2016/2/25

そこは涅槃ですか  沖雅也

あの男が亡くなったという。
すでに昨年、お墓参りに行った方から、それらしい戒名の卒塔婆があるから、きっと亡くなっていると教えてもらっていたのだが、それが事実としてつきつけられたわけだ。

関係ないよ。
あの混乱はあの男が原因だったんだから。
家族なら、庇うのが本当じゃないか。知られていない事実まで面白おかしく言いふらしてしまった奴じゃないか。

梨本が遺書を読み上げた時、これで終わりですかという質問に、紙を裏返して、「これは俺に向けた言葉です」と、むしろ誇らしげに「おやじ 涅槃で待ってる」の文字を見せた男。
この言葉を遺してもらったというだけで、どんな美しい共演者たちよりも最大のライバルだった。

この男がいなければと憎んだ日もあった。
訃報を知ったって涙なんか流すものか。そう思うのに。

沖雅也を作った男。楠城児を日景城児にした男。
私だって会いたいのに、先に逝ったんだね。
いつか貴方ともあちらで会おう。
同じ時代を生きて同じ男を愛したのだから。
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2016/2/15

悪い女に癒される  沖雅也

「いねむり先生」というドラマを、思うところあって久々に引っ張り出して観た。
原作は伊集院静氏で、妻を亡くした後に苦しむ男が、いねむり先生こと作家の色川武大氏に救われるまでの自伝的小説。
たびたび幻覚に襲われ、闘病中や亡くなる前後の妻のことを思い出しては苦しむ姿は、正に当時の私だった。
私の場合は、らせん階段を上ろうとするのに足がなかなか上に上がらず、手すりにつかまってようやく上っていると、いきなり足をつかまれ引きずり下ろされ、ぐるぐるとらせん階段を落ちる幻覚だった。それはもちろん、あのホテルを見上げた時に見える非常階段と、沖さんのアルバム「IN DOOR」のラストの階段を降りる足音から来ているのだろうと自覚はしていたが、それでも夢に現に、その幻覚は現れた。
「いねむり先生」では、西田敏行さん演じる先生が幻覚のことに言及し、なぜ苦しむ悲しい姿ばかり思い出すのだ、それでは本人が喜ばない、7年も付き合ったのなら、その間にあった楽しいことを思い出してあげるべきではないのかと藤原竜也さん演じる主人公を諭す。そして正にその幻覚の中で暴れている時に、「大丈夫だ!」と手を伸ばして引き上げる先生の姿は、私にとっては「ふりむくな鶴吉」の最後の撮影を終えて涙を流す沖さんの手をつかみ、肩を抱いた西田敏行さんの姿だった。

沖さんを亡くして彷徨う私を、周囲はどう扱って良いのかわからなかったのだろう。腫れ物に触るようにしていたし、私も苦しみをぶつける相手もみつからないままでいた。
時が解決するというが、確かに幻覚はなくなった。苦しみはあるが、楽しかったことを思い出すことの方が多くなったし、素晴らしい作品が次々再放送される中で、沖さんの笑顔に再会出来た。
そして近年では、沖さんと一緒に仕事をされた方々にお話を伺う機会もあり、生の沖さんを感じることも出来るようになった。
お話を聞いて私の中に浮かび上がる沖さんは、なぜかいつも気弱な一人の青年だった。

先週、そんな風に沖さんを思い出させて下さったお一人、長谷直美さんの舞台「悪い女はよく眠る」を拝見した。
早い展開の中で大きな瞳をくるくると動かして躍動する直美さんは、沖さんと共演した頃のままの憎めないキャラクターなのだが、ある目的から入り込んだ家庭で、末娘に母親が目の前で事故に遭って死んだと告白されてしまう。騙そうとたくらんでいるのに図らずも娘を抱きしめてしまうシーンでは、『ああ、長谷直美さんも母親になったのだ』と時の流れをしみじみと感じる温かい抱擁。沖さんと共演していた頃の直美さんは常に男性たちの妹分的な位置づけで、マミー刑事ですら私にとっては母親というより他の刑事たちの後ろにつく妹分としての印象の方が強かったのだが、この時高校生の娘を抱きしめたシーンでは見事に母性が溢れ出ていたので、内容よりもそのことに感動して涙が出てしまった。

