2014/3/30

第四回西行祭(小石川後楽園)  短歌

小石川後楽園というのは東京ドームシティーに隠れるようにひっそりとある庭園で、元水戸家の中屋敷だった回遊式の日本庭園に中国の趣も取り入れられた小ぶりの庭園です。黄門様水戸光圀が完成させたので、光圀を頼ってきた明の朱舜水の影響をうけた命名や円月橋などがある中に西行を祭った西行堂があったということから、毎年春に西行祭の短歌(お題は「桜」)募集が行われています。
私も去年一首応募したのですが、一次予選にも通りませんでした。そのとき西行にちなんだ歌や、庭園の自然を詠った歌はほとんど落ちて、現代風な歌が選ばれたのを(1〜3席と佳作2首)変だなと思いながら、選者の好みだとしたら主催者のせいではないかと(でも自分が出しているのに言えない)ぶつぶつ言っていました。
今年の西行祭は、リベンジでもう一回だけと、口語短歌を一首だしておきました。3月23日が講評会だったので、去年も遅れて14日ぐらいに歌一覧の通知がきたのに17,18と何の音沙汰もありません。今年は入選者だけに連絡してきっと駄目だったのだと思っていたら、19日に速達が来て「佳作入選」と言う通知でした。びっくりして、それから私の頭の中ではお祭り騒ぎだったのですが、もう講評会に行かれない事は分かっていたので、泣く泣くお断りの電話をしました。土曜日がお医者にいくためヘルパーさんを頼んであったのでそれ以上人が頼めなかったのです。歌は

いつの間に桜吹雪になったろう君と肩寄せ話しこんでた

選をしていただいて、本当に嬉しかったし、出席もしたかった。自分の歌を講評していただけるなんて、中々機会のないことなのですごく行きたかったのです。後日、賞状と賞品のひょうたん、竹製の短冊掛けと歌を書いた短冊、講評記録などを送って下さって大がかりなんだなと驚きつつありがたくいただきました。
私の歌が五位で上四首も皆今風な歌でした。去年も思ったけど、入選した歌が悪いと言うのではなくて、せっかく西行祭と銘打って後楽園でやるのだから、幽幻な自然詠や庭園の様子を詠みこんだ桜詠を選んだ方がいいのではないかと思いました。公園に来て応募する人はお年寄りが多いと思うので。
「庭園に行こう/小石川後楽園」で検索して「おしらせ」と言う所で入選歌が読めます。
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2014/3/26

秀歌(28)佐藤通雅  秀歌読みましょう

このところ母が夜中に寝てくれるので助かると思っていたら、また家の中を徘徊するし、花粉症は去年よりひどいし、でテンションが上がったり下がったりしている。

東日本大震災から三年がたって、追悼番組やなにやらに少し違和感を抱いたころ、いつもの毎日歌壇でこの方の五首詠を読んだ。私は佐藤通雅さんと言う方を知らなかったし、主宰される「路上」という歌誌も知らなかった。ホームページとウィキによると1943年生まれ岩手出身で東北大卒、「短歌人」から独立して歌論や童話研究なども力を入れている方のようだ。
「こもれ日」と題された五首が原発事故後の東北の置かれた立場を、はっきりと鋭く詠っている事に驚いた。またこれを載せた毎日新聞に、まだ気骨はあったのかと言う思いも持った。五首の内三首を並べる。

三年を経て不調者の続出す震災はつひにひとりだけのもの

戻れるか、戻れまい、もう戻らない この決断までひとは弄ばるる

忘れられゆくは覚悟のうちなれどこぼれ日のあり渡り廊下に

歌としては難解な部分もあるが、言っていることは分かると言う気持ちになる。私は時事詠を詠まず、語らずとしてきたが、この所で気持ちの底の方でギシギシ言っているものがある。東北の人がこのように詠う事は権利のようだが、東京者の私達はそれでも「故郷をすてろ」と言えないのだ。三首目の「忘れられゆくは覚悟」というのは現地の人の本心だろうか。私は忘れるはずもないけれど「なかったことにする」政府の下で復興に手を貸してはいけないと思うから、何も言わずにこの歌を並べている。
私が取り組んでいる宮柊二の歌には、いつも体の中から突き上げたうめきのようなものがあるなと考えていたが、この歌たちにもその風があるように思ったら、柊二論のご本も出している方だった。
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2014/3/22

家の猫(3)  家の猫

前に(1)(2)と書いた、家猫の小太郎も家に来てから一年が過ぎた。誕生日がわからないから来た2月を誕生日として、13歳になったことになる。大人の猫を貰ってきたと言うと「よくなつきますね」という人がいるが、大人の猫だから利口で家の間取りもその家の人の言語もすぐにおぼえられるし、自分の立場もわかっている。はじめは少し遠慮もあった小太郎は今ではすっかり家の一匹猫になってしまった。

見慣れたせいなのか、体重は変らないのにすこしすらっとして足も長く見えるようになった。きちんと前足を揃えて座っているのを見た人は「形の良い猫」とほめてくださる。前にいた「うめちゃん」はあまり啼かない猫だったが、小太郎は節をつけて喋るように啼くので息子が「こいつは何だ」と笑う。ただし声が悪くてドラ猫声である。それが「ぎゃぎゃあ」とか「うんぎゃあ」とか、長いと「うにゃぎゃんぎゃん」などと会話でもしているように啼く。猫に対して普通の人は「猫きちがいは勝手に思い込んでいるだけ」というが、猫きちがい同士は分かりあっているからいい。歌人の小島ゆかりさんが何かの本に「子供が独立したら、家の猫がため口をきくようになった」と書いているのを読んだりすると、にやりとしながらあーいい人なんだなと思ってしまう。
冬になってすまし顔でストーブに当たっているが、小太郎はパパが好きだから、夜はパパの脚の上で寝たい。でもとても重いのでパパは乗られたくないから、こたつに突っ込んでしまうと、この頃は仕方なくそのまま寝込んで足の上に乗るのは三日にいちどぐらいになった。そのかわり、母が夜中に動き回るのでリビングの床暖をタイマーで夜中に付くようにしたら床の暖かくなるのが分って、夜中は床にペタッと寝ているようになった。
このようにとても賢い猫なので(!!)この頃は置いて行かれるという不安を感じるらしい。土曜日には母を車に乗せて三人で出かけるので(一時間ほどなのに)玄関で見送った後、少しすると「誰もいない」と感じ始めて、「おーい」というようにおーんと啼く。それから犬の遠吠えのように「おーよ」「おわーん」などと啼きまくって息子が起きてくると、玄関で黙って待っているそうだ。これは息子の話しで、主人は聞いたことがないから「一度聞いてみたい」と言っているが、パパたちがいないから啼くので聞くわけにはいかない。
日曜に主人が買い物に出かけて私が事務所(家とつながっている)にいると姿が見えないと啼くので、事務所で抱いてやっているとエレベーターの上がってくる音だけでぱっと飛び出して玄関にお迎えに行く。普段の日もほかの人では知らん顔をしているのにパパが帰ってくるのは扉があく前に分って飛んでいくのは不思議な猫の感なのか。それも主人は見ることが出来ない。

猫の耳アンテナぴんととらえてるエレベーターにはパパが乗ってる  多香子
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