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2018/5/4

出石城址・桂小五郎潜居跡  史跡

5/4(金) 竹野の民宿を出て、出石城跡へ。
玄武洞は若い時に行ったことがありパス。

原始河川に近い円山川の堤防の低さ!
津波や豪雨で氾濫すれば、ひとたまりもなさそう。

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途中で海の駅なるところに入ったが
ほとんどが添加物入り商品で、
買ったのは高知の塩芋ケンピだけ(>_<)

出石城址から300mほどのところにある
大駐車場に車を入れ、
アンティークな店で買い物の下見をしながら進むと

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出石蕎麦の有名店の前には開店前から行列ができている。

絶滅する前の野生のコウノトリが、
最後まで棲息した出石ならではのオブジェ。
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辰鼓楼。明治に廃城となり、
三の丸大手門の石を垣を使って建てられた。

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札幌時計台とともに、日本最古の時計台だが、
札幌と違って、この時計は近代的な電気時計。

これを過ぎたところから
城跡に入るのかと思ったら、
突然これが見えだした
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これは出石町役場の玄関だったと。
今は豊岡市役所出石支庁の敷地内なのだ。

ここを過ぎるとすぐに登城橋

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石段の登り、櫓の横を通り、

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左に曲がって城跡内を歩いていると、

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有子山城跡というのがあるので、
行ってみることとし、歩きはじめると熊が出る?

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時々大きな声を発しながら進んだが…、
すごい急坂、革靴では無理。

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仮に登れたとしても、
怪我せずに降りられる自信はなく、
あと750mのところでリタイア。

稲荷神社の鳥居をくぐりぬけ下界に。

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天守らしき跡はわからなかったが、
ここからでも出石の街が十二分に見渡せる。

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お土産街を歩きながら、バッグ・乾物
リユース着物(千円!)などを購入。詳しくはこちら

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出石名物蕎麦を食べようと歩いたが、
どこも長蛇の列。

やむなく、桂小五郎潜居跡を見に行くことに。

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この松の下に石碑がありそうなので、
「すみませ〜ん、写真撮らせてくださ〜い」と
行列に分け入り、パチリ。

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禁門の変(蛤御門の変)の後、
但馬を転々と潜居、ここもその一つ。

荒物屋だったと書いてあるが、
甚助・直蔵の生家ではないようだ。

『花神』(司馬遼太郎)によると
城崎の温泉宿では、そこの娘さんが桂の子を
みごもったが流産し、桂の実子は残らなかった。
今はTという温泉宿になっているとある。

そこを訪れなかったことが悔やまれる。

復路は往路同様、朝来経由。
渋滞に遭うこともなく、楽だった。
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2018/5/2

竹田城跡@朝来  史跡

5/2(水)から2泊3日の旅。

雨になるとの天気予報なので、
雨が降らないうちに竹田城跡に登ろうと
6:35には自宅を車で出発。

西紀(さいき)PAでトイレ休憩し、
兵庫県朝来市にある道の駅
「但馬まほろば」に、8時半に到着。

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まだフードコーナーは開いてなくて、
但馬牛弁当・但馬牛まき寿司・イチゴを買って朝食。

この古代調の建物の奥にある
古代あさご館も見学したいと思いつつ
まだ開館していないし、雨になっても困る。

朝来市和田山町にある竹田城跡は、
天空の城として、
近年人気がとても高いところ。

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このような雲海に包まれるのは秋〜冬、
前日まで暖かく急に冷え込んだ早朝だけ。

なので雲海を望むのは不可能だが、
駐車場から2.2km歩いて登るので、
いい運動になる。

タニウツギなど、いろんな花が咲いているのを
愛でながら歩き、やっと城の入り口に到着。

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1人あたり500円を支払って入城
さらに石の階段を上り、
大手門跡を過ぎた広場を一周。

くぐって来た水路閣のような高速道路の橋脚がきれい。

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天守台も見える。

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案内係りの70歳くらいの男性に写真を撮ってもらい、

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さらに高くきびしい石の階段を上って
天守台の直下まで到着。

そこで、落し物に気づき、
私は大手門までバック。

しかし、見つからずまた頑張って登り、
天守台の上から見渡すと、城郭の広さにびっくり!

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こんな田舎のへんぴなところに
なんでこんな大きな城が必要だったんだろう?

しばし理解できなかったが
地理を考えれば、
山名宗全が西日本に睨みをきかすための
格好の地だったのだろうと、
何となくわかった。

天守台から降り、さっき眺めていた広場に立ち
天守台を見上げると…、

下に雲海、上に天守の石垣を見上げながら…、

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「生きているうちに、一度でいいから見てみたい」
「どんなに幻想的できれいだろう」

とは思ったが、何日間も滞在しないと難しそう。

雨が降り始めないうちにと頑張って歩き、
車に乗って走り出した途端、雨!

良かった〜、ギリギリセーフやった(^_^)v

ところで、
今年の11/17(土)に、朝来市の保育士さんに
講演会に招いてもらえることに決まった。

 ちなみに、11/18(日)は京都府福知山市の
 助産師Yさん主催で同様に開催。
 
人生で初めて訪れた朝来に
今年は2度も訪れることになるなんて(*^_^*)
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2018/3/29

彦根城めぐり  史跡

今回の旅は「井伊巡り」
彦根では…、その2 国宝彦根城と、
竹生島めぐりを予定。

明日は寒くなるとの予報なので、
今日中に竹生島に…と考えたのだが、

彦根港に着くと、

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竹生島行きの最終便は出たばかり。

では、今日中にお城に…と思ったところで、
エネルギー源が枯渇。

そこで目に入ったのが…これ。

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どっちも最高級の美味しさ〜!
これで城を巡る元気が湧いた。

