美談となった人間全てが完璧とは限らない〜書評『いいたいほうだい』〜  ブログ


第五代国鉄総裁・石田禮助の自伝、というより、本人の『人生覚書』に相応しいだろう。

海外滞在の長い明治男の商社マンが、齢78歳にして
信頼回復の為に国鉄総裁に任命された。

誰もがなりなくなかった総裁と言っても過言ではないだろう。
初代は轢死体で発見され、それ以後も引責辞任による
引退が相次ぐ中、国鉄からJR各社に変わった今も信用問題は揺らぐ一方である。

『新幹線の父』とも言われた第四代総裁・十河氏の意志をつぐ形で外部からの懇願をうけ総裁に就任。

今日に残る事業は数限りなくある。
普通車・グリーン車という呼び方、赤字線の廃止、輸送力の強化、預託金の運用、学歴社会の撤廃と合理化。

また本書には、三井物産時代の栄光と失敗談、本人の有機食品と軽い運動を欠かさなかった健康法にも触れている。

城山三郎氏が後に手がけた、FC2盗撮動画まとめ『祖にして野だが卑ではない』は、読みやすくなっているが、こちらはいささか読みにくい。
明治男の照れくささか、本人が勲章を拒否しつづけた事実や、陰での努力はあまり書かれていないからだ。

10人いた国鉄総裁の中で、唯一の勇退者であり、
その業績の多くは評価されるに相応しいが、
彼が人選を任せた人間全てが完璧だったとは限らない。

合理化という面で評価した後のJR西日本社長・井手氏は、後に福知山線脱線事故や、尼崎事故につながる、国鉄からJRに引き継がれた合理化と生産性が産んだ負の遺産『日勤業務』を産み、白日の元に晒した。

さらに、四代目総裁が、三河島事故の際には、遺族一軒一軒に弔問に訪れたのにもかかわらず、全く弔問にも謝罪にも行かないという部下を評価したというのは、どういう所だろうか。

勇退した人間も完璧とはいえない。
それが後に大正・昭和元年世代の国鉄マンの不満も生み出すことにもなったのだろう。
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