2017/9/29

仙台の萩  短歌

九月の連休初日従妹の息子の結婚式のため、仙台トンボ返りをして来た。むかし高校の旅行で仙台駅に着いたとたんにバスで松島に運ばれたので、仙台は初めてと言ってよかった。でも駅近のホテルでの結婚式に間に合うように新幹線に乗り、それがメインイベントだったので旅行という感じはしなかった。15年ぶりくらいの新幹線も、何だか狭いなあ、景色が見えないなあと思いながら仙台までは「はやぶさ」で二時間もかからないのだ。

仙台は「杜の都」というので、もっと緑の多い都市かと思っていたけれど、広瀬川の方まで行かないと緑は感じられなかった。従妹の家はそっちの方なのだが今回は「結婚式」の後「仙台文学館」に寄る予定を立てていた。館長が小池光氏なので、別に小池氏に会える訳ではないのだけれど読売新聞の選者として、何度か選歌いただき、歌壇一の「猫好き」だから「ゆかりの地」に行ってみたかったのだ。

「文学館」は緑多い土地の中にあるように書かれていたけれど、タクシーでかなり郊外まで走っても、住宅の建てこんだ感じは否めなかった。思ったより坂道の上に建物が有ったので、入り口までタクシーが登ってくれたのは坂の苦手な私はありがたかった。入り口近くの坂の片側に赤紫の花が見えたので「あれ、もしかして萩の花」というと運転手さんが「そう宮城野萩だよ」と答えた。たぶん咲いているだろうと思っていたので嬉しかった。館内にはいると掲示板に小池さんの歌が書いてあった。

「バルサの木ゆふべに抱きて帰らむに見知らぬ色の空におびゆる   小池光」

展示の第一は「井上ひさし」(初代館長)なのだけど、詩歌関係は島崎藤村、土井晩翠、そして俵万智が少しなのは仙台を出てすっかり九州の人になったからだろうか。藤村が東北学院勤務中に「若菜集」を出したこと、土井晩翠が仙台生まれで「荒城の月」を書いたことは何故か記憶の彼方で、「あれ」という気持ちがしたのは年のせい。仙台市民に怒られそう。

バスの時間があるので早々に見学を終え(結婚式でお腹いっぱい食べたので)コーヒーも飲まずに外に出た。坂を下りながら萩の写真をとったが「宮城野萩」というのは花が小さく、濃い赤紫で家の方の萩とは違うなあと思った。政宗ゆかりの白萩は植わって居ないようだった。(調べたら、白萩は市立博物館のほうだった。場所が離れているので一度には行かれなかった)

バルサ材、精霊の名も知らざりき 文学館の宮城野萩よ   多香子
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2017/9/22

秀歌(71)景山一男「角川」六月号より  秀歌読みましょう

景山一男さんは昭和27年東京生まれ、宮柊二の「コスモス」に入り「歌壇」(本阿弥書店)に勤めて編集者、「柊書房」を興して独立「コスモス」の歌書を作っている。出版に携わると歌人としての時間は少なくなり、(師匠中静氏は商売として続けるために、表向きの作歌、評論は書かないと近藤芳美氏にも宣言していた)知名度には欠けるのだが今も「コスモス」に出詠、神保町付近の景色を自然体で詠っている。
今年の「角川短歌」六月号でみかけた歌が、「老い初めた」都会人の姿を(私には)好ましく詠んでいて、健在を思わせた。七首から五首を並べる。

「老いゆく影」

スマートフォンの中に入ってゆきそうな人ばかりゐて日本右傾化

重力に抗ふごとく地下鉄の階段下る老いへと下る

部屋内を走る音消え携帯の待ち受け画面に生きてゐる猫

こののちの生を想へば天翔ける鳥を呑み込み夕陽輝く

危険防止ネットにおほはれビルは立つ老いの形を春陽に晒し

中静氏の回顧談で、景山さんが独立する前に「不識書院」に勤めようかと相談があったが、思い切って出版社を立ち上げた方がいい、と後押しをしたら、宮夫妻にもかわいがられていたので「コスモス叢書」を任されるようになったという話があった。それで宮柊二の一字を取って「柊書房」が出来たという。
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2017/9/15

「毎日歌壇」掲載  毎日歌壇他

東京は八月末から突然の秋の長雨、また暑いかと思う間もなく曇り、雨と順調に秋を迎えています。おかげで何を着たらいいのか迷っている人も多いでしょう。
神田明神には「神馬」としてポニー「あかり号」が飼われているのだけど(三年ほど前にこのブログに書いた時は、先代の「暁号」でした)土もない境内で狭い柵と小屋での暮らしは皆の同情を買っています。近くの「湯島聖堂」に毎日散歩して草を食べているのですが、毎年暑い夏には「バカンス」をとります。もともと居た房州の牧場に一夏帰って、自然に触れ合い元気を取り戻すのです。
今年もバカンスに出かけたのですがその後、雨続きでどうしたでしょう。私も帰って来てからのあかりちゃんにはまだ会いに行っていません。

9月4日付「毎日歌壇」米川千嘉子選で一首掲載されました。

目の前を「あずさ」過ぎゆき安曇野のわさびアイスを食べたい夏日    河野多香子

夏の歌ですが、安曇野の大王わさび農園で「わさびソフトクリーム」を食べたのは20数年前。そのころは毎年山梨、信州を訪れていましたから、母の介護の間「あずさ」を見かけると、ひたすら信州の旅が恋しかったものです。その思いは選者に届くかどうかは分りませんが、松木さんの特選の次に載せて頂きました。米川さまありがとうございました。

土曜日には15年ぶりにひとりで新幹線に乗って仙台に行きました。無事乗って新幹線の座席はこんなに狭かったかしらと思いました。
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