今夜の宿「かんぽの宿」は彦根港の200mほど北。

チェックインして荷物を置いて、
すぐにお城に向かって歩き、15分ほどで到着。

入場券を買って、まずは、楽々園
これは、彦根藩下屋敷の建物部分を指すそうな。

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手建物の周囲にはもちろん庭園もあり、枯山水。

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建物の内部には入れず、
そそくさと玄宮園に。

ここは彦根藩下屋敷の庭園部分。

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彦根城を借景とした廻遊式庭園で

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あちこちに木製の橋が架かっている。

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桜(ソメイヨシノ)は3分咲きくらいだが、椿はきれい。

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お堀には黒鳥が優美に遊泳
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堀を渡って表御門跡から入り
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長い石の階段を上がって行くと、
太鼓門と続き櫓
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ここに架かっている廊下橋に向かって進む
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  廊下橋を渡り
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    門をくぐり
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さらに進んで門を過ぎると本丸
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美しい天守。何年か前に来た時は
修理中で見られなかったが、

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今回は屋根の鋭角が特徴の彦根城天守を
しっかり確認できた。

その隣は満開。ソメイヨシノではなく、よくわからない。

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天守内を見学。

はしご並みの急な階段を、両手両足4点支持で上がり
最上階に到着。天井裏を撮影。
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窓から場内や琵琶湖が見渡せて、すばらしい眺望。

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階段を降りるときはもっと怖い。

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後ろ向きに降りる人もいたが、
私は手すりにつかまって横向きに降りた。

この階段は滑らないように補修してあるのでまだいい。
松本城の方がもっと怖かった。

しかし、武士たちはこんな急な階段を
武器を持って昇降していたのかと思うと、
彼らの身体能力は、どれほどのものだったのだろう。

外に出て、セルフタイマーで記念撮影。

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帰途につくと、傾いた陽に湖面が照らされて黄金色。
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裏側から見た天守。桜に囲まれ西日に照らされて美しい。

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熊本城の石垣も立派だが、
福岡城も金沢城も彦根状も立派。

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よくぞこれだけの石を積み上げ、
今なお崩れないことに感服するばかり。
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2018/3/29

井伊直虎ゆかりの地めぐり  史跡

今回の旅は「井伊巡り」
3/29(木)は、その1…井伊直虎ゆかりの地めぐり

宿から東に車を走らせ、気賀駅から北に走り、
浜松市地域遺産センターの駐車場に車を止め、

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そこから井伊谷(いいのや)城(=城山公園)に向かって
急坂をハアハアいいながら歩く。
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桜はすでに散り初め

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ようやく到着。

全国あちこちの城めぐりをすると、

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「ようこんな高い所に城を建てわ〜」
と、思うことがよくあるが、
昔の人は足腰が強かったんやね〜。

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急坂を滑るように降り、

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小野但馬守政次の慰霊塔に向かう途中
道路がややこしくて、老紳士に道を尋ねると、

「小野但馬守様の…」と
様づけで丁寧に教えてくださった。

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「おんな城主 直虎」では
「裏切り者」のようにも描かれていた小野氏。

歴史の場面場面で、
憎まれ役を受け負わざるを得ない人がいるが
小野氏もそうだったんだろう。

そして、そのことをしっかり理解し
尊敬している人が
今なおいることを実感。

その後、井殿の塚を参り、

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私はIPadを持たず、
夫の後から写真を撮りながら着いて行く。

夫は地理感がいいので、
どこを通ると近道かすぐにわかるようで
畑の傍らの道なき道も平気で進む。
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私はまるでイスラムの女性みたい。

その理由は、3/23(金)に生駒を発つときに、
ツバの広い帽子をかぶらずに出てしまった。

風が強いので日傘も役に立たず
タオルマフラーで日焼け防止というわけ。

少し歩くと公民館があり、
ここが井伊氏居館のあったところ。
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航空写真がとてもわかりやすい。
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さらに少し歩くと、家老の小野氏屋敷跡。
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途中、白いタンポポや、
濃い桃色の小さな花木も撮りながら

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携帯電話も車の中に置き去りにし、
ゆっくり歩く私と、どんどん先を行く夫。

井伊谷宮境内に入り、

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さらに夫は前方に、私はトイレに。
ついに全く見えなくなった。

「どうせ龍潭寺に行っているはずやから」と
相変わらずのんびり写真を撮りながら進んでいくと

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       井伊家歴代墓所
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ここに直虎(次郎法師)が眠っている。
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巨大な花を付けた山吹もパチリ
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ここを抜けると、龍潭寺の境内に裏から入ることになる。
古い鬼瓦が飾られている。
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ついに夫の姿発見! 気長に待っていたようだ。

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龍潭寺境内は桜も

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コブシも満開

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井伊家の菩提寺 龍潭寺

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入ると廊下は見事な鴬張り。いい音!

立派な仏様なのに顔も体も傷だらけ。
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明治の廃仏毀釈の時に、
近所の子どもたちによって
金箔がはがされ落書きされた。

それを歴史の遺産として今に伝えている。

鴬張りの廊下から見える枯山水の庭。
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こちらは奥の庭。とても広くて1枚に収まらない。
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玄関を出ると、小さなキンカンのようなミカン?
と思ったら「橘」の木なのだと。
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桜もお寺もお互いに、美しさを引き立てている。

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  山門をくぐり抜けた。
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本来はこっちから入るべきだろうが、
これだと散策コースとしてはきつい。

大通りに沿って歩くと井伊谷川にかかる
神宮寺橋。ここにも井伊の家門。
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強い日差しと暑さなのに、強風で日傘も使えず、
ひたすら頑張って、地域遺産センターまで歩いた。

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建物の中に入ると直虎ちゃんがお出迎え。

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いろいろと見て、最後に大河ドラマのロケの
様々な資料やパネルを眺めて復習。

次郎法師が龍潭寺で修行していたロケ地は
今日見た龍潭寺ではなく、方広寺だと。

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「方広寺に行ってみたかったな〜」
と思いながらも、「体力的に限界や〜」

と簡単に諦められるくらい
暑さと強風で、体力消耗がひどかった。
でも十分満足できた。
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2018/1/15

大宰府天満宮  史跡

1/15(日)は、生駒から福岡への移動日となり、
10時頃になって突然、
「大宰府の天満宮に行こう」と思い付いた。

遅くとも16時には着きたいので、
路線検索をして、急いで準備して、
お昼少し前に生駒駅を出発。

年末年始で頭の中が
仕事モードになりきっていないせいか、

セミナーで博多にも
筑紫野温泉アマンディにも何度も通ったので
ああ、あの方向なら…と
暢気に構えていたのが仇となった。

検索結果の見違い・思い違いの連続。
二日市から気がついたら筑紫?!
アマンディの方向に来てしまった!

