2011/1/31
2011年新年おめでとう号
新年おめでとうございます。
皆さんお一人一人のうえに主の豊かな祝福が注がれますように!
今年もどうぞよろしくお願い致します。
今年はユーオーディア最大のイベントである「賛美の夕べ」が4月2日に1年半ぶりに開催されます。合唱の練習はすでに始まりました。オーケストラの練習ももうすぐ始まります。イザヤ53章とヨハネ3:16がテーマの新曲(柳瀬佐和子作曲)ももうすぐ完成の予定です。賛美のうちに住まわれる主(詩篇22)、喜びの歓喜の叫びのうちを上って行かれる主(詩篇47)は今年、我々の賛美のうちにどのようなご栄光を現してくださるのでしょうか! 胸が躍ります...
さて、2011年の始まりにあたり、今強く思わせられていることは「いよいよ福音を宣べつたえよ」ということです。昨年の11月にユーオーディア・アンサンブルでタイに音楽宣教に出かけた際、音楽伝道の大先輩である小坂忠師とご一緒(共演)しました。小坂師の「君はすばらしい」という歌の一節に「君が歌わないなら、誰がイエスに歌う?! .... 君が伝えないなら、誰がイエスに出会う?!」という歌詞があります。この一節が歌われる度に、私は心に非常に熱いものが迫るのを覚えました。
クリスチャン迫害の意に燃えてダマスコへ向かっていたパウロは、その途上で復活のイエス・キリストに出会い、本当の主が誰か .... 本当の福音が何であるかを悟り、その場で今度は「ただちにイエスは神の子であると宣べ伝え始め」ました。昔の仲間から裏切り者とののしられても、迫害されても、殺されそうになっても、また人々が信じても、信じなくても「時が良くても悪くても」宣べつたえることをやめませんでした。
そしてパウロはローマ書9章で驚くべき!告白をしています。
「私はキリストにあって真実を言い、偽りを言いません。次のことは、私の良心も、聖霊によってあかししています。私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。」ローマ9:1〜3
聖書中、“自分はよみに落ちても良いから、そのかわり愛する同胞を救ってください!”と主に願ったのはこのパウロとモーセの二人だけです。この救霊の心こそ神ご自身のおこころです。神はすべての人が救われることをどれほど望んでおられることでしょう。御子イエスの命を与えるほどに!....です。
私たちにはパウロと同じことをすることはできません。賜物も使命もそれぞれ違うからです。しかし私たちの回りには、この私でなければ、この私が伝えなければ、福音を聞くことのない人がいるのではないでしょうか。
この年、ユーオーディアでは音楽宣教にとくに力を注ぎたいと願っています。福音宣教において音楽は大きな可能性を開くものだと信じます。
「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。」ローマ10:14,15
主のご栄光のために今年も共に祈りと力を合わせてまいりましょう!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
皆さんお一人一人のうえに主の豊かな祝福が注がれますように!
今年もどうぞよろしくお願い致します。
今年はユーオーディア最大のイベントである「賛美の夕べ」が4月2日に1年半ぶりに開催されます。合唱の練習はすでに始まりました。オーケストラの練習ももうすぐ始まります。イザヤ53章とヨハネ3:16がテーマの新曲(柳瀬佐和子作曲)ももうすぐ完成の予定です。賛美のうちに住まわれる主(詩篇22)、喜びの歓喜の叫びのうちを上って行かれる主(詩篇47)は今年、我々の賛美のうちにどのようなご栄光を現してくださるのでしょうか! 胸が躍ります...
