでした。むしろ「退屈」「つまらない」と言ってもよい内容で、拍子抜けしたのをよく覚えています。一言でいえば「ネタ度」が低いとでも申しましょうか・・・
前述した、味もそっけもない京都アニメーションの監督交代の告知は、ヤマカンに同情を寄せるには十分なものだと当時は思っていました。ただ、それと同時に『らき☆すた』第1話〜第4話の視聴を通して、ヤマカンに対しては、技術ではなく、その振る舞いが「プロとしては未熟だな」という印象をもたずにはいられませんでした。悪名高い「妄想ノオト」(注12)での一連の発言もそうなのですが、判官贔屓したくてもしきれない、そういう「つけいられる隙」が多い人物なのではないかと、当時のわたしは思っていました。
その根拠としては、ヤマカン自身がのちのインタビューにおいて「『らき☆すた』で、自分にケレン味が求められているのはわかっていた。だからそれはダンスOPとらっきーちゃんねる、EDのカラオケBOXシーンで担保して、あとの本編は好きにやらせてもらおうと思い、ああいうふうになった」(注13)と語っている事実があります。
監督交代させられた理由がなんであれ、作品や自分に求められているものが明確であるならば、それを真っ向から受け入れ昇華してみせるのが「プロ」だと思うのですが、当時のヤマカンはそうはしませんでした。京アニ退社後に発表された『かんなぎ』(制作・A-1 Pictures)においても『らき☆すた』制作でとったスタンスそのままでしたし(注14)、今回の新作オリジナルアニメ『フラクタル』においても同じようなことを表明しており(注15)、そこに野心や高い志を感じはするものの、ファンとしてはとてもイヤ〜な予感がしています・・・
そうしたヤマカンの「プロ」としてのスタンスが変容しはじめたのを、はっきりと感じさせられたのが「らき☆すた」監督降板事件以降だったと思います。
京アニ在籍時の『ジャングルはハレのちグゥ』等の下請け演出時代や、『フルメタル・パニック ふもっふ』『AIR』等の元請け初期のヤマカンの仕事を鑑みれば、かなり「プロ」に徹していたことがわかります(京アニ退社後の、「プロ」としてのヤマカン演出を見たいのなら、『ケメコデラックス』第2話、『スケッチブック~full color's~』第11話をオススメします)。
あまりこんなことは言いたくありませんが、皮肉なことに『けいおん!』(2009年放送、制作・京都アニメーション)において山田尚子監督(注16)の「視聴者に対する媚び」と批判や嘲笑されかねないスタンスこそが「プロ」の振る舞いといえますし、京都アニメーションの制作方針であることは明らかです。つまり、監督降板は「必然だった」のかもしれません。

(注12)「妄想ノオト」・・・山本が個人HP「スタジオ枯山水(現在は閉鎖)」にて掲載していた日記調のコーナー(過去ログは「ヤマカンwiki」にて保存されている)。ここでは過激な映画・アニメ評論が行われており、井筒和幸、押井守、富野由悠季といった巨匠たちも有名無名問わず名指しで批判されている。現在は、アニメ雑誌「オトナアニメ(洋泉社刊)」にて出張版として連載されている。
(注13)「『らき☆すた』で、自分にケレン味が・・・ああいうふうになった」・・・実際の山本の発言は次のとおりである。「・・・『らき☆すた』も、ゆるい展開がアニメになるのかという不安よりも、そのゆるい展開を原作ファンは楽しんでいるんだから、それをそのまま原作ファンに向けて掲示した方がいいんじゃないか、と。そこは死守しようと思ったんです。ただ、数字がつかないと商売ではない。だから、どんな卑怯な手段でもいいから、守らなければいけないものを軸として、デコレーションしていかなきゃならない。それがオープニングと「らっきー☆ちゃんねる」とエンディングなんですよ。ここだけは別でいいじゃない、本編をいじらないかわりにここだけはいじらして、と。」(「山本寛インタビュー part2『オトナアニメvol.6』収録」より)
(注14)「『かんなぎ』・・・スタンスそのままでしたし」・・・『かんなぎ』放送当時、作中における「その域に達していない」という山本監督の自虐ギャグや、宮崎駿、富野由悠季等の有名アニメ監督らしき人物が画面に映る等の描写についてネット上で批判を呼び、(また原作における主人公・ナギの恋人を巡る騒動も加わり、)山本の個人HPの「スタジオ枯山水(現在は閉鎖)」が炎上した。
(注15)「・・・『フラクタル』においても同じようなことを表明しており」・・・山本監督は『フラクタル』公式ページにおいて監督引退を示唆する声明文を発表している。詳細は公式HPで!
