2012/9/30 | 投稿者: mimiyaya

モンクレール ダウン葉子は、伝蔵の死花ぐらゐ厭なものはないと思つてゐた。死花といふ言葉だけでもゾッとするぐらゐで、その死花をとりまいて集つてくる有象無象が、内心、最も不愉快きはまる存在であつた。娘のことまで、この連中とつながりを持つに至つては――堪えられないことである。折から、遠山青年の話で、忽ち乗気となり、ともかく、交際させてみようといふ伝蔵の賛成を得た。伝蔵も亦、この話には、相当、乗気を見せだしたのである。
 修身の「ヨイコドモ」のやうな男が実在しようなどと、波子は夢にも考へてゐなかつた。ところが、こゝに、現れたのである。しかも、それが、自分のお聟さんだといふに至つて、尠からず、狼狽した。実に、遠山青年は、酒・煙草をのまず、活動写真や芝居は義理によつて三年に一度ぐらゐづゝ見物し、女の子には目もくれたことがない稀世の謹厳居士であつた。
 親の命令によつて、二人は時々散歩したが、話といふものが、まつたく、なかつた。遠山青年は音楽に趣味もなく、スポーツに興味もなかつた。と言つて、ディーゼル・エンヂンに就て話をもちかけるわけにはいかないから、早慶戦ぐらゐのことは厭でも話しかけずにゐられない。すると、さうですか、うちの会社にも、野球だのフットボールのチームがあるやうです、とだけ言つた。あるとき、二人で映画見物に行くと、遠山青年は長蛇の列を尻目にかけて、それが切符を買ふ順を待つ人々だとは微塵も気付かずに、横から手をだして、ケンツクを食つた。ケンツクはとにかくとして、蜿蜒長蛇の列が映画見物のためであるとは! 彼の驚きは深刻であつた。さて、映画見物の後、その感想をもとめると、画面の横の字を読んで急いで写真を見直さなければならないので、非常に骨が折れた、とだけ答へた。映画をみて、さういふ感想に就てだけ論じ合ふのでは、助からない。
 遠山青年は近世稀な聖人である、と、波子は堅く断定した。然し、とても一緒にくらす勇気はなかつた。遠山青年と結婚するぐらゐなら、孔子様の写真を壁にはつて、尼さんになる方を選びます、と母に答へて、怒られたのである。


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2012/9/30 | 投稿者: mimiyaya

モンクレール ダウン万葉集だの、徒然草だの、芭蕉だのといふものを耽読して、俄か隠居の生活をやりはじめ、紅葉狩だの寺詣だの名所遊歴といふやうなことに凝りはじめ、波子も、稀には、お供をした。女房子供をひきつれて、諸国の料理を食べ歩いてきたことなどもあつた。金のかゝることゝ言へば、書画骨董の類くらゐで、結婚して二十五年、はじめて安心したなどと、母の言ふのを、波子はきいた。
「山にみまかりし我子にさゝぐ」といふ歌があつて、開巻一番、
 さんま食ひてなれ思ふ秋もふけにけりわが泣く声に山もうごかん
 などゝ詠んでゐる。
 山はさけ海はあせなん、といふ名高い歌は、波子もかねて知つてゐたが、さんまを食つて泣き山をゆりうごかしてやらうといふ、実にどうも横着で、山の枯葉一枝ゆりうごかす実感も、なさゝうである。親父のやることは、風流まで、芝居もどきだ、と、波子は、これも、ばからしかつた。

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