さて、2011年の始まりにあたり、今強く思わせられていることは「いよいよ福音を宣べつたえよ」ということです。昨年の11月にユーオーディア・アンサンブルでタイに音楽宣教に出かけた際、音楽伝道の大先輩である小坂忠師とご一緒(共演)しました。小坂師の「君はすばらしい」という歌の一節に「君が歌わないなら、誰がイエスに歌う?! .... 君が伝えないなら、誰がイエスに出会う?!」という歌詞があります。この一節が歌われる度に、私は心に非常に熱いものが迫るのを覚えました。
クリスチャン迫害の意に燃えてダマスコへ向かっていたパウロは、その途上で復活のイエス・キリストに出会い、本当の主が誰か .... 本当の福音が何であるかを悟り、その場で今度は「ただちにイエスは神の子であると宣べ伝え始め」ました。昔の仲間から裏切り者とののしられても、迫害されても、殺されそうになっても、また人々が信じても、信じなくても「時が良くても悪くても」宣べつたえることをやめませんでした。
そしてパウロはローマ書9章で驚くべき!告白をしています。
「私はキリストにあって真実を言い、偽りを言いません。次のことは、私の良心も、聖霊によってあかししています。私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。」ローマ9:1〜3
聖書中、“自分はよみに落ちても良いから、そのかわり愛する同胞を救ってください!”と主に願ったのはこのパウロとモーセの二人だけです。この救霊の心こそ神ご自身のおこころです。神はすべての人が救われることをどれほど望んでおられることでしょう。御子イエスの命を与えるほどに!....です。
私たちにはパウロと同じことをすることはできません。賜物も使命もそれぞれ違うからです。しかし私たちの回りには、この私でなければ、この私が伝えなければ、福音を聞くことのない人がいるのではないでしょうか。
この年、ユーオーディアでは音楽宣教にとくに力を注ぎたいと願っています。福音宣教において音楽は大きな可能性を開くものだと信じます。
「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。」ローマ10:14,15
主のご栄光のために今年も共に祈りと力を合わせてまいりましょう!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
2010/12/20
Silent Night, Holy Night
きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」ルカ2:11,12
クリスマス、心からおめでとうございます。
いと高き所に、栄光が、神にありますように!地の上に、平和が、御心にかなう人々にありますように!
イエス様は神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになってこの世に来てくださいました。それは私たち一人びとりを救うため、贖いの代価としてご自分の命を与えてくださるためでした。
そして、クリスマスのための「しるし」....それは、「飼葉おけに寝かせられているみどりご」の姿でした。
なんという驚くべき神の謙遜がここにあることでしょうか!!クリスマスとは驚くべき神の謙遜の象徴です。
そして主は素晴らしいクリスマスプレゼントを私たちにくださいました。それは救いと賛美の外套です(イザヤ61:3,10)。この外套は決してきらびやかでおしゃれではありませんが、暖かくて、どんな寒さや災いからも守ってくれます。またこの外套は不思議な力がみなぎっています。この外套こそ神の謙遜のマントであり、イエス様ご自身です。「イエス・キリストを着なさい。」ローマ13:14
このクリスマスの時期はとくに賛美の奉仕が多くなり、ユーオーディアの多くの兄姉たちが様々な場所に賛美の奉仕に出かけます。賛美の外套をまとって出かけます。
賛美しましょう、証ししましょう、この素晴らしいクリスマスの恵みを!神のひとり子、救い主イエス様が私の心にお生まれになったことを!
またクリスマスのこの時期は、この一年を振り返り主の恵みを数える時でもあります。世の中では「忘年会」ですが、私たちは「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな(詩篇103)」です。
この一年を振り返り、主に心からの感謝と賛美を捧げると同時に、皆様お一人びとりに心から感謝を申し上げます。今年度も様々な活動をするにあたり、実に多くの方々が祈り、支援し、犠牲を払ってユーオーディアを支えてくださいました!本当に感謝です。
ところで、先日キリスト教のある雑誌社の方がユーオーディアの取材に来られました。その方はユーオーディアのホームページを見てその活動や組織などをあらかじめ調べてから来られましたが、これまでユーオーディアのことを知らなくて「この日本にこんな活動があるなんて驚きです!」とおっしゃっていました。さらに話をしていくうちに「ユーオーディアはどこかの国の音楽伝道団体の働きの日本支部だとばかり思っていましたが、そうではなく、何もないところからこの日本で生まれたのですね!...」と感嘆の声をあげられたのです。私は、この方の言われることのほうに驚きましたが....振り返ってみると、なるほどユーオーディアの一つ一つの歩みは神の奇蹟の連続でした。ユーオーディアは「何か持ってるね」とよく言われます。しかし、今それが何だかわかりました。それは....「仲間です!」皆さんお一人びとりに心から感謝いたします!