(注16)山田尚子監督・・・京都アニメーション所属のアニメーション監督、演出家。『けいおん!』で初監督を務める。ちなみに元京アニ在籍者である山本は、『けいおん!』についてメディアでたびたび違和感を表明している(詳しくは「座談会・物語とアニメーションの未来(『思想地図vol.4(2009年、NHK出版刊)』収録)」、「東浩紀×山本寛 14年目のエヴァ、再起動『Final Critical Ride2(波状言論+PLANETS刊)』」を参照)。
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ヤマカンwiki管理人さんに訊く・私の優しくない「ヤマカン」その1  フラクタル

「フラクタル」特集
ヤマカンwiki管理人さんに訊く「私の優しくない<ヤマカン>」

2011年1月13日からフジテレビ系列で放送されるテレビアニメ「フラクタル(制作・A-1 Pictures)」。本作のストーリー原案に「あずまん」の愛称で知られる批評家・作家の東浩紀、シリーズ構成に『とらドラ』『True Tears』などのヒットアニメを手掛けた岡田麿里を迎え、放送前から話題となった。
そして、監督を務めるのは、演出業のほかにアニメ批評家、アニメ制作会社「Ordet」代表取締役、さらには実写映画監督、指揮者(?)と多方面で活躍し、また奔放な発言によってネット上で賛美と罵倒(??)の嵐を呼ぶ男・「ヤマカン」こと山本寛(やまもと・ゆたか)。
ぜひ山本監督から一言いただきたい。しかし、地方の一大学生にその力もカネも何もない。残念ながら、編集部は山本監督に直接話を伺うことは断念した。しかし、“世界一”ヤマカンを知っている「ファン」に、彼について、彼の作品について、彼の取り巻く状況を伺うことはできないだろうか?
そのように考えた編集部は、ヤマカン自身も見ているファンサイト「山本寛(通称・ヤマカン)wiki まとめサイト」(通称・ヤマカンwiki)の管理人さんに話を伺うことに成功した・・・

――― 山本寛氏(ヤマカン)について伺う前にヤマカンwiki管理人さんについての人となりを簡単に伺いたいと思います。管理人さんは、ヤマカンこと山本寛氏に会うまでは、いつ、どのような形でアニメに興味をお持ちでしたか?

ヤマカンwiki管理人氏(以下、ヤマ管) わたしがはじめてヤマカン演出に触れたのは、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』における自主制作映画パロディ演出の「朝比奈ミクルの冒険Episode00」です。原作も読んだことがなく、まったく前提知識のない状態で観ました。とても興味深く思ったものの、放映当時、第2話以降を試聴し続けなかったと記憶しています。
 本格的にヤマカン・山本寛という人間に興味を持ち始めたのは「『らき☆すた』監督降板事件(注2)」からです。
わたしは、いわゆる「オタク」ではありません。「オタク」とも「アニメオタク」とも、胸を張って言えるほどの活動実績も自負もありません。「にわか」とレッテルを貼られても、なにもおかしくはない、そういうカテゴリーに属するだろうという自覚があります。
 物心ついた時から、ハルヒ放映開始のあいだに印象に残っているアニメを視聴年代順に羅列していけば、『ドラゴンボール』、『聖闘士星矢』『魔神英雄伝ワタル』、『覇王大系リューナイト』、『ふしぎの海のナディア』、『赤ずきんチャチャ』、『こどものおもちゃ』、『あずきちゃん』、『モンタナ・ジョーンズ』、『飛べ!イサミ』。このあたりは、10才~15才くらいで、毎週楽しみにしていたので、よく覚えています。いま振り返ってみると、当時、驚くほど『ガンダム』シリーズを観ていなかったことに気がつきます。ジブリアニメは、アニメとしてではなく日本の映画、邦画として観ていたように思います。
 15才からヤマカン作品以前に印象に残っているアニメは少なく、『旧エヴァ(新世紀エヴァンゲリオン)』、『ぼくの地球を守って』、『南海奇皇(ネオランガ)』、『スレイヤーズ』シリーズ、『劇場版パトレイバー1・2』、『ロスト・ユニバース』くらいでしょうか。