沖さんを失った私は、こうして沖さんゆかりの方々のご活躍を拝見することで手を差し伸べてもらっている。
今も頑張ってますよ。沖さんもいい作品がいっぱいあるじゃないの。あの人頑張ってたよ。楽しいことだって沢山あったじゃないの。
それを教えられるのだ。

沖さんと同じ時代を駆け抜けた方々のご活躍は、いつも私を励ましてくれる。
長谷直美さん、よくぞ日本へ戻り女優に復帰して下さいました。
4

2015/12/25

ジョルジュとショパン  沖雅也

クリスマス・イヴに竹下景子さんの朗読劇を拝見した。
先日の「ふりむくな鶴吉鑑賞会」にメッセージをいただけたことに勇気づけられ、長年の願いを叶えて竹下景子さんを解禁したのだ。
別に誰に禁止されていたわけでもないのだが、竹下さんのお顔を見た瞬間に鶴吉の撮影の景色が蘇るのは分かっていたから、それは特別な時にしようと心に決めていたのだった。
手紙だって清水の舞台から飛び降りるつもりで投函したのだ。

沖さんと一番共演が多く、母屋サイトにも書いた通り「ふりむくな鶴吉」には大事な思い出がある私にとっては特別な存在の女優さん。
だから「姿三四郎」では、竹下さん演じる乙美が沖さん演じる檜垣源之助を振って三四郎の元に走るのを許せなかったぐらいだ。
そして「ふりむくな鶴吉」撮影当時に沖さんが住んでいらした代官山のマンションの入り口にあった大きなパネル。
それは鶴吉とやよいのツーショット写真だった。

思い入れが強すぎて前置きが長くなったが、私が竹下さんデビューしたのは「GEORGE」(ジョルジュ)という朗読劇。
英語読みでは「ジョージ」。沖さんの本名…とはいえ、このジョルジュはジョルジュ・サンドのことなので、もちろん女性。
このジョルジュとショパンの恋を描いた物語で、ジョルジュは竹下さん、ショパンは清塚信也さん、そして二人の仲を心配しながらも見守る弁護士ミッシェルに辰巳琢郎さん。
ジョルジュとミッシェルの書簡を朗読する形で物語は進み、合間にショパンのピアノの作品が奏でられる。

竹下さんにみとれる私に、清塚さんの力強いのに繊細なピアノがずずんと胸に入って来る。
この時代に女性として自立していたジョルジュの気高くてちょっと鼻持ちならない感じは私にとって「姿三四郎」の南小路高子を思い出させる。
実際、竹下景子さんは今も品があって気高く、それでいて赤いドレスに着替えて出て来た時に客席から思わず沸いた拍手に「あら!」という感じでちょっとはにかんで微笑む笑顔は少女のよう。

竹下景子さんなら仕方ない、譲ろう。信じられないほど上から目線だった当時の私。
それは「奥さま8時半です」で竹下さんが沖さんについて語った一言からだった。

「色んなところで私の方でついて行かなきゃいけないと思うところが沢山あるから、そういった点ではとっても頼もしいです」

美しく聡明で明るく、でもわきまえていて。
この方なら沖さんを守って引き立てて下さるに違いない。
竹下さんのお気持ちはこの際無視。そんなことを勝手に思っていた。
要するに、こりゃどうやっても全然かなわないと白旗を揚げたのだ。
「ふりむくな鶴吉」放送当時の私は、すでに神仏に祈りを捧げる時には自分のことより沖さんの成功と幸せをお願いし、占いを読む時には沖さんの生年月日を先に探していた。
だからこそ、鶴吉の最終回で竹下さん演じるやよいが言った
「鶴さんにもしものことがあったら、私も死にます!」
という台詞が常に心の中で反芻されるようになったのだった。

