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2018/5/8

ゆるマーケティング講座  トコ助産院セミナー

5/8(火)はこちらでお知らせした

『集客のための、ゆるマーケティング講座』
 〜人が集まる場づくりのヒント〜

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20人+4(スタッフ)=24人が参加

7/24人が助産師以外で
ヨガ講師3と、整体師・作業療法士・臨床心理士1・
トコちゃんベルトの青葉の宣伝部員が各1人

美しく咲いている石楠花が見える
京都トコ会館の1階研修室は、

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福岡・愛知・福井・神奈川・東京などから集い
熱い思いを語る場となった。

ほとんどは、
自分の得意とすることをウリに開業して、
経済的に自立したいと願う人達。

私から挨拶。それから、効果の高い
最新の、座ってもできる体操を一つ

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お土産として覚えてもらった。

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熱いまなざしが講師の“ぬんさん”こと
榊原慶佑先生に注がれる中、

まずは、緊張をほぐし
お互いに仲良くなるためのゲーム。

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ぬんさんから自己紹介の大切さ、
仕方のコツを教えてもらい

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数人のグループに分かれて、
1人30秒で自己紹介。

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  ↑
私は30秒ほど足りず、
最後までしゃべれず(-"-)

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その後は、さまざまなテーマを
同職種同士や、異職種入り混じってなど、

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一度も話さない人がないように
入れ替わりながら、3〜4人のグループで話し合い。

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パワポを使って、HP・プログ・SNSでの
情報発信のポイント

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たくさんの広告ビラを見ながら、
感想・意見を述べ合ったりした後、おやつ。

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トコ助産院スタッフ、幸せそうやね〜。

その後は、場作り(ファシリテーション}のための
アイスブレイク(凍りついた心を溶かす)

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子連れ受講者も1人。ほとんどなくことなく
一人遊びできる子だと分かっていたので、可とした。

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終了後、遠くから来た人に、
「値打ちがあった?」と尋ねると

「ムチャクチャありました〜」
「来て良かったです」

など、喜びの声が聞けて、私もニッコリ。
昨年も受講したトコ助産院の2人は

「昨年は何となくわかった気にはなったけど、
 2度聞いて、やっと良くわかりました〜」と。

助産・整体などを身につけるだけでなく、
自分のウリ(知識・技術)を明確に打ち出し、

買ってもらう術を身につけて
しっかりと歩んでもらいたいと思う。

内容は、トコ助産院のブログで
詳しく紹介していますので、
ぜひご覧ください。その@そのA
8

2018/5/7

突風  気候

5/7(月)は私のゴールデンウィーク最後の日。

少しばかり家事をし、
メールで届く仕事を片付け、

連休中にいっぱい撮った写真を整理し、
ブログにup、facebookでお知らせ。

そんなことをしていた14:55
突然家が揺れるような強風(@@)

すぐにベランダに目をやると、
木々の葉がちぎれんばかりに揺れていて、
電線はビュンビュン。

外気に当てていた物をすぐに取り入れ、

そうや、カメラやカメラ、
このひどい揺れを撮っておこう

と、カメラを手にベランダに出ると
酷い強風は治まり、
普通にあるくらいの風になっていた。

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突風のような状態は、ほんの1分。
そのあとは、雨が本ぶりになった。

暑くなったり寒くなったり、
落雷・突風・ヒョウ…、
全国的に荒馬のような天候。

生駒はまだ寒くて、
防寒用ペストをしまえない。
5

2018/5/6

婆くさくならないよう毎日鏡を  その他つれづれ

5/6(日)は生駒施術

幼児・陸上中距離男子高校生から
私より1歳若いご夫婦まで、12人を施術

おん歳67の女性 Hさん。

私より1歳若いのに、腰は90近く曲がって、
歩く姿は80歳、いや90歳?!

62歳が初来室で、その時も同様だった。

今回は7回目の施術で、毎回施術後は
年相応に見えるくらいの姿勢になるのだが、
しばらくすると、また腰が曲がる。

「とにかく姿勢を気にしないとだめ!」
「鏡に映った自分の姿を見ないと!」

と、言うと
「鏡は見ないことにしています」と(~_~;)

実は私もそうだった。

化粧をしない私は
鏡を見るとあまりの婆くささに、
ゲッソリして、何もする気が起きなくなるので、
見ないことにしていた。

そんなこと言っても、
たまには鏡に映った自分の顔が見える。

そんな時は「あ〜、またいっそう酷くなった」と
愕然とする。

ということは、鏡を見ないと
「少しでも若々しくいたい」との気もなくなるので
 婆くささの進行が加速するということ。

そこで、なるべく自撮りで撮って
ブログにupするようにした。

それプラス、今年から新たな課題を自分に課した。

それは、毎日アクセサリーを付ける。

私は物を捨てないタイプで
かつ、100円とか、500円の
安くて良さげなのが目に入ると、
つい、買ってしまう。

それで、どんどん増えてしまった。

でも、もうこの歳。
「一生付けることがないまま、
 メルカリで2束3文で売らないといけなくなるのでは?」

「いや、それより、毎日付けよう」ということになった。

付けるときは必ず服と合うかどうか鏡を見る。
そしたら顔も姿勢も必ず見る。

なので、そんな課題を課すことにしたという訳。

そんなことをHさんに話すと
娘さんが
「お母さんもいっぱいアクセサリー持っているやんか」
「毎日付けるようにしたらええやん!」と。

私はこんな感じで付けている。

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センスが悪いと思われても、何でもええねん。
とにかく付ける! そして、自撮りしておく!
10