本年もほんとうにありがとうございました。そして、来るべき新しい年もよろしくお願い致します。これからますます困難な時代がやってくるでしょう。しかし私たちが主からいただいた賛美の外套を身にまとい、一つとなって主を賛美することは、この国に大きな祝福をもたらすと確信します!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
クリスマス、心からおめでとうございます。
いと高き所に、栄光が、神にありますように!地の上に、平和が、御心にかなう人々にありますように!
イエス様は神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになってこの世に来てくださいました。それは私たち一人びとりを救うため、贖いの代価としてご自分の命を与えてくださるためでした。
そして、クリスマスのための「しるし」....それは、「飼葉おけに寝かせられているみどりご」の姿でした。
なんという驚くべき神の謙遜がここにあることでしょうか!!クリスマスとは驚くべき神の謙遜の象徴です。
そして主は素晴らしいクリスマスプレゼントを私たちにくださいました。それは救いと賛美の外套です(イザヤ61:3,10)。この外套は決してきらびやかでおしゃれではありませんが、暖かくて、どんな寒さや災いからも守ってくれます。またこの外套は不思議な力がみなぎっています。この外套こそ神の謙遜のマントであり、イエス様ご自身です。「イエス・キリストを着なさい。」ローマ13:14
このクリスマスの時期はとくに賛美の奉仕が多くなり、ユーオーディアの多くの兄姉たちが様々な場所に賛美の奉仕に出かけます。賛美の外套をまとって出かけます。
賛美しましょう、証ししましょう、この素晴らしいクリスマスの恵みを!神のひとり子、救い主イエス様が私の心にお生まれになったことを!
またクリスマスのこの時期は、この一年を振り返り主の恵みを数える時でもあります。世の中では「忘年会」ですが、私たちは「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな(詩篇103)」です。
この一年を振り返り、主に心からの感謝と賛美を捧げると同時に、皆様お一人びとりに心から感謝を申し上げます。今年度も様々な活動をするにあたり、実に多くの方々が祈り、支援し、犠牲を払ってユーオーディアを支えてくださいました!本当に感謝です。
ところで、先日キリスト教のある雑誌社の方がユーオーディアの取材に来られました。その方はユーオーディアのホームページを見てその活動や組織などをあらかじめ調べてから来られましたが、これまでユーオーディアのことを知らなくて「この日本にこんな活動があるなんて驚きです!」とおっしゃっていました。さらに話をしていくうちに「ユーオーディアはどこかの国の音楽伝道団体の働きの日本支部だとばかり思っていましたが、そうではなく、何もないところからこの日本で生まれたのですね!...」と感嘆の声をあげられたのです。私は、この方の言われることのほうに驚きましたが....振り返ってみると、なるほどユーオーディアの一つ一つの歩みは神の奇蹟の連続でした。ユーオーディアは「何か持ってるね」とよく言われます。しかし、今それが何だかわかりました。それは....「仲間です!」皆さんお一人びとりに心から感謝いたします!
本年もほんとうにありがとうございました。そして、来るべき新しい年もよろしくお願い致します。これからますます困難な時代がやってくるでしょう。しかし私たちが主からいただいた賛美の外套を身にまとい、一つとなって主を賛美することは、この国に大きな祝福をもたらすと確信します!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
2010/2/1
2010年 新年おめでとう号
「起きて、床を取り上げて歩きなさい」ヨハネ5:8
主の御名を心から賛美いたします。新しい年を迎えました。この年も皆様のうえに主の豊かな祝福がありますように!今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年はユーオーディアにとって大きなステップの年でありました。一般社団法人となり、組織が整えられ、支援者の方々も増え、賛美と音楽宣教の働きが今や大きく進展しようとしています。そして、この年頭にユーオーディアに与えられた御言葉がヨハネ5:8「起きて、床を取り上げて歩け」でした。
これは、病に冒された一人の男がベテスダの池の回廊に来て床を敷いて伏せっていた話です。彼は38年もの間、来る日も来る日も癒しを求めてここに来ていました。しかし癒されることはなく、期待は裏切られ続けていました。彼はもはや「あきらめ」と「失望」という床の上に伏せっていたのでした。
