うーん。
今回2年ぶりの舞台出演を終えて、いろいろなことを感じ、考えたので、やはりやってみて良かったです。収穫大でしたね。
作品は今までで最高といえる内容でした。実際、観た方から今回だけじゃもったいないと言われました。だから8月12日の浦安公演では、ヴァージョンアップして再演します。
さてfacebookにも書きましたが、私自身の出来は、1回目(昼公演)はほぼベストの出来、2回目(夜公演)は最悪・・・。
アロック時代(20代)にやたらターンが多く、足の指の股が破けたりしてたので、当時ストッキングを着用していました。それを思い出し、アキバのドンキで5本指ストッキングを装着して踊りました。昼公演はすごく調子良く、しかし同じストッキングなのに、夜の回は最初っから床となじまず、滑って足が取られました。あ〜あ。残念だったなあ。
しかし本当に同じ踊りを同じ環境で踊っても、ココロの持ち方ひとつで、全然結果が違うんですよね。ちょっとのことにとらわれただけで、全然結果が違う・・・。のびのび出来るか、委縮してしまうか・・・。
同じ人間のココロなのに、ココロがどこを向いているかが、大きな差を生んでしまいます。
仏教で「魔は天界に住む」といいますが、昼公演で調子が出たココロに隙が出来たのでしょう。「舞台には魔物が住む」といいますが、感動の場にはその裏側に、そうした目に見えないものが住んでいます。まさに間(はざま)。
成功と失敗の間。喜びと不安の間。武道で間境(まさかい)という言葉がありますが(これは空間&意識の間)、舞台芸術にも間境がありました。
自分がこれから現役の舞台人、ダンサーとして踊っていいのか、今も真剣に悩み中です。
さて自分の踊りはさておき、今回のメンバーは最高でした。
昨年の公演後、メンバー間のもろもろのココロの葛藤、やりたいことの違い、ライバル意識、嫉妬、不安・・・もろもろあって「引き潮」になり、1年して素晴らしい「満ち潮」がきました。
今回の新人は、すごく踊れて動けて、熱のある子達ばかり。才能があるのに、若さゆえの視野の狭さで、オーディションに落ちて迷っていた原石をたくさん集めました。だって磨けば伸びるのがわかっていたから。環境が違えば光る子達ばかりだから。
昨年のキャストが観に来てくれて「全然レベルが上がってる・・・私も頑張らないと・・・」って言っていました。
本当に動け、技術もある上にハートもある子達ばかり。そして新人だから変なライバル意識もなく、皆、とっても謙虚。踊る場があることに感謝さえしてくれました。
こんなに長く踊ってると、これまで何回も集合離散を見てきたから、昨年の引き潮は何でもなかったけど、中堅メンバーは不安だったようですね。でも私は本当に何とも思っていませんでした。何故なら、今回の新人達がきっとたくさん来ると思っていたから。新たな満ち潮を予感していました。これも「縁」ですね。引き潮で去った子達が今いても、居場所はあったかな・・・?強い子なら居場所を自分で作ったかもしれませんが。。。
個人的にすごくうれしかったのは、長くお付き合いしているスタッフの方から「RAKUDOの純度が増しましたね!」って言われたこと。若手が多いのにRAKUDOらしさが増しているってことは、凄いことです。薄まるんじゃなくて、濃くなっているんですから。
グループには新陳代謝が必要です。変わらない核(コア)は必要ですが、居心地の良さを求めて所属するだけのメンバーは要りません。それはアマチュアのサークル。やる人の為の舞台=発表会しかできません。もちろんそれを否定しませんよ。でも・・・プロの公演を行う団体に「馴れ合い」は要りません。私はそうした素人臭さが嫌いです。
演劇やダンス公演で、例えばどう見ても姫キャラじゃない人が姫をやっていたり、ドレスの似合わない人が、「無理して」ドレスを着て大人っぽい演技をしているのを観ると、とっても引いてしまいます。「わかってないなあ・・・」って思っちゃいます。
演出家が観客目線で創っていないからです。つまり、やる人の為の舞台=発表会。先生として生徒の為にそういうのを創るのはありですよ、もちろん。何事も経験だし「育成目的」ならやるのはありです。でもそれはあくまで「先生目線」。観客の為じゃありません。
「演出家/振付家」は観客に何を伝えるか・・・何を観てほしいか・・・という作家性がある人を指す言葉だと思います。
私はキャスティングにフィット感がないものは嫌いなんです。
脚が上がるとか、うまいとか関係なく(もちろん上手い方がいいんですが)、人間として「役柄を背負うに値するフィット感」。
私は創作でキャスティングと選曲は特にこだわるし、それはすごく重要な要素です。そしてそこにおいて、とても才能があると思っています。まず、外しません。
だからよその公演を観る時も、ついそこに目がいってしまいます。たくさんコンクールの審査もしてるので、どんな意識で振付家が創っているか、ダンサーが踊っているかも見えてしまいます。
何かを伝える為の「演出手法としての」振付なのか・・・単なるコンビネーションなのか・・・。もちろん動きのみを見せるコンビネーションでも「すごさ・見事さ」があればいいけど。そういう見事さがない、クオリティの低い「単なる動き」には感動しません。
やりたいからやるっていうのは、表現活動の原点です。でも仲間やスタッフ、観客を巻き込むには、それだけのパワーが作品に必要です。今回のRAKUDO第32回公演「時のかけら」は、そうしたパワーとエネルギーに満ちていました。創った私が、袖で観ていて、メンバーの頑張りはもちろんですが、それをも含めた「作品のパワー」に感動したのですから。
作品が、作者の手を離れて一人歩きしたような・・・・・。そんな感じなのです。
それは予定調和を否定した、私の行き当たりばったりの、アドリブ&ノープラン振付の良さが産んだのかもしれません(笑)。でもそれがなぜ出来たのかというと、キャスト達が本当に素晴らしいから。ベテラン・中堅・新人が皆ココロを一つにしたから。そして私が彼らを信じきれたからです。
本当に仲間に感謝!ありがとう皆!ありがとうRAKUDO! ありがとうダンス!

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