2018/5/5

空手大会見学⇒負傷者ケア  スポーツ・武術

5/5(土)は空研塾の大会があると
塾長からメールをもらった。

どんな大会なのかよくわからないが、
どんなものなのか…? と、
一度見に行くことにした。

会場は八尾市総合体育館、
12時半頃に準備を終えたのに、

ダイヤの乱れと、電車の乗り間違えで
14時半頃、やっと到着。

会場に入ってすぐ、龍壱道場長の
中西先生が主審をされている姿が!

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この大会は、空研塾西田道場主催。
        ↓
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フルコンタクトの各流派の道場で学ぶ
小中学生の、個人トーナメント戦。

南大阪と書いてあるが、
奈良の子達も来ていて、

小学低学年らしき小さな子達が、
眼まぐるしいほどの
速い突き・蹴りを繰り出している。

顔見知りの黒帯の先生方も
審判をされている。

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空手の先生は多忙やね〜。
好きでないとできないわ。

しばらく観戦した後、全体像を撮影しに
2階席の一番高い所に移動。
          ↓
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2階席の一番前まで進むと、塾長の姿が見える。
            ↓
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2階から降り元の場所に戻り、
中学生女子の試合を見ていると…、

私の目の前で、1人が恥骨を押さえて
膝まずいたまま動けなくなった。

「恥骨を蹴られて恥骨結合がズレたのに違いない」
と思って見ていると
中西先生・キミ子先生が
救護に当たろうとされている。

中西先生に声掛けると
入って来るよう言われたので、入ると…、
全く動ける気配なし。

男の先生が2人掛かりで抱えて
傍らマットに移動させ、私がケアに当たった。

恥骨の触診もできない状態で
左右に膝をゆすることも全くできず。

最新のセルフケア法、この写真と同様に
       ↓
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肋骨の下縁に指を当てて
肘で床を押しながら、上半身をねじれる方向に
動くよう勧めたところ、これはできた。

次第に膝が動くようになり、
そこで、恥骨の触診

予想通り、内側に5mmほど入り込んでいる!
その分、左の後上腸骨棘が内方変位。

左の恥骨枝の前に、膝蹴りが直撃したようだ。

近くにいた人(セコンド?)は
「ポコッとすごい音が聞こえた」と。

次に、
1.股関節を極鈍角に保って膝倒しの操体法
2.下肢上下の操体法
3.膝開閉の操体法

これで痛みが緩和、恥骨結合・仙腸関節が整った。

しかし、左の股関節の内旋の動きがやや悪く
左恥骨大腿靭帯の硬さを緩めて終了。

のはずだったが…、念のため腰椎を触診すると
第5腰椎の棘突起が右にずれている。

「ここ痛くない?」と尋ねると「痛い」と。

これは今回の負傷とは関係なさそうだか
ついでなので調整。

しかし、驚いたことに、
こうなると右の寛骨・仙骨ともに
連動して変位するはずなのに、全く変位無し。

腸腰靭帯が強く柔軟だからとしか考えられない。
若くて、かつ、鍛えられている!

最後に、
臍から左上方向に緊張があったので、
1分間ほどかけて緩めると、
すぐに立ち上がり、両足でハイジャンプ。

すごいね〜、若い!
そのま延長戦に参戦(@o@)

善戦していたけど、制限時間前に
再び痛そうに膝まずき動けなくなった。

骨盤を巻く体操用ゴムチューブがあれば、
恥骨結合が安定して、互角に闘えただろうに…。

と思ったが、なかったので残念。

棄権負け後、泣き続けているとのことで
見に行くと…、お母さんによると

「痛くて泣いているのではなく、
 棄権負けとなったことが悔しくて泣いているんです」と。

お母さんが「自宅では何をしたらいいのでしょう?」
とおっしゃるので、
たまたま私が持っていた細長い首に巻くスカーフで
尾骨側⇒恥骨側に巻いたところ
「気持ちがいい、楽」との返事。

「スカーフを貸しましょうか?」と言うと、
「なくても歩いて帰られる」と。

家に帰ったら温泉旅館の浴衣の帯くらいの帯で
骨盤を同様に巻くよう伝えて分かれた。

肩こり・首コリ・頭痛もあるそうで、
お母さんが見ても
首の骨がずれているのが分かるとのこと。

その連動で第5腰椎もズレ、
骨盤も不安定になっているのではと思ったが、
頸椎・胸椎を調整する場所もなし。

何よりも、棄権負けの悔しさが
首の骨のことなんて吹き飛ばしてしまっていたみたい。

中学2年女子、黒帯。
すごい根性の持ち主、あっぱれ!

