2013/7/31

述懐 三か月たって  

私があたふたとブログを立ち上げてから約三か月、反省も込めて感慨を書いてみようと思いました。
もともと人様の掲示板にプチ歌論などを書かせてもらっていたのですが、色々と諍いもあってとりあえず自分のブログをつくって置けば居場所にもなるし、お友達のスワンさんと自分の周りの人だけで細々とやっていければいいと始めた事でした。えっ私にブログなんて作れるの?という思いも、弟に協力してもらってティーカップの指示どうりに色々のことを決めて出来上がりあっという間にブログが出来てしまったのです。

ネット上の有名歌人(?)はこの頃ブログは歌の倉庫で、連絡話はツィッターという状態だけど私の様に機械音痴の年寄りで、細切れの時間しかない人たちにはツィッターは無理じゃないかと、はなから手を出しません。文章に歌を付す形式は私の大好きな「伊勢物語」が「歌物語」だからということもあります。「伊勢」ではかなりの物語の間に歌が台詞の様に配置されていたり、序詞のような短い説明に歌がついていたりして、本当に美しいのです。私は源氏を原文も人の訳も読んだけれど、その中の歌はちっとも覚えられないのに、「伊勢」の歌は随分覚えています。勿論上代の歌人、業平に及ぶべくもないけれど自分の文章の勉強にと書いていたら、段々文の方が多くなって歌が付けたしのようなことも起きてきました。「伊勢」とともに参考にしているのが短歌人の長谷川知哲さんの「切磋短歌ブログ」で、ご本人には断りなくいつも読ませていただいています。男性だからとはいいきれない、歯切れの良さずばずばと切り込んでいく歌評の面白さには、アメリカ帰りとか奥様を無くされたとか人生の襞がやさしさを醸していて鋭いだけではない素敵さがあるのです。男の方は黙ってしばらく読んでみてほしいブログだと思います。
そんな訳で、ついつい文章の長いものを書いて、面白いと言ってくれる人もいるけれど、もう飽きたという人もいるかもしれないのです。まあほどほどの長さにまとめるのも、文章の勉強かも知れないから気を付けるようにしましょう。

ブログを初めてじきにネット歌会をひとつふやしました。「そののち歌会」でこれがとても楽しいのです。月の前半の会に参加してあとで自分の歌と感想をブログに乗せることにしました。人の歌はオープンな歌会では未発表作品とはならないものの、また作り直してどこかへつかうこともあるので簡単には書いたりできないものです。
NHK短歌の投稿と前からの歌会(これはクローズ)新しい歌会と結構大変なのに、三日に一度の更新なんて決めたのであっぷあっぷしてしまうに決まっているのですが、自分が思っていたより多くの人が読んで下さりほかの掲示板でも交流が出来たのが励みになっています。
今年は母の入院でペースも狂いそうだったから、これから四日に一度になるかもしれないけれど、みなさん読んでやってください。そして短いコメントでも質問でも書いてください。これからもよろしくおねがいします。
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2013/7/28

秀歌読みましょう(8)  秀歌読みましょう

一昨日は母の誕生日で、89歳になりました。多分70代で死ぬだろうと言っていた人はものすごい長生きをしたわけです。今まで我が家の先人は、長くて70代だつたのです。
家では誰の誕生日でも(たとえ猫のでも)夕食にオムライスを食べます。年寄り所帯は皆で子供返りしているみたいです。

今回の江戸雪さんという歌人のお歌を、私はNHKのテキストや何かで何回か読んでいるのですが、その時々でいいなとあれ?が繰り返して、なんだか自分の中でまだよく分からない作者です。「塔」の編集委員でまだ五十前の女性、神戸育ちの大阪在住大学卒業後にフランスに居たことがあるらしく、そのご結婚して大阪住まいとか。現代の歌人は昔の洋行というのとは違って仕事の関係でという事が男女ともに多いようなのです。そしてそのグローバル感と日本への再認識が新しい短歌をつくっているのかもとこの頃思ったりします。尤も現代人は海外に暮らさなくてもテレビネットの映像で世界を身近に感じることも出来るのですが。そしてカタカナ語も大和言葉も、現代語として洗練された表現を手に入れれば自分らしい歌が歌えるのでしよう。
では江戸雪さんの第一歌集から二首を

