デモのレッスン  

昨日は先生と、教室のパーティでの
デモのレッスンでした。

昨日はいつもより早い6時からのレッスン。
この時間だと誰もフロアーを使っていないんです。

急いで教室へ着くと5時45分。
入り口でカップルと鉢合わせ。
カップルは6時半からとの事。

教室内に入ると、けんさんが居る。
けんさんは2時から居るらいしい。
<頑張っているのか、遊びに来ているのか??>

急いで着替えてストレッチしながらシャドー。
さて、先生とステップのおさらいと確認。

よし!バッチリ!!

「じゃ、曲にあわせて行きましょう」

所々突っかかりながら終了。
「じゃ、もう1回。」

デモの踊りは競技会より長いんです。
連続しての踊りは疲れる・・・

そしてデモの曲で踊ってみる。
デモの曲は私のリクエストで、
「サラ、ブライトマン」の「オペラ座の怪人」。
「オペラ座の怪人」は色んな人が歌ってますが、
「サラ、ブライトマン」が最高なんです。

周りで見ていた原さん、他の先生から褒められた。
最高!!!!!

30分の1レッスンでしたが、汗だくになった。

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カンボジアに行ってきました  

13日の15:40に福岡を発ち、ソウルで乗り換え、ソウルから5時間半のフライトで22:00にカンボジアのシェムリアップに到着。
ツアーメンバーは11人と添乗員。
現地ガイドはビーチェットさんという26歳の青年。
自分のことを「ビーさま」と言って笑わせてくれました。
話す時の表情が、物真似タレントのコロッケに似ていたので、私は密かに「コロッケ」と呼んでいました。
流暢な日本語で、彼の子どもの頃の話や、今のカンボジア人の生活の様子を聞くことができました。

「ビーさま」あるいは「コロッケ」に聞いた話を紹介します。

カンボジアの面積は日本の約半分で、人口は約1,400万人、9割以上が仏教徒です。
20年間に及ぶ内戦の後、平和な社会が訪れてからも20年しか経っていません。
国民の6割が25歳以下だとのこと。
勤め人の平均月収は1万円位で、国民の7割が貧しい生活をしているのに、支援金で私腹を肥やす者たちもいて、貧富の差が大きいと嘆いていました。

地雷は1000万個も埋められ、まだ半分の500万個が除去されずに残っているそうです。
ただし、シェムリアップなど観光地では、完全に除去されたので安心して来て下さいとのことでした。
遺跡の近くで民族音楽を演奏している人たちの中に、義足の人もいました。
今のカンボジアに必要な物は、「水・薬・病院・学校」だと言っていました。
きれいな水が飲めないために病気になる人が多く、治療もままならないため亡くなる人も多いとのこと。

行く先々で、子どもたちが絵ハガキなどを売りに来たので、「あの子たちは学校に行っているのか?」と尋ねたら、「学校には行っていると思う。学校の数が足りないので、2部制になっている」という返事でした。
カンボジアでは平均4.6人の子どもを持っていて、それは子どもに家の手伝いをさせるためで、田舎の方では就学率は75%位で、都会では90%位だそうです。
日本の様々な団体からの援助で、学校が建設されていますが、まだまだ不足しているようです。
ちなみに私が現役の頃、鹿児島高教組も小学校を2校寄付しました。

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親  

親子で うちに相談にくることが 時折ある
進路のこと が 主題だけど
結局 親がこどもを 見えていないことが問題
人のことを 言えない自分にも 反省するが

いろんなノウハウ そして 愛情で
見ようとする親は 救いがある そして救われる
誰に?そう あなたの子に 救われるのだ
わたしが わたしの子に 救われているのと 同じようにです

小さいころから あなたの子は なんに時間を忘れて夢中になり
あなたの子は 何をみて笑い 泣いてましたか
どんなとき やさしさを見せましたか どんな甘えをみせましたか
思い出す ・・・その中で 子のもつ価値観を 見る事ができます

目指すことがない 希望がない いいえ あるのです
言えないだけかもしれない 気づきがないだけかも知れない

★敏感な子は 逸脱行動に走ります 弱さの証です
★すこし頑丈な子は それでも まっすぐ歩こうとします
★そして 一番危険な 頑丈な子は 自分だけが壊れます

親を選べない子は 親に努力をしてもらって あたりまえです
親を敬うなど 要りません 親は親として敬われる存在に
自分が成長しなくてどうするのですか ・・・ と 自分にも問う私です

