創世記 42:21~28  

ヨセフに捕えられた兄達が、過去にヨセフにしたことを思い出し、
一人を人質として残し、故郷へ返すシーン。


兄達にとっては、ただ単に穀物を求めてエジプトに下ってきたのだから、
その理由を考えるのは当然と言えよう。

ルベンが、『私はあの子に罪を犯すなと言ったではないか。〜だから今彼の血の報いを受けるのだ』
と言っているが、彼は、ヨセフを助けようとしていた。

それが原因かわからないが、ヨセフは人質として最年長のルベンではなく、二番目の兄、シメオンを取った。

もちろん、あの事件の時にまだルベンにもできることがあったと思うが、それでも哀れみが施されているところが面白い。


兄弟達は、20年前にヨセフを売ったことを後悔しているし、
詳しくは書いていないが、きっとエジプトに来る前であっても後悔していたのだろうと、文脈から読み取れる。


20年前にはそんなことはこれっぽっちも思わなかっただろうが、やはり時の流れは偉大とゆうか、
考えが変わってくるんだと思う。

自分の場合でも、わずか2年でこれほどの変化があったのだから、この先20年も経ったらどれほど変わってしまうのだろうかと思う。

願わくば、少しでも良い方向へ変わっているといいのだが。



ヨセフはシメオンのみを捕え、他の兄弟は穀物を持たせ、故郷へ返した。
面白いのが、その時に彼らが支払った銀を穀物の入った袋へ入れていたと言う。

これに気がついた兄達は、
『神は、私たちにいったい何とゆうことをなされたのだろう』
と言っている。


時々、とゆうよりも、毎回神の御心は掴めないもの、理解し難い時の方が多く感じる。
しかし、重要なのは主の御心なのであって、自分たちの考えに寄るものではないとゆうことである。


ここを見て、やはり今の状況は祈って決断しようと思った。


小遣い 平均


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創世記 42:9~20  

ヨセフと、兄達がエジプトで再会するところ。
20年とゆう長い時間を経て、ついに異国の地で再会したと言ったところか。

9節で
『かつて彼らについて見た夢を思い出した』
と書いてあるが、これはつまり、ヨセフ自身も今の今まで、夢のことを忘れていたとゆうことなのだろうか。

そう考えると、その夢が原因でエジプトに連れてこられたと言っても過言ではないのに、それを忘れていたと言うのは面白いことだと思う。

やはり、20年間もあれば、色々なことがあるとゆうことだろう。


ヨセフは、兄達を監禁し、解放して欲しければ、故郷に置いてきた下の弟を連れて来るように要求する。
そのために、一人だけ解放するとも言う。

自分が子供の時、漫画聖書物語とゆうものを読んでいたが、その時は実際にイメージがわかなかったし、
とゆうよりも特に何も感じなかった。

だが、実際にイスラエルとエジプト行った今ならわかるが、これはかなり無茶ぶりである。
自分が行った時は、もちろんバスでエジプトかたイスラエルへ向かったが、
この当時は、基本徒歩か、家畜に乗る程度しか移動手段がなかっただろう。

それなのにあの距離を『もう一度行って戻ってこい』と言ったわけなので、
余程緊迫した状況だったのだろうと受け取ることができる。

聖書は淡々と文字が書いてあるだけなので、たまに勘違いしてしまうが、
当然のように書かれていることが、実はとてつもないことだったりすることがよくある。


ヨセフは故郷から20年間も離されたわけだが、これだってものすごいことだ。


結果、ヨセフは成長したわけだが、自分だったら耐えられるだろうか。

20年あれば、人は変わると思うが、
この箇所を見る限りだと、兄達はそんなに変わっていないように見える。

これが、環境の違いによるものなのだろうか。


自分に当てはめてみると、
やはりどれだけ強い意志を持っていても環境が変わってしまうと、
自分自信も変わってしまう恐れもあるんじゃないかと思う。

今のままでいいのか、それとも、変えた方がいいのか。
変えたとしたら、良い方に作用するのかしないのか。
全く予測がつかない。

少なくとも、この決断は土曜日までにはしなければいけないので、
それまでに祈って決めようと思う。

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