「遊びよりよほど仕事が好きな人間なんや〜」と
改めて自覚した。

二日市まで戻り、乗り換えてようやく大宰府。
ここからまた、頭が普段モードではなくなった。

まだ使い慣れないIPadを片手に、
「これを見ながら迷子にならないように歩こう」
「この道を通れば一番近いんや」と考えながら歩いた。

確かに駅からは迷うことなかったが、
乗り換えミスなどで時間をロスし
到着したのは17時少し前となってしまった。

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楠の大木に感動
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向こうの楠も屋根を突き破って天に伸びている。
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檜皮の屋根に雪が残っている!
ここを通りぬけると本殿が見えて来た。

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正面から見た本殿
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右近の橘

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左近の桜ならぬ“梅”

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これが有名な菅原道真が大宰府に左遷される前に、
京都の屋敷の梅の木に

「こち吹かば匂い起こせよ梅の花
 あるじなしとて春な忘れそ」と詠み

その梅の木が大宰府まで飛んで来たと言われる梅で
この天満宮のご神木となっているそうな。

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正月からずいぶん過ぎ、しかも遅い時間なのに、
予想外に人が多く、なかなか写真が撮れず。

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楼門の北屋根には雪が残り、
西側は西日を浴びて美しい。

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楼門をくぐって振り返って、
「そうや、こっちから入るべきやったんや!」と

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あらかじめ順路を検索すべきやった。

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池も太鼓橋も美しい。

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「使いの牛」。京都の北野天満宮にもあるが
当然のことながらここにも。

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「ああ、ここから入るべきやったんや」と改めて。。。

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門前の土産物店もズラリ

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温かい梅ケ枝餅を1個買い、
土産物街を抜けたらすぐ左手に駅があった!

何でこの土産物街が見えなかったんやろ?
答えは簡単、
IPadの地図と前しか見ていなかったから。

やっぱし従来のように
キョロキョロしながら歩かないとアカンね。

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大宰府政庁跡の解説石碑

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突然思い立って行動しては
今日みたいなことになる。

1日ゆっくり、日をとって
国立博物館と大宰府政庁跡の見学に
来ないとあかんな〜と、反省ばかりの1日。

おまけに何とパソコンの電源ケーブルを
新幹線の中に忘れた? 床に落とした?!

また出費が増え、ショック _| ̄|○
3

2017/12/4

神宝館・新原奴山古墳群・宮地嶽神社  史跡

水巻の次の駅は遠賀川
途中に遠賀川が見えるはず!

川を見るのが大好きな私の、そんな期待は…ハズレ_| ̄|○

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何本もかった橋で川は全く見えず(:へ;
弁当を食べ終わると、すぐに東郷に到着。

駅前からバスに乗ろうと
時刻表を見ると、待ち時間は20分。

「宗像神社までタクシーに乗ると
いくらかかるの?」と、
暇そうに立っている2人の運転手さんに尋ねると、
1600円
うーん、1人で乗るにはもったいない。

などとしゃべっているうちに、
「生駒山の遊園地に行ったことがある」
と、若い方の運転手さん。

「宮地嶽神社もいいよ〜」
などと観光案内をしてもらったりしていたら、
バスの時間となった。

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長閑な景色を眺めているうちに、すぐに到着。
6月の宗像神社参詣時にもらった招待券で神宝館に入館。

といっても500円 ⇒ クリックすると元のサイズで表示します

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金の指輪・馬具の装飾金具・陶器・勾玉など
さすが国宝と唸らせる品々。

しかし「8万点もの国宝が収蔵されているなら、
もっとたくさん見せてくれたらいいのに」とも思った。

神社の前からタクシーに乗り、
新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群に。

到着寸前に突然、大粒の雨と風。
女性の運転手さんから
丈夫そうな傘を貸してもらい、

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ため池(?)の横の道を小走りに古墳群に向かった。
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青空と雨雲が入り混じる空の下を走り、

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古墳の間の草が踏み固められた小径を登ったところで

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風と雨はますます強くなり

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その先の古墳群に立ち寄るのをあきらめて
タクシーが待っている所に戻った。

天気が良ければずーっと歩いて、
タクシーに先き回りしてもらって
拾ってもらえたのに…残念。

少し不満そうな私を見て、運転手さんは
「この後は宮地嶽神社に行かれる人が多いんですよ」と。

と言うことで、そちらに向かってもらい
階段下ではなく、上がったところで下車。

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大注連縄の下で参拝。小雨降る中を階段に向かった。

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おーっ、これが東郷駅前で男性の運転手さんが
見せてくれた観光ガイドに載っていた写真の階段。
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境内に同じ写真のパネル。
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         私が撮った写真とは撮影場所も高度も違う。

JALのCMで嵐がここに収録に来て以来、
たくさんの観光客が訪れているとのこと。

特に、この参道と日没が一直線になる
光の道が現れる
2/20・10/18の前後は、たいへんな人出だそうな。

下まで降りて、タクシーにまた乗ったところ
「名物の松ケ枝餅は買われませんか?」と勧められ
そう聞くと欲しくなり、4個購入。

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「海まで行かれますか?」と尋ねられ、
そう聞くと、また、行ってみたくなった。

海に着くと、タクシーのドアを
開閉できないほどの強風となり、雨も大粒に。

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それでも気合を入れて撮影。ここに写っているのは…これ。
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もう1枚撮った写真を画像調整したら、
字が浮き出て来て、読めた。

素早くタクシーに乗り込み、

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最寄りの福間駅に送ってもらうと、
何と3分後には博多行きがある!