このなかで良い印象として残っているのが『ぼく地球(ぼくたま)』、悪い印象としては『ロスト・ユニバース(通称ヤシガニ)』(注3)です。これ以降、25、6才くらいまでは、アニメを視聴するという行為からは遠ざかっていました。事実、ヤシガニ事件として有名な「ロスト・ユニバース第04話」が放映された後、わたしはテレビ放映でリアルタイムにアニメを観ることを、いったんやめました。(『ロスト・ユニバース』の)渡部高志監督は、わたしにアニメを卒業するチャンスをくれた「恩人」です。(笑)
それ以降、テレビドラマや邦画、洋画、そして日本の現代文学、ミステリ小説などを消費することが多くなり、見事にライトノベルや漫画やアニメとはかけ離れた日々を送っていました。いま思えば、オタクコンテンツを蔑視していたとすら言ってもよいかもしれません。
それから7年の月日が流れ・・・25、6才の頃に、同じ職場で働いていた40代の先輩(以下、A先輩)が、実は、いわゆるオタク第1世代であったことが発覚したことが、わたしのアニメ熱がふたたび高まるきっかけになりました。オタク第1世代とは、要するに『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』を、多感な少年期にリアルタイムで視聴していた1960年代生まれのオタク人種のことです。この世代は「アニメオタクであり特撮オタクであり映画オタクであり●●オタクでもある」というように、分野は異なれど、その興味と知識の対象は「広く、深い」のが特徴ではないでしょうか。
そのA先輩は、アニメ分野に関してはガンダムオタクの部類に属する人でした。しかし、同時に、映像作家としての富野由悠季(注4)に強い興味をもっていたり、70年代以降に放映されていた特撮(戦隊シリーズ、宇宙刑事シリーズ、ウルトラマンシリーズ)、時代劇(必殺シリーズ)、テレビドラマ(『Gメン』、『特捜最前線』、『快傑ズバット』)、黒澤明(注5)、市川崑(注6)、小津安二郎(注7)などからイメージされる昭和日本映画などにも造詣が深い人でした。そんなA先輩にとてもかなうものではありませんでしたが、当時のわたしも似たような嗜好を持っていたので、いろいろとレアなエピソードを教えていただいたことは、いまでも良い思い出です。
A先輩が「特撮やドラマや日本映画」に造詣が深いのは、職場内でも有名な話でしたが、それが「アニメ」となると話は別でした。今で言う「隠れアニオタ」とは違うのですが、あえて自分からは口にしていなかったようです。
そんなA先輩の、オタク第1世代としてのアニメ知識がはじめて明らかになったのは、ある時、わたしが子供の頃に観た『ふしぎの海のナディア』(注8)の話をした時でした。「庵野はむかしウルトラマンを自分で演じたことがある」という一言を端緒として、ナディア、旧エヴァにおける過去の実写映像作品へのオマージュ話。アニメ監督の実写コンプレックスつながりで押井守(注9)にまで話は広がり、他にも「初代マクロス(『超時空要塞マクロス(1982年放送)』)の作画のひどい回はいかにあんまりだったか」「ファーストガンダム(『機動戦士ガンダム』(1979年放送))での山田きさらか作監回は見る価値がないと仲間内で言っていた」など、元祖作画厨の貴重なリアルタイム体験談を話してくれました。
そんなA先輩の影響を受けたわたしは、アニメというのは単なる子供向けの「テレビまんが」「動く絵」ではないのだということを、遅まきながら理解するようになりました。アニメをはじめとするオタクコンテンツに対しての蔑視の気持ちが薄れはじめ、代わりに敬意が生まれはじめました。
