2013/6/30

東京タワーは  短歌

あの東日本大震災の時、東京タワーの尖端部分が曲がったことを知っていますか?ニュースにも出たのですが、他の悲惨な映像に比べると人々の記憶には残らなかったでしょう。私はいつものお出かけで半年後位に芝公園に行って写真をとって置きました。下から見上げても確かに曲がっていたので、写真の尖端部分を拡大してみるとはっきり曲がっていました。

東京は千葉に比べて大した被害ではなかったように思われて、当時東京の奴らは買いだめをしてなどと非難されたものでしたがスカイツリーの一見ぽきりと折れそうな様子に比べて、四方に足を広げた東京タワーの安定性でも、あの上の方が曲がったということは、すごい地震だったのだなと思います。
確か去年から修理工事を始めて、まるでレゴで作ったような四角い覆いを上の方に付けていましたが、このあいだ芝公園に行った時にはもう覆いも取れて、修復がすんだようでした。工事が終わって丁度東京タワーからスカイツリーに電波塔の役目が移ったというのも、皮肉なような淋しいような気がします。

東京タワーが出来上がった昭和33年ごろ私が何をしていたかは、記憶に波があってクラス会などで同じ年の友人たちと話しあっても、それぞれが違う思い出を持っていてその曖昧さにあきれることがあります。でもとにかく青春時代で、女学校にはいったら銀座で遊ぶ(ショッピングとか甘いものとか他愛ないものだが)と言う楽しい日々でした。我が家は初物食いをしない家で殊に私は並んで待つというのが大の苦手だったので、東京タワーに初めて上ったのも五年後ぐらいだったと思います。
このごろスカイツリーに比べてやはり美しいと訪れる人が増えていると聞くのですがが、その中に私も含まれています。芝公園の東京都部分の整備で御成門の周りがなかなか面白い緑の場所になってきているのです。映画化された「三丁目の夕陽」(わたしは原作漫画の方がずっといいと思いますが)などで「昭和」をレトロと言う人々が増えてきているけれど、私にしたらついさっき通り過ぎてきたところじゃないかと不満に思う気持ちがあります。「役目を終えた」東京タワーというニュースの言い方が団塊の世代に「役目を終えたんだよ」と言っているようで気に入らないのです。(そうかも知れないけれど)

懐かしさは君等の知らないとこにある昭和三十年はほんのすぐ前  多香子
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2013/6/27

秀歌読みましょう(5)  秀歌読みましょう

昨日は母の介護がうまくいかなくて体力的にもグロッキー、うんうんうなって寝ましたが今朝は陽が出たらすっかり復活です。

今日はやねうらねこさまこと紀水章生さんが、NHK短歌テキストのジセダイタンカに寄稿されたお歌七首から二首を。

陽の落ちたあとをひぐらし鳴いている立ち枯れの杉ならぶ林道

ゆふぞらの落ちてきさうなはらっぱを礫のやうに飛ぶ燕たち
                      紀水章生

紀水さんは私が今度参加している「そののち歌会」の主催者で、和歌山在住、「中部短歌」「塔」所属とある。正確なお年は私は知らないがお若い男性だと思う。ネット短歌で知ったお名前はハンドルネームやペンネームなので、ずっと男の人と思っていた人が女の人だったりすることはよくあることで、その名前も二つ三つ持っている人もいる(私?)から。
お若いといっても今ツイッターで短歌の世界にはいってきたという二十代ではなく、ネット短歌の黎明期からの三十〜四十代ではないかと拝察している。ネットの場で良くも悪くも前衛的からぬけて破滅的な歌や、口語短歌の新しい世代の享楽的な世界観とは違った、堅実な歌い口に現代人らしい寂寥感を載せている人だと思う。私がお歌だけを見てこんなことを書いているのは、現存の方には失礼なのだけれど、感想と言うものはそういう物だとあきらめていただくしかないのかも。
上のお歌も、一首目の晩夏の枯れてしまった林道に闇が近いのにまだカナカナとなくひぐらしは、暑さより熱のなさを感じさせて鳴いているのに静かだ。
二首目「ゆふぞらの落ちてきさうなはらっぱ」天候は書かれていないが今にもふりそうな曇天をおもわせる。燕は晴れれば高く降りそうだと低く飛ぶ。礫のようにすごい速さで飛ぶ多分五六羽の燕たちはあわてて虫をとるために、右へ左へと不規則に飛ぶのだろう。この歌の中にも音は感じられない。あわただしいのに静寂である。静かな自然の場面を切り取って、詠む者の脳裏に一枚の絵を浮かばせる歌だと思う。
では作者はどこにいるのか。普通はカメラのレンズのこちら側で自然を見ているものだが、この作者は歌の真ん中、自然の中に居るのではないか、そして自然と一体化したがっているようなものを私は感じる。私の読み違いかもしれないけれど。

いつも勝手なことを書いていますので、お前それは違うよ、と思う方はコメントくださいね。合言葉は「正解はない」ですけど。
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2013/6/24

一首詠と連作  短歌

私が毎月出しているのはNHKや歌会なので、大抵一首詠です。結社や短歌教室に通っている方は、月の提出歌が五首とか十首ということなので、テーマを決めて「連作」をすることがあるのでしょう。一首詠の場合、場面を設定しようとすると評として説明的と言う言葉が出てきてしまいます。私はある程度はいいのではないかと思うのですが、現代短歌では提出された歌の読みは読者にゆだねられ、色々に解釈されてよいという事なので、重なる説明の言葉を不必要というのでしょう。
「連作」になれば、ひとつの光景や行事を違った方向から詠んでその状況を説明することが出来ます。五首なら内一首を外に目を転じた歌を混ぜれば変化がつけられます。吉井勇の「寂しければ」三十三首(続は三十七首もある)のように寂しければではじまる傑作もあって、これは常人ではできない歌だけれど、私たちでも五首十首は詠めると思います。

どこかで、選者をしているような先生方の座談会の記事を読んだことがあって、その中で投稿歌人は一発で消えてしまう、特選を取るような人でも「連作」が出来るのかと言う発言がありました。結社の偉い人だったから歌壇に居る人でなければダメと言う気持ちもあったのかもしれませんが、これを読んだ時私は、先生がたってこう考えているんだと鼻白む思いがしました。
プロとかアマチュアとかの線引きは短歌においては出来ないというのが私の考えですが、今はそのことには触れずに、歌を詠むのが好きな人なら(時間をかけて)連作は作れると思います。

さて、お友達のスワンさんからお歌を頂きました。

ふるさとを幼馴染と訪ねれば五十五年もほんの一瞬    スワン

スワンさんは小学校のクラス会にいって、昔住んでいたところを皆でまわったそうです。このお歌はどこも直すことなく立派な一首なのですが、反面誰もが読みそうなこと、クラス会であることは分からないかも、と言う部分があります。それで、このお歌を
最後の結びとして、まずクラス会に出かけて行った気持ちで一首、みんな年を取ったと一首、目を転じて訪れたお寺の光景を一首、先生のことを一首、の四首を足せば五首の連作「東京でもふるさと」が出来ると思います。テーマを決めておいて、少しずつ詠んでいけば、何首かたまりますしね。
別にスワンさんに詠みなさいと強要してはいません。貴女のを出せと言われたら、私はためてあるのでまだ出しませんといいます。そこがひとから批判されるところなのですが・・・
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