ダイヤもすっかり正常になっていて
博多に無事到着。

車の運転免許も持っていない私なので、
このような田舎での観光は、
タクシーを使わざるを得ない。

安くはないが、運転免許を取りに行くことや
車を買うことを考えれば、安いものである。

今日の悪天候はこの低気圧によるもののようだが
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仕事では天災・事故・故障などで
足止めされることがない私なのに、

遊びの日は今日のように
交通混乱・悪天候に見舞われることが、しばしば。

うーん、神様は私が遊ぼうとすると怒るの?
「仕事をしておれ!」と言うことなのかなぁ〜?

遊んでいただけなのに、ああ、疲れた〜。
2

2017/7/9

宗像・沖ノ島、8つの関連遺産群が登録に  史跡

7/9(日)は大相撲名古屋場所の初日。
本日の取り組みの最後のあたりで、
ニュース速報が流れた。

「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の、
8つの構成資産すべてが

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世界文化遺産に登録されることに決まった。

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6/26(日)、夫と一緒に宗像大社 辺津宮 ・宗像大島を旅したばかり。
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  関連記事 宗像大社 辺津宮 宗像大島 宗像⇒生駒
 
「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群は、
平成21年、世界文化遺産の登録を目指す国内の暫定リストに記載、
去年1月、日本政府が
「神聖な島として信仰の対象であることなどが世界的に見ても顕著」
として、ユネスコに推薦した。

ところが今年5月、登録の決定に大きな影響を与える
ユネスコの諮問機関イコモスは、
4つの資産だけを
「世界遺産に登録することがふさわしい」と勧告した。

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残り4つの資産については、
沖ノ島の古代の祭祀(さいし)が現在の宗像信仰につながったか
多くの疑問点があるなどとして、
「世界的な価値とは認められないので除外すべき」と。

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日本政府や地元の福岡県などは、
世界遺産委員会の参加国に対して、
8つすべてを構成資産登録を求めていた。

その甲斐あってか、イコモスの勧告を覆して
7/9、8つすべての登録が認めらた。

その理由として、世界遺産委員会は
「沖ノ島の古代の祭祀と宗像大社に伝わる
信仰との間には連続性があり、

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8つの構成資産すべてを登録すべきと判断した」と。

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私も宗像を旅して、
「イコモスが4つだけを登録すべきと
勧告したのはおかしい!」と思った。

なぜなら、

宗像大社は、玄界灘に一直線に並ぶ3つの社の総称で、
天照大神の3人の娘“宗像三女神”が祀られていて、

 沖ノ島にある沖津宮 (長女 田心姫君 タゴリヒメ)
 大島にある中津宮 (二女 湍津姫君 タギツヒメ)
 宗像市にある総社・辺津宮(三女 市杵島姫君 イチキシマヒメ)

宗像大社の表参道・宗像大島・沖ノ島・
対馬の北端・韓国の釜山は、下の地図で一目瞭然
ほぼ一直線につながっているからである。

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玄界灘は道中(=みちなか)とも呼ばれ、
朝鮮半島と日本をつなぐ大切な航路であるだけでなく
両者の戦いの場ともなる

元寇文永の役では、対馬の住民のほぼ全員が虐殺され、
弘安の役では、14万2千人もの高麗や南宋の兵士が亡くなった。

  関連記事 元寇の島 鷹島

さらに、日露戦争の日本海海戦ではバルチック艦隊全滅の場となり
5千人近くの兵士が亡くなった。

「この三女神が守る海の道からは、
驚くことに古代日本が国家として羽ばたいていった秘密が見えてくる」
と書いているサイトもあり、私も同感。

海を渡って戦をするのも、
商売をするのも、まさにバクチ。

「だから、中津宮境内にバクチの木が
植えられているのではないか?」と勘繰る私である。

大和朝廷がおさめるこの国が、
豊かな平和な国として栄えるには
軍備を固めつつ、神に祈る場が必要だったのだろう。

沖ノ島からは銅鏡や金製の指輪など
およそ8万点の装飾品などが出土。

「海の正倉院」とも呼ばれているが、
宝物は、今は宗像大社宮の辺津宮の境内にある
神宝殿に保管されている。

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沖ノ島は女人禁制で、
一般の男性も1年に日だけしか入ることを許されていない。

先日のガイドさんから聞いた話によると
神社側からは「女人禁制とは言ってはいない」とのこと。

「沖ノ島の周囲は波が荒く、
男の人でも沖ノ島に渡るのは命がけである」

「そのような危険な島に、
赤ちゃんを生み育てる大切な役割を持つ女の人に
行かせるわけにはいかない」
との人々の想いから女人禁制へとつながっていったそうだ。

この説明に、イコモスの調査員の人達も
深く納得したそうだ。

岸田外務大臣は、
「古くから神聖な祭祀の場とされてきた沖ノ島は、
わが国の古代の国際交流の歴史を示す多くの品々が
手つかずの状態で残されている世界にも類を見ない島だ。
今回の登録を心から歓迎すると同時に、
古代から続く遺産群の文化的伝統を現代まで
連綿と受け継ぎ守ってきた地元の皆様に
深甚なる敬意を表したい…」と。