舞台の中央にあるピアノの前に座ってうなだれている清塚ショパンがだんだん沖さんに見え、そして当時の自分に見えてきた。清塚さんのピアノはプライドは高いけれど純情で弱虫なショパンを見事に体現していて、それがまた沖さん、さらには自分とダブる。

竹下さんのマネージャーにわがままを言って、終演後にご挨拶させていただいた。
目の前の竹下さんは思ったよりさらに小柄&小顔で、182センチの沖さんの顔を見上げていた距離を思い出す。
緊張しながら鶴吉鑑賞会にいただいたメッセージのお礼を申し上げ、「沖さんと一番共演が多い女優さんですから」と言うと
「意外です。もっと他にいらっしゃるかと思ったのに。鶴吉が一年だったからでしょう?」
そして「私も本当に大好きな男優さんでしたから」と言って下さる。
沖さん、聞こえましたか?

サインをしていただくのに「青葉繁れる」の劇中劇『ロミオとジュリエット』でお二人が向き合って手のひらを合わせているシーンをプリントして持参したのだが、竹下さんはご記憶がないようで
「こんなことしてたの?!」と、ぱっと花が咲いたように笑われた。

感激してあまりよく話せなかったが、やっとお会い出来たという喜びで足が震えた。
同行した母は帰宅途中の車の中で「思えば随分あの人のを観たわ」と一言。
母も私と一緒に観ていたからねぇ、と一人感慨に耽っていると
「はらたいらの方が正解率が高かったけど」
そっちだったのね(笑)
7

2015/10/31

キャッシーさんに天使が舞い降りた  沖雅也

キャッシーさんが初めてメールを下さったのは、もう10年以上前のことになる。
「小さな恋のものがたり」が大好きだということだった。
私にとっても大事な大事なバイブルのような作品のひとつだったので、
何度かメールのやりとりをするようになった。

キャッシーさんは生まれつき四肢に麻痺があり、
アメリカ人のお父様とは彼女が赤ちゃんの時に別れ、
13歳からは施設に入りお母様とも離れ、
今は一人暮らしをされている。
歩くことはもちろん、起き上がることも一人では出来ないのに一人暮らし。
よく障害のある方に対して同情してはいけないなどというが、
彼女のメールを読めば読むほど、同情どころか申し訳ない気持ちになったものだ。
ガタが来ているとはいえ動かせる手足があり、
ド近眼だとはいえ見える目があり、聴こえる耳がある。
そのどれもが不自由な状態の彼女が足の指でキーボードをたたいて送ってくれたメールは、
いつもまっすぐで愛があった。

今年の夏の「沖雅也研究会」にヘルパーさん三名を引き連れて参加されたキャッシーさんは、皆に囲まれてただニコニコしていたが、あとから来たメールには柏原監督が車椅子を階下まで担いで降りて下さったことが申し訳ないとあった。
心優しく気配りのあるキャッシーさんなので、ヘルパーさんも「とにかくお人柄が良いから」と懸命に介護して下さっていた。

キャッシーさんは沖さんだけでなく、岡崎友紀さんも大好きだった。
沖さんと共演している友紀さんが好きなのかと思いきや沖さんが出演していない「なんたって18歳」が一番好きだというから、そういうことではないらしい。
世間知らずの主人公が世の中に飛び出して周囲を明るくしていく物語。同時期に放映されていた「だから大好き!」も同じコンセプトだ。
社会との関わりに制限があるキャッシーさんにとっては、扉を開いて飛び出したヒロインが憧れの対象になったとしても無理はない。
岡崎友紀さんが劇中で歌う歌が大好きだとCDを購入し、ずっと聴いているというメールも何度もいただいた。

