2017/10/9

吉沢京子さん芸能生活50周年記念パーティー  沖雅也

沖雅也研究会では、19歳の等身大の若者としての沖さんの姿を鮮やかに思い浮かべられるような素敵な思い出の数々を、あのはじけるような笑顔で語って下さった吉沢京子さん。
そんな吉沢さんの波乱に満ちた50年をお祝いする場に是非立ち合わせていただきたいと思い、ファン枠に入れていただいて出席した。

まず、吉沢さんの子供の頃から現在までを振り返る写真の数々が、巨大スクリーンに映し出された。
とにかくカワイイ子供時代。
小学校の学芸会で靴の役だった屈辱から児童劇団に応募したことをきっかけに女優の道へ。
「柔道一直線」のヒロイン役で一躍トップアイドルに躍り出て、そして「さぼてんとマシュマロ」の写真の数々が映し出された。
少年ともいえる沖さんと、はちきれんばかりの笑顔の吉沢さんが大きなスクリーンに現れると、もうそれだけで感慨深くて、目が潤む。

当時、斜陽となりつつあった映画の世界から、これからはテレビでやって行くんだという意気込みが感じられる沖さんと、主役に抜擢されて輝く吉沢さんのコンビは、私生活でも仲が良かったことを吉沢さんから教えていただき、本当に息の合ったコンビだったことがわかった。

結婚、出産、離婚、復帰…。離婚して東京に帰ってから途方に暮れ、息子さんを保育園に送った後はあてもなく青山の街を歩き回っていたとおっしゃっていたが、そんな過去もあっけらかんと話してしまうところに吉沢さんの魅力がある。

息子さんのお姿もあり、それも感慨深い。
残念だったのは、いつも家まで送ってくれた沖さんの車の助手席に乗っていたというお母様が、入院中ということでご出席が叶わなかったこと。母一人子一人、二人三脚で歩んでいらしたお母様は、どんなにこの日を楽しみにしていらしただろう。
幸い、現在は退院されているとのこと。良かった。

このおめでたい日、吉沢さんは「さぼてんとマシュマロ」、そして沖さんについてきちんとお話しして下さった。

「沖雅也さんはとっても優しくて、女性より美しい方でした。きっと今頃あのあたりから(上の方を指して)『お前も年取ったな〜』なんて言ってるんじゃないでしょうか。あちらは若いままですからね♪」

本当に沖さんがここで吉沢さんをお祝いしていらっしゃるような気がして、また涙腺が緩む。
主題歌の「恋をするとき」も歌って下さった。
こんな日が来るとは、毎週胸をときめかせて仁くんと真理ちゃんのコンビを観ていた小学生の私は考えもしなかった。(当たり前)

吉沢さんのお人柄は研究会に出席された方々はよくお分かりになっただろうが、屈託なく沖さんのことを語って下さったことは、我々ファンにとって本当にありがたいことだった。
いつまでもマシュマロのような笑顔で、これからも輝いていただきたい。
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2017/1/18

昭和の景色  沖雅也

「歩いても 歩いても」という映画を観た。
タイトルの意味は後半明らかになるが、
是枝監督らしい、何気ない日常風景がこと細かに描かれている。

しかし、この風景と音楽は「小さな恋のものがたり」で、
既にもっと当たり前の景色として描かれている。
制作年が昭和47年だから、昭和の景色であるのは当然だが、
静かな住宅街を歩く姿、蝉の鳴き声、虫に魂を感じる時、
子を想う親の気持ち…。

「だから大好き!」がコケるだけコケた(岡崎友紀さん談)後、
急遽作られたドラマとは思えない完成度で、
あの頃の景色とともに永遠に光り続けるこのドラマ。

チッチとサリーの両親が静かに心配する姿や
トン子ちゃんや山下君の純粋な友情、
そしてあの町並みの中で、懸命にサリーを想うチッチの気持ちが
今も胸を打つ。

沖雅也といえば「太陽にほえろ!」「必殺シリーズ」そして「俺たちは天使だ!」が
代表作と言われるが、私の中ではやっぱり
「さぼてんとマシュマロ」「ふりむくな鶴吉」そしてこの「小さな恋のものがたり」なのだった。
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2016/2/25

そこは涅槃ですか  沖雅也

あの男が亡くなったという。
すでに昨年、お墓参りに行った方から、それらしい戒名の卒塔婆があるから、きっと亡くなっていると教えてもらっていたのだが、それが事実としてつきつけられたわけだ。

