派遣村

2013/3/25 
「冬を生きて越える」活動が3月初めまで続けられる。


越冬の夜回りでは、例えば今年1月末「飯場にいたが仕事が少なく、残金がマイナスになったので出てきた」という20代と30代の野宿者が報告されている。


また、1月半ばには69歳で路上強盗にあって後頭部をケガしている人、2月初めには、ナンバの橋で野宿している「77歳で耳がほとんど聞こえない」という人と出会っている。


いわゆる派遣切りにあい、越冬と年越し派遣村を訪れた人にもたびたび出会っている。


他地域で解雇された人々が、仕事を求めて大阪、そして釜ヶ崎に来ているのだが、雇用の「最後の受け皿」として機能してきた釜ヶ崎も、仕事量が壊滅的に減った。
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日雇労働市場寄せ場

2013/3/13 
「生きて春を迎えよう」を合言葉に労働者自身の越冬活動が釜ヶ崎近くの花公園を拠点に始まり、花公園にはテントが張られ、炊き出し、医療、労働相談、文化活動などが繰り広げられた。


これ以降、越冬闘争が毎年続けられるようになる。


全国の「日雇労働市場寄せ場」でも同様の越冬が行なわれることになる。


「派遣村」は、こうした越冬活動で作り出されたノウハウの蓄積を活用して設営された。


釜ヶ崎の越冬闘争は全国一の規模を持つ。


年末年始の期間中、三角公園と大阪社会医療センター前を拠点に連日1000食を超える「炊き出し」、市内各所の野宿者を励まし市民に現状を訴える「人民パトロール」、毎晩地区内や周辺をまわり野宿者の安否確認を行なう「医療パトロール」、医療センター前で布団を敷いて100人以上の寝場所を作る「布団敷き」、三角公園での5日間の「越冬まつり」を中心に行なわれる。
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