ところで、武術とは、
@殺法(相手を攻撃する術=剣術・空手など)
A活法(負傷した仲間を元気する術=整体など)

この2つが車の両輪のように揃ってこそ、
負けることなく邁進できる。

なのに現実は、武術=殺法
となってしまっていることが問題だと思う。

私はAを生業とし、@を趣味・運動としている
おかげで、空手を習い始めてからAも上手くなった。

@を学び教えている人達は、
Aをもっと学び身に着けることにより
 全体の水準が上がるのではと思う。

ともあれ、今日は楽しかった。
小中学生の活気を少しでも吸収して、

「私ももっと機敏に動けるようになりたい」
「なろう!」と、気持ちを新たにした日となった。
15

2018/5/5

但馬路での買い物  旅・レジャー・アウトドア

5/2〜4の但馬での道中、
「美味しくて安全な乾物・干物を」
などと探した。

しかし、ほんまに少なく、ほとんどが添加物入り。

都会以上に安全な食品を手に入れにくい?
人口が少なく、商品の回転が悪いから?

なので、あまりたくさんは買えず、
コウノトリの郷公園内で
  ↓
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                    ↑
              この2つは道の駅「但馬まほろば」で

豊岡の「たじまんま」で
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出石で。ひよこ豆だけはカリフォルニア産。
        これは国産がないから仕方がない。
                ↓
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これも出石で。豊岡は鞄の名産地。
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両サイドにペットボトル・折りたたみ傘
カード類・携帯電話などが入るポケットがあり、
内側にも財布などが入るポケットがある。
サッと出せて、ノートパソコンも入るので嬉しい。

着物は絽でリユース、千円!

70歳を過ぎたら、サロンで施術をするときは
和服の施術着で働きたいと思っている。

なので、作務衣のように
仕立て直しできる着物を買ったというわけ。

ところで、いつになったら仕立て直しできる?
このGWも結局はミシン出す暇もなかった(~_~;)
3

2018/5/4

出石城址・桂小五郎潜居跡  史跡

5/4(金) 竹野の民宿を出て、出石城跡へ。
玄武洞は若い時に行ったことがありパス。

原始河川に近い円山川の堤防の低さ!
津波や豪雨で氾濫すれば、ひとたまりもなさそう。

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途中で海の駅なるところに入ったが
ほとんどが添加物入り商品で、
買ったのは高知の塩芋ケンピだけ(>_<)

出石城址から300mほどのところにある
大駐車場に車を入れ、
アンティークな店で買い物の下見をしながら進むと

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        ↑
出石蕎麦の有名店の前には開店前から行列ができている。

絶滅する前の野生のコウノトリが、
最後まで棲息した出石ならではのオブジェ。
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辰鼓楼。明治に廃城となり、
三の丸大手門の石を垣を使って建てられた。

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札幌時計台とともに、日本最古の時計台だが、
札幌と違って、この時計は近代的な電気時計。

これを過ぎたところから
城跡に入るのかと思ったら、
突然これが見えだした
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これは出石町役場の玄関だったと。
今は豊岡市役所出石支庁の敷地内なのだ。

ここを過ぎるとすぐに登城橋

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石段の登り、櫓の横を通り、

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左に曲がって城跡内を歩いていると、

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有子山城跡というのがあるので、
行ってみることとし、歩きはじめると熊が出る?

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時々大きな声を発しながら進んだが…、
すごい急坂、革靴では無理。

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仮に登れたとしても、
怪我せずに降りられる自信はなく、
あと750mのところでリタイア。

稲荷神社の鳥居をくぐりぬけ下界に。

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天守らしき跡はわからなかったが、
ここからでも出石の街が十二分に見渡せる。

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お土産街を歩きながら、バッグ・乾物
リユース着物(千円!)などを購入。詳しくはこちら

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出石名物蕎麦を食べようと歩いたが、
どこも長蛇の列。

やむなく、桂小五郎潜居跡を見に行くことに。

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        ↑
この松の下に石碑がありそうなので、
「すみませ〜ん、写真撮らせてくださ〜い」と
行列に分け入り、パチリ。

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禁門の変(蛤御門の変)の後、
但馬を転々と潜居、ここもその一つ。

荒物屋だったと書いてあるが、
甚助・直蔵の生家ではないようだ。

『花神』(司馬遼太郎)によると
城崎の温泉宿では、そこの娘さんが桂の子を
みごもったが流産し、桂の実子は残らなかった。
今はTという温泉宿になっているとある。

そこを訪れなかったことが悔やまれる。

復路は往路同様、朝来経由。
渋滞に遭うこともなく、楽だった。
3

2018/5/4

美味しかった竹野の民宿の料理  グルメ(外食・中食)

5/3(木)の宿は、
城崎の少し西にある竹野の民宿「たけの館」

とても感じのいい若い女将さんが
元気にもてなしてくださった。

夕食の刺身は最高!