今回の登録で国内の世界遺産は文化遺産が17件、
自然遺産が4件で、合わせて21件となる。

詳しくは、NHK Web ニュースでどうぞ。
6

2017/6/25

宗像大社 辺津宮  史跡

15:50に生駒の家に到着、
リュックに着替えやオヤツを詰め込み
15:00に家を出て、
生駒駅からコスモスクエア行き電車に。

コスモスクエアで、ニュートラムに乗り換え、
大阪南港のフェリーターミナル駅で下車。
16:05受付を済ませて乗船。

毎日旅行が多い夫だが、
今回は初めてサンケイトラベルの旅。

ステッカーを帽子に貼り
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      往復とも、名門大洋フェリー「CITIY LINE 京都2号」

        17:00 大阪南港を出発
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朝はコーヒーだけ、
昼はミックスサンドイッチだけだったので
お腹はペコペコ。

17時の出港と同時に、
レストランで1550円のバイキング(朝食付き)

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特に御馳走という料理もなく
デザートもわずかだったが、
腹ペコのお陰で、この写真の約2倍、

鱈腹食べ、焼酎も少しだが飲み、
風呂に入った後は、すぐに寝てしまった。

朝から空手で、熱中症のようになり、
水のようなシャワーで体を冷ましてから
「遅くならないように」と頑張って施術をし、

   急いで生駒に向かったのと、
   前日までの寝不足のお陰で、
 カプセルホテルのような船室で、延々と眠れた。
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4時に起床、外はまだ真っ暗、おまけに雨も降っている

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    4時半から朝ごはん。
   いつもは食べないのだが、
今日はたくさん歩かないといけないので、
   少しだけ食べることに。
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 有難いことにコーヒーは美味。
   牛乳も入れて満足。

食べ終わる頃に明るくなり、雨も止んだ。
陸地が近くに見えるようになり、そろそろ下船。
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下船後はすぐに観光バスに乗って、6:45に宗像大社に到着。
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添乗員さんの説明の甲斐なく、多くの人は本殿Cに向かわず、
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まだ開いていない交通安全の祈願殿Dに向かった。
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それを見た添乗員さんは
「何で?! 私、あんなに言ったのに…!」と。

「あんたが皆に伝わるような喋り方をせんかったからや」
と、添乗員さんに喋り方の“講義”

  世界文化遺産の候補として浮上して以来、
     観光客が急増した宗像大社 辺津宮
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私も不勉強なので、今回の旅を機に、
少しは古代祭祀について知りたいと思う。

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庭の木や社殿からも、格の高さがうかがえる。
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          拝殿の奥に本殿
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           御神木はナラ
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    長く横に伸びた枝の下に立つ夫
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      新築中の二ノ宮、三ノ宮を見て
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    高い階段いくつも登り、高宮祭場へ。
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  宗像大神降臨の地で、宗像大社内で最も神聖な場所。
神社の建物はなく、古代祭祀の姿を今に伝える全国でも稀な祭場
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  高宮祭場から本殿の方に戻ってくると、
   木と建物が見事にマッチし美しく、パチリ。
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7:15集合、バスはフェリー乗り場へと急いだ。

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      7:35 神湊⇒大島、乗船開始。
    濃霧の中、神湊(こうのみなと)を後にした。
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「雨でずぶ濡れにだけはなりませんように」と祈りつつ。
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2017/6/4

福岡城址  史跡

日本庭園の白塀に沿って進むと
NHK福岡の建物が真っ正面に見え、
今朝見た「ドドド」の文字。

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    左のお濠に花菖蒲

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透けるような黄色のスイレン 
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         福岡城址と書かれた石碑があるが
           その隣にある橋は交通止め(:へ;
      
      どうしたら城内に入れるのか?
      とにかくお濠に沿って歩いていくと
      濠の向こう岸に渡れた。
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   赤紫のスイレンも、ここからだときれいに撮れた。

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  石垣に沿って土の道を登っていくと、

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          高い石垣と櫓

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      石垣の大部分は修繕中
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   維持補修には莫大な経費がかかりそうだが、
    入園料を徴収するところはなさそう。

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  石垣は全体的にゆるい傾斜でやさしい感じがするが、
    忍者も泣いた!? 不落の名城だとか?

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東側に野球をしている人たちを眺めながら北に進むと
   白壁ではなく木を張り詰めた美しい櫓(祈念櫓)
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  北側から見ると、北西の陽を浴びて美しい。

そこから「天守に行くには?」と一瞬迷ったが
外国人観光客の大群が見え、
「あの人たちの行く方向が天守に違いない」と
後ろについて歩いた。

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  丸く削ったのだろう? 珍しい石垣。

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   私は撮影しながらなのでゆっくり進んで行くと
   団体さんが天守の階段を降りて来た。

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   入れ替わりで天守に上り、ゆっくり撮影
       南には福岡の街

   北東から下を見ると、天守台に上がる階段
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 北の梅林の向こうにも街。梅の季節にも来てみたい
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     西には大濠が陽を浴びで輝いている。
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   これが天守の推測復元模型の写真

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   そもそも、天守があったのかどうかが
  謎らしいのだが、古文書からもあったらしい。

そりゃ〜、あったと思う。
何かの理由でなくなった後、
再建されなかったのだろう。

江戸城の天守でさえ、
財政難などの理由で再建されなかったのだから
福岡城の天守も
再建されなくても不思議ではないと思う。

   天守台を後に、帰途に着くと、
   途中ススキのようにきらめく白い穂。
   トラノオ? きれいやな〜と見とれてパチリ。
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  扇坂⇒東御門⇒資料館へ

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  現代の地図と、江戸時代の城の復元模型を見比べたり
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     二つの地図を見比べたり

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   博多と福岡の街を分けていた古地図も…。
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古い歴史を持つ町人の街 博多
江戸時代に作られた武士の街 福岡