関係ないよ。
あの混乱はあの男が原因だったんだから。
家族なら、庇うのが本当じゃないか。知られていない事実まで面白おかしく言いふらしてしまった奴じゃないか。

梨本が遺書を読み上げた時、これで終わりですかという質問に、紙を裏返して、「これは俺に向けた言葉です」と、むしろ誇らしげに「おやじ 涅槃で待ってる」の文字を見せた男。
この言葉を遺してもらったというだけで、どんな美しい共演者たちよりも最大のライバルだった。

この男がいなければと憎んだ日もあった。
訃報を知ったって涙なんか流すものか。そう思うのに。

沖雅也を作った男。楠城児を日景城児にした男。
私だって会いたいのに、先に逝ったんだね。
いつか貴方ともあちらで会おう。
同じ時代を生きて同じ男を愛したのだから。
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2016/2/15

悪い女に癒される  沖雅也

「いねむり先生」というドラマを、思うところあって久々に引っ張り出して観た。
原作は伊集院静氏で、妻を亡くした後に苦しむ男が、いねむり先生こと作家の色川武大氏に救われるまでの自伝的小説。
たびたび幻覚に襲われ、闘病中や亡くなる前後の妻のことを思い出しては苦しむ姿は、正に当時の私だった。
私の場合は、らせん階段を上ろうとするのに足がなかなか上に上がらず、手すりにつかまってようやく上っていると、いきなり足をつかまれ引きずり下ろされ、ぐるぐるとらせん階段を落ちる幻覚だった。それはもちろん、あのホテルを見上げた時に見える非常階段と、沖さんのアルバム「IN DOOR」のラストの階段を降りる足音から来ているのだろうと自覚はしていたが、それでも夢に現に、その幻覚は現れた。
「いねむり先生」では、西田敏行さん演じる先生が幻覚のことに言及し、なぜ苦しむ悲しい姿ばかり思い出すのだ、それでは本人が喜ばない、7年も付き合ったのなら、その間にあった楽しいことを思い出してあげるべきではないのかと藤原竜也さん演じる主人公を諭す。そして正にその幻覚の中で暴れている時に、「大丈夫だ!」と手を伸ばして引き上げる先生の姿は、私にとっては「ふりむくな鶴吉」の最後の撮影を終えて涙を流す沖さんの手をつかみ、肩を抱いた西田敏行さんの姿だった。

沖さんを亡くして彷徨う私を、周囲はどう扱って良いのかわからなかったのだろう。腫れ物に触るようにしていたし、私も苦しみをぶつける相手もみつからないままでいた。
時が解決するというが、確かに幻覚はなくなった。苦しみはあるが、楽しかったことを思い出すことの方が多くなったし、素晴らしい作品が次々再放送される中で、沖さんの笑顔に再会出来た。
そして近年では、沖さんと一緒に仕事をされた方々にお話を伺う機会もあり、生の沖さんを感じることも出来るようになった。
お話を聞いて私の中に浮かび上がる沖さんは、なぜかいつも気弱な一人の青年だった。

先週、そんな風に沖さんを思い出させて下さったお一人、長谷直美さんの舞台「悪い女はよく眠る」を拝見した。
早い展開の中で大きな瞳をくるくると動かして躍動する直美さんは、沖さんと共演した頃のままの憎めないキャラクターなのだが、ある目的から入り込んだ家庭で、末娘に母親が目の前で事故に遭って死んだと告白されてしまう。騙そうとたくらんでいるのに図らずも娘を抱きしめてしまうシーンでは、『ああ、長谷直美さんも母親になったのだ』と時の流れをしみじみと感じる温かい抱擁。沖さんと共演していた頃の直美さんは常に男性たちの妹分的な位置づけで、マミー刑事ですら私にとっては母親というより他の刑事たちの後ろにつく妹分としての印象の方が強かったのだが、この時高校生の娘を抱きしめたシーンでは見事に母性が溢れ出ていたので、内容よりもそのことに感動して涙が出てしまった。

沖さんを失った私は、こうして沖さんゆかりの方々のご活躍を拝見することで手を差し伸べてもらっている。
今も頑張ってますよ。沖さんもいい作品がいっぱいあるじゃないの。あの人頑張ってたよ。楽しいことだって沢山あったじゃないの。
それを教えられるのだ。

沖さんと同じ時代を駆け抜けた方々のご活躍は、いつも私を励ましてくれる。
長谷直美さん、よくぞ日本へ戻り女優に復帰して下さいました。
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2015/12/25

