2012/9/12

今夏のゲリラ豪雨  

地球温暖化が指摘されて随分になりますが、その本当の原因が地球規模の気候変動なのか、あるいは人間の経済活動に伴う炭酸ガスの排出による地球温暖化効果なのかは未だに議論が尽くされていない感がありますが、いずれにしましても、「日本が」暑くなってきているのは間違いがないようです。

今年の夏、大阪も例外ではなく例年以上に酷暑が続きましたが、それにしても特徴的であったのはその「ゲリラ豪雨」の回数でしょうか。
正確には夕立ですが、地上が熱せられ、上昇気流が強烈に発生する午後の時間帯。
少しでも大陸から冷たい空気が流入してくると、上空はとたんに真っ黒な雲が成長し、大粒の強烈な雨が叩きつけるように降り始めました。
その雨脚は例年に見られないもので、短時間の間に側溝が溢れ、土が露出している斜面では泥水がアスファルトに流れ出し、場所によっては側溝のふたが浮き、視界不良になるほどの強烈な水霧が舞い上がるような現象が起こりました。

上空に流入する大陸からの冷たい空気に大きな変化がない以上、日本の地上付近で発生している上昇気流の温度が高く、それゆえに豊富な水分を含んでいるからこそ起こる現象であると理解するのが妥当であると思われますが、それにしてもまるで大阪辺りの気候が亜熱帯化しているかのような感すらあり、南の島の自然現象であったスコールのようなものが起こっていると考えるべきなのでしょうか。

明らかに自然界の空気と水の循環の流れが変わっているかと思いますが、長い目で見ると自然の循環プロセスの変化に伴う自然現象の変化は全く予測が付かないところに、予測の付かない変化をもたらします。
単に温度が上がっていると言うだけではなく、この影響から副次的に発生する影響にも、注意深く気を配る必要があるのではないでしょうか。
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2012/8/3

敗戦後に戦い始めた、アリューシャンの防人たち  

日ソ不可侵条約を犯して攻め込んできたソ連軍の行為については、諸説あるものの、やはり当事者たる日本人としては歯噛みする思いをする人が多いようです。
しかし、今はそのような感情論は脇においておいて、そのソ連軍から北海道を守るために、出口のない戦いを、ポツダム宣言受諾後も行っていた部隊がいることをご存知でしょうか。

1945年8月15日のポツダム宣言を持って日本は降伏をしたと思っている人が多いのですが、それ以降も日本を守る為に戦っていた部隊がいた事実があります。
その場所とは、北方領土(アリューシャン列島)の北端に位置する占守島。
当時は日本領で、 ソ連からの侵攻に備えた2個戦車大隊を含む守備隊がこの島を守っていました。

しかしながら、ポツダム宣言を受けて武装解除を始めていたこの島・この部隊に、8月17日突如ソ連軍が宣戦布告し上陸。
日本軍に対して攻撃を始めました。
1週間以内に北海道まで攻め寄せ、終戦のドサクサで北海道以北の日本を占領し、ソ連領にするべく攻め込んできたのです。

この事態に現地守備隊は防衛戦の発動を決意。
上陸したソ連軍を激しい戦闘を繰り広げ、双方に多数の死傷者を出す事態となりますが、結果として上陸したソ連軍を駆逐し撃退。
ソ連軍は、1週間で北海道まで占領しようとした意図を最初の上陸地点で阻まれてしまい、その間にアメリカが北海道方面に艦隊を仕向けたことから北海道占領を断念。
結果として、この時の戦いの結果、北海道は日本領として残る事ができました。
北海道は、ソ連領に編入される寸前であったわけです。
蹂躙されていれば、今頃は日本ではなかったことでしょう。
五十森達哉

しかし、後に武装解除された占守島の守備隊はソ連軍に抑留されシベリアに連行後、極寒の地で強制労働に課せられ、多くの人命が失われました。

間もなく終戦の日を迎えるにあたり、このような歴史の事実が在ったこと、先人が国土を守る為に力を尽くしたことを知っておいてもいいのかも知れません。
終戦記念日を前に、少しだけ、心に留めておいてください。
五十森達哉
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