2016/4/29

秀歌(64)坂井修一 角川10首より  秀歌読みましょう

四月からのN短選者のご紹介になるけれど、坂井修一さんは四年前にも選者をつとめていらした。坂井さんのことは前にも書いたけれど、私が今の詠い方になるきっかけを下さった方だった。四年前には理解しがたい方で今の短歌はこんなに変わったのだと、必死で学び直しをすることになって、やっとN短で佳作に採って頂いたことが勉強の自信につながったのだった。今度再びの選者としてどう見て下さるか些か怖い思いもある。夫人の米川千嘉子さんとともに「かりん」の歌人であり、AIの研究者として東大教授の理系歌人である。「角川短歌」一月号の10首から五首を引く

「地獄門」

地獄門おとづれて散る木枯らしの音にきこえて日本は地獄

上野山、根津谷、本郷七丁目 冬日の縁(へり)をくだりてのぼる

「講堂のトイレを貸せ」と老爺ふたりわれに寄りくる恐ろしきかな

学問のここは一丁目一番地 踏んでも踏んでも銀杏の落ち葉

ふうとつく五十七歳息ふかし付箋のさきがまだ揺れている

この歌の背景は上野から東大構内までの道筋で、私にはなじみの場所である。「地獄門」は国立西洋美術館の庭にあるロダンの彫塑。そこから程ない所に私は小一まで暮らしていたし、神田に越してからも根津には買い物に訪れ、本郷への坂の途中に東大のキャンパスや病院がある。一本向こうの道には鴎外記念図書館があって、坂井さんはそこでも歌会や講演に忙しい。五首目の深いため息は定年まじかの研究者の、でも全然終わらない仕事と世界への思いかしらと、まるで関係ないわたしなどが心配する。そんな気にさせる純粋な部分を持つ歌人ではないかと私はファンになっている。
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2016/4/22

NHK短歌5月号  NHK短歌

熊本の地震は思っても見ない大きさになり、まだまだ落ち着かない日々が続いています。私たちの掲示板【風】の管理人風太郎の御身内にも震源近くの方がいて、心配をいたしました。日本列島の地震は阪神、中越、東日本と(昔も枚挙にいとまがなく)ひとつづつが別々なのでは無く、火山と地震と風水害とは切れない列島に住んでいるのだと改めて思う日々です。今なんでもない所に居る時こそ備えをしておかなくてはと思います。

「N短テキスト」5月号は先月放送された入選作が載っています。
栗木京子選「駅」3席を頂きました。

急行の停まらぬ私鉄の駅にもう別れを告げる春が近づく

選者コメント「「急行の停まらぬ私鉄の駅」というこまやかな具体性から生活実感が匂い立ってくる。その駅ともうお別れ、という状況に情感が湛えられている。」
書かなくてもその裏側から情感がにじむような歌をと思っている私には、ありがたいお言葉でした。栗木さまありがとうございました。

去年4月からの選者は今号でお終い。以前は2年交代でしたが、これからは1年交代になるようです。私の好きな佐伯裕子さんも「胸キュン」を栗木さんに代わります。最後に佳作に採って欲しかったものも駄目でしたが、上の歌のように春は旅立ち、別れ、出会いの時です。今度の選者坂井修一さんは3年前にN短の選者でした。三年の間に私も少しは上達したでしょうか。選者はどんなお歌を取るのでしょうと、怖いような期待するような気持になる時です。やっと入選したからそれが続くものでもなく、ただただ歌を詠んでみてもらいたいと言う気持ちで続けたいと思います。

上の固定欄にエチュード歌集『猫と暮らせば』贈呈のお知らせを載せておりますので、気楽にお声をかけて頂いて読んで欲しいと思っております。
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2016/4/15

自分で歌集をつくるということ   

wordで文書データを作成する事。

三月は「習作歌集『猫と暮らせば』」を作ろうとword文書に取り組んでいた。今のパソコンには2010が入っていたが、ふだんはエディタのテキストで下書きを書いて「ブログ」などに流し込んでいたので、このwordは初めて使うようなものだった。それは「宅配プリント」という印刷製本の会社に自分でデータを作って頼むと、本がとても安く出来ると言うことなので、今回は私家版として自分でやってみようと決心したからだった。
編集は昔同人誌で多少やったことがあるので、記憶をひっぱりだしたが「歌集」は少し形式が違う。諸先輩の物を参考にさせていただいたが、wordの形式とアイコンやツールの位置などが変ってしまって、まるで気が付かない物もあったり、実に肩のこる作業だった。
印刷製本の会社から貰った「資料」を基に、207首の歌を四つの章と小見出しにわけて、一ページごとに二首だてで張り付けるのも大変だったが、正直に言うと初めの本の大きさに設定しておかなかったという大失敗をしてしまった。それは会社のおじさんが電話で教えてくれて、甥の手伝いもあって新設定のところにコピペで流し込んだらすぐに出来上がった。

wordというのは、マイクロソフトの仕様なので縦書きはあるものの、文語や言い回しの特殊な形態には向いていないような気がする。そして便利なツールがある割には、説明が分かりづらくて時間ばかり取ることになったり、結局はテキストボックスを使う方がいいということになったりした。私の隣に弟一家がいて、いろいろ聞けたからよかったが、彼らも私の息子もword嫌いで慣れていないのが残念だった。

装丁も口絵も自分でやろうとしたので、歌の方は(ずっと前から組んではいたけれど)振り返らず、色の具合とか配置などばかりこだわってしまった。首の後ろの骨が痛くなりながら、なんとか122ページの文書が作れたけれど、次に本番の「歌集」を出すときには出版社さんに全部やって貰おうと思ったのだった。(本当に疲れたけれど、ちょっと面白かったりはしたのだ)
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