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甘エビは北陸で食べるホッコクアカエビではなく、
大きく太くて、身がしっかり締まっている。

山陰出身の人から、

「北陸の甘エビなんて、あんなの甘エビではない!」

と言われたことがあったが、確かに、

「このエビを食べて育った人は
 そう言うのは当然かも?」と思った。

北陸の方が甘みは強く、まったりしているので、
それはそれで、たまらなく美味。

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どんな素材も、育ちが良い新鮮なものを、
旬にいただけば、高級素材でなくても美味しい。

スルメイカや蕗など、手頃な素材が
上手に調理されていて、どれも美味しくて感激。

少し肌寒くなってきたので、冷茶そばは、
しゃぶしゃぶ用の鍋に入れて温め
麺つゆに戻して、エビの天麩羅と一緒に食べた。

程よいコシでツルツル。
ムチャクチャ美味しかった。

味を想像しながら、混ぜ合わせたり、温めたり
アレンジしながら食べるのが私流。

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マガレイの煮つけは、もう何年?
いや何十年も食べていないので、嬉しい。

「もっと温かかったら、もっといいのに」
と思いながら食べ始めたのに、
気がついたら完食していた。

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但馬牛のしゃぶしゃぶ。
サシが入りすぎていないのが有難い。

「こんなにたくさん食べたのだから
 ご飯は食べないでおこう」と思ったのに…、

筍と油揚げの炊き込みご飯がおいしくて、
「半膳だけ」と食べ始めたら、
ペロリで、また半膳。
  ↓
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                       ↑
              白身魚のつみれ入り赤だし。
     魚の名前を聞いたのに、夫婦ともにすぐに忘れた(;-_-)

日本酒だと酔いが回るのが早く、
あまり食べられなくなる。

せっかくのお料理なので、しっかり美味しく食べたい。

それで、キリンラガービールを
チョビリチョビリと飲みながら食べたので、
胃が良く動いて、たくさん食べられた。

朝ごはんもたっぷり。

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旅の間は朝食をしっかり食べて、
昼はごく軽く済ませる。

「ラップを持ってくれば良かった」
など思ったが後のまつり。

次回からはラップを持参しよう(o^-‘)b
3

2018/5/3

余部鉄橋「空の駅」で100年の歴史を体感  博物館・美術館・建築など

5/3(木)、城崎マリンワールドを出て、
夫が「どこに行こうか?」と言うので
私は「余部(あまるべ)鉄橋!」と即答。

30歳頃に民宿で泊ったことのある柴山や
降り立ったことのない香住を通り過ぎ、余部に到着。

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何で?!と思うほどの人人人、車車車で
駐車場は満杯。
15分ほど待ってようやく止められた。

鉄筋コンクリートの新しい橋ができていて
西の方を見ると古い鉄橋の一部が残されている。
                      ↓
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                       ↑
    これは昭和61年の脱線転覆事故犠牲者6名の慰霊碑

道の駅「あまるべ」内のテレビモニターでは、
余部鉄橋100年の歴史が見られ、
たくさんの写真も掲示されている。

建設計画・準備は
   ↓
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明治44年5月からわずか5ヶ月で組み立てられたと!

「何でこんな辺鄙なところに
 これだけの巨大事業を?!」と言いたいところだが

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これがなければ、島根・鳥取⇔京阪神を結ぶのに
大きく迂回しないといけない。

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これほどの経済効果をもたらしながら、
地元余部の集落の人々は恩恵を被らなかった。

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三方を山で囲まれた陸の孤島余部の人々は、
赤ちゃんをおんぶした母親も、
東隣の鎧駅まで、四つものトンネルを通り抜けて
歩かなければ、汽車に乗れなかった。

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度重なる陳情・手紙で
駅は作られることになったが、これまた大変。

小学生までもが浜辺の石を高い山に運んで
駅のホームなどが作られた。

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こうして鉄橋完成後、実に47年目の昭和34年、
余部駅ができ、汽車が止まるようになった。

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私は23歳の時、城崎から鳥取の友人宅に向かうとき、
余部鉄橋を通ったことがある。

「日本一高い鉄橋」との知識しかなかったが
列車の窓から下を見ると、
まるで海の上を走っているかのようで
その傍らに小さな民家が見え、高さを実感した。

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30代前半、夫が運転する小ささな車で
鉄橋の下の道を通ったこともあり、
思い出深い鉄橋である。

日本海の潮がもろに吹き付けるため
サビとの戦いで、多くの塗装工が
軽業師のように働き続け、鉄橋を守った。

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昭和61年12月28日、想定外の突風にあおられ、
回送中の特急「みやび」の車両7両が転落。

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カニ加工場を直撃し、
女性従業員5人と車掌、6人が亡くなった。

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このニュースをでレビで見たときのショックは
今も忘れられない。