そんな彼女が病に倒れたのが数年前。
大きな手術をしてリハビリに励みながらも、「もう辛くて苦しいので、雅也のところへ行きたい」という内容のメールも何度も受け取った。
「このまま生きていても、もう何もない」という内容に
「そんなことないわよ」と気軽にも言えない。
キャッシーさんは高い魂の持ち主で、さらなる修行のためにこの世に生を受けたのかも知れないと思ったりした。

楽しい内容の掲示板の投稿とは別に、そんな内容のメールのやりとりがずっと続いていたのだが、最近になってまた病が彼女を襲った。どこまで神は彼女に試練を与えるのか。
彼女の短いメールには
「わたし、いままでがんばって来たけれど…マフォンさんお願いです。おかざきゆきさんに言葉を伝えたい」とあった。

「小さな恋のものがたり」のロケ地めぐりをした時に参加された岡崎友紀さんファンの方に相談すると、お手紙を書いて送ってみたらどうかという話になり、私からも事情を説明した一文を添えて事務所に送った。友紀さんファンの方が直接友紀さんに口添えもして下さった。
それでもお返事が来るかどうかは五分五分だと思っていたし、キャッシーさんにもそう伝えた。

だが、天使はキャッシーさんの枕元に舞い降りた。
友紀さんが名古屋で講演のお仕事があり、帰りに少しだけ立ち寄って下さるというのだ。
これには、私の方が舞い上がってしまった。

キャッシーさんも興奮したのか、十二指腸に穴が開いて緊急入院するという騒ぎがあり、ご自宅に来ていただくはずが病院へお見舞いという形になったり、ヘルパーさんが時間によって変わるので手違いがあるといけないので、私も急遽日帰りで名古屋入りすることにした。
もちろん、友紀さんに会えるという喜びもあった。

私にとっては「小さな恋のものがたり」は特別な作品のひとつで、この撮影で私は初めて生の沖雅也さんと出会うことが出来たのだった。
最終回は何百回観たことだろう。最後のキャンプファイアーのシーンは、もはやバイブルといえる。

私が行くと、名古屋の街が一望の下の高層階の病室で、キャッシーさんは静かに休んでいた。
少しすると看護師さんや私にメールを下さったヘルパーのUさんが勤務時間よりかなり早く来て下さった。
彼女曰くキャッシーさんはとても我慢強くて、痛くても口にしないことが多いという。
診断で初めて痛かったであろうことを知ったこともあるそうだ。
いわゆる「痛み慣れ」をしているほど、彼女の人生には痛みがつきものなのだ。

目を覚ましたキャッシーさんに顔を近づけ大声で話しかけるが、よく見えない、わからないと言う。
私のことは分からなくても良いが、岡崎友紀さんのことは分かるだろうか。
しばらくするとやっと私が分かってくれたので、
「今日、岡崎友紀さんが来てくれるって!」と言うと、本当?と急に目を輝かせた。
前にもUさんが説明してくれたそうだが本気にしていなかったらしく、現実のこととは信じがたかったらしい。
それはそうだ。私だってそのお話があった時には俄かには信じられなかったのだから。

現実だと分かったら今度は着替えたいとか姿勢を変えたいと言ってワクワク・ドキドキのキャッシーさん。
「あと何分?」と何度質問されたか。


マネージャーからのお電話で玄関前で待っていると、タクシーから笑顔の友紀さんが降りていらした。私の方がもう泣きそうだ。
病室に入った時のキャッシーさんの顔といったら、その前を知っている私にはびっくりだった。こんなに嬉しそうなキャッシーさんを初めて見たとUさんが言う。
良かった、本当に良かったと涙をぬぐうUさんと私。
急に顔色まで良くなってしまった。どんな薬よりも特効薬となったらしい。
友紀さんと同世代のヘルパーさんがシフトに入られ、ついでに彼女も大喜び(笑)。

