法林院は、1669年(寛文9)に建立された、徳川綱吉の生母ゆかりの寺としても知られる黄檗山塔頭寺院です。四季の変化を樹々の彩りや野鳥たちのうたにのせて感じることができます。草花に想いを寄せ無心に かえってみませんか・・・。

2017/8/20

願わくば  季の散策

出来れば「こう、ありたい」、
願わくば、〜となりますように。




そんな声を、いつも心の中で
発しているようで、ときどき
気恥ずかしくなります。




願うことが
悪い訳ではありませんが、
欲することばかりで、
そのためにできることを
おざなりにしてしまう、
いわば自己嫌悪なんですね。





無いものを数えるのではなく、
今あるものを数えてみれば、
もう、「願わくば・・・」を
達成しているのかもしれないのに、
それに気づけないとしたら、
やはり気恥ずかしいものです。






まだやれると、
背中を押してくれる、
晩夏の陽射しが眩しい、
法林院の午後・・・。



       合掌











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2017/8/19

仏様をみる  季の散策

剪定で払われた枝の中には、
円空さん残した「木っ端仏」を
思わせるような表情のものがあります。



手を合わせている姿や、
微笑み、あるいは祈るような形に
見えるんですね。



これは、自然の中で河原の石も然り、
空を行く雲だって、見ようによっては
仏様に思えるもの。




心が欲しているからでしょうか。
探せば、結構、出逢えるんです。




そうして、
祈りとも願いともつかない
気持ちが湧いてくるのですが・・・。









葉裏に残る蝉の抜け殻も
手を合わせている、
法林院の午後・・・。


            合掌



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2017/8/18

聞く心  季の散策

誰かとわかり合おうと思えば、
まずは、相手の話に耳を傾けて、
その思いを聞くしかありません。



大切なのは、話を聞く気持ち。
最初から価値観が違うといって
構えては、なにも伝わってこないでしょう。



また行間を読みときながら、
多面的に理解しようとしなければ
やはり本意を汲み取る事は難しいと思います。



世代間、男女の差、その他
様々な壁を越えて、「聞く」ことが
求められているのではないでしょうか。




言葉の持つ力を信じて、
向き合いたいものです・・・。



季の心を理解しつつも
残暑が堪える、
法林院の午後・・・。


            合掌



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2017/8/17

新聞紙を広げて  季の散策

タンスの奥から、古い新聞に
包まれたものが出てくると、
そのものより、包みの新聞に
気をとられます。


記された何月何日の出来事を
思い出しつつ、そこから離れた時間を
生きていることが何だか「未来人」になった
ようで面白いんですね。



でも、何十年も昔に限らず、
たった1日2日前でも
過ぎた時間が遠く感じることは
ままありましょう。




情報過多の時代、
過ぎていく物事があまりに多く
振り返ることさえ、容易ではありません。



流されず「今」を生きなければ、
そう思うのですが・・・。



明日の出来事を想像している
法林院の午後・・・。


            合掌

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2017/8/16

送る、夏  季の散策

祇園囃子に始まり、
五山の送り火で節目を迎える
京都の夏。



今日は、
その送り火のなかに、
今夏の出来事を
思い出しながら、
故人への想いを綴りたい・・・。




静かに手を合わせて
かの人ならどんな言葉を
返してくれるだろうと、
想像してみるのですが・・・。




昨日と変わらない、
夏の風が吹き抜ける
法林院の午後・・・。


           合掌





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