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その後も老朽化は進行、
強風による運休や列車遅延から
定時運行確保を目指し

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平成25年、新橋梁・空の駅・
クリスタルタワー(エレベータ塔)が完成

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エレベータを降りると、足元から下が見え
足が震えるほど怖いので見ないことに。

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旧路線を西に歩いて行くと
駅舎が昔の面影を残しながら建っている。

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カメラを構える人々の影が映っていて面白い。
たぶん向かって左端が私の手。
   ↓
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                      ↑
        降りるときは坂道を歩いて高さを体感
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夫は道の駅で鉄橋の一部をカットして作った文鎮を買っていた。
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重さにビックリ! 100年の歴史を
ドッシリと思い起こさせてくれる。

これだけの多くの人ということは、
鉄道ファンだけでなく

「高い所から海を眺められてきれいよ〜」
といった感覚で訪れている人も多そう。

皆さんにぜひ訪れてほしい思う所である。

ここを訪れて、
「あ〜、なんて私は怠け者なんやろ」と思った。

余部をあとにし、車は東に。

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ジオパークとして認定された
雄大な海岸線を眺めながら
竹野の民宿に向かった。
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2018/5/3

初夏にカニ!? 城崎の旅館で  グルメ(外食・中食)

城崎で泊った旅館
常識では考えられない接客姿勢に
唖然として意見したが、のれんに腕押し。

料理はまあまあ良かったが、名前は伏せておく。

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夕食はカニシーズンでもないのにカニつき。

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刺身も鯛しゃぶもおいしく

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全体的に丁寧に調理されていて美味しいのに、

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カニは冷凍物でパサパサ。
旬でもないものを客に出すなんて
私としては信じられない。

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手間暇かけて調理された美味しい品々で、
少し気持ちは落ちいた。

朝食はおばんざいをはじめ、どの品も美味しい。

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いつもはコーヒーしか飲まない私も、

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ほぼすべて、美味しく頂いた。
特に出し巻き・イカそうめんは
最高、素晴らしい!

でも、トータルの★は 2.5/5 くらい。

「城崎だからカニを出さなければ」、との経営方針?
はっきり言って、このような旅館には泊まりたくない。

ビジネスホテルに泊まって、
近くの飲食店で、
好きな料理を食べらる方がいい。

しかし、城崎のような伝統的な温泉街には
ビジネスホテルは少なく、
特にGWなどは、そのような選択は難しい。
4

2018/5/3

城崎で外湯巡り  旅・レジャー・アウトドア

5/2(水)の宿は外湯巡りで有名な城崎温泉

私は就職して最初の年の秋、
看護学生時代の親友と一緒にここに泊まり
翌日、鳥取に移動したことがあるが、
夫は初めての城崎。

旅館には15時半頃に入り、食事前に外湯巡り。

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まずは、城崎温泉発祥の地 鴻の湯に。
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庭園風の露天風呂がウリの、ナトリウム温泉。

次に御所の湯。外観も内装も豪華で御所的。
脱衣所も大浴場もすごい人口密度。
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たまらず露天風呂に行くと、
温泉が滝になって落ちて来て豪快。

時間があるので、もう一軒と…、柳湯へ。
ここは23歳のときに訪れた記憶がある。
        ↓
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43度以上ありそうなお湯で、しかも浴槽が深い。

茹で上がりそうなので、素早くあがり
脱衣室で扇風機に当たって、ほとぼりを冷まし、

さらに、隣の地ビールのお店で
咽をいやしてから旅館に。

本日休業日の一の湯
城崎温泉の象徴的建物。
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23歳の時、ここにも入ったように思う。
今晩の宿はこの一の湯のまん前。

翌朝は、食事前に内湯に。
マグネシウム濃度が高いようで、苦みがある湯。

7時になる前から、7時
営業開始の一の湯の前に人の列。

見る見る長くなっていくので、
我々の食事前に一の湯に。

御所の湯よりは人口見度は低かった。
外の洞窟湯に浸り、早々とあがって、
休憩コーナーで休んでから旅館に。

どの湯も外国人が多く、
特にハングルがあちこちから聞こえてくる。

朝食後、少し遠い地蔵湯に向かって歩きはじめ
柳を背に自撮りで記念撮影。
      ↓
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      ↑
旅館でもらったQRコード付きのカードを
首にぶら下げて歩き
それぞれの外湯の入り口でコードリーダーにかざす。

すると、無料で入れるようになっている。

1日目は浴衣を着て廻ったが、
2日目は面倒で、いつもの楽な恰好で。

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時おり突風が吹き、柳は揺れ、
川面も波立つ荒れ模様だが、
無事、雨にも合わずに地蔵湯前交差点に到着。

川向うのファミリーマートは和風外観。
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一の湯の斜め前のも、
これほど大きくはないが、和風外観。

地蔵湯は露天風呂はなし。
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人は少なく、菖蒲が浮かべられたマグネシウム温泉で
のんびりできたのが良かった。

