2015/8/26

「NHK短歌」9月号  NHK短歌

さすがに朝晩が楽だなと思うようになりました。「折本」をコンビニ登録したりPCに不具合が出たりして(息子と甥を駆使して解決しました)とても疲れた8月で、投稿は日にちを決めて無理にでもしていましたが、N短は本当に遠い日のような気持になっていました。
そして今月も駄目かなと思っていたら、9月号の「胸キュン」佳作にとって頂きました。この4月から佳作人数が少し増えて「もう少しで入選de賞」という欄が出来て、そこへ載せて頂きました。

夏の日の財布はカラと鈴が鳴る遊びに行くにはカラカラカラと
  多香子

佐伯裕子さんには「胸キュン」になってから四回ほど佳作にとって頂いていましたし、東京生まれの東京育ち「未来」で近藤芳美のじかのお弟子さんだったことが興味深く好きな歌人なのです。佐伯さんありがとうございました。

この9月号にはもう一つニュースがあって、私達掲示板の仲間雅夢士さんが初投稿初入選をした「ガラス」佐々木幸綱選のお歌が載っているのです。
彼は70代後半の鹿児島市在住ですが、もとは奄美大島の生まれで、私達の仲間ですから病気もあるし足もお悪いので地元の結社「南船」の他にネットでも活動したいと思って居る方です。私とは違う歌風ですが仲間内にいろいろな歌風の方がいるのも面白いです。

じゃりじゃりと丸いレンズを切っていた昭和の時計屋われは住込み
  (本名)

放送は七月はじめでしたが、9月号に掲載になりました。入選の方は放送時と掲載時の2回喜びを噛みしめられるのでしょう。筆名雅夢士で「胸キュンの」佳作にもとられていました。おめでとうございます。
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2015/8/21

秀歌(53)吉井勇 鎌倉の恋  秀歌読みましょう

吉井勇は東京の生まれだが小学生までを鎌倉材木座で育ち、中学後は東京の学校を転々としたが、結核療養の時期にまた鎌倉の別荘で暮らしている。第一歌集「酒ほがひ」(1910年刊行)は「パンの会」に入ってからだが、「明星」時代の鎌倉の日々の歌が初めに置かれている。
後半になると紅灯の巷で放蕩生活の芸者、半玉との恋が出てくるが、「若き日の夢」「夏のおもひで」と題された前半には青春のときめきや、同じ別荘族の女性と思われる素人との恋が美しく描かれている。まず七首を並べる。

鎌倉の扇が谷の山荘に朝のわかれを惜しみけるひと

姦ましくなに囀るとわれ問ひぬ黙す(もだす)ときなき鳥の少女に

鎌倉のうら山づたひ君とゆく山百合の花月草の花

砂山にこよと書きこす君が文数かさなりて夏もをはりぬ

もろともに鎌倉憂しとぬけ出でぬ君や誘ひしわれや誘ひし

滑川越すとき君は天の川白しと云ひて仰ぎみしかな

かの宵の露台のことはゆめひとに云ひたまふなと云へる君かな

前から書いてきたように、私の主人の家は鎌倉で「扇ヶ谷の山荘」の庭に育ったのだ。それは勇の歌の山荘とは違うけれど、その歌を読む時にはあの辺りの風景を思ってしまう。勿論時代は違って明治末期のころだから、私が知る鎌倉よりもっと静かにひなびていたと思われる。

全体に明星の風の強い作品で、「君や誘ひしわれや誘ひし」などは晶子の歌そのものである。五首目の歌は女性と伊豆旅行に出かけようという歌で、後の歌ににその旅行のことが詠われている。六七番の歌にも感じるのだが、人妻ではないにしてもどこか秘密にしなければいけない恋であったのでは。(吉井家は伯爵で、鎌倉には貴族の別荘もかなりあった。)モデルは示されていないが、のちに歌集にして発表できたのは、時間が経って青春の一ページとなったからではないかと思う。
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2015/8/16

清里のあたり  短歌

柳生博という俳優さんが清里の手前甲斐大泉に別荘をつくり、今ではほとんどそっちで暮らしているという事はご存知の方が多いと思う。その息子さんで園芸家の柳生真吾さんが五月に死去された時は本当にびっくりした。
NHKの趣味の園芸に出演したりで東京と大泉の往復が多かったと言え、咽頭がんで47歳の若さであった。あんなに自然の豊かなところにいて自分の好きな道で生活して行かれるのは、体に良いだろうと思っていたのに癌になる。もう日本の何かが狂って、皆どんどん癌になっていくのかと恐ろしいような、やっぱりと言うような気持になった。
わたしが癌になったのは十年も前だが、そのころでも原因は大気汚染ではないかと密かに思ったものだが、あれから妖しい空気は広がり、いまは放射能もとりまいている。地球温暖化なんていうお題目にのせられて、すぐそばの危険に気付いてないのではと思ったりする。

変におそろしい話をかいてしまったが、山梨県の市町村統合で「北杜市」となったあのあたりはとても気持ちの良いリゾート地なのだ。去年も書いたように思うが八ヶ岳のふもとは昼の暑さはあるけれど、木陰に入れば風が吹き抜け、小さな滝やそこからの流れに可愛いみぞそばが咲いていたりする。牧場があり、ソフトクリームがあって、十何年前は毎年夏に出かけていくところだった。その頃はもう年だから素敵な恋はなかったが、定宿のペンションに待つ可愛い犬や猫に会いに行ったものだ。

清里のキープ協会ではジャージー種の牛を飼い、清泉寮では美味しいアップルパイとソフトクリームが食べられた。その清泉寮はキープ協会の中心の建物で、戦後の荒廃をなんとかしたかったアメリカ聖公会の面々が引き揚げて職のない日本人ともども入植して酪農の事業化を図ったところだ。アメリカのお節介と見る向きもあるだろうけど、ようやくに戦後の荒廃から立ち直り高度成長をとげた日本の、今、戦前かも知れない状況はほんとうに心配になる。美しい清里の自然と共に、手にした平和を手放さないようにしたい。
こんな話になってしまったので、歌は美しく。

清里の高原の夏 真っ白なワンピースが行く涼風を連れ  多香子
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