2016/9/30

秀歌(65)米川千嘉子 27年「角川短歌」31首より  秀歌読みましょう

米川千嘉子さんは「かりん」の歌人で千葉県出身の50代後半。早くから「角川短歌賞」「現代歌人協会賞」「迢空賞」など数々の賞に輝いている。坂井修一夫人とは何回か書いて来たけれど、「毎日歌壇」で何度も採って頂いているのに、ご本人のお歌をとりあげたことがなかったので「角川短歌」七月号の巻頭31首からの紹介をすることにした。
ところが、これは去年(27年度)の物で今年の七月号にも巻頭31首を出されている。今回去年の方を取り上げたのは、私の個人的な好みである。私の独断なのかもしれないが、女性歌人の中にとても一つの個として理解しずらい方が(男性歌人より)多いような気がする。米川さんもそのお一人で、この人の歌はこうだととても言い切れない変化球のようなところがある。私の力ではまだまだ読みきれない不思議な幅を持った歌人とでも言おうか。六首をあげる。

「夕波納戸」

薔薇ひとつ何もの満ちてひらかむとみつむるときの孤独よろこぶ

けふ青葉父の命日歯を抜いてうすい血の味のする木曜日

投稿にうつくしき夏の雨詠みし青年「無職」となる職業欄

千人針手伝ひつついのち絶ゆるばかり恋ふとうたへり岡本かの子

甲虫のまっ黒な羽根画用紙を切りて飛ばむと子どもゐた夜

人間がはぐくみ来たる飛ぶ夢の果にあやしきオスプレイのかたち

題の「夕波納戸」というのは、与謝野晶子が命名した(高島屋の)流行色らしく、その事の詞書の付いた歌もある。私は「かの子」の歌の方を取ったが、六首目に通ずる戦争への反発の気分が読める。
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2016/9/23

「NHK短歌テキスト」10月号  NHK短歌

今年の秋の足踏みは植生に現れているのか、あまり出歩かないせいなのかと思って近くの公園に足を運んだら、量は凄く減ったものの(お掃除する人が知らずに去年葉を刈ってしまったらしい)お彼岸に合わせて曼珠沙華(彼岸花)が咲きだしていました。並木にはヤマボウシが赤い実をつけているし、秋はひそかに確実に近づいているのでした。上野へ萩の様子を見に行った主人が車をぶつけられて(幸いサイドミラーが壊れただけで、車も人もけがはなかった)足が無くなって居るので、今年は萩はあきらめることにしました。

「NHK短歌テキスト」10月号は8月に放送された「青」の3席入選歌が載っているので、あらためて伊藤一彦さんの評を載せさせていただきます。

ブラインド上げれば海は目の前に青き体を開きゆく夏   河野多香子

(評)ブラインドを上げたら目の前に海があった、というのなら平凡であるが、この歌は違う。海が「青き体を開きゆく」という擬人法表現が魅力的である。すこしエロティックな感じもして楽しい。

とてもいい評を頂いて嬉しい限りです。伊藤さま、ありがとうございました。秋の花の話で始めたけれど、この青い海はやはり夏の海であり、夏の解放感だったなあと今読んでみても思います。
このところ佳作が無くて淋しいなどと叱られそうなことを言っていたのですが(N短の分母を思うと、佳作も大変)この号に一首とって頂きました。

栗木京子選「痩せる」佳作

白き手を合わせたようなマグノリア祈り続けて想いはやせる

これは「胸キュン」の分で、以前は「多香子」で投稿していたのですが、今年から全部苗字を付けることにしました。ネット上で一緒になる方たちと名前を並べられるのは嬉しいものです。栗木さま、ありがとうございました。
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2016/9/16

野分と「源氏物語」  古典(伊勢、源氏など)

この夏は後半台風が九州や関西でなく、直接関東に直撃と言う事が続いて、不安定な日々の過ごし方をした。我が家は少しだけ坂の上のビルなので、水害と言う物に遭ったことはないが、風と言うのも怖い物で、ビル風の吹くあたりでは何が飛んで来るか分かったものではない。
古典文学や歌の世界では台風は「野分」(のわき)でどうも大雨より強い風を指したようだ。「野分」ときくと私は「源氏物語」の巻28の「野分」の場面を思い出す。私の持っている絵図を中心とした学研「実用シリーズ・源氏物語」(昭和63年版)には、この嵐の翌朝、源氏36歳、紫上28歳、夕霧15歳、となっている。夕霧はこの三年後に雲居の雁と遅い結婚をするので、このころの15歳は結婚適齢期であったろう。源氏は12歳で葵上と結婚している。

近頃のコミックなどでは、平安時代の貴族の娘でも平気で庭を歩いたり、男性と顔を合わせて話をしたりして居るが、「源氏」などを読んでいると高貴な女性はむやみに姿を見せず、異性とは几帳を隔てたり御簾の奥から対面したりしていたので「噂」で「美しい」と聞いていても中々顔などは見たこともなかったのだ。また不倫は文化(!)だったので、男性は自分の妻たちを他の男から見えないように囲い込んでいた面もあるらしい。
夕霧は生まれてじきに母葵上が亡くなったので、祖母大宮と「花散里」に育てられていて、六条院の女性たちを見たことはなかった。

嵐が激しく通り抜けた翌朝、源氏について六条院のお見舞いに行った夕霧は、(源氏は注意をして夕霧に見せないようにしたのだが)はじめて紫の上を垣間見る。その美しさにびっくりして、まじまじと覗く夕霧に気付いたかどうか、やってきた源氏は「なんという風か、中が丸見えだ」と注意をする。夕霧はこんなに美しい人なので、父君は私に(小さい時でも)紫の上を見せなかったのだなと思ったりした。
その後六条院の他の方々と紫の上の比較がほのめかされながら、(娘と言って引き取った)玉蔓と源氏の様子が怪しいと思う夕霧の男性的な目覚めが描かれている。「花散里」のもとを見舞った時にはもう母親を見る目になっているので、花散る里の容貌がどんなであるかは分らないが、実務に秀でた、地味な人だったのではないかと想像される。

一時私は紫の上を見た後、夕霧が養母(花散里)をなんで源氏の愛人だったのかと思わなかったかしらとも考えたけれど、今は「源氏物語」という多くのタイプの女性を登場させる一大小説の中の一つのエピソードなのだと思っている。

美しい花を倒して吹き抜ける野分よ何を覗いていった  多香子
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