まんだら湯は昨日は休みで、
今日は15時から営業なので入れず、
一番遠い里の湯にも入れなかった。

城崎で外湯巡りを楽しむには
最低2泊3日は必要。

チェックアウト後は、
風雨が強くなりそうなので、
城崎マリンワールドへ。

同じように思ってここを選んだ人が多いのだろう、
駐車場はいっぱいで、遠くに誘導された。

一方通行の長〜いエレベータで上がる途中
車の中にカメラを置いたまま出てしまったことに気付いたが、
取りに帰る気にもなれず諦めることに。

アジ釣りをして、天ぷらにしてもらって食べたり
イルカ・アシカのショーを見たりして楽しんだ。
3

2018/5/2

コウノトリの郷公園  博物館・美術館・建築など

竹田城から豊岡に向かって走り、
13時過ぎにコウノトリの郷公園に到着。

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雨は降っているけど館内に入れば

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解説を聞きながら、コウノトリを見られる。

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ここには10羽、放し飼いにされていて
飛んで逃げないように羽根をカットしてある。

館内に展示されているこの写真

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 昭和35年頃(私は11歳)の、出石川の様子で
 人と牛と12羽のコウノトリが写っている。

 その頃は私の故郷でも
 田植え時などは、牛が大活躍していた。

 この頃には既に、ここに写っている
 12羽しかいなかったという。

 そのすべてを撮ったなんて、
 すごい執念! 素晴らしい!

放し飼いにされている向こうの
      ↓
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      ↑
ポールのてっぺんにある巣にいるのは
野生化したコウノトリ。

このようなポールを30基立ててあるが
営巣しているのは10基だけだとのこと。
   ↓
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                     ↑
            これはクラッタリングをしている剥製
解説では
「2003年に人工飼育を始め
 2010年頃には全国に飛び始めた。
 今では沖縄〜北海道、韓国まで、
 見たとの報告がある」と。

2006年1月1日、最初に野に出た1羽を
私たち家族は出石のシルク温泉の一室で見た。

嬉しくて嬉しくって、
そのことを旅館のスタッフに話すと

「えーっ! 地元の人は誰もまだこのあたりで
 コウノトリが飛んでいるのを見たことがない。

 ケージの周りにしか住み着いていなくて、
 そこから離れようとはしない。

 でも、ひと山越えればここまで来れるので
 飛んできた可能性はある」と、
 
 驚きと喜びに沸いていた。

私は最初に野に出た1羽の
第1発見者ということや\(^o^)/

そして、私の家族のほとんど全員、
その姿をはっきり見た。

雪が降る中、山の中腹を向かって右から左に
羽ばたくことなく滑空して行った。

丹頂鶴のように首は細長くなく、大きくて、
写真で見るコウノトリそのものだった。

しかし、残念ながら証拠写真は残っていない。

その1週間後に、新幹線のテロップで
「福井県でコウノトリが飛んでいるのを確認」と。

それを見た私は、
「あっ、あの時シルク温泉で見たのが
福井まで飛んで行ったんやな〜」と思った。

というわけでコウノトリには愛着があり、
夫はお金を払って、コウノトリの名付け親となっている。

「トコちゃん2017号」がその名。
しかし、まだ幼いので一般公開はされてなく、
見ることはできなかった。

「外に出て里山周辺を開きながら
 コウノトリを見よう」と夫が言うので

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傘をさして歩きはじめだが、風雨が強くて中止。
お土産・レストランコーナーに入り
雑穀だけ買い、コーヒーブレイク。

城崎に向かう前に買い物をと、
少し元に戻り、豊岡農協の「たじまんま」に

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野菜不足を補うために河内晩柑と
酒の肴を購入し、城崎へと走った。
5

2018/5/2

竹田城跡@朝来  史跡

5/2(水)から2泊3日の旅。

雨になるとの天気予報なので、
雨が降らないうちに竹田城跡に登ろうと
6:35には自宅を車で出発。

西紀(さいき)PAでトイレ休憩し、
兵庫県朝来市にある道の駅
「但馬まほろば」に、8時半に到着。

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まだフードコーナーは開いてなくて、
但馬牛弁当・但馬牛まき寿司・イチゴを買って朝食。

この古代調の建物の奥にある
古代あさご館も見学したいと思いつつ
まだ開館していないし、雨になっても困る。

朝来市和田山町にある竹田城跡は、
天空の城として、
近年人気がとても高いところ。

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このような雲海に包まれるのは秋〜冬、
前日まで暖かく急に冷え込んだ早朝だけ。

なので雲海を望むのは不可能だが、
駐車場から2.2km歩いて登るので、
いい運動になる。

タニウツギなど、いろんな花が咲いているのを
愛でながら歩き、やっと城の入り口に到着。

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1人あたり500円を支払って入城
さらに石の階段を上り、
大手門跡を過ぎた広場を一周。

くぐって来た水路閣のような高速道路の橋脚がきれい。

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天守台も見える。

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案内係りの70歳くらいの男性に写真を撮ってもらい、

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さらに高くきびしい石の階段を上って
天守台の直下まで到着。

そこで、落し物に気づき、
私は大手門までバック。

しかし、見つからずまた頑張って登り、
天守台の上から見渡すと、城郭の広さにびっくり!