これが明治になって合併して、
福岡市となり、駅名が博多となった。

よそ者の私ですら福岡市・福岡県と
命名されたことに納得いかないのに、
博多の人達はどんなに悔しかっただろう。

近年、博多の祭り 祇園山傘が
福岡の街でも祭られるようになり
2つの街はメンタル面でも融合しつつあると聞くが…、

そのきっかけとなった
「福岡」城という名にも違和感を感じる私は
相当しつこい性格なのだろう。

でも、きっと多くの福岡市民は
そんなことは過去のことで、どうでもいいことで、
知らない人も多いのだろう。

あまり見なかった軍師官兵衛
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          この看板が場内のあちこちにあったが、
          進む方向と地図の向きが違って、
          よく理解できなかった。

うーん、スマホなし生活も、もう限界かな?
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2017/3/27

孫達と薬師寺見学  史跡

2016/5/1 薬師寺を夫と二人で訪れた際、
瓦1枚2,000円を寄進した。

それで、薬師寺の拝観などの無料招待券が送られて来た。
せっかく頂いた券なので、孫達を連れて行くことにした。

生駒から近鉄に乗り、西大寺で乗り換え、
西ノ京までのたった2駅の間に、
睡眠不足の弟は寝てしまった。

私が起こすと目を開けたので
「降りるよ」と声掛けて、電車を降りて振り返ると
姉が弟をおんぶして、電車から降りて来た(@o@)

何と優しく、力持ちのお姉さん!
私はもうこんなことはできない。

自分の体重の2.6倍の人をおんぶするくらいなので、
これくらいはなんてことなさそう。

安定した足取りで地下の改札まで下りて来たので
私がカメラを向けると、弟は寝ぼけ眼。完全に甘えている。
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                          ↑
               改札を抜けた後もそのまま、
               スピーディーに階段を上って行った。
薬師三尊像や西塔内を見学し

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野点の無料券もあったので、
上品なお菓子とお抹茶2人前を四人でいただいた。

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その前に、仁王門のところで、
100円でお線香をあげられるようになっていた。

「いっぺんしてみたいんや〜!」と言っていた
弟の念願がかなった。

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年末に東大寺に行った時は背が届かず、
ジージも抱き上げてくれなかったのでできず、
すねていたのに、お兄ちゃんのお陰で満足。

資料館・売店で吉野葛餅などを買い、
寒いので帰途に着くと、雅楽の演奏があると分り

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10分あまりの待ち時間を

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再び、資料館・売店内で過ごすことに。

すると中学男子が
「国語の教科書に載っていた千年の釘や」と。

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前回も、さっきも気付かなかった。

「5年生の教科書に載っているので知ってる」
と女子も。

教科書で習ったことを、
このように実物を見られるなんて
素晴らしい経験。

釘の大きさだけでなく、中学男子の説明を聞きながら
その独特の形状に、私も目を見張った。

やがて、梵鐘の大きな音が聞こえはじめ、
数回聞こえた後、外に出ると、雅楽の演奏と行進が始まった。

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笙(しょう)は2人が、
篳篥(ひちりき=縦笛)と龍笛(りゅうてき=横笛)は1人ずつ

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たった4人の演奏なのに、信じがたいいほどの大きな音!

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強風が吹きすさぶ屋外で、大きな体格とはいえない人達が
こんな大きな力強い音色を出せることが、信じられなかった。

中国や日本の古代の楽器・文化の素晴らしさに驚愕。

二男の結婚式の時に平安神宮で
雅楽の演奏を聴いたことがあったが、
室内だったせいか、こんなに大きな音ではなかった。

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最後に僧侶の列。どこに進んでいくのか分からない。
とにかく寒いので、
駅近くのお店で昼食をとり、帰ることにした。

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男子2人は境内でもお構いなく、じゃれている。
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2016/11/7

2度目の飯塚市訪問  史跡

11/7(月)は助産力upセミナー流会のために休日となり、
飯塚市の旧伊藤伝衛門邸に行くことにした。

飯塚市には今年の2/12に一度訪れたことがあり、
嘉穂劇場を見学し、田中クリニックを訪問。

1日で何か所も見歩けない私は、
前回は旧伊藤伝衛門邸には行けなかった。

ネットでバスを調べると、天神バスターミナルから、
旧伊藤伝衛門邸への直通バス「でんえもん号」がある!

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10:25発に乗り、コンビニで買った軽食を車内で摂り、
のどかな小春日和の筑豊の景色眺め、

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1時間ほどで到着。バス停から歩いて3分という便利さ!
すぐに見学開始。見るところが多くて、写真も撮りまくり。

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この門は福岡市天神の別邸
銅御殿(あかがね御殿)から移築したもので、
門以外は燃えたのだそうな。

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柳原白蓮が過ごし、NHKの朝ドラ「花子とアン」の
ロケにも使われた屋敷。今は飯塚市が所有している。

自由にドレス・帽子・バッグを自由に着用してよい
写真コーナーがあり、
私も物好きに記念撮影。締まらない顔やね〜(-"-)
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「柳原白蓮生誕130年展」開催中で、
膨大な展示物があちこちにあり、
どれが常設展なのか、どれが特別展なのか?

竹久夢二の美人画のモデルだそうだが、そっくり。
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      白蓮展と並んで、広大な邸宅の一角に、山本作兵衛展も。

展示物も屋敷も庭も…見学するところが多く、撮影もしまくり。

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これは無料。    最後にお土産コナーで、本や豆菓子などを購入
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飯塚バスセンターまでバスに乗り、田中クリニック訪問。

前回同様、全くアポなし訪問で、
小児科医の洋子先生を、またもや驚かせてしまった。

手土産に持って行ったずれ防止トコショーツ(先行販売品)を
妊娠6カ月の看護師さんに試着してもらい着用指導。

前回取り損ねた記念撮影⇒クリックすると元のサイズで表示します

膨大な写真はゆっくり整理して、upはまた後日としよう。ふぅ。
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2016/11/2

快晴の京都御所見学  史跡

11/1(火)はキーボードを打ちながら居眠ってしまい、
布団に入り直して寝たのが20時頃?