以降、ヤシガニ以来観ていなかった「名作アニメ」と巷で評判のものを重点的に、ふたたびアニメを視聴するという習慣が復活したというわけです。印象に残っているものは『富野ガンダム』(『機動戦士ガンダムZ』、『ZZ』、『V』、『∀』等)、『平成ガンダムシリーズ』(『G』『W』『X』等)、『彼氏彼女の事情』、『機動戦艦ナデシコ』、『少女革命ウテナ』、『ベターマン』、『ミスター味っ子』、『あずまんが大王』、『舞-HiME』、『無限のリヴァイアス』、『宇宙のステルヴィア』、『ローゼンメイデン』、『おねがいティーチャー』、『魔法少女リリカルなのはシリーズ』。『無印なのは(監督新房昭之(注10)、2004年放送)』は、時空管理局という存在が明らかになる直前の段階では、もう視聴するのをやめようと考えていましたが…とんだ神アニメでした。また、映像作品がその表現において原作を超えるのは難しいといわれるなかそれを達成した『ミスター味っ子』の演出スタッフと今川泰宏監督(注11)には敬意を表します。変わった印象のアニメとしては『ベターマン』や『ガサラキ』はちょっと辟易としながら最終回まで観た記憶があります。ほかにもそれまでの遅れを取り戻すかのように片っ端からアニメDVDを観ていました。

(注1)『朝比奈ミクルの冒険 episode00』・・・2006年4月に放送された『涼宮ハルヒの憂鬱(第1期、制作・京都アニメーション)』における第1話。各エピソードがストーリー順とは異なる形、いわゆる時系列シャッフルの形で発表された。ちなみに、『ミクル』を第1話とするアイディアはシリーズ演出であった山本寛の考案による。
(注2)『らき☆すた』監督降板事件・・・『らき☆すた(2007年、制作・京都アニメーション)』の監督を務めた山本寛が、突如「その域に達していない」との理由で降板させられた事件(その後、山本は京都アニメーションの子会社アニメーションDoを自主退社している)。ネット上では様々な憶測が飛び交ったが、この件について、当事者の京都アニメーション及び山本は現在も沈黙を守っている。
(注3)『ロスト・ユニバース(通称ヤシガニ)』・・・『ロスト・ユニバース(1998年放送)』の第4話『ヤシガニ屠る』。この回のアニメーションとしてのクォリティの低さが話題となり、いわゆる「作画崩壊」の代名詞となった。その後、制作を請け負ったイージー・フイルムは倒産している。ちなみに、監督の渡部高志はネット上で『ヤシガニ』を巡る厳しい制作状況について説明したうえで、アニメ業界における予算、制作スケジュール等についての問題提起を行った(現在もアニメーション監督として第一線で活躍している)。
(注4)富野由悠季・・・アニメーション監督、1940年生まれ。言わずと知れた『機動戦士ガンダム』の生みの親である。『ガンダム』シリーズのほかにも、『伝説巨神イデオン』『リーンの翼』などがある。
(注5)黒澤明・・・映画監督、1910年生まれ。代表作は『七人の侍』、『生きる』。
(注6)市川崑・・・映画監督、1915年生まれ。代表作は『犬神家の一族』。
(注7)小津安二郎・・・映画監督、1903年生まれ。代表作は『東京物語』。
(注8)『ふしぎの海のナディア』・・・1990年4月にNHKで放送されたテレビアニメ(制作・GAINAX)。監督は『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明。ちなみに、庵野は大の特撮ファン(特にウルトラマン)であり、大学時代には特撮映画の自主制作をしていた。余談であるが、山本寛も京大時代に、庵野らが大学時代に制作した特撮映画『愛國戰隊大日本』のパロディ『怨念戦隊ルサンチマン(1997年制作)』の監督を務めている。
(注9)押井守・・・アニメーション監督、映画監督、1951年生まれ。代表作は『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』。押井も庵野同様、大学時代には実写の自主映画制作に取り組んでいた。
(注10)新房昭之・・・アニメーション監督、1961年生まれ。代表作に『さよなら絶望先生』。2011年1月から『魔法少女まどか☆マギカ(制作・シャフト)』が放送される。
(注11)今川泰宏・・・アニメーション監督。1961年生まれ。代表作に『機動武闘伝Gガンダム』『ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日』などがある。
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