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こんな田舎のへんぴなところに
なんでこんな大きな城が必要だったんだろう?

しばし理解できなかったが
地理を考えれば、
山名宗全が西日本に睨みをきかすための
格好の地だったのだろうと、
何となくわかった。

天守台から降り、さっき眺めていた広場に立ち
天守台を見上げると…、

下に雲海、上に天守の石垣を見上げながら…、

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「生きているうちに、一度でいいから見てみたい」
「どんなに幻想的できれいだろう」

とは思ったが、何日間も滞在しないと難しそう。

雨が降り始めないうちにと頑張って歩き、
車に乗って走り出した途端、雨!

良かった〜、ギリギリセーフやった(^_^)v

ところで、
今年の11/17(土)に、朝来市の保育士さんに
講演会に招いてもらえることに決まった。

 ちなみに、11/18(日)は京都府福知山市の
 助産師Yさん主催で同様に開催。
 
人生で初めて訪れた朝来に
今年は2度も訪れることになるなんて(*^_^*)
5

2018/5/1

ぜいたく煮  グルメ(自宅)

5/1(火)「ぜいたく煮」を炊いた。

材料@は、4/30(月)に道の駅朽木新本陣で
次郎孫と買い物中、「これ食べたい!」と、
差し出したこの大根の糠漬。

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色は自然な色で、これまでここで買った漬物などは
地元で作られた自然なものが多かったので、
合成添加が入っているかなんて全く気にせずに買った。

ところが、長男に渡すと、
「なんやこれ、合成添加物だらけやん!」と。

私もラベルを見て、ビックリ!
確認せずに買ったことを反省。

それにしても…、ウコンだけでも、
この程度の色は付く。
何で黄色4号などを使わないといけない?

材料Aは…、孫たちと出会う前に、
我々夫婦の昼食用に買ってた「ぜいたく煮」

ところが食べてみると、酸っぱく塩辛く、
古い糠漬けの匂いがプンプン。

京都のお惣菜コーナーで買うものとは全く違う。

こんなのが美味しいと思う人もいるのだろうか?
私はダメ、これは食べれたものではない。

しかし、食べ物を捨てるなんてことはできない。

ということで帰宅後、
@Aともに水で3回塩抜きをし
その後、3回水煮をした。

塩や糠臭さも添加物も大部分抜けてから、
だし汁で炊き ⇒ クリックすると元のサイズで表示します
赤唐辛子でピリッと締めた。

小さなこの密封容器に3個分できたが、
明朝早くから旅に出るので、冷凍保管。

こんな質素なお惣菜だが、
糠漬けにするために
大量の米糠と食塩を使う。

そもそも古くなって、
味が落ちた沢庵を使うようだが、
何度も水を変えながらそれらを抜き

燃料も時間もいっぱい使って
炊き上げるお惣菜。

何とぜいたくな…(~_~;)
「ぜいたく煮」と命名した人は賢いわ〜。
5

2018/4/30

小浜で20年ぶりに再会  ファミリー

4/30(月)は6時半頃に起き、少し遅れて起きた長男が
こだわって淹れてくれたコーヒーをいただき、

オレンジピールを陽のあたる縁側に並べ
私と夫は一足先に出発。

集合場所の道の駅「朽木新本陣」

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ここで買い物中に長男家族も到着。
一緒に買い物をし終えて、出発

途中で釣りショップに立ち寄り、10時に到着。

大高丸船長でビワマス漁師の
ししゆず親父こと、大野啓介氏と
約20年ぶりの再会を果たした。 

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そもそも、釣りをしない私が
「釣りに付いて行こう」と決めたのは
長男から
「4/30は大野さんと一緒に釣りに行く」と聞いたため。

大野さんと我々が初めて出会ったのは
今から28年前、スタジオZEROで。

20年あまり前に閉鎖されてしまったが
当時は日本の最先端を行くエアロビクススタジオだった。

そこの事務長が大野さんで
彼と長男と私は似た者同士。

好きなことは何よりも優先して
絶対に諦めることなく突き進む、
「夢見る夢男(子)」タイプ。

それ以後、長男とはずーっと
濃厚なお付き合いが続いている。

一昨年の9月には
ビワマス漁を楽しんだり
・・・私は参加できず(:へ;)

