怪我をしていた鳥は「クロウタドリ」という種類

2011/9/30 
 怪我をしていた鳥は「クロウタドリ」という種類だった。黒い羽根と黄色い嘴、綺麗な鳴き声が特徴的な鳥だ。彼女はクロウタドリの鳴き声を聴いて、倒れているのに気付いたという。五便宝
彼女の命を受けたぼくはさっそく鳥を治療した。今は見つけてきた鳥籠の中で休ませている。寝ているのか、鳥はピクリとも動かない。彼女はそんな鳥をじっと見守っていた。
「助かるかしら……」
 心配そうな声。ぼくに向けて言ったわけではなく、思わず想いが溢れてしまっただけだろう。鳥籠の隙間から指を差し込んでクロウタドリの小さな頭を撫でている。
「助かるかしら……」
 もう一度、彼女はそう呟いた。
 だけどぼくは知っている。この鳥はもう助からない。怪我自体は大したことないのだけど、病気にかかっているのだ。体力がなくなって倒れていたのだろう。
 再び目を覚ますかどうかも分からない。
 だけど、彼女にこのことを伝える気にはなれなかった。どうしたって別れは直ぐにやってくる。遅かれ早かれ分かることだけど、出来ることなら最後の最後まで彼女にはクロウタドリを見守ってあげていて欲しい。
「ぼくは、夕食の用意をしてくるよ」
 彼女とぼくと。それから鳥の分の夕食。
 彼女は何も言わずにぼくが部屋を出るのを見送る。その青い瞳には深い悲しみが浮かんでいたような気がした。
 ぼくが廊下に出ると、後ろの方から彼女が歌うのが聴こえてくる。曲名は分からないが、とても悲しくて暖かい歌だ。
 いつまでもその歌声を聴いていたかったけれど、そうはいかない。この歌はぼくのために歌われている歌ではないからだ。
 この歌は、これから死にゆくクロウタドリのために歌われた歌。彼女の鈴を転がすような綺麗な声はクロウタドリの鳴き声みたいだ。
 きっと、あの鳥はこの歌を聴いている。寝ていても、伝わる。
 彼女の気持ちが痛いほど込められた歌声だから、届かないなんて嘘だ。


 一時間くらいして、ぼくは夕食の用意を終えた。スープとパンの簡単な食事だけど、きっと彼女は今、食事どころじゃないだろうからこれでいい。すっかり暗くなった外を見て、クロウタドリのことを思う。
 真っ暗な空に浮かぶ黄色い月はクロウタドリの嘴みたいだ。夜空に瞬く星は死んだ人の魂だという話を聞いたことがある。
 あの鳥も死んだら星になるのだろうか? そうだとしたら、すこし嬉しい。ぼくは何もしてあげることが出来なかった。ただ見守ることしか出来ない。仕方ないことだ。納得するしかない。諦めるしかない。だけど、無力感だけが積み重なる。
 廊下に出ると、音が聞こえた。いや、音じゃない。これは歌だ。歌が聴こえる。 
 真っ暗な廊下に月明かりが差し込んでいる。階段の踊り場にある明かり取りから差し込む光だ。そのさらに奥、階段の上からこの歌は聴こえてくる。
 歌っているのは彼女だ。優しく柔らかい鈴みたいな声。ぼくの大好きな彼女の声。
 だけど、どうしてだろう。今の彼女の歌声は、とても楽しそうに聞こえる。つい一時間前に聴いた彼女の歌は悲しみで満ちていたというのに……。
 ぼくは足音をたてないように、かつ急ぎ足で二階へあがる。彼女の部屋から廊下に明かりが漏れていた。月の明かりだ。
 部屋の電気を付けていないのか。そっとドアの隙間から部屋の中を覗き込んだ。
「あぁ……」
 思わず、ため息が漏れた。
 部屋の中は、まるで夢の中の世界みたいだ。月明かりに照らされて彼女の白い髪がキラキラ輝く。その白く細い指にはクロウタドリが止まっていた。小さな足でしがみ付いて、彼女の顔をじっと見ている。
 黒いドレス姿の、ぼくの人形が歓喜の歌を歌っているのだ。歌に合わせてクロウタドリが囀る。一緒に歌っているのだろう。青いガラスのような瞳に一生懸命歌う鳥の姿を映し、彼女は微笑んでいる。友達を見つめるような優しく澄んだ目をしている。
 だけど、笑っているその目は涙で潤んでいた。
 それでも、歌えることが嬉しいのだろう。彼女も、彼女と一緒に歌うクロウタドリも。
 ぼくも、そんな彼女たちを見るのが嬉しくて、悲しかった。


 翌朝。彼女の友達は去っていった。
 一晩中歌って、明け方、太陽が昇る前に動かなくなった。ぼくは彼女の隣に座って、彼女と一緒にクロウタドリの最後を見守った。眠るようにゆっくり目を閉じて、最後に、その黄色く小さな嘴から綺麗な鳴き声を漏らして、彼女の手の上で死んでしまった。
 こうなることは分かっていた。
 分かっていても、やっぱり悲しかった。
 彼女は声を殺して泣いていた。早すぎるお別れを惜しむように。
 そう言えば、彼女が泣いているのを見るのは初めてだ。ここに来た時から、時折悲しそうな顔はしていたけど、涙だけは流さなかった。
「埋めてあげよう。それから、お墓をつくろう。小さな小さな、だけど綺麗なお墓を」
「うん……、そうね。庭の花壇の傍に埋めてあげたいの。いいかしら?」
「うん、そうしよう。君が望むなら、ぼくはその通りにするよ」
 太陽が昇り始めた頃、ぼくらは庭に出て花壇の傍に小さな穴を掘った。そこに冷たくなったクロウタドリをそっと横たわらせる。目の周りと嘴が黄色いその鳥は、気のせいかもしれないけど幸せそうに見えた。
 彼女がそっと、クロウタドリの上に土を被せる。涙をポロポロ零しながら、それでも必死に笑って。遠い遠い、とても遠いところへ行ってしまった友達の旅立ちを悲しみながら、祝福している。
 綺麗に整えた土の上に、銅でできたプレートを置く。そこには彼女の字で、小さな体で必死に戦い、生きた、歌の大好きな友達に贈る言葉が綴られている。名前の欄にはただ一言「友達」とだけ書かれていた。
 ぼくは花壇から一輪、コスモスを採ってきてお墓の前に飾る。助けてあげることが出来なかったぼくからの、精一杯の手向けのつもりで。
 それから、彼女は泣いた。大きな声を上げて子供みたいに泣きじゃくった。どうしようもなく悲しい声だ。心が痛い。ぼくは彼女の悲しい顔を見たくない。ぼくは彼女の笑顔が大好きだ。だけど、止めるわけにはいかない。目を逸らすわけにはいかない。耳を塞ぐわけにはいかない。ぼくの人形が、ここにきて初めて見せた本物の感情。本物の自分。
 ぼくが知らない振りをすることは出来ない。
 辛くても、見ないといけない。威哥王
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