キャッシーさんは私のことは見えなかったのに、友紀さんのお顔はバッチリ見えたらしい(笑)。
「かわいい」
「ずっとファンでした。大好きです」
「応援しています。頑張って下さい」
そんなことを一生懸命話しかけるキャッシーさんに友紀さんは
「私に頑張ってって言ってくれるの?マリさん(キャッシーさんの本名)の方がずっと頑張っているのに」

Uさんが予め聞き取りをしておいて読み上げて下さった。

昭和58年からずっとファンでした。歌も大好きでした。「しあわせの涙」「花びらの涙」「私は忘れない」が好きです。
ドラマは「なんたって18歳」が好きでした。

ここで沖ファンとしてはまず「昭和58年」にひっかかるかも知れないが、キャッシーさんは施設で育ったのでテレビがあまり観られなかったと以前のメールにあった。再放送でのファンなのだ。
しかし歌は「ファースト・ラブ」も入れて欲しかったし、ドラマは「だから大好き!」「小さな恋のものがたり」と言って欲しかった(笑)。
事実、彼女のメールには「チッチ」の登場率が高かったのだ。

友紀さんはキャッシーさんの言葉を懸命に聞き取ろうとして下さり、手をしっかりと握って「ありがとう」と繰り返していた。
ありがとうはこっちですよ!
いくら名古屋で仕事があるからといって、ここまでわざわざ来て下さるなんて、今の言葉で言えば正に「神対応」。後光が差して見えたほどだ。
同時に、人に憧れられる俳優や歌手の方は作品だけでなく、こうやって人を助けたり癒したり出来るのだと改めて実感したが、今回の友紀さんの対応は格別だ。なかなか出来ることではない。

友紀さんが「私がスヌーピーを好きなの知ってる?今日は私が自分のおうちにあったスヌーピーを持って来たから、ここに置いておくわね。新品じゃなくて悪いんだけど、私のスヌーピーを」
いやいや、新品よりその方がお宝です、ファンが欲しいのは正にこれですと言うと、友紀さんと同世代のヘルパーさんが「こっちの方が鑑定団に出せます」とおっしゃった。
このヘルパーさんは面白い方で、後で看護師さんが来た時に友紀さんが来訪されたことを説明した時に「一世を風靡したんだから。プロマイドの売り上げだって何年も一位で。今でいえばAKBが48人全員で来るよりすごいことよ」と話していらした。確かにそうだ。

キャッシーさんが「浅草」と一言。
一瞬友紀さんの出身地のことかと思ったが、○ベル堂でプロマイドを買ったという話を思い出したので確認すると、「あたり」と一言。こちらの言っていることが正しい時は「あたり〜」と言うのが口癖のキャッシーさんだが、友紀さんには「はい」と丁寧。ヘルパーさんが「はいって言うの初めて聞いたわ」と言っておられた。憧れの方と対面して、緊張していたのだ。

私が「小さな恋のものがたり」の撮影時に初めておみかけしたが、とてもお疲れのご様子だったと友紀さんにお話しすると、あの頃は寝る暇もない忙しさで、移動の時だけが睡眠だった、だから今もその癖があって新幹線に乗るとすぐに寝てしまうとのこと。
ロケ場所についても「車で連れて来られて降りて撮影してまた車に乗って…だから、どこだか全然わからないままだった」。スーパーアイドルならではのエピソードだ。
う〜ん、このほっぺに沖さん、いやサリーはチューしたのだなと考えて、みとれる不純な私に対し、キャッシーさんの頭をなぜる姿が天使のように美しい岡崎友紀さんだった。

感謝と感激の一日だった。
岡崎友紀さん、来て下さってありがとうございました。
素晴らしい作品を残して下さってありがとうございました。

キャッシーさん、早く良くなってまた上京して下さいね。待っています。
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2015/8/1

必殺イケメンキャラ  沖雅也

先日母屋の掲示板で、時代劇専門チャンネルの「オニワバン!」という番組のスペシャルで、京本政樹さんが二度も沖雅也さんのお名前を口にされたという情報があったので、総集編を観てみた。