そこにイエス様が来られ、彼に問いかけられました。「あなたは良くなりたいか」と。男はイエス様に自分の境遇を嘆き、あきらめと失望の思いを訴えました。そこでイエス様は彼に「あなたが本当に良くなりたいと思うのなら、起きて、床を取り上げて歩きなさい」と言われました。
<起きて>
ダビデが組織したレビ人たちによる「賛美隊」は時代を超えて主の栄光のために働きました。ヨシャパテ王の時代(第二歴代20章)に国は絶体絶命、存亡の危機に直面しました。その時「立ち上がった」(20:19)のがこの「賛美隊」でした。そして主は彼らの賛美のうちに栄光を現し、大勝利を与えられました。またヒゼキヤ王の時代(第二歴代29章)には国民が腐敗し、信仰も道徳も乱れに乱れてしまった時もこの「賛美隊」が「立ち上がり」(29:12)、賛美のうちに宮きよめが行われました。
「起きる」「立ち上がる」とは、私たちの主への意志、態度、信仰の現れです。ベテスダの男も具合が悪くて床に伏せっていたのですが、イエス様の御声に従って意志を持って「起きあがろう」としました。その時何が起こったでしょうか? .... 主の栄光が現されたのです。
主は私たちに、「あなたが本当に良くなりたいと願うのならば ....起きよ!」
と言われます。賛美する者たちに向かって「立ち上がれ」と言われます。
<床を取り上げて歩きなさい>
ところで、イエス様がベテスダの男に語られたのは安息日でした。安息日に「働く」ことは律法で禁じられています。なのにイエス様は男に働くことにあたる「床を取り上げる」ように命じられました。これは男にとって非常に大きなチャレンジでした。何故なら厳格な律法にそむくと大変なことになります。人々から非難や迫害を受けるに決まっているからです。しかし彼はあえてイエス様の言葉に従いました。
このように「床を取り上げる」ことには勇気が必要です。世の中の常識や自分の考え、判断という「床」、また、あきらめや失望、不信仰という「床」をすべて取り上げ、取り去って、主に従うということだからです。私たちは過去の経験による常識や世の中の流れや価値観にがんじがらめに縛られているのではないでしょうか。その私たちに向かってイエス様は「床を取り上げて私に従いなさい」と言われます。
「あなたは本当に良くなりたいか?(主の栄光を拝したいか?)」 .... そうであるなら .... 「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
あのダビデの賛美隊が目の前の危険や困難に直面しても勇気をもって「立ち上がり」主を賛美したように、またあの絶望の床に伏せっていた男が勇気をもって「床を取り上げて」イエス様に従ったように、この年、起きて、床を取り上げてイエス様に従っていこうではありませんか!
自分の知恵や力によってではなく、ただ主に信頼し、全てを主にゆだねて、御言葉に従ってともに歩んでいこうではありませんか!
この年、主がユーオーディアを祝福し、御業のために存分に用いてくださいますように。
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
主の御名を心から賛美いたします。新しい年を迎えました。この年も皆様のうえに主の豊かな祝福がありますように!今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年はユーオーディアにとって大きなステップの年でありました。一般社団法人となり、組織が整えられ、支援者の方々も増え、賛美と音楽宣教の働きが今や大きく進展しようとしています。そして、この年頭にユーオーディアに与えられた御言葉がヨハネ5:8「起きて、床を取り上げて歩け」でした。
これは、病に冒された一人の男がベテスダの池の回廊に来て床を敷いて伏せっていた話です。彼は38年もの間、来る日も来る日も癒しを求めてここに来ていました。しかし癒されることはなく、期待は裏切られ続けていました。彼はもはや「あきらめ」と「失望」という床の上に伏せっていたのでした。
そこにイエス様が来られ、彼に問いかけられました。「あなたは良くなりたいか」と。男はイエス様に自分の境遇を嘆き、あきらめと失望の思いを訴えました。そこでイエス様は彼に「あなたが本当に良くなりたいと思うのなら、起きて、床を取り上げて歩きなさい」と言われました。
<起きて>
ダビデが組織したレビ人たちによる「賛美隊」は時代を超えて主の栄光のために働きました。ヨシャパテ王の時代(第二歴代20章)に国は絶体絶命、存亡の危機に直面しました。その時「立ち上がった」(20:19)のがこの「賛美隊」でした。そして主は彼らの賛美のうちに栄光を現し、大勝利を与えられました。またヒゼキヤ王の時代(第二歴代29章)には国民が腐敗し、信仰も道徳も乱れに乱れてしまった時もこの「賛美隊」が「立ち上がり」(29:12)、賛美のうちに宮きよめが行われました。
