任天堂の歴史その2  

1978年には、任天堂レジャーシステムが、初のアーケードゲーム式であるビデオゲーム「コンピューターオセロ」を発売しました。
ユーロ円両替手数料

同年、3種類のブロック崩しが出来る「ブロックフィーバー」を発売しています。
1979年、任天堂レジャーシステムは、あのスペースインベーダーのコピーゲームである、「スペースフィーバー」を発売しています。

80年代に入ると、さらにゲーム業界に追い風が吹いて来ます。
1980年、任天堂は「ゲーム&ウオッチ」を発売します。
これによって、世界中に電子ゲームブームが起こりました。
この波に乗って、任天堂はニューヨーク州に現地法人を設立しています。
そして、1981年には、あの有名な「ドンキーコング」が発売されました。
その翌年、1982年には、NY現地法人の規模を拡大しつつ、ワシントン州のシアトルに移転させています。

1983年には、現在の家庭用ゲームの原点となる、家庭用ゲーム機を発売します。
このゲーム機は、みなさん、ご存知の「ファミリーコンピュータ」です。
通称、ファミコンと呼ばれ、これは後にゲーム業界で任天堂が不動の位置づけになる画期的な商品でした。
ソフトにも恵まれた、このファミコンは世界中で大ヒットしましたよね。
そして、1983年に、任天堂は子会社、任天堂レジャーシステムを吸収合併しました。
この年、公正取引委員会は任天堂に対して、「電子玩具の小売価格を守っていない業者」へ出荷することを停止しました。

0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