もう少し用語にこだわっておきたい。文字を持たない『万葉集』の時代は往時の現代語であった。平仮名の生まれた『古今和歌集』の時代は言文一致であった。十四世紀に入って「言」と「文」が二途に分かれる。この残影が「口語」(現代語)と「文語」(古典語)なのだ。言文一致運動が成果を上げていく近代にあって、こと短歌に関していえば守旧派の時代であった。ジュニア短歌が言文一致という内実において平安時代と軌を一にするとすれば、「シニア短歌」の「文語」(古典語)とは平安時代の外見を借りてきたにすぎない、いわば仮装の姿なのである。〜吉岡生夫〜

 

講師、承ります  王道をゆく

守備範囲は現代語短歌・ジュニア短歌・狂歌・夫木和歌抄です。実績は狂歌逍遥録の最下段「講演の記録」を御覧ください。


用語論〜文語体短歌から古典語短歌へ、口語短歌から現代語短歌へ〜



現代語短歌のすすめ、YouTubeなら3分15秒、見え方が少し異なります。


  短歌変質論

私は尋ねたい
いわゆる「文語体歌人」のあなたに
なぜ古典文法なのか?

口語歌の万葉集から
平仮名が生まれ
言文一致の古今和歌集へ

やがて時代は
古代語から近代語へ
その過程である中世語の時代において
言文は二途に開かれ

明治大正昭和を経て
再び原点に回帰した
−読み書き話す−

ところで
あなたの短歌は
その変質した時代の五七五七七を良しとするのか?
いわゆる「文語体歌人」のあなたに

私は尋ねたいのだ




狂歌とは何か、youtubeなら3分25秒、見え方が少し異なります




近世の狂歌、YouTubeなら3分35秒、見え方が少し異なります



   
   狂歌と天明狂歌

俳諧の連歌の発句は五七五
後発の川柳も五七五
しかし俳諧と川柳の軌道が
接近することはなかった

狂歌は五七五七七
後発の天明狂歌も五七五七七
しかし狂歌と天明狂歌の軌道が
接近することもなかった

俳諧と狂歌の軌道は接近し
ときに交わることがあった
鯛屋貞柳と西山宗因
貞柳を信奉した
一本亭芙蓉花なら蕪村

朱楽菅江は川柳も作っていたらしいが
俳諧と天明狂歌の関係はどうだったのだろう
国語辞典で「天明調」を引くと
俳諧の頽廃俗化を嘆く、から
蕪村らの
清新にして壮麗な
云々が出てくる

五句三十一音詩としての狂歌と
戯作文学としての天明狂歌

片や
八雲立つ
出雲八重垣の時代から
受け継がれてきた詩型であり
片や
鳥がなくあづまぶりはわづかにはたとせばかりこのかた
しかも線香花火に終わった詩型

その差は発句と川柳以上に大きかったようである
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2017/3/15

