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2012/12/3 
美しい、温かい瀬戸内海的な自然、クラシカルな匂いのある寺々、それは尊いものであったが、人間のつくり出す尾道のカラーは、美しい時にも多少商業的な卑俗性をもったものであった。しかし殷賑な通商、豊富な漁猟によって生気を帯びた生活エネルギーは、比較的不便な陸路のために封鎖的になったこの港街に独特な精彩と活況とを与えた。そしてそれが幾世代に渡り保存されたので、由緒ある港としてのいぶし がかって浅膚さからすくわれていた。年少の私はそうした空気の中から美と生命とを探し出そうとしていたのであった。
 尾道の思い出が、少女達との思春の絵本や、手習いのすさび のようなものしかないのはそのためであった。
  の裏門から出て、千光寺山へ登る山ふところに林にかこまれた神社があった。丑寅神社と言って氏神であった。或る日私は氏子総代の伯父につれられてこの神社に参詣した。拝殿で私たちのためにお神楽があげられた。拝殿の反り気味の欄干の側には楓の樹が燃えるように夕日に映えていた。
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青柳ホテルについての説明・解説する

2012/12/2 
併し少し考えて見れば判ることだが、本当に単に平均値的だというだけでは、如何に常識という言葉に愛着を有つものでも、それが評価のノルムや標尺になれるとは考え得られないだろう。で、社会人の見識の平均値と見えながら実はそれ以上のものでなくてはならぬというのが、この常識水準なるものの内に見出される新しい矛盾なのだ。
 今この矛盾を解くためには、この平均値という観念の謎を解く必要がある。と云うのは、この平均値を正直に単純に社会に於ける各個人の量質的な総和平均のことだと考えていては之は解けない。それが平均値であるが故に(どういう根拠だか判らないが)おのずから標準 的なものであり、又理想 的なものだというのでなくてはならない。リード的常識の常識的態度は恰も、之を健全という標準又は理想で以て云い表わしたのであった(bon sens という常識概念も亦、こうした標準又は理想をひそかに想定している)。健全とは無論、病気と健康との総平均などではなくて、各人の健康状態の標準であり又理想のことなのである。それにも拘らず健全さは人間健康のノルマルな常態だと考えられる。この間の消息は、健康の保持(不健康疲労物質の新陳代謝と健康恢復)というものが伝えている。即ちたえず健康を引き上げ健康さを発達させることが、人間の平均的な従ってノルマルで通常の健康状態と考えられるわけである。
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