初めて彼女に会ったのは三年ほど前の冬だった  小説

あぁ、と思わず声を漏らしていた。
雲ひとつない青空に向かって、木の葉の香りを含んだ涼しい風が吹き抜けた。舞い上がった木の葉は眩しい朝日を受けてキラキラと輝いて見える。
 遠くの空には悠々とトンビが飛んでいた。これでもかというくらいすがすがしい朝だ。
 朝食の用意をしながら、ぼくはそれらの様子を眺めていた。
 人間の手が加わっていない自然は、どうしてこんなにも美しいんだろうと、そう思う。
 時刻は七時。そろそろ時間だ。コンロの火を切って、ぼくはキッチンを後にする。
 今日も、楽しく美しい、ぼくの一日が始まる。


 カチャリと小さな音をたてて木製のドアが開く。瞬間、甘い薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。部屋に入ったぼくの目に、一番初めに映ったのは、入り口に向けて置かれた白い椅子にゆったりと腰掛けている、真っ黒なドレスを着た少女の姿だった。薄いレースのカーテン越しにぼんやりと朝日が差し込んでいる。柔らかい自然の光だけが、この部屋の光源だった。カーテン越しに朝日を浴びた、彼女の白い髪が光って見える。
 大きな部屋だ。しかし物は極端に少ない。天蓋付きのベッドと小さなテーブル。それから今彼女が腰掛けている白い椅子だけだ。
 それ以外には何もない。生活感のない部屋だ。しかし、この生活感に欠ける部屋をぼくは気に入っている。
 ぼくが部屋に入って来たのを見て、彼女は優しく微笑んだ。夢見るような儚い笑顔。小さな唇から紡がれるのは歌うような朝の挨拶。
「おはよう……、いい朝だわ」
 彼女はぼくだけの人形で、そして、ぼくだけのお姫様だ。


「おはよう、よく眠れた?」
 椅子に座る彼女に声をかける。彼女はクスリと小さく笑った。白い髪が流れるように揺れる。サラサラ、サラサラとまるで川の水みたいだと思った。
「よく眠れたわ、いつも通りね」
 鈴を転がすみたいな細くて高い声がぼくの耳に届く。そんな彼女の声を聞くだけで、ゾクゾクとした快感が身体を突き抜けるのを感じた。
 人形みたいに姿勢よく座る彼女が、形のいい小さな鼻をクンクンと動かしている。
「いい香りね。今日の朝ごはんは何かしら?」
「オムレツだよ。さぁ、食堂に行こう」
 そう言って僕は彼女の前に跪く。その細く華奢な脚に手を添えて軽く持ち上げた。椅子の足元に置かれている飾りのついた黒い靴を、ぼくは彼女に履かせてあげる。
 小さな足だ。強く触れると壊れてしまうのではないかと不安になってきた。
「くすぐったいわ」
 ビクッと、彼女の脚が動く。その動きに合わせるようにスカートの裾に飾られたフリルが揺れた。
「我慢して……。さぁ、出来たよ」
 靴を履かせ終えてから、ぼくは手の平を上に向けてそっと彼女に差し出した。彼女はそこに、自分の小さく冷たい手を静かに乗せて椅子から立ち上がる。いつも通りだ。こうするのが当然だとでも言うような一連の動作。
 ぼくも彼女も、一切淀むことなく自然に身体が動く。当然だろう。毎日繰り返していれば、このくらいの動作は身体に染み付いてしまう。
 それほどまでに長い時間、彼女と過ごしているのだと思うと、幸せな気分になる。そんな気持ちを込めて、いつも通りエスコートのセリフを口にする。
「それでは行きましょう、ぼくのお姫様」
 柔らかく微笑む彼女を伴って、ぼくは食堂へ向けて歩き始めた。


「ここに来て……ずいぶんと経つわ」
 ポツリと、彼女はそう呟く。朝食後、庭を散歩している時のことだった。ぼくは彼女の声がもっと聞きたくて、黙ったまま隣を歩くペースを緩める。
「三年くらい……かしら。わたしはあの頃に比べて、どうなっているのかしら?」
 鳥の鳴き声や、木の葉が擦れる音に混ざって、彼女の小さな声が耳に届く。黒いドレスを風に揺らしながら、ゆっくりと彼女は空を見上げた。
「ねぇ、どうかしら?」
 空を見ていた視線を、今度はぼくに向けて彼女はそう言った。
 青く透き通った瞳にぼくの顔が映り込んでいる。まるで鏡みたいだ。
「変わらないよ。君は……。初めて会った時からずっと、君はぼくの人形なんだから」
 ぼくがそう言うと、彼女はフフッと小さく笑う。ぼくの答えなんてお見通しだったのだろう。それでいい。そうでなくてはいけない。
彼女はぼくの人形にして、ぼくのお姫様。ぼくは彼女に尽くすために生きていて、彼女はぼくに愛でられるために生きている。
 初めて彼女に会ったのは三年ほど前の冬だった。
0

teacup.ブログ START!  

ブログが完成しました

ケータイからも、閲覧、投稿が可能なので、どこからでもブログの更新が行えます!

teacup.ブログはひとりで複数作成可能なので、ブログの内容によってブログを使い分けることもできます。
ブログ追加新規作成

また、投稿の仕方、管理画面の使い方につきましては、ヘルプ一覧ページに詳しく記載されています。
ヘルプ一覧

*この記事は管理画面から「投稿の管理」→「削除と編集」より、削除または編集していただいて構いません。
0




AutoPage最新お知らせ