2015/5/31

家の猫F  家の猫

猫は敵がいなくて気持ちの良い時にはお腹をみせて足を開き、時には手まで広げて大の字に寝る猫もいる。そうなってびくともしないで寝ている猫を「猫の開き」と言う。前に飼っていた猫の中によく開く猫が何匹もいたが、今の小太郎は寝ている時も開かない。抱き上げて膝の上に乗せると足は開くが、いかにもやらされているような形だ。たぶん骨格に違いがあって、体の硬い猫は開かないのではないかと思う。以前の猫の親が野良の野生むき出しの場合でも、子猫はわが家に居ついてタオルの上などで棒のように仰向けに寝ていたやつもいた。

小太郎は12歳でわが家に来たし、元の飼い主に裏切られてから二年間も大勢の猫と一緒に保護施設に居たので、用心深くなっているのかもしれない。その施設を個人でやっている知人も、小太郎は自分の境遇に不満で、嫌々ここにいるのだといっていた。
「開き」には成れないが、第二のわが家を見つけた小太郎は自分で寝場所を変えることを覚えて「お屋敷」では寝なくなり、私達の部屋の押し入れや一時陽のあたる椅子の上、朝のガラス戸のそばなどと勝手な所に寝るようになった。今のビルの事務所は住居スペースの端に狭い一室が当てられ住宅とは扉一枚で繋がっている。母の介護や家事のためにその扉はいつもあけてあって、猫も出入り自由になっているから、小太郎はパパについて行ったり一人で社長の椅子に寝たりしていた。

夜は母が徘徊して危ないのでその扉は閉めるようにしている。ある日もう寝ようと思って「小太郎は?」と探したけれど見つからなくて、あれっとおもって事務所の方にいったらかすかな声で鳴いているので扉を開けてやると急いで御飯のお皿の所に飛んで行った。いつもは大きな声でお返事もするし、怒って啼いたりするのに、閉めこまれた心細さか哀れな声だったのでみんなで笑ったものだ。それでも懲りずに事務所の椅子で寝るので、猫駅長の「たま」に張り合って社長の椅子に寝ている時は「猫社長さん」と呼んでいる。

梅雨晴れのゆるき幸せのびのびと猫の開きがまた出来上がる                      多香子

次回は日にち合わせで六月六日の予定です。
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2015/5/26

「NHK短歌」6月号  NHK短歌

五月は私の毎年一回の検査月間で、それを終えて何事も無ければ暫くの安定が得られます。今年も二十日の日に結果をきいて無事にパスしました。相変わらず母の為の日々ですが、そのことに理解のあるお医者さんに恵まれて、ヘルパーさんにも恵まれ、家での暮らしが続けて行けるのは有りがたい事です。

二十日の日は「NHK短歌」テキストの発売日で今号から四月に代わった選者の選歌が載るのです。私は代わってすぐに採ってはいただけないだろうからと思っていたのですが(入選歌はずっと前に放送されているので、佳作の話です。)今回は染野太朗選お題「何」に佳作でとっていただきました。
病院の結果も良く、佳作に入れて疲れたけれどいい一日でした。歌は

何もかも終わりにしたい春の夕豆腐屋のシロのおなかが大きい

染野太朗様、ありがとうございます。
四月から選者交代で、佐々木幸綱さん、染野太朗さん、栗木京子さん、「胸キュン」が佐伯裕子さんになりました。

よく「傾向と対策か!」と嫌味に言う方がありますがそうではなくて、その先生がたがどんなお歌を詠んでどんな短歌人生を過ごしてこられたのかに興味をもつことは、自分の歌に何らかのものを齎してくれると思うので、テキストを読んでいます。
今号のテキストでは佐々木幸綱さんがおじいさんの信綱さんの言葉として「おのがじし」の説明をしていらしたのが印象に残りました。
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2015/5/21

秀歌(49)尾崎まゆみ12首より  秀歌読みましょう

尾崎まゆみさんと言う名前を検索すると「魔弓」と書いてプロレスラーの美女が先に現れるが、私はどちらも知らなかった。去年の「角川短歌」八月号に付箋を付けてそれきりになっていたのを、あっとおもって取り出したもので「合歓」と題された十二首を読んだ時の感動を思い出した。
尾崎さんは「玲瓏」の編集人でもうじき60位か、塚本邦雄に師事して早稲田からずっと「玲瓏」の人らしい。愛媛県生まれ、神戸在住。

私は「塚本」の難解さは手も足も出なくて、そのために「玲瓏」に対しても(ネットでお世話になっている方々も居るのに)正直言って苦手意識があった。しかし尾崎さんの色彩感あふれるお歌の躍動にしびれるような感覚を感じた。まず歌を五首並べよう。

「合歓」より
白猫はひかりとあるく歩道橋へと木洩れ陽の水玉を着て

フラミンゴ緋房のはねの羽ばたきは鳥かごならむいだく卵の

雄の深緑孔雀の羽のえめらるど色の眼をもつ尾をふるはせて

花屋にはをんなの秘密オキザリスゆらぎをこめて咲く中山手

暗闇の沁みるけやきに雄飛せしロシアンブルー 鳥のさわだつ

一首目と五首目は猫。「水玉を着て」のみずみずしさ、猫好きの私にも詠えるだろうか。鳥の中でも華やかなフラミンゴと孔雀をなおも華やかに歌い上げている。比喩の使い方はやはり「玲瓏」と思わせるがそれほど難しくはなく、女性的な感覚がかろやかさも呼んでいる。神戸と言う土地柄のハイソな感じも私好みなのかもしれない。
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