この記事は、ツイッターを始めるところまでは来たけれど、その次が……という人のためのツイッターの楽しみ方ガイドです。(と思ったけれども結構文が固いので後で「簡略版」をまとめるかも)
基本的な面は他の解説サイト様にお任せします。
0. 最初の大原則(histoire)(※読み飛ばし可)
0.0 ツイッターは「140文字でコミュニケーションをする」サービスです。
ツイッターはアメリカのサービスです。ですので、アメリカ的な設計思想になっています。つまり、絵文字はおそらく対応しないでしょうし
(注1)、ツイッター自体に直接写メを送ったり出来るようになることもないでしょう。サーバが落ちて鯨が見れると言うことも(頻度は少なくなっていくでしょうが)ずっと続くと思います。
しかし、これは一方では利点であり、
「140文字でコミュニケーションをする」というシンプルなシステムが買収などされない限り未来永劫ずっと続くと言うことでもあります。ある意味、日本の俳句やお弁当、俗に言われるガラケーのような「先に枠を決めてからその中に落とし込む」文化と親和性が良いと言えます。
(注1)ただし、ケータイ絵文字にはGoogleとUnicodeが〜云々というお話があり、「ただの文字」として将来的に対応する可能性があります。しかし、本論ではないのでこの場では無視する物とします。
0.1 ツイッターは「大人」のためのサービス
今のところ、ツイッターは「大人」の利用を想定しています。これは、
ツイッターのプライバシーポリシーで
「われわれのサービスは、13歳未満の子供を利用対象としていません。」
と言っているように年齢的に児童に当たる者の利用を想定していないと言うだけではありません。ツイッターでは、自分で判断し、モノを考えられる
「自由人」としての「大人」であることが望まれているのです。
ツイッターには嘘や誇張もあれば、(時にそれと分からないように巧妙に偽装された)宣伝もありますし、社会的・思想的・政治的・性的に不快な発言も多々あります。ツイッターは、これらを自動でフィルタリングはしてくれません。
しかし、これが重要なのですが、ついったったーには好きな発言を見る自由があるとともに、嫌な発言を見ない自由があるのです。自分の趣味に合わない有名人をフォローする必要はありません
(注2)。ソーシャルフィルタリングは、結局のところ最初に
自分自身の意志で考えることによってしかできないのです。(事実私は、
勝間女史に非常に興味があるのですが、耐え難い意見の相違があるために、考えあぐねたあげく勝間女史をフォローしていません。)
(注2)これは一方で重大な矛盾をはらんでいるのですが、その点については後述します。
1. 自己紹介(Que-sais je?)
1.0 物語とデータベース
ツイッターの自己紹介欄と名前はどんなにタイムラインが流れても参照され続けるほとんど唯一の記述です。Webサイトをiddy(リンク)や自分のブログなどにしている場合は、それも参考に成るのですが、
twilogを指定していたり特に何も指定していない場合は、自己紹介と名前がツイッターにおいて貴方が何者であるかを語る最も重要な3つのうちの1つと成ります(残り2つは後述)。
しかし、ここで「どのような自己紹介をするか」という重大な問題があります。それは、「自分の
物語」を紹介するか、「自分を
構成するパーツのデータベース(DB)」を紹介するか、という点です。無論、これらを両立させた自己紹介も可能なのですが、ここでは便宜的にこの2つに分類することとします。
ここで大事なのは、どちらのタイプにせよ、自分の「売り込みポイント」は絶対に外してはならない、という事です。というのも、多くのついったったーはある人をフォローするときに(フォローミー祭りなどは別として)3つの基準でフォローをするからです。それはつまり、@自分のフォロー/フォロワー経由で自分と趣味の合いそうな人を見つける、Aフォローされたので(ツイッターホームを見ても趣味も合いそうだし)フォロー返しをする、B
プロフィール検索で自分と同じ趣味の人を見つけてフォローする、の3つです。このうちプロフィール検索は自己紹介に明記されていなければ見つけてくれませんので、その点で大いに不利と言えます。(無論、ネタに走るのであれば話は別ですが……)
1.1 物語的自己紹介のケース
物語的自己紹介は、口語的自己紹介とも言えます。ネタ的自己紹介も、この反肘に入れて良いと思います。自分は何処何処に住んでいて、職業は何で……という、いわば普通にリアルに自己紹介する場合に近い自己紹介がここでは行われます。「〜は俺の嫁」というシャウトも、そのキャラクターを自分の物語に取り込んでいるという意味ではこちらに入るでしょう。
物語的自己紹介の利点は、その自己紹介でその人の
為人が分かりやすいと言うことです。一方で、プロフィール検索などではその人の書かれていない(半ば隠れた)趣味が分からない、と言うことがあげられます。
1.2 DB的自己紹介のケース
DB的自己紹介では、自分の属性を羅列することで自己紹介とします。よくある形式では好きなモノをスラッシュ(/)で区切って羅列、というのがあります。この形式の利点は、プロフィール検索によるフォロワー獲得に繋がりやすい、という点です。一方で、物語的自己紹介と比較してその人の人格的情報がつかみづらい、という欠点があります。
いずれの形式にせよ、一長一短ですので、実際上は組み合わせて適切な自己紹介を書くこととなります。
また、裏技的方法として、自己紹介に繋がる情報を画像ファイルにして、ツイッターホームの壁紙として使用する、と言う手もあります。自著の画像をちょうど画面左のスペースに映るように長生した壁紙を使っている人や、メアドを画像として乗せている人もいます。
1.3 フォローする
今度は逆に、フォローすることを考えてみましょう。フォローする経路は、先に述べたように、@フォロー/フォロワー経由、Aフォロー返し、Bプロフィール検索、の3つが中心となってきます。
そして、これが重要なのですが、少なくともフォローは3桁を目指した方がツイッターは面白い、という事です。しかし、ここで注意しなくてはならないのが自分のフォロー(=TL)の「質」の保持をいかにするか、と言うことです。先述したように、ツイッターでは自分のTLの責任は最終的には自分にしか有りません。
例えば、頭の体操としてこんな場合を考えてみましょう。
「Q. 自分のフォローしているあるついったったーは自分とアニメの趣味が同じで含蓄のあるアニメ論を展開してくれ、彼の描く画も自分好みだ。しかし、政治心情的に自分と相容れない人を激しく罵倒する人であり、自分は彼と政治信条が相容れない。自分は彼をフォローし続けるべきか。」
当然のことながら、正しい答えなど有りません。ある人は、彼の欠点に眼をつぶってTLの荒れをある程度許容する、と答えるでしょうし、またある人は彼のツイートが見れないのは残念だが自分のTLの心地よさを優先し、彼をアンフォロー(昔で言う「リムーブ」)すると答えるでしょう。コンピュータに詳しい人であれば彼に関するツイートのうち不快な物だけをフィルタリングすると答えるかもしれません。
もう一度言いますが、この問題には正しい答えはありません。ただし、このような事態の直面したときに、
自分でどうするか考えることが出来なければ、私はツイッターで快適に過ごすことは出来ないと思うのです。
……以下次回の記事に続きます。
blog comments powered by

0