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「司馬遼太郎対話選集10」06年10月、文春文庫。
民族と国家を超えるもの

文明学者梅棹忠夫と。21世紀前半まで、国際社会は
民族主義で混乱する。21世紀日本はつらい、と梅棹。

中共は、少数民族を収奪する、古来の帝国主義の
やり方を継承。

司馬遼は嘗て、毛沢東時代や本格工業化前の西域旅行
記などで(全く新たな国家体制を構築したと)中共へ
の期待を示したけれど、裏切られ、見方を修正。

漢人は、私利追求に殆ど無制限の情熱を持ち、公を
平然と無視する。文革でもその悪癖が治らず、
むしろ悪化?

日本には、稲作農民流の情報軽視の習性がある。
安定した収穫が得られる稲作社会では、情勢、状況
変化に余り配慮する必要が無い。平和ぼけ。
それが「ノモンハン」での対Soviet戦闘惨敗の一因。

欧州等、遊牧、牧畜民系社会では、観察者、情報収集
者の天才を育成することが重視されたけれど、日本
ではそれが無い。

日本人は情報(自分に不都合な)を恐れる。山本七平
流には、情報よりも空気に動かされる。

日本人が地球人になるには、稲作農耕民文化の弱点を
克服する必要がある?

日本の新聞社は、稲作文化を土台にするから、情報に
関して全くぬるい態度、と古巣業界を批判。
記者は上司(desk)を喜ばせるための記事を書く、と。

芸術家岡本太郎と。縄文文化を礼賛し、稲作農耕文化
を堕落として批判する岡本太郎が、司馬を挑発。
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司馬遼太郎は、日本人の様な農耕民族は、大陸遊牧民
系文明人に比べて、文明が乏しい、文化の段階に止る、
とし、情報感覚が鈍い、とする。

それは弱点。弱点克服には数百年かかる、と悲観論。

大陸人は、情報戦略と武力、軍事戦略とを組み合せて、
敵を攻略する。

「ノモンハン」紛争や、第二次大戦で日本軍が惨敗した
のは、情報戦略の弱さが一因。

「ノモンハン」に際して、Soviet軍は嘗て対戦した帝政
露国とは別物、かの軍の戦車は強力との偵察情報をつかみ
ながら、軍司令部はそれを無視、日本側戦車は大半が大破。

それなのに、敗因分析も、責任者(辻政信)処分もせず、
本番大戦でも愚かな作戦を各地で展開した。

分析をやり、それを土台にした対策をやる手続きを無視
するのは、日本軍国主義を頭ごなししにIdeology批判する
五味言論も同様。それらを相手にするのは時間が無駄。

軍部暴走で周辺諸国、民族に迷惑をかけた日本が、
戦後軍事を抑制するのは当然だけど、情報戦略は重要。

徳川家康は、情報戦略を駆使して、戦国時代を制覇、
徳川政権は、和平達成後も、俗称忍者を駆使して、情報
戦略を継続したらしい。

つまり、情報戦略と軍事戦略を切離すことは可能。
再軍国主義化は避けるべきだけど、情報戦略を重視せ
ねばならず。

元外交官佐藤優さんは、intelligenceなる横文字概念
を好むけど、日本の情報能力を過大評価する様な気がする。

戦時中の陸軍中野学校は諜報機関として世界第一級水準
に達した、が佐藤氏評価。
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司馬遼太郎は、戦前日本の国際諜報工作を批判。
戦前日本は、対中攻略のために、周辺諸国にいろ
いろ諜報工作を仕掛けたけれど、その過程で、中国
権力の腐敗の毒を取込む。

大半が農耕民出身で情報能力乏しい日本人が、無理
な諜報戦を仕掛けた咎め。

外国を巻込み、構造化された汚職が、戦後日本官僚
を腐敗の塊にした。汚職は国際信義や、純粋防衛論
(資本主義や損得勘定を抜きにした防衛思想、妄想)
に合致するとの倒錯に落ち込む。

