2010/7/11

離陸  

「学び」とは「離陸すること」です。
それまで自分を「私はこんな人間だ。こんなことができて、こんなことができない」というふうに規定していた「決めつけ」の枠組みを上方に離脱することです。
自分を越えた視座から自分を見下ろし、自分について語ることです。自分自身の無知や無能を言い表す、それまで知らなかった言語を習得することです。

内田樹




「自分を越えた視座」を得るために、今日も学ぼう。


2010/7/10

粋  

俺なりに言うと、「粋」っていうのは「常識をわきまえたうえでの、もうひとつ上の生き方」なの。それにはまたいろんな意味があるんだけども、まずは他人に気を遣えることが大事になってくるんじゃないかと思っている。気遣いができる人って、すごくかっこいいじゃない。

ビートたけし




「粋」であるかないかを、かなり重要な行動基準にして生きていきたい…と思ってます。

そのためこそ、ほんとうの教養が必要ですね。勉強。

2010/7/2

邪魔  

アメリカの有名教授や社長が言っているからこうしろと言っても、部下には通用しない。
自分の職場の問題はこういうところにある。だから解決策はこうだと自分の言葉で言い切ることができなければ、部下はついてこない。
若手は上に文句を言っているかもしれないが、明日は我が身だ。
そのようになりたくなければ、勉強してはいけない。勉強しすぎると知識が邪魔をして、現状を知識の方に合わせようとするため現実がとらえられなくなる。
素直に見ることが大事なのだ。

久垣啓一



もちろん、「素直さ」と「勉強」が相反するものではない。
しかし、親子関係でも「知識の方に現状を合わせようとして」悲劇に陥っている例をあまた見てきた。

あたりまえだけど、親子関係の歴史は知識の歴史より古い。
自分の言葉でしつけ、教育すればいい。


2010/6/27

下  

仕事ならばどんなものでも自分を成長させるというわけではなく、実は、自分の能力を下げてしまう仕事もある。
もともと自分が余裕を持ってできる範囲の仕事だったり、下のレベルの仕事ばかりしていると能力が下がってしまう。

久垣啓一




人間は、強力なホメオスタシス機能を持っている。
「下」ばかりやっていると、能力も「下」に合わせ、そこを快適ゾーンとしてしまうということだろう。

毎日、ちょっとタイヘンなこと、を続けよう。

2010/6/24

俯瞰  

ふだん見ている世界から抽象度をひとつ上げて、物事を俯瞰して見えるようになれば、今まで気づかなかった問題解決法が見つかるのです。

苫米地英人




なりわい上、相談をよく受ける。
そのとき、この言葉のような効果をもつアドバイスができれば、ベストと思う。

2010/6/20

小宇宙  

読書とは本を読むことではありません。読書は対話タイムなんです。著者との対話、自分との対話、過去の記憶との対話…文字を追いながら、実は脳は小宇宙に飛んでいるのです。
この小宇宙には既存のアイデアがたくさん漂っています。そこでいろんなアイデアや発想とランデブーしているのです。文字を読みながらそんな化学反応をあちこちで繰り返したいるわけです。言い換えれば、頭の中には発想の玉手箱があるんですが、なかなか宝物を取り出せません。しかし、「なにか」をきっかけにそれをひょいと簡単に手にすることができるのです。

中島孝志



すごい仕事をしている人は、例外なくすごい読書家である理由のすべてが書き尽くされているようですね。
「本は読まない」と豪語している自信家もいますが、本人の自己像に反して頑迷固陋なだけという場合が大半でしょう。

2010/6/20

依存心  

「相手を見る」ということは、なかなか難しいところがある。依存心が強いうちは、なかなか相手を見ることができない。依存心が強いうちは、どうしても相手に気に入られたいという気持ちが先に立ってしまうからである。

自分で自分を支えられるようになれば、相手を観察できる。相手に気に入られることで自分を支えているうちは、相手を観察できない。


加藤諦三




過去のあまたの対談を思い出しても、大いに思い当たる。
自分を「ゼロ化」しなければ、相手は見えず、相手が見えねば、相手の心に届く言葉も出てこない。

2010/6/20

バカ  

バカというのは、低い抽象度に縛られているということです。自分の強烈な煩悩や自我に縛られ、強いスコトーマ(盲点)をつくっている状態のことです。

苫米地英人



解決できない「難しい問題」も、
次元を変え、抽象度を上げてみれば、「どうってことない問題」になる…のだろう。

しかし、もしそうなったとしても、それを「どう伝えるか」はずっとついて回る問題だね。

2010/6/19

カッコよく  

だれも背伸びをしない。じぶんらしく、などといってストレスの解消や「癒し」に余念ががない。

じぶんをむきだしにすることがいかに醜悪なことか、わかるひとにはわかるだろうが、わからないひとには永遠にわからない。カッコよく生きたいと思わない人には、カッコよさそのものが目にはいってこないからである。

新野哲也




「カッコよく生きる」というのは、決してミーハーで「楽」な生き方ではない。
必死の痩せ我慢が必要なんだ。


カッコよく歳をとりたいね。


2010/6/15

妥協  

主張するだけで妥協できないのは、それが自分の意見ではないからです。

内田樹




自分の経験、体験に基づかない意見は、底が浅い。
浅いから、妥協できる余地が少ない。

「自分の主張を決して曲げない人」は、「信念の人」ではなく、実は幼児用プールみたいな人で、泳げる種目が限られているだけかもしれない。



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