「起きる」「立ち上がる」とは、私たちの主への意志、態度、信仰の現れです。ベテスダの男も具合が悪くて床に伏せっていたのですが、イエス様の御声に従って意志を持って「起きあがろう」としました。その時何が起こったでしょうか? .... 主の栄光が現されたのです。
主は私たちに、「あなたが本当に良くなりたいと願うのならば ....起きよ!」
と言われます。賛美する者たちに向かって「立ち上がれ」と言われます。
<床を取り上げて歩きなさい>
ところで、イエス様がベテスダの男に語られたのは安息日でした。安息日に「働く」ことは律法で禁じられています。なのにイエス様は男に働くことにあたる「床を取り上げる」ように命じられました。これは男にとって非常に大きなチャレンジでした。何故なら厳格な律法にそむくと大変なことになります。人々から非難や迫害を受けるに決まっているからです。しかし彼はあえてイエス様の言葉に従いました。
このように「床を取り上げる」ことには勇気が必要です。世の中の常識や自分の考え、判断という「床」、また、あきらめや失望、不信仰という「床」をすべて取り上げ、取り去って、主に従うということだからです。私たちは過去の経験による常識や世の中の流れや価値観にがんじがらめに縛られているのではないでしょうか。その私たちに向かってイエス様は「床を取り上げて私に従いなさい」と言われます。
「あなたは本当に良くなりたいか?(主の栄光を拝したいか?)」 .... そうであるなら .... 「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
あのダビデの賛美隊が目の前の危険や困難に直面しても勇気をもって「立ち上がり」主を賛美したように、またあの絶望の床に伏せっていた男が勇気をもって「床を取り上げて」イエス様に従ったように、この年、起きて、床を取り上げてイエス様に従っていこうではありませんか!
自分の知恵や力によってではなく、ただ主に信頼し、全てを主にゆだねて、御言葉に従ってともに歩んでいこうではありませんか!
この年、主がユーオーディアを祝福し、御業のために存分に用いてくださいますように。
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
2009/10/1
第17回ユーオーディア賛美の夕べ
「ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。そのとき、その宮、すなわち主の宮は雲で満ちた。主の栄光が神の宮に満ちたからである。」
〜歴誌下5:13,14〜
ハレルヤ
去る9月12日(土)東京オペラシティ・コンサートホールにおいて「第17回ユーオーディア賛美の夕べ」が主の大いなるご臨在、祝福のうちに開催されました。
金希文氏の指揮のもと総勢130名のオーケストラと合唱が一つとなって、高らかに主をほめたたえました。そしてプログラムの最後には、出演者も1500名の会場の皆様も一つになって捧げた「Holy Holy Holy」の賛美のうちに、主がご栄光を現してくださいました。

「主は賛美のうちに住まわれる」(詩篇22)ことを、会場に集った全ての人が体験したのだと信じます。主のご臨在の余韻は賛美の夕べが終わった今も、私たちの魂のうちに広がり続けていることを強く感じます。

「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
→ それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。」 (エペソ人への手紙1:3〜6)
私たちが召された目的がまさにここにあります。
しかし、今回の“賛美の夕べ”開催は本当に大変でした。5月、ユーオーディア一般社団法人格取得手続き完了、7月27日にキリスト教界の各先生方をお招きして「ユーオーディア一般社団法人設立記念感謝パーティー」開催、7月31日と8月1日に「ユーオーディア音楽祭」開催。そして練習と準備を重ねて9月12日の日を迎えましたが、その日、本番前の最終のリハーサルを終えたとき、多くのメンバーがクタクタだったと思います。とくにスタッフの疲労は極限でした。
その時、浜松からマーシュ先生と川島先生が駆けつけてくださり、祈ってくださいました。「3つの祈り」...全てを主の御手に委ねよう,私たちには祭司としての使命がある。今日来て下さるお一人びとりのためにとりなそう,そして主の救いを宣言しよう...と。
みんなステージに腰をおろして祈り、主から深い安らぎと大きな励ましと新たな力をいただきました。主のうちに一つとされた瞬間でした。
“賛美の夕べ”開催は本当に大変ですが...至福の時です!

