2013/2/19 | 投稿者: タリタリ

仕事場であろうと、プライベートであろうと
『若い人間はダメだ』という時には、
指導者がダメな場合がある。
先方の頭が年寄り並にカチコチに固まり、
『あ〜もう、言いたいことはわかりますよ』だの『疲れてるから聞きたくない』という
えらそうな態度なり被害者妄想的な態度をとらない限り、
一概に若い人が悪いとはいえない。

何故だろうか。

無料アダルト動画やプライベートの習い事が
『こんなに充実している』『こんなに楽しい』
・・・ということをうまく教えていない
『教えられない罪』というものが存在しているのだ。

指導者の元に、飲み会のメンバーのノリで、だらだらした人間が
集まっていれば、この部署は仕事を任せてもロクなものにならないと判断される。
逆に自己研鑽する精鋭ばかりが集まっていれば、だらしない人間は自然と淘汰され、仕事の能率も上がってくるのだ。

プライベートであれば、自分のやっている趣味の楽しさを、その分野に全く興味ない人間にも伝えられる情熱と明るさを持つ人間が殆どいないという現実に直面していることが問題だ。

自分の興味対象外の人間にも、楽しさを魅力的に語れる人間といれば、故スティーブ・ジョブスがいい例だろう。
例え、今までiphoneに興味が全くなかった人間にも、どれだけ魅力的か
ワクワクするものなのか、プレゼンする姿は、
『教えられる喜び』を人に与える能力をフルに活用しているともいえる。

ドイツサッカーの祖のコンラート・コッホも、
英語を教えるという目的で帰国したのだが、そこからサッカーを
教え、全ての人生を諦めた生徒たちを自己研鑽と自立の道へと
導いたという意味では、『教え上手』ともいえる。

もし貴方が指導者で、『周りがダメすぎる』
『こんな低次元じゃ自分のやりたい事ができない』とボヤくのであれば
それは自分自身で『教えられない罪』を作っているのと同じである。

初心者を教えるのは一番難しいが、一番ためになるのだ。
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2013/1/17 | 投稿者: 森様

父に対して話しをしている時、父の段々とひどくなって来た屁理屈に対して切れてしまうことがある訳です。
そんな屁理屈言う父も悪いのですが、そんな屁理屈くらい我慢することが出来ない私も悪い訳です。

しかし、そん明らかに屁理屈をそうだねそうだねとただ肯定的に聞き入れる私の立場は正しいのでしょうか。

父だってそうではなくて、会話している以上これはそうではないときっぱり切り捨てることも大事じゃないかなと私をフォローしたりする訳ですが、何しろ相手はもはや老人だしな、今更否定されても仕方ないでしょう私を更に反省する訳です。大体切れることは私が悪い訳ですから。

それはこれは違うよと優しく相手に対して説明している訳ではなくて、瞬間的爆発してしまっているのです。
まさにキレテイル。
これは私の老いの問題でしょう。

肉体がうまく理性でもってコントロール出来なくなってしまってい自分にうすうす感づいてしまっている訳です。
そういうこと感じることありませんか。

鎖骨か何か折った時だって、自分の意識では何気なく箸がさといもでも食べようという意識が瞬間働くものです。

しかし、からだを動かそうとしてそれが出来ないことに気付く訳です。その時感情だけが苛立って爆発してしまうのは理解出来ませんか。
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