兵庫県高校文芸集(第5号)  ジュニア短歌を読む

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【短歌部門】

 《最優秀賞》

    兵庫県立須磨東高等学校 二年 井上めいみ
下駄箱に汗の滲んだスニーカー夕焼の空にひぐらしの鳴く

 《優秀賞》

    兵庫県立神戸高等学校 一年 福島志穂
真っ黒の空を見上げて指をさす夏の大きなさんかくけい

 《優良賞》

    兵庫県立北摂三田高等学校 二年 松居彩花
登り坂一足ごとに汗が出る日ざしに溶け込む蝉の鳴き声

    兵庫県立北摂三田高等学校 一年 *柳天乃(*木偏に「夘」)
秋時雨鞄の中とこのおもい濡らしたくなく駆け続けてる

    兵庫県立小野高等学校 二年 永井里奈
明日のため荷作りをする少年に鳩語を話す鳩が群がる

 《入選》

    兵庫県立宝塚北高等学校 一年 四木愛実
音に聞く浜野タカシの浮気性日陰の私は無縁の話

    兵庫県立宝塚北高等学校 一年 神吉孝洋
山行けば新緑からの木漏日が今日着た服を水玉にする

    兵庫県立宝塚北高等学校 一年 青木佑哉
花火の音舞い散る光仰向けば横切る蝙蝠闇に馴染めず

    兵庫県立武庫荘総合高等学校 二年 北本琉華
影の中ひっそり潜む私には君の光が疎ましいんだ

    兵庫県立姫路西高等学校 二年 藤阪希海
コイバナのつづきを歩く君の背をトラックの排気ガス越しに見た


【短歌部門講評】
 最優秀賞の井上めいみさん。下駄箱という小さな世界に夕焼け空という大きな世界を対比させています。これにヒグラシを聴覚として配置しました。屋内と屋外ですが、いま学校から帰ってきた「私」を想定しました。晩夏を描いてスケールの大きなところが魅力です。二句「汗の滲んだ」とあるのは部活に励んだ成果でしょうか。その夏も終わりが近づいてカナカナと茅蜩が鳴いています。
 優秀賞の福島志穂さん。下句「夏の大きなさんかくけい」は、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブを結ぶ三角形でしょう。三句「指をさす」だから一人ではありません。どんなシチュエーションも読者次第ですが、私は林間学校を想像しました。友人たちと青春の夢をふくらませている景でもあります。
 優良賞の松居彩花さん。四句の「日ざしに溶け込む」に感心しました。思わず「暑いなあ」と空を仰いだのでしょう。あるいは立ち止まったのでしょうか。そのとき、どこからというのではない、夏の光と蝉の声が一斉に降り注いできた、そんな感じでしょうか。
 優良賞の*柳天乃(*木偏に「夘」)さん。秋時雨は秋の末に降る時雨をいいます。この時期、何があったのでしょうか。その理由は二句「鞄の中」にあります。三句「このおもい」も同様です。しかし具体的には分かりません。ただポジティブな反応が心地よく伝わってきます。
 優良賞の永井里奈さん。荷造りを外でしているのでしょうか。今一つ、私の中では場面が立ち上がってきません。ただ下句があることによって、明日、少年が遠い旅に出るのだろう。そんな言い方がふさわしいロマンを漂わせていて、そこに惹かれた作品です。
 入選の四木愛実さん。初句の意味は「噂に聞く」か「有名である」、用例は古代に遡ります。そしていきなりの人名に続けて「浮気性」、この破壊力で選びました。下句の着地も決まっています。
 入選の神吉孝洋さん。木漏れ日が「私」の服を光の水玉模様にした、この発見に惹かれました。いかにも新緑らしい、またその中を歩く喜びが伝わってきます。これも結句の手柄と思われます。
 入選の青木佑哉さん。上空に花火大会の光と音、下界に観客、その間に迷い込んだ蝙蝠を配してユニークです。結句、気の毒な蝙蝠ですが、馴染めないのは蝙蝠本来の闇ではないからでしょう。
 入選の北本琉華さん。影の世界に住む「私」が光の世界に住む君を結句「疎ましいんだ」という。この屈折した表現が素晴らしい。ただ物に託せば人物はもっと立ち上がった、そこが残念です。
 入選の藤阪希海さん。初句は漫画「コイバナ〜恋せよ花火〜」でしょうか。その登場人物よろしく先をゆく君と「私」を排気ガスが遮る。この具体がよい、また「私」の批評も看取されます。
 甲乙付けがたい作品で迷いました。この調子で、皆さん、頑張って下さい。中に句ごとに一文字あける作品がありましたが、短歌は一行詩です。続けて書きます。一文字あけるのは修辞として、ここは一呼吸おきたいといった必然に促された場合のみなのです。

                 歌人 吉岡生夫
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2017/2/16

ときめき  ジュニア短歌を読む

二〇一六年編纂 第二十九回 現代学生百人一首
  黒板にうっすら残る日直欄あなたが書いた私の名前
               京華商業高等学校二年(東京都) 宮崎偲永

 二句の「うっすら残る」、残っているのは「日直欄」ではない。下句の「私の名前」である。したがって一首は無句切れの歌となる。読むときは一呼吸おくが、構造上は「日直欄(の)」もしくは「(に)」である。助詞を補うと七音になるので省略したのだろう。気になる「あなた」が「私」の名前を書いた。公私で言えば「公」、それでも書くときは意識しただろう。もちろん後者の「私」なら嬉しいことは言うまでもない。そんなときめきを思わせる結句の体言止めである。
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2017/2/15

尾木ママ  ジュニア短歌を読む

二〇一六年編纂 第二十九回 現代学生百人一首
  尾木ママがテレビで言ってた反抗期あなたのことねと母がつぶやく
             西武台千葉高等学校一年(千葉県) 坂田瑠美

 アマゾンで「尾木ママ」を検索すると八十七件がヒットする。たとえば『尾木ママの女の子相談室』全五巻がある(ちなみに「尾木直樹」だと百八十四件)。テレビの露出度も高い。だから初句から「尾木ママが」ときても驚かない。さらに愛称の由来と思われる「オネエ言葉」は教育評論家と保護者の垣根を低くする。これで四句までは了解、しかし「私」はどうか。反抗ではない、自己主張なのだ、結句「つぶやく」には、そんな大人を傍観する「私」が透けて見える。
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2017/2/14

せやあねぇよ  ジュニア短歌を読む

二〇一六年編纂 第二十九回 現代学生百人一首
  消えてゆく地元の名残り秩父弁「せやあねぇよ」は祖母のぬくもり
           埼玉県立松山女子高等学校三年(埼玉県) 関根奈央

