2010/7/13

育児の原点  育児日記

最近、自分が子育てにあまり抵抗を感じないのは

自分の子供時代が充たされていなかった反動で

自分の子供を通じて、子供時代をやり直せてるからのような気がする


子供だって自我がある
子供だって言い分がある
大人だからって、子供をバカにしないでほしい
大人だからって、子供を支配できると思わないでほしい


そんな風に大人に対して、存分に不満のあった子供時代

だから、私は子供に対して、「大人だから」という理由で
支配しようとは全く思わない

「親だから」という理由で、子供に勝るなんて思わない


自分が親に望んでいたことを、わが子にやってあげたい

ただそれだけのこと


ありのままの自分を愛してほしかった私は
さーちゃんがどんな人間だって愛する

親の思い通りにならないからって
ダメな人間だなんて絶対に言わない


そうやって、さーちゃんと向き合ってると
時々、とてつもなく寂しくなるときがある

「どうして、自分の親たちは
 私をそうやって愛してくれなかったんだろう」



どんなに頑張っても、認めてくれやしなかった

結果を出しても褒めてくれなかった

もっともっとがんばれ

ちょっと失敗したら、ダメな人間だって言われた

悲しくて泣いてたら、そんな情けない人間に育てた憶えはないって言われた

どうしようもなく落ち込んで、ふさぎこんでたら親に「キチガイ」だって言われた


私はさーちゃんに絶対そんなこと言わない

不真面目や誰かを不幸にする行為は絶対に許さないけど

頑張ってる姿を否定するなんて絶対にしないし、できないよ

その先にある笑顔を守りたい



さーちゃんは私に子供時代をやり直させてくれる

そのことに感謝

だから、子育てはそれほど苦痛じゃない

勿論、イライラすることはよくあるけど、それでもやっぱり
さーちゃんが生まれてくれてからの人生のほうが
はるかにはるかに輝いてます

生まれてきたことを後悔し
生きるのがいやでいやで仕方なかった地獄での生活が
今、育児に生かされてるのだとしたら
あの苦しさも無駄じゃなかったんだなと思える

今、過去を振り返っても
黒か灰色に塗りつぶされているけれど
もしかしたらどこかで色づいてる思い出もあるのかもしれないと
そんな気持ちになることもある


親は親になったからって完璧な人間じゃない

子供にとって完全な存在でもない

親になったいま、それを実感できる


もう一度、人生をやり直せてる気がする
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2010/7/8

プール  育児日記

バルコニーでプール開きしてから
約1週間

「ママも入ってよ」「ここに座ってよ」

といいつつも、ひとりで1時間以上
プールで遊んでいるのだけど
やっぱりひとりよりお友達がいたほうが楽しいんじゃないかと思って
いつも公園で仲良くしてもらってる
同じく来月2歳になる女の子を誘って
おうちに遊びに来てもらいました

その子はプールそのものが初めてらしく
シャワーが怖いと聞いてたので
そんなにいっぱい遊べないかもと思ってたけど
きゃーきゃー声出して遊んでました

子供には子供がいちばんよねー

見てるこっちも楽しくなってきちゃう

30分くらいしたら、お友達がプールを出たがって
さーちゃんは

「プール、おしまいくない!」

「ダメ!出たあかん!」

と叫んでだけど
お友達がおうちに入ったら観念したのか
プールから出てきて終了

シャワーした後、今度はお家の中でまたキャーキャー遊び出しました

プールだろうが、お家の中だろうが、
お友達がいれば、どこでも楽しくなるんだなぁ

でも、お友達がおもちゃで遊ぼうとするたびに
「あかん!さーちゃんの!」
と取り返してしまうわが子・・・

お友達は大人しい(器が広い)子なので
エヘヘと照れ笑いしながら返してくれるけど
私としては申し訳ない気持ちでいっぱい

かといって、私が怒るから自分のものを貸すんじゃなく
自分の意志で貸すようになってほしいから
あんまりぎゃーぎゃー言いたくない

奪い取ったり、暴力するなら
思い切り怒るけど、そうでない場合は
さーちゃんには

「さーちゃんもお友達がおもちゃ貸してくれなかったら
 悲しいよね。
 貸してくれたら嬉しいよね。
 どうぞっていえるようになろうね」

としか言えず
お友達とそのお母さんには

「ごめんね、先にちょっと使わせてね」

としか言えない

お友達のお母さんは

「仕方ないよー。
 上手く貸し借りはもっと先なんちゃうかなぁ」

と言ってくれるからとっても助かります



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2010/7/6

時は過ぎ  過去

2009.10.10

リムーバブルディスクに残されていた私の記録を、

さっき何気なく読んだ。

あれから7年以上も経っている。

つい最近のことのように思い出されたが、

遠い昔のことのようであり、そして全く他人事のようでもある。

あの頃の私は確かに私だけれど、今の私とは違う。

そういう確信も感じた。


考えてみる。


あの日から、地獄の日々が続いたのは事実。

それでも、私がどうにかこうにか生き延び、

その5年後に結婚し、翌年出産し、現在、1歳の娘がいる。


あの後、何度かODを繰り返したし、

死にたくもなったが、

今は死ななくて良かったと心から思う。

もし死んでいたら、私は娘には出会えなかった。

姉が言っていた言葉が身に沁みる

「守るべきものがあると、強くなれるから大丈夫」


確かにここまでの道のりは、

「よかったね」の一言では到底済まされたくないほど

辛いものだった。

特に、結婚して間もなく妊娠が発覚したため、

慣れない結婚生活の中、妊娠発覚とともに、

突然の断薬生活が始まったことは、

もしかするとあれほど死にたいと願っていた頃より

辛かったのではないかというほど、

精神が崩壊しかけた。


頼るべき夫は全く信用できなくなっていた。

これほど私のことを理解してくれる人はいない

と結婚を決めたはずなのに

彼は、病的な情緒不安定な私を

全く分かろうとしてくれなかった。

それどころか、夫の転職、それに伴う急な引越し、

マンションの購入など

襲い掛かる重圧を訴えれば、

「母親になるのにそんなんじゃダメだ」

と言った。

子供の将来を考えての転職かと思っていたのに、

結婚当初より月収手取りにして

マイナス10万以上、完全年俸制の営業。

昇給の見込みは皆無。



理解できなかった。



大きくなるお腹をさすって、

お腹の中で動くわが子を感じても

全く喜べない自分が何よりつらかった
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タグ: 育児 子育て ママ友