11/2(水)は3:30に起きてコーヒーを飲んですぐに
PCに向かってたまったメールの返信などの仕事。

午前中に京都御苑内の仙洞御所かどこかに
観光に行こうと思ったが…なかなか出られず。

11時過ぎてようやく出発、堺町御門から入ると、
正面に見える御所や青い北山、いい天気で眩しい。
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ここから東に歩くと、遠くに仙洞御所の塀が見える。
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門の前まで歩くと、見学受付があり、
尋ねると15時しか予約が取れないとのこと。

「ほな迎賓館に行きますわ」と言うと
「水曜は休みですよ」と。

ほな京都御所にと、歩を進めながら、京都御所の建春門を撮影。

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南⇒西⇒北とテクテク歩いて、ようやく宜秋門に到着。

御所見学で入る門は"宜秋門”と思い込んでいたが、
後で気づいたら、清所門だったよう。

皇宮警察官に持ち物検査を受けて、
入門証を首にかけてから入る。
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休憩所でまずビデオを見て、
パンフレットを手に見学路を確認しながら進む。

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あれっ、印刷されているのと、看板の見学順番が違う。

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まぁええやと、歩くと御三間(おみま)

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御常御殿(おつねごてん)が独立したもので、
内向きの行事に使用されていたそうな。

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開けられた戸の間から見える、板戸に描かれた絵を撮影
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    見事な青空、日本の空と思えないくらい。
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             ススキが秋の情緒をたなびかせている。

     パンフレットを見ながら御常御殿へ。
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         御常御殿の前にある御内庭
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        ここから南に進み小御所
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                蹴鞠の庭

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     小御所の正面と、その向かいにある御池庭
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さらに南に進むと、紫宸殿を囲んでいる朱の回廊が見え、
    日華門
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                 檜皮葺き屋根の実物模型

     建春門から真っすぐ西にある門をくぐって
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        紫宸殿の南庭に出た。
右近の橘は工事用建材が組まれていて、美しくない。

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承明門から建礼門に向かおうとしたら、
「一方通行です」と止められた。

あっそうか、順路とは逆に進んでいたんや。

観光客は結構多いが、何しろ広いので、
一人逆行しているとは気付かなかった(*_*;

やむなく引き返し、漢竹・呉竹が植えられている

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           清涼殿へ

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目ではよく見えなかった内部なのに、きれいに撮れていた(*^_^*)

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もう13時、14時〜の顎セミナーに遅刻しないよう、帰途についた。

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良く手入れされた大きな松が、あちこちにあるのを見て、
雪化粧をした兼六園に行きたくなった。
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2016/6/18

高瀬川と源流の池  史跡

国立博物館を後にし、七条から三条まで京阪に乗り、
御池大橋を渡り、高瀬川に沿って歩いた。

少し歩くと「佐久間象山・大村益次郎遭難の碑」が川の西岸に。
これまで何度も歩いたが、気づかなかった。
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   川べりの紫陽花を愛でながら歩くと、

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            高瀬舩
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開削者の角倉了以(すみのくらりょうい)邸跡の石碑
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高瀬川源流の池があるところが屋敷跡やと思っていたが、
橋のあたりまで屋敷があったということなんやろね?
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           明治になってから山県有朋の屋敷となり、
           岡崎の無鄰庵に次いで、
           第二無鄰庵ということになったんやね〜。

がんこ二条苑の玄関先に飾られている、小さな花房のガクアジサイ

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まだあまりお腹がすいていないので、
休憩的に少し料理を注文し、その間、庭の散策。

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  少し前、テレビでこの庭を放映していたのを見て、
       久々に訪れたくなった。

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何度来ても、この庭は素晴らしい、都会のオアシス。

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    凄い量の水が渦巻くように流れている池。
       いや、池というより広い川。

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   幼かった孫達も、この小さな大自然の中で、
時が経つのも忘れて遊んでいたのは、もう5年以上前?

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     京大勤務時代、何度か宴会に来た部屋は、
   近年は外国人旅行者で埋め尽くされていることが多い。

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個人や少人数グループは、いつもこの離れ的な洋館に通される。

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          庭を眺めながら食事
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   がんこ二条苑の向かいは、島津創業記念資料館

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一之舩入りまで戻って西に進み、舩入の端から東山を撮影
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河原町通りに出ると正面(西側)に、島津製作所のレトロなビル。

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河原町通りの反対側(東側)には、
久坂玄瑞などのゆかりの地であることが書かれている。
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            池田屋があったのは、高瀬川三条の西北。

河原町から夷川を西に進むと大きなアジサイ・カシワバアジサイも。
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私好みの陶磁器を売っている長谷川陶器店に
5年ぶり(以上?)に入り、
青磁の器を3点(中皿・鉢・ホタテのような形の皿)を購入。

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楽しく長い1日やった〜(*^^*)!!
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2016/6/12

皇居東御苑 本丸   史跡

二の丸から汐見坂を上って本丸に入り
    少し歩くと天守台の石垣
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  戦もなくなり天守閣を築く必要性もお金もなくなったためか、
     火事で焼失した後は再建されていない。
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白鳥濠越しに、二の丸や高層ビル群を展望
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天守台のすぐ東に建っているのは桃華楽堂(とうかがくどう)
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  広大な芝生の広場に、外国人がたくさん寝そべっている。
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      大奥はこのあたりにあった。

    広場の西の通路に沿って歩くと、
   竹の珍種がいろいろ植えられている。

  キンメイチク         ラッキョウヤダケ
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     さらに歩くと石室(いしむろ)
   非常時に大奥の調度などを収納したようだ。
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   大木となった紫陽花並木を眺めながら歩くと
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忠臣蔵の発端となった殿中刃傷事件が起きた「松之大廊下」跡
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                 周囲には大木。樹齢何百年?