日本人に土地投機に害毒を蔓延させた田中角栄は悪
だけど、日本権力主流派官僚機構の悪は角栄を凌ぐ。

角栄は、人の弱みに付け込み支配する、権力の常道
を駆使。君子の思想、徳治思想を捨て、Machiavellism
に堕した。

栄達、地位を最大関心事にする官僚役人。その弱み、
泣き所につけこみ、飴(かね)と鞭を駆使しながら、
人事を支配し、役人を支配した角栄流。

日本社会の腐敗を除去するには、大がかりな外科手
術、革命しかない、と。

自眠党田中派や経世会と長らく権力抗争を続けた清和
会は、所謂構造改革を経て、経世会を屈服させた。
清和会安倍政権は、内閣人事局を握り、官僚人事を支配。

かねによる支配の話は今のところ余り無いけど、それ
以外では角栄に似たやり方で官僚を支配。

この社会病理は、個人を批判、攻撃しただけではどう
にもならず。ある人を失脚させても、別の人、後継者
が、同様の権力病理に落ち込む。

やはり革命が必要。暴力革命は弊害が大きいから、時
間をかけて、徐徐に革命する。
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元産経新聞記者、歴史小説家司馬遼太郎。

産経新聞は、元社員司馬の人気を利用し、朝日
新聞等左翼言論の連合国史観、東京裁判史観を
批判するために、司馬史観や「自由主義史観」
なるものを煽る。

しかし司馬は日本主義者、国粋主義者にあらず。
1970年代の司馬の文を見るに、土地投機を煽り立
てた田中角栄を嫌悪し、中共毛沢東の文化大革命
に期待。他社、A社と大差無し?

毛沢東が儒教の害悪を認識し、それを除去するため
の文革を敢行したのは良い、と。

文革により儒教が破壊され、易姓革命思想、先祖
崇拝思想が消滅、衰退。

でも、儒教の害の中心、利己主義、社会全体への
無関心、はむしろ先鋭化された。

司馬は晩年、1990年代、中国観をやや訂正した
みたいだけど、文革期には、新中国(中共)が、
反儒教の点で則天武后を評価するとの話を紹介。

儒教の男尊女卑思想に反逆、女帝武則天となり、
儒教の代りに法治主義(近代西洋流法治主義とは
別物、民衆を軽蔑、愚か者と見做して法と刑罰で
縛り上げる)を掲げたことが、共産党として評価
に値する、と。

大阪外大蒙古(Mongol)語科卒の司馬は、Mongol
が遊牧民に関心を持ちつつ、中国にも、一種の
憧れ、幻想を抱いた。

司馬は左翼の様な反日にあらず、さりとて左翼
批判の根拠に司馬を利用するのは無理筋。
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養老孟司著「ぼちぼち結論」その六。
著者の定義では、全ての商品は情報である。
人為に情報化され、価値化されたものが
近代市場で取引される。

しかし近代資本家はAdam・Smithの市場経済
思想を曲解し、市場を歪めて私物化する。

資本主義市場は本来の市場とは似て非なる
ものである。著者はそのことを論ぜず。

本来の市場では、商品価格は、人為の情報を
超えた、神の見えざる手により決定される。

Adam・Smithの見えざる手の神は、古代基督
教の創造神とは恐らく似て非なるものである。

喫煙者の著者は、煙草に関する研究(煙草は
健康を害する)を信用せず。

特定の(反煙草)勢力が、特定の政治信条により、
研究費を補助した、いかさま研究、信ずるに足ら
ず、と。

そもそもdata(デエタ)なんて、研究者自身の
偏見を確認するためのもの,dataで物事が証明され
たと見るのは粗雑だ、と。

data捏造なんて、TV番組に限らず、学界でも
ごく日常のことだ、と。

命も仕事も、本来は頂き物、預かりものである。
しかし近代以降の傲慢な思想により、命は自分
のもの、所有物であり、仕事は自力で獲得する
ものであるとする人が増えた。

