2011/1/17 | 投稿者: 1st.grandson

grandma100_info http://twitter.com/grandma100_info
1月16日 つぶやきまとめ


10:27
先週、祖母の49日が終わりました。母は、腰が痛くてしかたがなかったようですが、終わって区切りがついたのか、痛みがなくなったという事です。気持ちの中でのお別れが出来たのでしょう。
2011/01/16 Sun 10:27 From Janetter

0

2011/1/6 | 投稿者: 1st.grandson

grandma100_info http://twitter.com/grandma100_info
1月5日 つぶやきまとめ


06:54
いやはや・・・夢にお出ましになりました・・・いつまでも、心の中にはいらっしゃるのであります。
2011/01/05 Wed 06:54 From Janetter

0

2010/12/19 | 投稿者: 1st.grandson

grandma100_info http://twitter.com/grandma100_info
12月18日 つぶやきまとめ


07:51
祖母の次男は、食べ物が得られるかも知れないという期待から、九州大学の農学部を受験して、見事に合格して通い始めましたが、期待に反して食物は得る事は出来なかったようです。長男は下戸でしたが、次男はバケツでした。
2010/12/18 Sat 07:51 From Janetter

07:45
46歳で初孫を祖母は得ました。若いおばぁちゃんであります。
2010/12/18 Sat 07:45 From Janetter

07:43
(旧)山陽町の借家で、私は、初孫として生まれました。生下時体重は、2500gにちょっと欠けるくらい・・・ちょっと未熟児・・・予定日よりも早く生まれてしまいましたが、その為に、モナコ王国の王女の出生と数分違いだったということで、お祝いを貰い損ねました。
2010/12/18 Sat 07:43 From Janetter

07:39
うちの両親は、両方の母親が生命保険会社の外交員として働いていたのが縁だったのか、見合いで結婚したそうです。そして、(旧)山陽町に家を借りて所帯を持ったようです。
2010/12/18 Sat 07:39 From Janetter

07:37
昭和20年代も後半の頃でしょうか、母が下関大丸で働くという事になり、親族会議を開いてOKが出て働きに出ることになったそうです。祖母は、生命保険会社の外交員として働いていました。
2010/12/18 Sat 07:37 From Janetter

07:35
そして、研究室に連れていかれ、いろいろな物を見て・・・知恵熱を出してしまった事も、今では思い出となってしまいました。
2010/12/18 Sat 07:35 From Janetter

07:32
伯父は、病理学者として大学に残り、20代で博士号を取ったと言うことです。しかし、私の記憶の伯父は、助教授官舎でバラを栽培していた。その官舎は、なんと・・・五右衛門風呂でした。
2010/12/18 Sat 07:32 From Janetter

07:30
長男は、山口医専に進学しており、医者の道に進みました。ホルマリン漬けのご遺体を管理すると、野菜の煮付けが食べられなかったと、祖母から聴きました。伯父は、祖母よりも残念ながら先に亡くなってしまいました。忙しくて、癌のチェックを失念したら、癌が発病しており手遅れになったようです。
2010/12/18 Sat 07:30 From Janetter

07:27
うちの母が、女学校の修学旅行に宮崎に行き、同級生と同じように南瓜をお土産に持って帰ったところ・・・田舎に住んでいましたので、南瓜はいくらでもある・・・という、笑えない笑い話があったそうです。長女は、暢気に育ったみたいですね。
2010/12/18 Sat 07:27 From Janetter

07:25
敗戦時に、子どもが5人。長男が16歳で、三女が6歳・・・ひとりで一家5人を支えたと思われます。長府から田舎の方に移り住んだようです。
2010/12/18 Sat 07:25 From Janetter

07:23
祖父は、私が物心つかない頃に無くなっており、さて、敗戦後はどうされていたのかは・・・誰も話をすることはありませんでした。
2010/12/18 Sat 07:23 From Janetter

07:22
敗戦後、土地は殆ど手放すことになり、そこからの収入が絶たれ、南満州鉄道の株券も紙となり・・・でも、ここからが祖母のすごいところ・・・仕事に出て生計維持をはかったのですから!!!
2010/12/18 Sat 07:22 From Janetter

07:20
戦争に負けてしまい、まず、満州が消滅。南満州鉄道の株券が、紙になってしまったといいます。そして、農地解放。不在地主でありましたから、そして、所有可能な田を確保する知恵もなかったため、山林以外の土地は、手放さざるを得なかったようです。
2010/12/18 Sat 07:20 From Janetter