私たちの賛美をまとめ、リードし、また素晴らしい曲を提供してくださった金さん、出演されたお一人びとり、私たちが賛美に集中できるように練習の時から細かい配慮をしてくださった舞台監督の酒井さん、ボランティア・スタッフとして助けてくださった方々、また祈り支え、ご協力、ご支援くださった方々、そしてご来場くださった全ての方々に心からの感謝を捧げます!
主の御業があの場かぎりではなく、そこから限りなく広がっていきますように!
キリストのかおりがこの地をおおいますように!
そのために、主がますますユーオーディアを用いてくださいますように!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
〜歴誌下5:13,14〜
ハレルヤ
去る9月12日(土)東京オペラシティ・コンサートホールにおいて「第17回ユーオーディア賛美の夕べ」が主の大いなるご臨在、祝福のうちに開催されました。
金希文氏の指揮のもと総勢130名のオーケストラと合唱が一つとなって、高らかに主をほめたたえました。そしてプログラムの最後には、出演者も1500名の会場の皆様も一つになって捧げた「Holy Holy Holy」の賛美のうちに、主がご栄光を現してくださいました。

「主は賛美のうちに住まわれる」(詩篇22)ことを、会場に集った全ての人が体験したのだと信じます。主のご臨在の余韻は賛美の夕べが終わった今も、私たちの魂のうちに広がり続けていることを強く感じます。

「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
→ それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。」 (エペソ人への手紙1:3〜6)
私たちが召された目的がまさにここにあります。
しかし、今回の“賛美の夕べ”開催は本当に大変でした。5月、ユーオーディア一般社団法人格取得手続き完了、7月27日にキリスト教界の各先生方をお招きして「ユーオーディア一般社団法人設立記念感謝パーティー」開催、7月31日と8月1日に「ユーオーディア音楽祭」開催。そして練習と準備を重ねて9月12日の日を迎えましたが、その日、本番前の最終のリハーサルを終えたとき、多くのメンバーがクタクタだったと思います。とくにスタッフの疲労は極限でした。
その時、浜松からマーシュ先生と川島先生が駆けつけてくださり、祈ってくださいました。「3つの祈り」...全てを主の御手に委ねよう,私たちには祭司としての使命がある。今日来て下さるお一人びとりのためにとりなそう,そして主の救いを宣言しよう...と。
みんなステージに腰をおろして祈り、主から深い安らぎと大きな励ましと新たな力をいただきました。主のうちに一つとされた瞬間でした。
“賛美の夕べ”開催は本当に大変ですが...至福の時です!

私たちの賛美をまとめ、リードし、また素晴らしい曲を提供してくださった金さん、出演されたお一人びとり、私たちが賛美に集中できるように練習の時から細かい配慮をしてくださった舞台監督の酒井さん、ボランティア・スタッフとして助けてくださった方々、また祈り支え、ご協力、ご支援くださった方々、そしてご来場くださった全ての方々に心からの感謝を捧げます!
主の御業があの場かぎりではなく、そこから限りなく広がっていきますように!
キリストのかおりがこの地をおおいますように!
そのために、主がますますユーオーディアを用いてくださいますように!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
2009/5/1
セラフィムの六つの翼
主の御名を心から賛美いたします。
深い緑の中に花々が美しい季節となりました。皆さんお変わりございませんか。主の恵みと平安がありますように。
“第17回ユーオーディア賛美の夕べ”開催まで、あと約3ヶ月となりました。チラシも出来上がり、様々な準備が始まり、祈りが積まれています。合唱の練習も間もなく始まります。
今年も“いよいよ!”ですね .... 身が引き締まる思いです。今回は指揮者に金さんを迎え(新曲も捧げてくれます!)、若い期待の星、ヴァイオリンの水谷兄も初参加、新しく讃美歌もアレンジされるなど、豪華なプログラムを予定しています....!
