2017/12/29

述懐とご挨拶  

新年おめでとうございます。皆様に素晴らしい年が開けますことを祈念し、私にもそのような年で有ってほしいと願っております。
去年の述懐と言ってもふり返れば母亡き後始末と少し遠出をしてみたこと、ほぼ一年通った毎日文化センターのお教室がとてもいい居場所になりつつあること、でもネットの短歌沼もいいものであることなど(母の事務手続きの煩雑さ、一周忌の夏の最中の暑さなど言う事はあるにしても)幸せな一年だったのかもしれません。

秋にすべての検診がパスしてともかくもまた一年生き延びるのだと思った時の嬉しさなども(今はさっさと忘れているけれど)ありました。11月に突然泳二さんのツイッターに反応して(私はツイッターやらないのに)短歌クラスタのかた数人と御茶ノ水での飲み会に混ぜて頂いたことは初体験で、ニックネームで呼び合う「オフ会」(小説で読んでいたような)は本当かという思いがしました。泳二さんは、リアル清涼感の青年(40代は青年に見えるのです)でした。

皆様方の温かいお言葉やお気持ちに支えられての事だったとしみじみ感じています。ありがとうございました。今年も忙しい事があるのですが、「新聞投稿」「ネット歌会」もできるだけ続けて参加したいし、お教室は勿論続く限り通う気持ちでいます。
このブログは金曜更新にしていますが、今までのようにはいっぱい書けなかったりするかもしれません。でも金曜更新は短い文でもしようと思っていますので、よろしくお願いいたします。
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2017/12/22

池袋の喫茶店  短歌

もうじき平成も終わるのだというと「昭和」をレトロと言うなと言う気持ちにもあきらめを付けなくてはならなくなる。もちろん「昭和」は長いから戦前と戦後に分けるべきだとおもうけど、終戦の年生まれの我々はかなりの「古物」になってきているのかもしれない。だんだん昔の記憶は甦って、でも「名前」や「場所」が出てこないようになってくる。少しは思い出話を書いておこうという気になっている。

私が大学に入ったのは「東京オリンピック」の年で、これは覚えやすい。中高と家の近くの女学校で徒歩通学だったから、受験をして池袋の大学に通う事になって、はじめて「定期」というものを持った。とても新鮮でやはり不安だった。池袋は家からは地下鉄丸ノ内線で学校まででも30分だったが、それは若くて足早に歩けたから、今では駅までが乗っている時間よりかかるのではないか。池袋は東口に西武デパート、西口に東武デパートがあるので、慣れるまでは(逆さま、逆さま)と唱えてないと反対に歩きそうになる。でも入学じきに慣れてしまって「文芸部」に入った頃には楽しい遊び場になっていた。

昔は「純喫茶」「名曲喫茶」など「喫茶店」というのが盛んだった。父母の頃は「ミルクホール」だったらしいが私は行ったことがない。普通の「喫茶店」は今でもあるけれど、どうと言う事もないのに中高の校則は出入り禁止だった。神保町には今も有名な「さぼーる」など喫茶店は多かったから、禁止だけど黙認とか、私服でなら平気で高校生から出入りしていた。コーヒーが40円か50円で昭和45年ごろには80円になっていた。
それで、大学になってもクラブのたまり場は「喫茶店」で部室もあるけれど、一日に一回は使っている喫茶店に顔を出すようになっていた。初めは先輩に連れられて行くのだけど、二三の溜まり場が有って(携帯電話がないころだった)どこかに誰かが居るという具合だった。

この前その名前を思い出そうとして、すこし戸惑ったけど主人と話しているうちに「フォンテーヌ」「アンデルセン」そして「ネスパ」というところまで思い出した。場所はうろ覚えだし、今行ってみると半世紀近くたってすっかり変わり、どこに何が有ったのかも分らなくなっている。それもここ10年は行ってないから余計だろう。部内恋愛は意外と秘密にしていて別の喫茶店で会ったりしていたのに、主人と二人でよく行った店の名前がどうしても思い出せなくて笑ってしまった。
「アンデルセン」の壁には漆喰の小鳥がたくさん掛けられていてメルヘンを装っていたが、その小鳥を持って帰りたくて(窃盗なのだけどね)女の子は男子に「とって」と頼んでいた。誰か成功したかどうかは覚えていない。

青い鳥探しに行かない幸せはあなたと二人で籠っていれば    多香子
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2017/12/15

乾門の通り抜けと「毎日歌壇」掲載  毎日歌壇他

12月の初めに、皇居「乾門」から入って紅葉の通りを東御苑の北佶門に出る特別見学が有って、私達は「通り抜け」などと言っているが、本当の名称は知りません。凄い行列で時間もかかるから、近くの者は行こうとも思わないけれど、わざわざ出向く甲斐はあるという見事な紅葉です。
千代田区の真ん中を占める「皇居」を無駄と思う人達や京都に遷都してほしい向きもあるかも知れないが、皇居の緑と内堀外堀の水があるからこそヒートアイランドが少し緩和されているのだと思います。普段も公開されている東御苑は、昔の江戸城の名残を見ることも出来る石垣や、松の廊下跡地などどっしりゆったりした景観は、外国からの客に是非見てもらいたいものと東京人として誇りに思っています。

その「乾門」だとか「和田倉門」などの様にお堀に橋の掛かった御門の一つに「桜田門」があり、その向かい側に「警視庁」の庁舎があるのです。「相棒」ファンなら冒頭に空撮で写されるあの建物が浮かぶでしょう。そこからお堀に添って三宅坂の最高裁判所のあたりまで「ユリの樹」の並木が続いています。「ユリの樹」は大木で鈴懸より小さな葉っぱを黄葉させ、春過ぎには黄色い冠のような花をつけます。知る人ぞ知る樹で、歌人も多く歌い私も大好きな樹です。

12月4日付「毎日歌壇」米川千嘉子選で掲載されました。

ゆりの葉の煌めきて降る秋の日の桜田門は明るいあくび    河野多香子

前の文のユリの並木の黄葉です。これを詠んだ時はまだ「乾門の通り抜け」が始まってなくて、トランプ大統領の訪日が終わった後でしたから、なんとなく桜田門のあたりはほっとした気分だろうなと言う気持ちもありました。米川さまありがとうございました。
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