2014/12/28

一年の述懐  

この一年も早くも過ぎて、振り返ってもおぼろな気がするのは年とともに時間が速く感じられるからだけれど、母の認知症がひどくなって私も一緒に消耗していくからかも知れないと思うのです。それでもこのブログを続けることが出来たし、歌には首までつかっていると言う状態です。

今年特に思い起こされるのは、初めて「折本」というものを作ったこと。「うたの日」と言うサイトができて、若い人に交じって毎日歌を投稿できたこと。去年から参加していた「そののち歌会」が終わってクローズの「風の*歌会」が始まったことでしょうか。それぞれのことが私には大きな刺激と混乱と勉強でした。そしてその収穫がこのブログにも反映され、掲示板「短歌ファクトリー」が私の一つのホームグラウンドとなりました。昨今は掲示板と言うものが廃れてツイッターに移行しているようですが、大分機械に慣れたとはいえ、その使い方は随分複雑そうで年寄りには「掲示板」で十分という気もしました。人にも依るのでしょうけれどツイッターだと時間をよりとられるような気もして、少々こわいのです。ファクトリーには大抵いますので、御用の方は気軽に声をかけてください。

「折本」の作り方を教えてくださった「千原こはぎ」さんのブログ、彼女の作った多くの「折本」の短歌クラスタの方の中には、「そののち歌会」でご一緒した方、「うたの日」で歌を並べている方たちがいます。ネットの上だけで声を交わしたこともないけれど、歌友といっていいのでしょうか。「そののち歌会」のやねうらねこさんの出版記念会に(いつでも母の介護で出かけられないのだとわかっていても)行かれなかった数日は寂しい気持ちから抜けられませんでした。でも、とっても年寄りな(!?)私が皆様と顔を合わせても恥ずかしいだけだったかもしれません。(いつもそう言っているので、私本当の年寄りになりそう)

実生活でも母が夏に介護度4になり、激動のと言うほどではないにしても輝きと落ち込みの山坂の多い一年でした。来年もこんな年が続くでしょうか。欲張らないから悪い年で無いようにと祈ってしまいます。今年の皆様のご厚情を感謝します。今後ともよろしくお願いいたします。
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2014/12/23

秀歌(41)小池光の猫の歌  秀歌読みましょう

「短歌人」の小池光さんの猫好きはあちこちに書かれていて、ご自分でも猫の歌を沢山詠んでいる。その猫好きは私より勝っているのかもしれないと思う事がある。今年の中ごろはその飼猫が年を取って弱っていく姿が詠まれていて、私も身につまされたけれど、その猫がとうとう死んでしまったようだ。
夏目漱石が猫の死亡通知の葉書を出したように、小池さんは「猫への挽歌」を詠んでいる。年が押し詰まったけれど、お正月にはふさわしくないだろうから、その挽歌の「角川短歌」12月号巻頭作品「球根」から六首を引く。

カーテンより朝光(あさかげ)の射す床上に猫のいのちはをはりてゐたり

なきがらの猫の首よりはづしたり金の鈴つきし赤き首輪を

野良猫のおまへを家に上げてより十五年経ぬああ実にさまざまなこと

抱きよせてふとんの中にゐし幸(さち)やころろころろとのどを鳴らして

ああ、しほさゐのおとがきこえるさらさらと猫の小さき骨壺振れば

秋の日はすべるがごとく落ちゆきて猫ゐぬ家にわがかへりゆく

猫の死の歌だけをひろったが、あいだにお嬢さん二人の婚礼と奥様の逝去によって一人暮らしになった歌があり、五首目の「猫ゐぬ家」は誰もいない家ということがわかる。猫好きな私は、読みながら二年前に18歳で死んだウメちゃんを思い出してもらい泣きをしてしまうお歌だ。私がまた小太郎を迎えて詠うように、小池さんの歌にも新しい猫が出てくるようになるといいと思う。
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2014/12/18

「からたちの花」  短歌

この前白秋の「砂山」を書いて、白秋の短歌に取り組む前に、懐かしい白秋の童謡や詩歌をいくつか浚ってみようかと思った。私は実は音痴なので、歌は好きだが作詞ということになると、音楽的素養が必要なのではと思ってしまう。詩人はそんなことを考えずに詩を作り、音楽家が曲を作るのかもしれないが、私は自分が詩人ではないと言うコンプレックスをもっている。ある人が「北原白秋」は天才だからと言ったが、それは本当だろう。
「からたちの花」は大正13年『赤い鳥』に発表された詩で山田耕作の途中で転調する、歌う者にはむずかしいがどこか日本的な田園を思わせる曲が詩をより美しく仕上げている。

「からたちの花」
からたちの花が咲いたよ。   からたちも秋はみのるよ。
白い白い花が咲いたよ。    まろいまろい金のたまだよ。

からたちのとげはいたいよ。  からたちのそばで泣いたよ。
青い青い針のとげだよ。    みんなみんなやさしかったよ。

からたちは畑の垣根よ。    からたちの花が咲いたよ。
いつもいつもとおる道だよ。  白い白い花が咲いたよ。
    上へ↗

この詩には白秋の故郷「柳川」の風景が影響を与えているというが、私(行ったことがなく、映像と母の話からだが)にすると柳川と言う所は川を中心とした、商都との記憶がある。この歌の風景はどうも農村のようだなと思うけれど、そんなに大きな都市ではないのかもしれない。
また、長田暁二氏によると「よ。」という終助詞をすべての行の終わりにつけて、それまで話し言葉の中でも「俗語」であった「よ」と言う響きを脚韻のようにして「詩」にしたてたのが注目を集めたという。私は子供の話し言葉が俗に落ちずに「詩になった」と言う気がする。そして言葉の繰り返しが曲にしやすい詩なのではなかったかとおもう。

いつの日かあの空の上にもどったら友はまたいる からたち揺れる   多香子
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