さて、“賛美の夕べ”に向けて備えるにあたって、去る2月28日にユーオーディア・アカデミー「賛美と礼拝」講座で語ってくださった福澤満雄先生の大切なメッセージを皆さんにもお分かちしたいと思います。
「ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、互いに呼びかわして言っていた。“聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。”」 イザヤ6:1〜3
これはB.C.724年(ウジヤ王が死んだ年)に預言者イザヤが見た壮大な天上の賛美の光景です。セラフィムとは主を賛美する天使です。彼らには六つの翼がありました。しかし、このセラフィムは奇妙な格好をして賛美の声をあげていました。「二つの翼で顔をおおい、二つで両足をおおい、あとの二つで飛んでいた」のです。これには大きな意味があることを教えていただきました。
・ 六つの翼のうち「二つの翼で顔をおおい」とありますが、
これは「謙遜」を意味します。
・ 「もう二つの翼で両足をおおい」とは「祈り」を意味します。
・ そして「あとの二つの翼で飛んでいた」とは「働き」を意味します。
私たちは、すぐに飛ぶことだけを考えやすいものです。しかし、“主を賛美する”ためには、まず主の御前にひざまずき、謙遜の限りを尽くさなければならないこと。そして深く祈りのうちに備えなければならないこと。
→それから飛ぶのです!....賛美の声をあげるのです。
六つの翼、全部を使って飛ぶのではありません。それは六分の二でしかない。六分の四は謙遜と祈りだとのメッセージをいただいた時、目からうろこが取れた思いでした。
さあ、主の御前にともに一つとなり、まず四つの翼を使ってひざまずき、祈りましょう。そして、あとの二つの翼をかって飛び、賛美の声を高らかに捧げようではありませんか!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋
深い緑の中に花々が美しい季節となりました。皆さんお変わりございませんか。主の恵みと平安がありますように。
“第17回ユーオーディア賛美の夕べ”開催まで、あと約3ヶ月となりました。チラシも出来上がり、様々な準備が始まり、祈りが積まれています。合唱の練習も間もなく始まります。
今年も“いよいよ!”ですね .... 身が引き締まる思いです。今回は指揮者に金さんを迎え(新曲も捧げてくれます!)、若い期待の星、ヴァイオリンの水谷兄も初参加、新しく讃美歌もアレンジされるなど、豪華なプログラムを予定しています....!
さて、“賛美の夕べ”に向けて備えるにあたって、去る2月28日にユーオーディア・アカデミー「賛美と礼拝」講座で語ってくださった福澤満雄先生の大切なメッセージを皆さんにもお分かちしたいと思います。
「ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。そのすそは神殿に満ち、セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、互いに呼びかわして言っていた。“聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。”」 イザヤ6:1〜3
これはB.C.724年(ウジヤ王が死んだ年)に預言者イザヤが見た壮大な天上の賛美の光景です。セラフィムとは主を賛美する天使です。彼らには六つの翼がありました。しかし、このセラフィムは奇妙な格好をして賛美の声をあげていました。「二つの翼で顔をおおい、二つで両足をおおい、あとの二つで飛んでいた」のです。これには大きな意味があることを教えていただきました。
・ 六つの翼のうち「二つの翼で顔をおおい」とありますが、
これは「謙遜」を意味します。
・ 「もう二つの翼で両足をおおい」とは「祈り」を意味します。
・ そして「あとの二つの翼で飛んでいた」とは「働き」を意味します。
私たちは、すぐに飛ぶことだけを考えやすいものです。しかし、“主を賛美する”ためには、まず主の御前にひざまずき、謙遜の限りを尽くさなければならないこと。そして深く祈りのうちに備えなければならないこと。
→それから飛ぶのです!....賛美の声をあげるのです。
六つの翼、全部を使って飛ぶのではありません。それは六分の二でしかない。六分の四は謙遜と祈りだとのメッセージをいただいた時、目からうろこが取れた思いでした。
さあ、主の御前にともに一つとなり、まず四つの翼を使ってひざまずき、祈りましょう。そして、あとの二つの翼をかって飛び、賛美の声を高らかに捧げようではありませんか!
ユーオーディア代表
柳瀬 洋