2010/6/25

公園  育児日記

今朝は晴れてたので、午前中は
いつものように公園へGO

この公園は木が沢山あって
日陰が多いから
ものすごい助かる

日陰のありがたみなんて
子供をもたなきゃ、分からなかったと痛感する今日この頃

コンクリートやビルに囲まれた場所じゃ
日陰に入ったって、ちっとも涼しくなんかない

大きな桜の木の下が、ちょうど砂場で
ここへ来る親子連れのほとんどが
この砂場で隣同士くっつきながら遊んでる

初めてこの公園に来た人は
この光景を見たら、きっと入りづらいだろうなぁ


そういや、もう通い始めて半年以上たつ

晴れてる日はほとんど毎日来てるから
顔見知りもできたし
ここへ来れば、さーちゃんも退屈しなくていい

公民館なんかで集まるのもあるけど
私は、室内が苦手

だから、この公園がいちばん居心地いい

ママ友作らなくちゃとかそんな気負いはしたことなくて
ただ、公園で楽しそうに遊ぶわが子の姿を追ってたら
いつの間にか、この公園が自分の居場所になってた

さーちゃんは人見知りしないから
初対面だろうがどんどん近づいていって
いつの間にか一緒に遊んでる

わが子とは思えない、そのフットワークの良さにいつも驚かされ
そんな性格が羨ましくもあり、誇らしくもある

ニコニコいろんなお友達と絡むさーちゃんを追いかけているうちに
顔見知りのお母さんもできた

さーちゃんは、本当にすごいなぁ

まだ2歳になってないのに
こんなにもママを助けてくれる

さーちゃんから学ぶことが沢山あって、毎日楽しい

子供は大人の先生

大人が忘れてしまったことを
なんてことなくやってのける

挨拶をしてニコニコ笑っていれば
みんなも同じようにニコニコ顔になることに
はっと気付かされた自分が恥ずかしい

屈託のない笑顔

大人にはもうできない神業のような気がする

そんな笑顔が沢山集まるこの公園は
やっぱりステキな場所だと思う

子供を大切に思う親の気持ちと
ただ今を楽しむ子供達の笑顔

独身のときにはこんな世界があるなんて
想像できなかったどころか
少し批判的だった

子供なんてうるさくて我侭なだけと思ってたから・・・

子供を産んで初めて知った世界
さーちゃんが教えてくれた世界

おもちゃの取り合いや、意思疎通はまだまだ上手くいかないけど
泣いたり怒ったりしながら
自分でその答えを見つけていってほしい

私には、ヒントをあげるくらいしかできない

貸したくないなら無理に貸さなくていい
貸してあげたくなる気持ちになってほしい
貸したくなったら貸してあげてね
自分のおもちゃでお友達と一緒に遊んだら、
ひとりで遊ぶより楽しいんだよ

今は自我の発達目覚しく
いわゆるイヤイヤ期で、所有欲爆発中だから
まだまだ難しいけど

ゆっくりでいい

急がずゆっくりね


大人が与える答えが必ずしも正しいとは思えない
私が子供の頃から持ってた大人への不信感

私が自分自身でその不信感を拭い去れるかな
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タグ: 育児 子育て ママ友

2010/6/24

始まり(1)  過去

2002.02.09

もう、限界だった。

何もかもが灰色に染まっていた。

いや、何色かも分からなかったかもしれない。

起きていなくなかった。時間なんてどうでもよかった。人生なんてどうでもよかった。

裏切られた心だけが悲鳴を上げていた。

私は家にあった頭痛薬2種類を 一箱ずつ飲んだ

まだ飲めそうだったので、風邪クスリも数錠飲んだ。

初めてのOD(大量服薬)。

お酒を飲みながら、腕を切りながら・・・。

バケツの中の水は赤く染まっていた。

それでも私は朦朧としていく意識の中、少し幸せだったように思う。

これで解放される。

全てから解放される。

そんな期待に安堵を覚えていたような気がする。



母が仕事から帰って来た。

私はなぜか何事もなかったように振舞っていた。

しかし、徐々に私に吐き気が襲う。

何度も何度も吐き気が襲う。

苦しさで頭が狂いそうだった。

水の中をもがいているようだった。

何度吐いてもラクにならない。

洗面所から部屋に戻る力もなく、途中でへたりこむ。

「どうしたん?」と母が聞く。

「何もない」と答える私。

私は死ねないと分かった。



ODして分かったこと。

それはただ、苦しいだけだということ。

これじゃ、死ねない。

後悔した。

もっと飲んでもよかったんだ?

もっと切りまくっていればよかった?

吐き気と共に、絶望感を感じていた。

そして、どこかで冷静な私は、

「これじゃ迷惑かけただけだ」

という脱力感に苛まれていた。

寝転んだが、今度は起き上がれない。

死にかけの金魚のように口だけがパクパク動いていた。



私はそのまま意識を失ってしまった。




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タグ: OD 薬物



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