「富士見櫓」の案内板に従って歩くと
櫓が見えて来たが、柵で行き止まり。柵の間から撮影。
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     立派なカメラを持った同年代くらいの男性と
   一緒に並んで櫓を撮り、その後、記念に撮ってもらった。

                さすが、上手いね〜、
            いい写真を撮ってもらえて、うれしいな〜。

 彼曰く「裏側から見たのは初めてだな〜」と。
 表からの写真と解説が看板に書かれている。 
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小さな城の天守閣より大きいくらいの櫓や。

本丸休憩所に入ると、たくさん写真が掲示されていて、
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開城間もない頃の、刀を携えた武士が写っているものも。

          大番所の前を通り
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 ピラミッドのように石を積み上げた中之門址を抜けると
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二の丸に入る前に通った百人番所の前に出た。
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1つが私の背丈よりも高い石が積み上げられた石垣の前から
百人番所を撮影し、大手門⇒大手高麗門へ戻った。
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タグ: 江戸城

2016/5/1

白鳳文化の象徴 薬師寺  史跡

5/1(日)今日も夫婦そろって休み。
午前中、私はのんびり、夫はトコガーデンで畑仕事。

12時過ぎの電車に乗って薬師寺に。
西ノ京駅を降りて徒歩1分!

食堂(じきどう)を建て替えているのが見える。
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ここから500m北にある唐招提寺と並んで世界文化遺産。

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拝観料は1,000円だが「噂の刀展」など全て入れる1,600円の券を購入。
北入山門からすぐの聚寶館に入り「噂の刀展」を見ようとしたものの、

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前列は熱心にじーっと観賞している人が多くて、
ちっとも人の列は進まず、たまりかねて
後ろ列から眺めるようにして観賞。

日本刀の名刀って、実践用と言うより芸術品。
まるで欄間の彫刻。

これに血が付いたらどうやって洗うんやろ?
などと空笑しながら、外に出た。

外は暑い! 昨日とは大違い。

広い中庭にテントが張ってあり、
食堂に葺く瓦に一字を書く募金活動がされていた。

1枚2,000円。我々も2人で1枚寄進することに。
まずは受付で申込書に、氏名やこれの中から願い事を選んで書く。
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「日本の少子化が食い止まりますように」と願って
「子宝祈願」を選択

一字は般若心経中の一文字を選ぶ。「子」があった!
お習字は苦手。簡単なので有難い(*^_^*)

       書いた後は記念撮影
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    それから、東回廊を通って、

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          東院堂へ
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靴を脱いで御堂に上がり、聖観世音菩薩さんにお参り。
白鳳時代の優美な仏像で国宝。
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           東院堂を出て、南門・塔に向かって進むと、
     国宝の東塔は修理中で、巨大なテント(?)に覆われている。
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昭和56年、453年ぶりに再建された西塔(さいとう)

美術や日本史の時間に「薬師寺東塔」と何度も聞き
「薬師寺」と言えば「東塔」くらい有名なのに、残念。

リーフレットの写真によると、こんな風に見えていたようだ。
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東塔の大修理が終わったら、また来なアカンな〜。

             仁王門さんもカラフル

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             仁王門から見る金堂
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西塔内に入り、お釈迦様の修行⇒涅槃⇒舎利の像を見学し、
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                  薬師三尊像に会いに金堂へ
                (月光菩薩・薬師如来・日光菩薩)
堂内はもちろん撮影禁止。
美術や日本史の時間に何度も習った白鳳文化の象徴で国宝。

「世界最高の仏像」と仰がれているだけあって、
表情・体幹・四肢〜指の全てが
あまりにも美しい。ぼ〜っと見とれてしまった。

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      これは南から見た金堂だが、
   金堂の北側から如来さんの台座の北面が見られる。

上段はギリシャの唐草模様、次の段はペルシャの蓮華模様
         中央はインドの神々
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       これは北方守護神 玄武(げんぶ)

    もちろん撮影できないので、これは模型を撮影したもの。
     お土産などを売っている東僧坊に設置されている
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        ここでは4方向全て見られる。

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画像は縮小しているので、
ぜひ、皆さん拝観に行ってください。

この歳まで薬師寺を訪れなかったことを…深〜く後悔 _| ̄|○

授業や教科書でいくら習っても、実感できない。

でも、薬師寺でこれらを見ると、
日本に文化がどのように伝わってきて、
発展してきたかなどなど…、手に取るようにわかる。

金堂と東僧坊の間に、講堂の仏さまにもお参りし、

   北門を出て道路を渡り、南の伽藍(白鳳伽藍)から
      北の伽藍(玄奘三蔵院伽藍)に
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  京都のお寺も広いけど、奈良のお寺はさらに広い。
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     正面の建物が玄奘三蔵院伽藍の礼門
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門から中をのぞくと、八角形の建物で玄奘塔。
正面に「不東」と書かれている。
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西遊記で有名な玄奘三蔵が、
西に向かう旅の途中、水がなくなったが、
「決して東には引き返すまい」と決意したという意味だと。

最後に平山郁夫絵画展を見て、外に。
塀の壁はひどく傷んでいる。

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夫と二人で「修理のお金がないんやろな〜」としゃべりながら
「どのお寺にも植えられている万両がなかったな〜」と。

万両だけではなく、他の植物も植えられていない。
特に白鳳伽藍はほとんど石畳なので暑い。

2年あまり前に訪れた、北隣の唐招提寺とは大違い。
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それに、拝観料は安くはない。

「何度でも来てもらおうと思ったら、
椿・梅・牡丹・石楠花・紫陽花・蓮・紅葉などの
楽しみもないと、アカンわな〜」

などと、お互い経営者らしい会話しながら歩くと、
お腹がペコペコ、私は暑さで少々バテ気味。

薬師寺の西隣のお店に入り、カレーを注文。
お値段は少し高めだが、これは仕方がなかろう。

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観光客が来るのを寝て待ってればいいだけの
「寝倒れ」「大仏商法」と言われる奈良。

「奈良にうまいものなし」と期待していなかったが、
ここのお店は、美味しかった。
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