★何もできない ろくでなしが 親にならせてもらったのです
子というのは ありがたい存在です 感謝して 全身全霊で親を
まっとうしていかなくて どうするのでしょうか

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浮世絵講演会  

浮世絵講演会

ただいま栃木市の蔵の街美術館では『名品に見る浮世絵の「青」展』が開催されています。

展覧会に合わせ日曜日に行われた「浮世絵にみる“青絵具”の変遷 −名画“赤富士”誕生の秘密−」という記念講演会に参加してきました。

講師は、礫川(こいしかわ)浮世絵美術館館長をされている松井英男氏。
松井氏は医学博士でもあり、アメリカの美術館で出会った浮世絵に魅せられ、医学研究の傍ら浮世絵のコレクションと研究を続けられたということです。

医学博士だけに、浮世絵を化学と技術の面から分析するという独自の浮世絵研究だそうです。

講演は、浮世絵の「青」に焦点を合わせ、露草の青から藍の青を経て、ヨーロッパから輸入されたベルリンブルーが登場してから、青の多彩な表現ができるようになり、浮世絵が画期的に変わったというようなお話だったと思います。

さわやかな色だが、露草は退色しやすい。
非退色だが、水に溶けない藍はぼかしが出しにくい。
水溶性科学染料のベルリンブルーは綺麗なグラデーションが表現できる・・・

葛飾北斎の富嶽三十六景の赤富士や神奈川沖浪裏の波の青はベルリンブルーが使われているそうで、私も北斎のデザイン性が高い絵は好きなんですが、そのせいもあったのか、と興味深かったです。

スクリーンに浮世絵を写しながら、この絵のここの青はどういう絵の具を使っているか、との解説はとても興味深く、これから浮世絵を見る際には今までと違う見方ができそうだと思いました。

露草の青は退色して、現在はベージュのように見えますから、ここが青だとしたら・・・と想像しながら見るのも面白そうです。

で。
ほぉ〜、そうなのか〜、いい話を聞かせていただいた・・・と会場の皆さんがそんな雰囲気で松井館長の話を聞き終えた後。

その雰囲気をブチ壊したKYな年配者がいたのですね〜、ここにも。

最後の質問タイムで、二人の方が簡潔に質問。
そのあとに始まりました〜、ウンチクを語り出したご仁が(-_-;)

ここで会場の皆さんが半分近く退場してしまいました。
それでも続く、続く・・・

せっかくのいい講演会も、何だかな〜な気分で終わったのでした。

自分はそれで満足かもしれませんが、周りの雰囲気に気づいてもらいたいものですよね。
それができないからKYたるゆえんなのでしょうけど。


肝心の展覧会はまた出直して、ゆっくり見てきたいと思います。


講演会の会場は、蔵の街観光館の横の交流館というところで、その奥には蔵のレストランがあります。
若きシェフの作る創作フレンチはおすすめですよ〜。

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助六寿司  

助六寿司
今でもコンビニなどでも定番弁当の一つ、いなり寿司と巻き寿司がセットになったものを「助六寿司」といいますが若い人は使わない?言葉?。この組み合わせは江戸時代からあるもので、名前の由来は、歌舞伎の演目である「助六由縁江戸桜」(すけろくゆえんのえどざくら)から来ていると言う事です。この作品は歌舞伎の中でもわかりやすいものとして有名らしい・・私は歌舞伎はほとんど見ないので知らなかったんですが。

はい。もちろん、助六寿司のことも知りませんでした。。。この話は簡単に言えばこんな感じ。主役の曾我五郎は、奪われた源氏の名刀「友切丸」を取り戻すために「花川戸の助六」として吉原に潜入する。そこで助六の愛人だったのが遊女の「三浦屋の揚巻」という人。この揚巻に横恋慕する「意休」という人物が名刀「友切丸」を持っていて、助六が見事に取り返すというストーリー。

助六寿司は元々この演目で幕間に出された弁当と言われていて、その中身は劇中で登場する遊女の「揚巻」という名前に由来するそうな。つまり「揚げ」を使ういなり寿司に「巻き」寿司というわけ。で揚巻に掛けたわけです。結論:助六寿司はちょっとした洒落から生まれた。でした。



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