司会はえなりかずきさんで、ゲストの京本さんが登場された後にアシスタントの森田涼花さんが「涼花の必殺女目線」と題して、必殺の男性キャラについて解説するコーナーがあった。

板に出たのは以下の通り。

一次ブーム
(1981〜)
「新・必殺仕事人」 飾り職人の秀
           三田村邦彦
          三味線屋の勇次
           中条きよし

二次ブーム
(1985〜)
「必殺仕事人X」  花屋の政・鍛冶屋の政
「必殺仕事人X激闘編」村上弘明
          組紐屋の竜
           京本政樹

森田涼花さんの解説
「これまでの時代劇にはなかった映像美とさまざまな殺しのテクニックで高視聴率をたたき出した必殺シリーズ。そこには男性ファン中心だった時代劇に女性ファンを獲得する二大イケメンブームがありました。まず第一ブームは三田村邦彦さん演じる『飾り職人の秀』で女性ファンが増え、さらに中条きよしさん演じる『三味線屋の勇次』が加わり、必殺シリーズ最高視聴率を獲得。
巷のOLまでもがこのイケメン二人に魅了されたそうです。
そして第二次イケメンブームは、「必殺仕事人X」「必殺仕事人X激闘編」。当時まだ若手だった京本政樹さん演じる『組紐屋の竜』、村上弘明さん演じる『花屋の政』が出演し、これらが大ヒット。
なんと女子高生までが時代劇に釘付けになるというブームとなりました。
やっぱり女性は静かなる男の色気というか、そこに弱いんですね」

沖雅也ファンとしては承服出来ないこの解説。
必殺シリーズのイケメンキャラを作ったのは贔屓目を除いて客観的に観ても沖雅也さんであることは間違いない。
「必殺仕置人」の『棺桶の錠』、「必殺仕置屋稼業」の『市松』、「必殺からくり人富嶽百景殺し旅」の『唐十郎』と三作に出演して、それぞれの殺しの型が後のイケメン枠のキャラクターに受け継がれたというのは周知の話だと思っていた。
お名前が出ていた4名については勿論納得のイケメンキャラ代表格だが、それは第二次・第三次ブームであり、第一次イケメンブームは間違いなく沖さんのお名前があって然るべきである。
憤慨しながら見守っていると、京本政樹さんがおもむろに
「これはよく藤田(まこと)さんがおっしゃっているんだけど、この前の沖雅也さんとか、ああいう方とかが出てて、あと三田村さんになった時、中条きよしさんになった時ぐらいまでがOLさんぐらいの女性たちが撮影所に押しかけるというブームがあった」と解説された。
おお、京本政樹さんナイス!素敵!
よくわかっていらっしゃる。そして謙虚。
確かに巷で必殺イケメンキャラといえば京本政樹さんのお名前が真っ先に出て来るのは知っている。それでも、まず沖雅也さんというお名前を出して、この特集の文章を作った時代劇専門チャンネルの担当者にジャブを入れて下さった。

少し前になるが「徹子の部屋」でも沖さんのお名前を出して、担当者でありながら必殺の武器の解説をされた京本さん。
沖さんの演じた市松を徹底的に研究してご自分の必殺での役に臨まれたというお話しもしていらしたことがあった。
この日も、先輩たちが作り上げた必殺のイケメンキャラとして入ることになり、「藤田まことさんは頼りなかっただろうなと思う」と謙遜された。

京本政樹さんが必殺のイケメンキャラクターとして登場された時は、沖さんが亡くなられて間もないこともあって、沖さんの真似をしているんじゃないかなどと失礼なことを思ったものだが、京本さんはきちんとご自分の置かれた場所を認識して、そこからご自身のキャラクターを作り上げられたのだ。

後輩、やるじゃないかと笑う、余裕ある唐十郎さんの表情が浮かんだ。
京本さん、ありがとうございました。沖ファンには好感度うなぎのぼりです。
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