自殺の増加も、著者の見るところ、反宗教の傲慢
な近代思想の反映である。自分の命を自分で
処分(自殺)しても、それは勝手だ、と。

仕事探し、自分探しも傲慢である。二十世紀人の
傲慢さは、石油の恩恵を、自分の力と錯覚した
ところにある。
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斎藤環著「ヤンキー化する日本」角川one theme21
定義が曖昧な語を主題にするのは、日本では結構許さ
れるけど、自分は感心し難い。

でも、日本人名誉白人説に比べれば「ヤンキー」論
の方が少しいいかも。

Yankeeは本来、米穀民Americanに対する見下し表現。
二流の人。明治以来日本は、西洋を手本にして努力
したけど、出来の悪い二流の水準にしか達せず。

第二次大戦で惨敗、大惨禍。情緒過剰、論理不足、
母性過剰、集団主義、牟田口流「インパール」作戦
も「ヤンキー」病理現象の一種。

田中角栄も「ヤンキー」安倍晋三君「瑞穂の国の
資本主義」も「ヤンキー」 美辞麗句をちりばめな
がら、中身空疎なPoem。

右翼論客藤原正彦教授は、USA流Global資本主義を、
近代論理至上主義の権化と批判し、情緒と形式美を
兼備するとして、日本武士道を讃美してみたけど、

日本軍の無理な根性主義を無視。またGlobalism
への批判も、核心からずれる。

日本知識人の多数派、近代主義者は、日本を男尊女
卑儒教社会と曲解、男女平等化を進める西洋よりも
遅れると、ずれた批判。

著者は、情緒過剰、母性過剰の日本に、もう少し
論理と父性を取入れ、社会を均衡させることを摸索
する様子。大まかな方向としては良いと感ずる。

戦後日本では、右翼でも、万世一系天皇を戴く日本
は万邦無比、の戦前流説を主張することが出来ず、
靖国問題でも、戦死者を祀るのは世界の常識、日本
は他国と同じ、論に落ち込む。

それを、左翼が、日本二流、後進国論で批判。そろ
そろ、近代流の、先進国、後進国の物差しを卒業し、
日本民族の、各日本人の個性を生かし、商品化する
ことを摸索するのが良いのではあるまいか。
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内田樹著「ひとりで生きられないのも芸のうち」文春文庫。
内田樹さんは、France思想研究家。安倍政権大嫌悪。
多分左翼。でも、非主流派。

Marx系革命思想に疑問を呈し、上野千鶴子教授流女権
主義Feminismを、少数の富める人のための、無理な
個人主義として批判。

現代先進諸国での個人主義の広まりを、富める状況が
もたらした一種の異常事態と見做す。

今後は、上野教授流「おひとり様」の生き方は困難にな
り、共同体の中での生活が復興する、との見立て。

だから、古来の共同体流の生き方を再評価し、身につけ
よと、人類学の知識を援用しながら提言。

見合結婚も復興すべき、の見解。でも、愚見では、個人
主義化は、不可逆の文明進化の結果の部分が大きい。

西洋諸国での結婚崩壊、未婚の母増加の傾向は、まだ
日本には余り波及せず。内田氏もこのことを殆ど問題
化せず。

でも恐らく、日本もその方向に引きずられる。今の国際
権力者、Global資本家らは、近代の一夫一妻を正式に
否定し、一夫多妻に逆行するよりも、人口増加が続く
開発途上諸国からの移民を入れて、低賃金労働者として
搾取するやり方を採る。

移民流入で近代型大衆社会を破壊、分断、大衆団結を阻止。
移民への反撥を、Neo Naziと曲解しつつ、弾圧。

事態打開の鍵は、個人主義にも集団主義にも無く、二者
関係、相互関係にあると愚考する。

恋愛は二者関係だけど、結婚して子が生れ、家族が形成
されると、集団、共同体の問題になる。

その矛盾が、現在西洋諸国で、離婚増加、常態化として
噴出。愚考するに、恋愛を過大評価した近代思想を反省し、
恋愛の代りに、商取引での二者関係、相互関係(等価
交換を理想とする)を重視し、それを、ITの発達を利用
し、拡大、日常化させることを目指すべきである。
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