2018/4/27

秀歌(76)真中朋久「角川短歌」三月号より  秀歌読みましょう

真中朋久さんは塔の選者で1964年茨城生まれ、京大地球物理学修士というからいかにも「塔」だなあと言う気がする。天気予報士の資格も持っているが、防災工事などの現場仕事にかかわっていたようだ。私は「塔」誌で少し歌を読んだ位であまり知らなかった。四月から今年の「NHK短歌」の選者ということで、興味を持って読んだ「角川短歌」三月号の巻頭十首から五首を並べてみた。

「みずたまり」

とびこえるほどにもあらぬみづたまりきれぎれにそらをうつしてひかる

申しわけないがなにゆゑいきどほりゐるかわからず目を伏せて聞く

われをしも悪鬼のやうに言ふひとよ言ひつのるひとのうしろ背の闇よ

もうわすれてくださいといふこゑなどもありありとみみのそこにのこれる

大風呂敷たたまぬままに飛ぶ鳥の明日はかの人も辞めてゆくとぞ

この十首一連は職場の中でのいさかいを暗示して、作者もその相手も大人げない事という気持ちはあるのだろうが、「仕事」の中身が描かれない以上「肌の合わない」もの同士が一つ場所に居てしまった不幸のようなものを感じる。これは一種の男歌で、女同士はもっと陰湿になるから歌にはしないような気もする。(私の読みすぎだろうか)
そして私もいろいろ考えることはあるけれど、こういう憎み合いの様な歌は好きではないが、見せかけの優しさの歌よりも自分の立場を守るための戦いの歌としたらいっそいいのではないかと思った。読みにくいかなの羅列にも技巧が込められているのだろうと言う気にもなった。
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2018/2/23

秀歌(75)大島史洋「角川短歌」一月号より  秀歌読みましょう

「角川短歌」の一月号は毎年大勢の歌人の十首詠にエッセイをつけて、色々な歌人の詠みぶり考えを読めるので面白いのだが、今回は「未来」の大島史洋さんの十首から五首を引いてみた。大島さんは次の「未来」を率いていく人と言われ、師匠もあの「未来」の個性豊か(?)な面々を包むだけの人柄といっている。私はちょっと敬遠しがちだったが『ふくろう』のすさまじく真摯な歌に(私は介護問題に厳しいので)ゆさぶられる思いがした。
「未来」創設者の近藤芳美が最後まで「新かな」を通したことを私の師匠も評価しているが、大島さんも「文語、新かな」を貫いている事を嬉しく思う。

「ミョウガの花」

かたちよきクスノキ立てり吾が前に空高くありおだやかにあり

苦しみを深く知りつつ苦しみの質を問わない集団は良し

有り難き夜の更けにして歯を鳴らしビデオを見ると人に知らゆな

新しく開店したるスーパーの賑わいのなか所在なきわれ

スクランブル交差点眼下に見えて人の動きのおもしろきかな

一月号の恒例の質問は「世界で一番有名な歌は」といもの。それに対して「なにゆえこんな質問が発せられ、答えなければならないのか、困惑するばかり」といっているのも率直だけれど、少し暗さも感じられる。「塔」と「未来」は「一般社団法人」の形をとった。時代はうねっているのかもしれない。
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2018/1/26

秀歌(74)小島ゆかり「角川短歌」12月号より  秀歌読みましょう

昨年秋の叙勲で「コスモス」の小島ゆかりさんは 褒賞を受けた。私の叔母や従弟は幼稚園経営で褒賞を貰ったが幼児教育は割合続けることで対象になる分野ではないかと睨んでいる。それに比べると評価のはっきりしない文化の分野は難しいものがあるので、大層な慶事ではないかと思われる。
小島ゆかりさんは美貌を持って語られることが多いが、「コスモス」の中では美しい新古今風なテイストのあるお歌が好ましかった。二三年前から、年齢を感じさせる落ち着きや、人生の屈折を詠むようになったなと思ったけれど、それなりに美しいのだ。

「風の翁」

こんな夜(よる)はにはとりを抱いてねむりたしなまぐさいあかい月のぼるよる

父の名は旅人なりしをその子らの家持、書持むなしかるべし

いちじくと猫もたれ合ひねむりをり午後の陽たまる古きテーブル

霊園の丘にのぼれば新しき石の町あり窓のなき町

街路樹の呼吸(いき)ふかくなる秋の夜 一木(ひとき)は鹿のにほひしてをり

なにもかも怠けきつたる日の夜は丁寧語にて猫にもの言ふ

人間はめんどくさいな あきかぜを観測したり感傷したり

くりかへしどこへ行くかと聞く母よ大丈夫、銀河までは行かない

その花は風の翁とおもふなり嵐の後(のち)のしろまんじゅしゃげ

白曼珠沙華を「風の翁」と名付けたお歌。父亡き後少しずつ弱る母の姿、みんな同じと思う。そして一番の仲間の様に話す「猫の歌」やはり歌壇一の猫好きだなあと思った。
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