2016/11/25

久し振りの鎌倉  短歌

母の納骨も済んで、今年の婦人科検診も済んだので、まず出かけるところは鎌倉だと主人とお墓参りに行ってきた。主人は叔母のお葬式とか何度か行っているのだが、私は自分の病気から母との暮らしで十何年か行っていないことになる。主人の家のお墓は北鎌倉の建長寺の塔頭で、家は山を越えた化粧坂、私の弟は大町のはずれの駅から近くに住んでいるので、三か所を回るだけで一日がかりとても他の観光はできないことになる。

と思ったのに、張り切って朝早くにでかけたため、早くに付いた北鎌倉駅でバスは来なそうだしと東慶寺の川田順さんのお墓参りもしようと歩くことにした。
私は普段心臓が結滞するので坂を登らないことにしているのだが、鎌倉は「切通し」坂だらけにお寺は大抵山にかかっている。東慶寺は(縁切り寺で有名)小さなお寺だが裏手の墓地は急な坂を登らなければならない。受付で川田さんのお墓の場所を確かめて行ったのに(表示もないので)上がったり下がったりしてやっと見つけた。その段で昔来たことをやっと思い出すぐらい記憶は飛んでいる。冬桜がほろほろと咲いていた。

バスは相変わらず来ないので、次の建長寺までも歩くことにして、バス停の壊れかけたベンチで持っていたプチクリームパンを食べて生気を取り戻した。建長寺への道は水曜日でも、見物客から遠足の生徒、外国人でぞろぞろと繋がっている。お店は(水曜定休)の所も多い。やっと建長寺の門に辿りついて、そこからもお墓のある塔頭まではなかなかの距離で、ハイキングの生徒たちもぶうぶう言っている位だった。お墓はカトリックの墓地(鎌倉はお寺の中にキリスト教墓地があったりする)が取り払われて、塔頭の墓地にうつされたのだ。私は初めて行くのだが、昔より少し手前になったものの、一番端の鬱蒼とした場所だった。十数年振りのお参りだったが気が済んだと言うより物悲しくなるような、変な気分だった。

天気予報は晴れだったのに、曇りがちで寒く、トンビが甲高くピーヒョロロと鳴いていた。今年の紅葉は良くないと聞いていたが、道々の桜も赤く、もみじも木によっては真っ赤になっているのもあって、久し振りに外へ出たと言う感じがした。弟の家と主人の実家にも寄って、夕暮れの帰り道はどんどん暗くなったけれど、とにかく予定の仕事をこなしたという充実感と疲れで電車の人となった。

鎌倉の扇ヶ谷の山荘も廃墟に近く紅葉(もみじ)燃え立つ   多香子
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2016/11/18

伊勢物語24段  古典(伊勢、源氏など)

わたしは古典の物語が好きで、特に「伊勢」が好きだけれど、ブログに紹介した回はすこし読者率が落ちるような気はしている。でも、めげずに書いてしまうのは歌をやる人には「古典」も大事という事より私が「好き」だからだろう。
「伊勢」も大分有名な段を書いてしまったが、24段はこれも有名な「あずさ弓」の歌の話である。「むかし男」とはじまるのは伊勢のお約束だが、物語は哀れな女の話である。

男と女は片田舎にくらしていたが、男は都へ勤めに行ってしまう。女は必死に帰りを待っていたが三年が経ってしまった。別の男が結婚しようと何度も問いかけて来ていたのを、ようやく決心して「今夜逢いましょう」と返事をして待っていたところに、前の男が帰って来た。戸を叩く男に女は歌を差し出して

あらたまの年の三年(みとせ)をまちわびてただ今宵こそ新枕すれ 
(今晩新しい男と結婚するのです)

と告げると、帰って来た男は
梓弓ま弓つき弓年を経てわがせしがごとうるはしみせよ
(長い年月を置いてしまった。私との様に今度も仲良く暮らしなさい)

と詠んで、去って行こうとした。女は急に昔を思い出して

あずさ弓ひけどひかねど昔より心は君によりにしものを
(あなたがどう思っていたかはともかく、私はずっと好きだったのに)

と呼びかけたけれど男は行ってしまった。女は悲しくなって追いかけて行ったが、追いつかずに泉の所に倒れて岩に指の血で
あひおもわはで離れぬるひとをとどめかねわが身は今ぞきえはてぬめる

と書いて死んでしまった。この話に最後の歌は却ってわざとらしい感じがするが「伊勢」の持つ素朴さから言うとはじめから一連の歌なのだろう。私はこの女が好きとも言えないが、梓弓の相聞歌はやさしく真摯で胸を打たれる。平安宮廷の遊び歌ではないところだ。
しかし現代では電話もメールも映像もあるので、行ったきり三年も音信不通だったら思いは続かないようにも思うが、私のの好きなドラマ「白線流し」の終わりも思いは断ち切れないと言う所にラブストーリーの「胸キュン」があるので昔も今もと言う所か。

あずさ弓引っ越してから十年で二匹目の猫年老い初めぬ 多香子
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2016/11/11

秀歌(66)岡井隆角川31首より  秀歌読みましょう

好きな歌人、気になる歌人を(そんな力もないくせにと言われるなあと思いながら)紹介しているのは、初心の方に色々な人の歌を読んでもらい、自分がどんな歌が好きでどんな方向を探りたいのかの足掛かりにして欲しいと言う気持ちからだった。東郷雄二氏も「歌集」から入ることは難しいと言っているように、数種の歌でも触れることにより興味を持つという事は「歌の沼」への第一歩と思うからだ。
岡井隆氏は「未来」の主宰として押しも押されもせぬ大歌人だけど、宮中御用掛を巡る毀誉褒貶もあって私は敬遠(敬して遠ざける)していた。しかし大好きな近藤芳美の後継第一であり、その歌はやはり好きなのだ。「角川短歌」27年11月号から七首を引く。

「ぼくに似た人」

ささやかな、とも人の言ふ病床に鬼子母神(きしもじん)来て花を活けたり

国の境を人知れず越えて降る雪が 怖くはないか わたしは怖い

そのときもざくろの花を活けしめつ裏庭に咲いた鬼子母神の花を

杢太郎の詩を読みてより眠りたり夢をいろどりなさいよ杢さん

北窓つて本当に寂しい奴だひよどりは今日もやっては来ない

ホバリングしてはパン屑を欲(ほ)りつつぞ近づくすずめ 見つつ書くぼく

この丘をゆつくり降りて夕霧にまぎれて行つた ぼくに似た人

岡井さんは1928年生まれ名古屋出身、慶応医学部出の医師でもあった。やはり理系歌人としてのロマンを持っているのだろう。88歳の岡井さんが「僕」と言う一人称を使うのはモダンな感じだけれど、80代の私の師匠も明治生まれだった祖父も「僕」と言っていた。これらの歌に描かれる「眠り」や「死」の影。心象の恐怖の様な物を詠っても、軽く透明な所が私は好きだ。
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