魚屋で働く彼に魚を届けてもらったり
魚の調理法を教えてもらったり…

しかし、私は20年ほど会っていない。

SNSで彼の楽しげな日常を知るにつけ
生の大野さんに会ってみたいとの気持ちを
抑えられず、付いて来た。

奥さんと息子さん2人とも会え、
皆が元気で楽しく生きていることを
お互いに讃えあった。

釣りの邪魔をしてはいけないので、
わずかしか喋らなったったが、
課題を一つ片づけたかのように安堵した。

 長男が15歳のときにZEROに行くともなく
 メインインストラクターの野町先生や
 ダンサーでもある和山先生や、大野さんに
 出会っていなかったとしたら…、

 長男は運動生理学・ダンスなどに
 興味を持つことも遅かっただろうし、
 整体を生業としていたかどうかも疑問である。

釣りをしない私は暇つぶしと、清潔なトイレを…と
周囲を見渡しながら少し歩くと、これが見えた。

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中に入ると若狭カレイ・サバ・ヘシコ
などの郷土料理についての展示や、

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子ども料理教室が開かれていたり、
小浜と京都を結ぶ「鯖街道」の解説・展示。

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18里(70Kmあまり)、
標高800mの峠を3つも越えて
このような荷物を担いで、
小浜から京都まで一晩で歩いたそうな。

足元のプレート書かれている
「京は遠ても18里」と
親しみを込めて(合言葉に?)。

現代人の体力では考えられない。

『解体新書』『蘭学事始』の翻訳・著書で有名な
杉田玄白は、小浜藩の藩医の子息だった
とのことで、たくさんの展示が。

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  ↑
ここに書かれている養生七不可
ネットで調べて、私なりに簡単明瞭にすると

一.昨日の失敗を悔やむな
一.明日のことは過度に心配するな
一.暴飲暴食は慎め
一.得体の知れないものは食べるな
一.楽を求めて運動を怠るな
一.元気だからといい気になるな
一.必要もないのに薬を飲むな

こんな感じらしい。

毛筆で書かれた現代版養生七不可
これは、小浜市が募った入選作のようだ

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こうして市民の健康意識・地元の誇り向上を
目指す取り組みがされていることは、素晴らしい。

我々老夫婦は、13時半頃に出発し、
綾部・大山崎経由で生駒に。

長男家族は…、facebookへの釣果の投稿を見ると

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暗くならないうちに、帰宅したようだ。

「もう2度と小浜で釣りをすることはない」と
夫は思っていたようだが、
孫と釣りを楽しめて、たいそう満足げな様子。

私も大野さんと再会でき、
ゆったりと海や田圃を眺め、
助手席で演歌を歌いながら、
のんびり。いいGW前半だった。
5

2018/4/30

長男宅訪問  ファミリー

生駒施術終了後、夫が買って来てくれた
鯵の南蛮漬などで昼食をとり、
15時半過ぎに京都に向かって車で出発。

今晩は長男の家に泊めてもらい、
明日は小浜に釣りに行く予定。

私が働いていた頃の面影がなくなった
きれいな京大病院の前を通って、
     ↓
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聖護院門跡寺院の南にある駐車場に車を止め、
昨晩ブラタモリでやっていた大文字山が
あまりにきれいなので撮影。

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そこから歩いて、昨年まで長男の家族が
住んでいた家の前を通り

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北側の旧聖護院荘跡の工事現場を
テントの隙間から撮影。

かなり深く掘ったためだろうか、
遺跡が出てきて、史跡調査のため
マンション建設工事が遅れているとか…、気の毒。

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私がこの地域に住まなくなって16年
お付き合いのあった家はなくなり、
新しい家がたくさん建っている。

懐かしい友の家の前で立ち止まり
ピンポンしたが残念ながら留守。

さらに歩いて、2017/5/28 購入前に見て以来の長男宅に。
ガレージができていて、木々がなくなっている。

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私が結婚する前に買った水屋が
ダイニングに良く調和している。

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箪笥も2本、置いて家を出たが、
長男のお気に召したのか、
使ってくれている。有難い。

寝具の準備は太郎孫がしてくれていて
食事の準備は長男を中心に手際よく

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まずは次郎孫が焼いてくれたエイのヒレを肴に
軽井沢のヤッホービールと
石川県の日本酒 天狗舞、さすがグルメの長男

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刺身と、近所のお店で安く買ったという
焼き肉などを頂いた後
太郎孫が出汁巻きを焼いてくれた。

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やや塩辛かったが出しが美味しく、
なかなかのでき栄え。

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その後、私の手作りの
チョココーティングのオレンジピールを
トコ会館から父親が持ち帰らなかったことを知った
孫達から、大ブーイングが沸き起こり

太郎孫が「これから作る!」と言い出し
冷凍庫に保管されていた
生駒の庭産の甘夏みかんの皮を出して来た。

さらに、21時過ぎというのに、
グラニュー糖と氷砂糖を買いに
自転車で出て行ったではないか\(◎o◎)/

私は仕方なく、太郎孫に切り方を教え
2人並んで細く切り、
1時間ずつ、2回ゆで、待つ間、
私は布団の中でウトウト

23:40頃〜シロップを作り
皮に絡めて、ざるに並べて、
布をかぶせてテーブルの上に置いて、
24:30頃、ようやく就寝。

「美味しいものを食べたい!」との
孫達のパワーの強さは、私の血筋?
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