その生き方は迷走としかいえなかったのか〜書評『伊藤野枝と代準介』〜  ブログ

伊藤野枝は大正時代に自由恋愛を支持した
婦人運動家といえば聞こえはいいが、
自らの望みを叶えるためならば、関わった人間を利用し、
時には悪者にしたてるという悪女ではないだろうか。

甘粕事件で、時のアナーキスト大杉栄と共に憲兵に惨殺され井戸に放り込まれた時に憲兵が賞賛された意味は判らないでもない。

16歳で結婚破棄、協議離婚、それから実に22歳まで同棲、略奪婚と波乱万丈の人生を歩み、殺されるまでの6年間は貧困と官憲に睨まれ、罵られる毎日で何が幸せだったのだろうか。

やりたい放題やってあの世へいったとしか思えないからだ。
叔父の代は、そんな野枝を経済的にも子育ての面でも延々と支え続けた人物である。

著者の妻は野枝の育ての親である叔父の代準介のひ孫にあたる。
元某大手広告代理店のコピーライターで現在書評家の著者は偶然にも代の直筆の自伝『牟田乃落穂』を見つけ、現代世に出ている野枝の評伝と矛盾があるところを丹念にひろい今回本にしたというのだ。

何故、野枝が『周りをかくも羨ましがり関わった者を傷つける』悪女になったのか。
それは叔父である代が娘を女学校に通わせたことにはじまるのではと推測する。

従姉に猛烈な嫉妬心をもやした野枝は、何故自分も女学校にいけないのかと
叔父に手紙を何通もしたため、後に代親子を冒涜する小説まで
刊行した。

これが結婚破棄してまで教師だった辻と同棲したり、
内縁の妻もあり、稼いでいる愛人・神近市子もいた
大杉を無収入であったにもかかわらず横取りするという行為に至った
理由だろう。

それで彼女が幸せであったかといえばそうではない。
常に誰かに恨まれ、ついには殺される。

AV動画まとめ御殿では甘粕事件の後、何故、身内であった代が、憲兵に襲われる事もなく
遺体を引き上げることが出来たのか。
時の右翼の権威頭山満の生家である筒井家が代の親戚であり、
代を人間的に高く評価していたこともあったからだろう。

野枝は代なしには、奔放にいきられなかったのではないか。
そう思えてくる一冊でもある。
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仕事に忙殺される  ブログ

夢を語る姿が魅力的な人は、傍らで話を聞いているだけなり、実害のない限りでは『いい人』である。

その人が本当に『人間として魅力があり出来ている人』であるかの判断材料はどこにあるだろうか。
これだけ人間関係が希薄になっていると難しい。

会社関係の人間は、夢を語る人間が上司であれば、周りは彼なり彼女の夢を実現する優秀なサポーターばかりである。
もしも夢を語る一見魅力的な人に、取引先なり会社関係であったとしたなら、その人の部下や上司をみるといい。

彼、彼女らは、違う会社からヘッドハンティングされるほど何も言わなくても、あうんの呼吸で業務をこなしてしまう優秀な社員かもしれない。

もし、夢を語る人と、個人的なり、自営業的な付き合いになったなら、その人の家族関係をみた方がいい。
どちらかというと、この見方が一番顕著にでる。

家族が表面だけ上手くやってるような、事務的な挨拶で終わるような関係であったり、息子、娘、お嫁さんなどと、仲はあまりよくない、心を分かち合う会話はしていない、というのであれば、その人はたんなる、頭でっかちということになる。

そして、最後にチェックすべきことは、彼や彼女が仕事上手がけている案件が
どれだけあり、どの期間できちんと終えられているかだ。

私の母親の知人には、まさしくこのような『頭でっかち』な上に、家族内関係が全く上手く行ってない人が居る。

片っ端から色々な事業に手をつけて失敗し、成功しているのはこまごまとしたどうでもいいセミナーだけだ。

家族はおそらく、そうした彼女の優先順位に腹がたち、口も利かないのだろうし、彼女自身も、仕事にムダに忙殺されることで、他人の役にたっていると勘違いしているのだろう。
なかには彼女に老人ホームの入居の斡旋を頼んだまま、何年も放置されている方もいる。


仕事の優先順位というのはいかなるものだろうか?
貴方の仕事は、単なる頭でっかちになっていないだろうか?
それは周りの人々の反感と不満を買い、いずれは社会から見捨てられるだけである。
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