ジョルジュとショパン  沖雅也

クリスマス・イヴに竹下景子さんの朗読劇を拝見した。
先日の「ふりむくな鶴吉鑑賞会」にメッセージをいただけたことに勇気づけられ、長年の願いを叶えて竹下景子さんを解禁したのだ。
別に誰に禁止されていたわけでもないのだが、竹下さんのお顔を見た瞬間に鶴吉の撮影の景色が蘇るのは分かっていたから、それは特別な時にしようと心に決めていたのだった。
手紙だって清水の舞台から飛び降りるつもりで投函したのだ。

沖さんと一番共演が多く、母屋サイトにも書いた通り「ふりむくな鶴吉」には大事な思い出がある私にとっては特別な存在の女優さん。
だから「姿三四郎」では、竹下さん演じる乙美が沖さん演じる檜垣源之助を振って三四郎の元に走るのを許せなかったぐらいだ。
そして「ふりむくな鶴吉」撮影当時に沖さんが住んでいらした代官山のマンションの入り口にあった大きなパネル。
それは鶴吉とやよいのツーショット写真だった。

思い入れが強すぎて前置きが長くなったが、私が竹下さんデビューしたのは「GEORGE」(ジョルジュ)という朗読劇。
英語読みでは「ジョージ」。沖さんの本名…とはいえ、このジョルジュはジョルジュ・サンドのことなので、もちろん女性。
このジョルジュとショパンの恋を描いた物語で、ジョルジュは竹下さん、ショパンは清塚信也さん、そして二人の仲を心配しながらも見守る弁護士ミッシェルに辰巳琢郎さん。
ジョルジュとミッシェルの書簡を朗読する形で物語は進み、合間にショパンのピアノの作品が奏でられる。

竹下さんにみとれる私に、清塚さんの力強いのに繊細なピアノがずずんと胸に入って来る。
この時代に女性として自立していたジョルジュの気高くてちょっと鼻持ちならない感じは私にとって「姿三四郎」の南小路高子を思い出させる。
実際、竹下景子さんは今も品があって気高く、それでいて赤いドレスに着替えて出て来た時に客席から思わず沸いた拍手に「あら!」という感じでちょっとはにかんで微笑む笑顔は少女のよう。

竹下景子さんなら仕方ない、譲ろう。信じられないほど上から目線だった当時の私。
それは「奥さま8時半です」で竹下さんが沖さんについて語った一言からだった。

「色んなところで私の方でついて行かなきゃいけないと思うところが沢山あるから、そういった点ではとっても頼もしいです」

美しく聡明で明るく、でもわきまえていて。
この方なら沖さんを守って引き立てて下さるに違いない。
竹下さんのお気持ちはこの際無視。そんなことを勝手に思っていた。
要するに、こりゃどうやっても全然かなわないと白旗を揚げたのだ。
「ふりむくな鶴吉」放送当時の私は、すでに神仏に祈りを捧げる時には自分のことより沖さんの成功と幸せをお願いし、占いを読む時には沖さんの生年月日を先に探していた。
だからこそ、鶴吉の最終回で竹下さん演じるやよいが言った
「鶴さんにもしものことがあったら、私も死にます!」
という台詞が常に心の中で反芻されるようになったのだった。

舞台の中央にあるピアノの前に座ってうなだれている清塚ショパンがだんだん沖さんに見え、そして当時の自分に見えてきた。清塚さんのピアノはプライドは高いけれど純情で弱虫なショパンを見事に体現していて、それがまた沖さん、さらには自分とダブる。

竹下さんのマネージャーにわがままを言って、終演後にご挨拶させていただいた。
目の前の竹下さんは思ったよりさらに小柄&小顔で、182センチの沖さんの顔を見上げていた距離を思い出す。
緊張しながら鶴吉鑑賞会にいただいたメッセージのお礼を申し上げ、「沖さんと一番共演が多い女優さんですから」と言うと
「意外です。もっと他にいらっしゃるかと思ったのに。鶴吉が一年だったからでしょう?」
そして「私も本当に大好きな男優さんでしたから」と言って下さる。
沖さん、聞こえましたか?

サインをしていただくのに「青葉繁れる」の劇中劇『ロミオとジュリエット』でお二人が向き合って手のひらを合わせているシーンをプリントして持参したのだが、竹下さんはご記憶がないようで
「こんなことしてたの?!」と、ぱっと花が咲いたように笑われた。

感激してあまりよく話せなかったが、やっとお会い出来たという喜びで足が震えた。
同行した母は帰宅途中の車の中で「思えば随分あの人のを観たわ」と一言。
母も私と一緒に観ていたからねぇ、と一人感慨に耽っていると
「はらたいらの方が正解率が高かったけど」
そっちだったのね(笑)
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