(無題)

2012/10/25 
それからまたそれを敲く。そしてもう一度揉んで、塊にしてしまふ。同時に、それに唾を含ませる。それはその塊を柔かくするのだ。その材料が、丁度適当な程度になつた時に、蜂は少しづつ少しづつそれを貼りつける。余分な処を切りおとすには、顎が鋏のやうに使はれてゐるし、触角は絶えず動いて探り針のやうにも、またコンパスにも使はれてゐる。それは蜜蝋の壁にさはつてその厚さを調べ、窪みへつつ込んで、その深さを確かめる。此の恐ろしく丁寧で規則正しい建物を完全につくりあげさすその生きたコンパスの触れ方は何んと云ふすばらしいものだらう! その上労働者が馳け出しだと、上手な蜂が、経験をつんだ眼でそれを見張つてゐて、ほんの少しのあやまちがあつても、すぐに、それを捉へて、急いでつくりなをす。下手な労働者は、控へ目勝ちにそのそばで、仕事を覚える為めにそれを注意してゐる。細工を覚えてしまふと、また働きはじめる。数千の蜜蝋蜂が一緒に働いて、二デシメートルから三デシメートルの広さの蜜窩一つをつくるのに、屡々一日仕事の事がある。』
『叔父さんは私達に話して下さいましたわね』とクレエルが云ひました。『その蜜房は幾何学的な排列で特別に珍らしいものだつて。』
『今、丁度その立派な話題へ来た処だ。だが私は前以てお前達に、一寸云つておく事がある。
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2012/10/2 
池は小さくて、武蔵野の埴生の小屋が今あらば、その潦ばかりだけれども、深翠に萌黄を累ねた、水の古さに藻が暗く、取廻わした石垣も、草は枯れつつ苔滑。牡丹を彫らぬ欄干も、巌を削った趣がある。あまつさえ、水底に主が棲む……その逸するのを封ずるために、雲に結えて鉄の網を張り詰めたように、百千の細な影が、漣立って、ふらふらと数知れず、薄黒く池の中に浮いたのは、亀の池の名に負える、水に充満た亀なのであった。
 枯蓮もばらばらと、折れた茎に、トただ一つ留ったのは、硫黄ヶ島の赤蜻蛉。
 鯡鯉の背は飜々と、お珊の裳の影に靡く。
 居たのは、つい、橋の其方であった。
 半襟は、黒に、蘆の穂が幽に白い、紺地によりがらみの細い格子、お召縮緬の一枚小袖、ついわざとらしいまで、不断着で出たらしい。コオトも着ない、羽織の色が、派手に、渋く、そして際立って、ぱっと目についた。
 髪の艶も、色の白さも、そのために一際目立つ、――糸織か、一楽らしいくすんだ中に、晃々と冴えがある、きっぱりした地の藍鼠に、小豆色と茶と紺と、すらすらと色の通った縞の乱立。
 蒼空の澄んだのに、水の色が袖に迫って、藍は青に、小豆は紅に、茶は萌黄に、紺は紫の隈を染めて、明い中に影さすばかり。帯も長襦袢もこれに消えて、山深き処、年|古る池に、ただその、すらりと雪を束ねたのに、霧ながら木の葉に綾なす、虹を取って、細く滑かに美しく、肩に掛けて背に捌き、腰に流したようである。汀は水を取廻わして、冷い若木の薄もみじ。
 光線は白かった。

元サヤ
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