07:18
亜細亜太平洋戦争中、祖父は徴用で仕事に出かけたようですが、つまらないと1日で帰ってきてしまったという逸話が残っています。仕事をしなくても、地主としての収入や、株の利益などがあって、生活は困らなかったみたいです。
2010/12/18 Sat 07:18 From Janetter

07:16
うちの母は、子どもの頃の家は、お屋敷でサンルームがあったとか・・・1等寝台にも乗ったことがあるとか・・・お金持ちだったみたいです。
2010/12/18 Sat 07:16 From Janetter

07:12
祖母は、取り子、取り嫁でお家が途絶えないための両養子で、長府の侍町に住んだようです。その前は、(旧)豊浦郡の山の中に実家があったようです。夫は、源氏系。祖母は、平家系だったらしく、源氏と平家が良く縁組みをしたと言われたらしいです。
2010/12/18 Sat 07:12 From Janetter

0

2010/11/29 | 投稿者: 1st.grandson

grandma100_info http://twitter.com/grandma100_info
11月28日 つぶやきまとめ


07:24
1910年5月31日・・・南アフリカ連邦成立。アパルトヘイトの国。元々は英国の植民地。要するに英国人の人種差別意識が世界を席巻していたわけで、亜米利加に移民して亜米利加を建国したのも、イギリス人なわけで・・・白人がいる限り人種差別は無くならない(極論です)。
2010/11/28 Sun 07:24 From Janetter

07:21
1919年1月1日・・・種痘法施行。世代によって種痘の方法が異なるので、腕を見ると世代がわかる・・・というのも昔話で、今は種痘摂取は行われていないので、若い世代の方の左腕を見ると種痘の跡は、無いと言うことになりますね。
2010/11/28 Sun 07:21 From Janetter

07:16
逗子開成中学のボート部が遭難し全員死亡した事件も・・・1910年・・・「真白き富士の嶺」という歌と、この遭難事件は、私も小学校の校外学習か何かで教わったような気がします。
2010/11/28 Sun 07:16 From Janetter

0

2010/11/28 | 投稿者: 1st.grandson

grandma100_info http://twitter.com/grandma100_info
11月27日 つぶやきまとめ


16:45
大逆事件・・・明治天皇暗殺を企んでいるとして、社会主義者を一網打尽にとらえてしまった。明治後期、そんな不穏な動きが本当にあったとは、しかし、疑わしいと言うだけで逮捕して刑に処するとは、法治国家とはほど遠い状態であったようだ。
2010/11/27 Sat 16:45 From Janetter

16:39
しかし、中国大陸と朝鮮半島は、残念ながら日本のように国を変革することが出来ず、中国大陸は列強の餌食となり、朝鮮半島は、当時の状況では、露西亜に侵略されるか、他の列強が入り込むか、いずれにしても、独立を維持する事は困難だったと思われる。
2010/11/27 Sat 16:39 From Janetter

16:36
日本が動く前に、朝鮮半島が独立した国として、各国と渡り合える程の力があれば、日清戦争も韓国併合も起こらなかった可能性はあると思う。日本は、列強に対して開港を行い、不平等条約を結ばざるを得なかったが、独立国家としてはなんとか存在できた。
2010/11/27 Sat 16:36 From Janetter

16:34
韓国併合・・・これが無かったら、今の北朝鮮と韓国とのトラブルもなかったかも知れない。しかし、露西亜が南下政策を行っており、清国は列強に蹂躙されており、日本を守るためには、動かざるを得なかった部分もある。
2010/11/27 Sat 16:34 From Janetter

16:30
100年前にあった大事件・・・韓国併合。大逆事件。
2010/11/27 Sat 16:30 From Janetter

16:07
100年前というと、1910年になります。明治43年。戌年です。
2010/11/27 Sat 16:07 From web

16:04
親は、いつまでも元気で尊厳のあるものだと思いたいが、さすがに100年を生きた身体は、ベッド上での生活が4??5年になっており、厳しいとは思うが・・・まだまだ、復活もあり得ると・・・思いたい。
2010/11/27 Sat 16:04 From web

16:02
しかし、体力がない高齢者には、確かに高熱は命取りだと思われる。
2010/11/27 Sat 16:02 From web

16:01
うちの母の主治医が、高齢者が肺炎で高熱を出したときは、予後が悪いと言ったそうだ。たしかに、予後は良いとは思えないが、熱が出ると言うことは、身体が炎症に対して対抗している事でもある。
2010/11/27 Sat 16:01 From web

14:46
Twilog始めました http://twilog.org/grandma100_info
2010/11/27 Sat 14:46 From web

0




AutoPage最新お知らせ