2017/7/28

一周忌と「N短テキスト」八月号  NHK短歌

今年の暑さは六月の終わりごろから始まって、梅雨冷などもなくずっと暑い思いをしていました。去年は母の入院で、どんな暑さだったのかよく分からずに必死で、八月八日に亡りました。その後のお葬式はすごい暑さとも思わず「これからお年忌ごとに暑い季節なのだな」と思ったのです。
納骨は十月だったので良い気候で済ませ、いつのまにか時がたって一周忌が回ってくるのです。七月お盆にはベランダでとれた小さな茄子で牛を作って迎え火を焚いたけれど、一周忌を(八月五日に)予約しているからお参りには行きませんでした。
納骨堂は建物の地下だし、ビルの三階が本堂のお寺だからいくらかましですが、真夏の法事は参列者にもご迷惑だと思います。といいつつ、せめてもの法要をと私一人大車輪で用意をしています。

「NHK短歌」テキストの八月号で、「胸キュン」佐伯裕子選「可笑しい」で佳作に一首掲載されました。先月に続き佐伯さんなのは、肌合いとかかなと思いつつ、少し複雑。

からだより長いしっぽを靡かせてワオキツネザルの仕草おかしい   河野多香子

ワオキツネザルが大好きなので、その点では凄く嬉しいです。まだ実物は見に行っていませんが、写真などがあると切り抜いたりします。
N短投稿も、六年位になるけれど投稿は一年に12×4首なので、掲載はそんなに多くありません。初めのころは佳作に毎月載ることなども望まず、ただ嬉しかったのだから、初心忘れるべからずだなと思います。
この号は、同じお教室に通う吉村さんの初入選作も載っています。(大松達知選「学」三席)まだ一年ほどの初心の方ですが、始めたころの伸びる力はすごいものがあります。(などと先輩ぶって言う)
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2017/7/21

「ダフニスとクロエ」と「毎日歌壇掲載」  毎日歌壇他

前振りとして「ダフニスとクロエ」の話を少し。ギリシャの古い物語(ロンゴス作と言われる)にラベルが作曲してバレエ音楽に仕上げたものだけれど、それはエーゲ海のレスボス島の若者の恋愛成就物語であった。

ダフニスは山羊飼いに育てられて山羊飼いに、クロエは羊飼いに拾われて育てられる。二人は若さゆえの無知や島の人々の掟などで恋し合いながら、中々結ばれないが、最後にはハッピーエンドとなる。私の記憶にあるのは昔見たギリシャ映画「春の目覚め」の美しい風景とその曲で、映画は反対に悲劇としてラストに白鳥の屍骸が浜に横たわっていたのが印象的であった。
三島由紀夫は「ダフニスとクロエ」に材を取り「潮騒」を書いたと言われ、結末はハッピーエンドであった。「潮騒」の映画化も何度かあって伊勢の海も美しかったが、白黒映画のエーゲ海の「春の目覚め」にはより清潔なエロスと恋愛の根源のような残酷さが有って、少年と少女の未成熟な美しさを海の中の風景に描き切っていた。

6月10日付「毎日歌壇」で米川千嘉子選に採って頂きました。

潮風のホテルにひとり聞いている若き日の恋「ダフニスとクロエ」   河野多香子

上の話の「ダフニスとクロエ」を下敷きにして、夏の海辺のどこかホテルのテラスレストランのような所で、曲を聞いているそんな設定に「昔の恋」を重ねた歌でしたが、本当は少年少女のような純粋な恋だったのかどうか。でも選者と「映画」や「名曲」が共有できるかは運のような物なので、その点が採って貰えて嬉しい所です。ありがとうございました。
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2017/7/14

秀歌(70)川野里子「角川短歌」31首より  秀歌読みましょう

私達の掲示板「風」の仲間うちで松本のかたが「日本農業新聞」の川野里子選の「日農歌壇」で長い事選を受けて、昨年度は「年間大賞」に選ばれたというお目出度い話が有った。それでいつか「秀歌」に書いてみたいと思っていたのだけど、丁度「角川短歌」五月号にこれまた板の管理人の出身地紀州のお歌が載っていたので、これがいいと思った次第。
川野里子さんは大分県竹田市生まれの50代後半「かりん」編集委員で京都の短大卒業後千葉大の大学院で文学を学んだとある。「かりん」のかたたちは勉強家という印象がある。「葛原妙子賞」「牧水賞」など大きな受賞歴もあり、師匠にに聞くと「穏やかな出来た人」なのだそうだ。「角川短歌」五月号巻頭31首から八首をひく。

「海と熊楠」

不可思議の南紀白浜われを立たせてすべての砂粒かがやくところ

あざやかな鯨船(くじらぶね)いくつ隠すらむ照葉樹林にふくらむ岬

円月島に大穴ひとついちどだけ死ぬわたくしのために明るむ

西方浄土にたどりつきたる舟あるか難民の船に着く岸あらず

なにもかも手放しながら生きる母けふは入れ歯を失ひしとふ

いっしんに一人を待てる犬の瞳(め)のやうに静もる水平線よ

みつけゆく喜びぎらぎら光らせて熊楠ゆけり熊楠はひとり

海に触れ空に触れそしてわが投げし一片のパンにぶつかるカモメよ

紀州に行かれた時の歌なのか、重いテーマの歌も明るい。私の母も熊楠の家跡に行ってきたが、とても感銘を受けたような事を言っていた。熊楠に興味を持つ人は多いけど、あの粘菌は私は苦手だ。
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