たわみやすい歩道橋の上大声にうたうたうなり誰もいないから

耳朶にパルファンふふます雨の日は誰の眼もみず鮫をみにゆく                    江戸雪「百合オイル」

こうして打ち出してみたら、あ、やっぱりいいなと思いました。まだ若いころの作なのでしょう、みずみずしい感じがします。感情が素直にあふれて、二首目の鮫を見に行くのは水族館だろうけれど、そのまま海まで行ってしまいかねないような行動性を感じます。私がよく分からないと思ったのは、他のお歌はまた違った感じだったのかもしれません。この二首に限って言えば今の若い人もこういう歌い方をするなとおもうので、現代短歌の先駆の一人なのだろうと思われます。
彼女の歌を「不定性」[液体感覚」と評することがあるらしいのですが、不定性、揺れているという感覚を持つ人は変化することが出来るという事で、少し年を重ねた今どんな歌になっているのか興味もそそられます。
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2013/7/25

家の猫  家の猫

今度来た猫は小太郎という名がついていて、12歳です。一月に前からいた猫が18歳半で死んだあと、しばらくは飼うまいと思っていたのに猫のいない生活は何とも味気ない気がして、ひと月もたたないで知り合いの保護施設から年寄りねこをもらってきました。
というのはわが家も平均年齢が高くなって、あと二十年は元気に生きられないだろう。近頃の猫は室内飼いで寿命も延び、子猫を飼ったら20年近く生きると思うとその子の先行きが心配になる。歳の猫なら丁度良いし、そういう施設でも売れ残っているだろうと思ったのです。そこにいた小太郎は黒い虎猫で、二年ほど前近くのラーメン屋さんから引き取られてきて、一匹飼いから40匹もの大部屋に入れられて、大層不満げに暮らしていたらしいのです。見に行った主人にすりすりしてアピールしたので、すぐこの子に決めました。
その施設の方の話では、ラーメン店の店主と小太郎が二人で暮らして、奥さんと子供は(アレルギーがあったらしく)別居していたのが、やはり同居をというので猫が追い出されたのだそうです以後家では小太郎の事を本妻と子供に負けた愛猫と哀れがっています。家に連れてきて三日、こたつにこもって出てきませんでしたが、三日目には降参して今では一匹猫を堪能しています。前の猫が三キロぐらいだったのに、コタは五キロ半もあるので抱き上げようとすると重くて大変です。ダイエットといいながらなかなか減りませんね。
小太郎が来たのが二月の半ばで、友だちが贈ってくれたシクラメンが応接テーブルの上に少し咲き残って置いてありました。そのよく茂った葉っぱを、猫がパクパク食べていたのです。猫用の草があるくらいで、猫はとがった葉っぱを好むと思っていたけれど、シクラメンを食べる猫なんて聞いたことがありませんから、その葉っぱが毒ではないかをあわてて検索して大丈夫らしいとわかりました。でも急いでシクラメンの鉢は外へ出し、猫には猫用の細い葉の鉢をおいてやったのですが、ちょっと噛んでこれは嫌と行ってしまいました。変な猫です。
日曜日に主人が車で買い出しに行って帰ってきたら、小太郎がすっ飛んで来てビニール袋の中の何かを夢中で食べているのです。ほうれんそうと小松菜でした。それから小太郎はお買い物をした日は少し思いのまま、あとは冷蔵庫に入れておいた小松菜を一枚、人の手に持たせて齧るという習慣になりました。

家の猫(こ)が買い物かごに首入れてもりもり食べる小松菜サラダ  多香子


この歌は俵万智さんの「サラダ記念日」記念の短歌募集があったので、面白がってつくったのですが、スポンサーがマヨネーズメーカーだったので、これは人用のサラダじゃなきゃと応募しなかったものです。

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