 四句「せやあねぇよ」が一首の眼目だが、関西人の私には「世話ない」(あきれてどうしようもない)や否定の「そうやないよ」に聞こえる。しかしそれでは結句に繋がらない。ウェブだと「大丈夫」がヒットする。『日本方言大辞典』(標準語索引)では「大丈夫」から「さーねー」に行き着く。おそらく幼い頃から「せやあねぇよ」で泣きやみ、節目節目を励まされてきたに違いない。いつしか言葉も育ち、上句と相俟って、結句「祖母のぬくもり」となっていたのだろう。
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2017/2/13

十八歳選挙権  ジュニア短歌を読む

二〇一六年編纂 第二十九回 現代学生百人一首
  来年は与えられてる選挙権進路選択も出来ぬ私に
             埼玉県桶川高等学校二年(埼玉県) 大室花香

 平成二十八年から選挙権年齢が十八歳に引き下げられること、そして「私」はその第一号となる。これが上句だろう。模擬選挙などの主権者教育がニュースにもなっていた。そうした渦中にある「私」の不安が下句で吐露されるが、おもしろいのは進路選択と誰に投票するかが等価値で結ばれていることだ。責任を負うのは「私」一人か、「私」を含めた有権者か、全く異質である。不謹慎の誹りを免れないだろうが、歌は取り合わせの妙、そこに漂う可笑しみが命だろう。
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2016/12/7

兄の面影  ジュニア短歌を読む

二〇一六年編纂 第二十九回 現代学生百人一首
  今年から相棒となった自転車の錆びた音には兄の面影
             北海道札幌厚別高等学校一年(北海道)吉野萌美

 気になったのは結句の「面影」である。「兄」は亡くなったのか。そうだとすると三句の「自転車」は遺品ということになる。迷ったが、兄は進学して下宿か寮で暮らしている、こちらを選択した。今年から高校生の「私」と入れ替わりに大学生になったのだ。そして「私」は御古の自転車で通学している。ちょっと大人になったような二句の「相棒」がいい。てっきり弟だと思ったが、名前からすると妹であろうか。四句「錆びた音」に勤勉な兄の声を聞いているのだろう。
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2016/11/26

ハロウィン  ジュニア短歌を読む

31音 青春のこゝろ 2015 「SEITO百人一首」の世界
  仮装して魔女になっても席ゆずる心の中は仮装できない
             京都光華高等学校(京都府) 村井怜加 3年

 「仮装」という言葉を二度使って、巧みにそのコントラストを生かしている。中継地となっているのは三句の「席ゆずる」であろう。まず「仮装して魔女になっても席ゆずる」、次いで「席ゆずる心の中は仮装できない」となる。あるいは「魔女」としては失格であるかも知れない。しかし言葉の斡旋という点では「魔女」も顔負けのテクニシャンなのだ。その落差が初々しい仮装集団ないしはグループとして読んだ。コメントに「この歌を作ったのは、ハロウィンの時期でした。(略)。ある日、満員電車に乗った時、怖い魔女がいて、その魔女が笑顔でおじいさんに席を譲っていました」とある。「私」のことではなかったらしい。
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2016/11/17

いつもありがと  ジュニア短歌を読む

31音 青春のこゝろ 2015 「SEITO百人一首」の世界
  母に向け覚えたばかりの手話使い口では言えない「いつもありがと」
             須坂東高等学校(長野県) 宮川恵里加 3年

 二句「覚えたばかりの」から、お母さんの怪訝な、しかし笑いながら「何よ」「どうしたの」「この子ったら」、そんなリアクションが想像される。四句「口では言えない」からシャイな娘さんの姿も浮かんでくる。さて何を結句「いつもありがと」なのか。母の日、お母さんの誕生日、あるいは「私」の誕生日、どれでも当てはまりそうである。素材としての「手話」が生き、「う」抜きの「ありがと」も新鮮に響く。コメントに「普段は思っていてもなかなか口に出して言えない『ありがとう』の気持ちを、母と私の魔法の言葉の手話で表現しました」とある。手話を始めようとしている「私」の背中を押してくれたらしい。
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2016/10/18

高めに揺れる  ジュニア短歌を読む

31音 青春のこゝろ 2015 「SEITO百人一首」の世界
  新品の制服を着て学校へポニーテールが高めに揺れる
           早稲田佐賀高等学校(佐賀県) 京極明日香 3年

 上句から入学式に向かう「私」もしくはそれに近い日の高揚した気分が詠われている。ポニーテールは後頭部で高く束ねて垂らしたもの、それがことさらに結句「高めに揺れる」というのだ。表見が巧みなことは勿論だが、とにかく気合いが入っている感じなのである。学校への期待や夢あるいは誇りといったポジティブな要素が一体となって瑞々しい。ただ三句が言い止しになっていて、気になるところだが、ここは「登校の」とでもすれば解決する問題である。コメントに「期待半分、不安半分。それでも前に向かって進むぞ!という強い決意がいつもよりほんの少し高く結ばれたポニーテールに現れて」云々とあった。頑張れ!
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