ヨーロッパ建築  

ヨーロッパ建築では、通常、一階はパブリックな空間であり、デザイン住宅のばあいにも、そこには広間とかダイニング・ルームなどの共同の空間がおかれています。


一方、主人や主婦のへやはたいてい二階と相揚がきまっているようです。


そして一階の公室から、二階の主人たちの私室へいたる階段は、さきにものべたように、まことに立派なものがあります。


二階から三階へいたる階段などは、やや簡素なこともあるが、それでも階段でむすばれる各階は、同時に、そこに住む人間の階層性(主人、主婦、こども、同居人、使用人等)をあらわしています。


階段はその名のとおり、まさに階層の段なのです。

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階段  

だいたい映画で階段がでてきたら、それはひとつの事件のクライマックスを用意する伏線だとおもってまちがいないそうです。


それだけに、それは家のなかでも、たいへんアクセントのある空間になっています。


日本でも、階段が芝居の舞台のなかにとりこまれる例はないでもない。


たとえば歌舞伎の「曾根崎心中」で、遊女のお初が、恋人・徳兵衛を追って、真夜中に手さぐりで階段をおりてゆくところがあります。


たぶんむかしの日本の高級住宅で、まともな階段があったのは、このような揚屋とか、大きな旅籠ぐらいであったろうが、それでもお初はだれに突きおとされるのでもなく、自分で階段をふみはずしで転がりおち、主人の目をさまさせます。

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映画では  

映画などでは、デザイナーズ住宅の玄関をはいると、ホールの正面に幅ひろい階段がデンとかまえているのをよくみかけるが、だいたいそういうものが欧米のすまいの階段だ。


またそれは、家の中心にあって、かつ、立派だというだけではない。


そこは、人びとの重要な生活空間でもあるのです。


その証拠に、映画や芝居のなかで、階段はしばしば重要な舞台を提供しています。


登揚人物が一歩一歩階段をあがってゆくのをカメラがしつように追ってゆくとき、観客は異様な心理的興奮の高揚をおぼえるでしょう。


それは一人の人間が、ひとつの階から他のひとつの階へとのぼってゆく階層移動の象徴的シーンでさえあります。


またそこでは、身分のちがう男女の恋のささやきの揚となり、故あって別れねばならぬ恋人たちの別離の涙をしぼる揚にももちいられます。


ときにはそこで絡闘がおこなわれ、人間の転落が一人の人間の没落や、ときには死をさえ象徴的に描きだす。
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子どものときに  


私が子どものときに育った彦根の町家では、二階にあがるときは、階段の下からヒをみあげながらあれこれ声だかに注意する粗母の声をききつつ、片手で階段をおさえ、片手でローソクをしっかりにぎりしめながら、一歩}歩、決死の覚悟でのぼったものです。


しかしかんがえてみると、これは町家にだけかぎられる話ではない。


だいたい日本のすまいでは、どれもこれも階段はみな貧弱です。


むかしの高層建築であるお城の天守閣の階段だって、そのあがりおりはまことにあぶなっかしい。


それにくらべて、欧米のデザイン住宅の階段はみんな立派でした。


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都市に住むということ  

私たちは狭い敷地をよしとしているのではありません。


だが都市に住むということは、狭い敷地をうまくクリアーしてゆくということであり、それをうまくクリアーさせやすい住宅型を居住性をダウンさせることなしに案出させてゆくことでなければならないと考えるのです。


狭い敷地、それはマクロに見ると高い密度での居住ということでもあるが、高い密度でうまく住むためには、本来的には都市計画レベルでの共同住宅の建設供給という方策が進められねばならないとしても、その進展だけにすべてをかけるというわけにはゆかない。


仮に都市計画的な方策がある程度期待できるようになっても、とてもすべてを共同住宅に依存するということにはならないでしょう。


相当部分が個別的な都市高級住宅建設に、しかも狭い敷地での住宅づくりに依存しなければならないでしょう。


高密度に住むための発想を豊かにしていかねばならないでしょう。

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狭い空間の工夫  

狭い敷地で住むには、同じ空間をより広く効果的に住みこなすという内側からの工夫も忘れてはならない。


床面積が同じ住居であっても、工夫次第によってはより広く住むことができます。


タラップを使いより広く使えるよう工夫した例があります。


寝室、書斎などはこの方法で確保できそうです。


ハッチを使い無用の空間となっていた床下を有効に使おうとする例があります。


収納場所の確保にはもってこいの方法です。


今日、こうした床下収納セットが、プラスチックあるいはスチール製で様ざまなメーカーから売り出されており、簡単な工事で設けることができます。


屋根裏、天井裏における使われない空間を収納場所として活かそうとした例です。


このようにデザイナーズ住宅にはちょっとした工夫で思いがけない広さ、便利さが生みだされます。
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狭い敷地  

たとえばいま、30坪ほどの敷地があるとしましょう。


常識的にみて、30坪というのはかなり狭い敷地です。


ここにデザイン住宅を建てるものとしよう。


敷地の中央にではなしに奥まったところの境界に接近させるものとします。


そうすると道路に面して約18坪ほどの前庭がとれることになります。


庭に木を植えて楽しむこともできます。


建ぺい率、容積率とも高さ制限が10メートルまでの第一種住居専用地域でも十分クリアーできるものです。


以上の試案は、大変スマートに課題をクリアーしているが、それは狭い敷地と建物との関係をあらかじめ心得て対処したからであって、現実に見られる狭い敷地での建築は非常にまずい対応が多い。


深い配慮もなしに郊外型の間取りの二階住宅を、敷地の真ん中にどかんと建てているものが多いのです。


細く狭い空地が隣家との間にかろうじて確保されるだけでは敷地はまるで死んでしまう。


まともに庭をたのしむ余地もとれない。


そればかりではない。


せっかくの住宅も、ほとんど日が当たらず、窓をあければ隣家と鼻がつき合わせになるというようなことで死んでしまっています。


全くむだなことをしたものです。
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高いところに住むことの知恵  

横に広がっていく日本の高級住宅の住人に比べ、ヨーロッパに住む彼らは、高いところに住むことの知恵やルールを身につけ、その恩恵を享受してきた。


のぞき、のぞかれるということも大いにあり得たことだからこそ、互いのプライバシーを侵さないという不文律が生まれたのでしょう。


フランスやイタリアの映画で見る、狭い街路をはさんでのバルコニーごしの会話の裏にも、この不文律は潜んでいます。


ルールを踏まえた上での楽しさ、屋根裏から見上げた星の数、パリの裏街の最上階からは何が見えたろう。


ここでは、人びとが高いところに住み、そこからの眺めを楽しむということが、ごく日常的な当たりまえのことでした。

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高台に城郭  

中世には、高台に城郭が建てられます。


これは、軍事上有利であり、領主の力や建物自体の美を誇示するのに有効であったようです。


このように、人びとは昔から「高いところ」への憧れや「見ること」の楽しさをいろんな形で実現してきています。


もっと日常的なデザイナーズ住宅の内の生活の中にも、これらは現われています。


一般に、壁を主な構造とするヨーロッパの住宅は、上へ上へと積み上げられ、高い、階数の多い建物をつくっていった。


城壁で都市の枠組みを決めたことが、上に伸びる住居を促す決定的な要因となりました。

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はじめまして  

はじめまして!住宅関連のブログを始めました。どうぞ宜しくお願いします。


さてさて、どうして三階住宅がその制約をクリアーしうるとするのか。


そのためにはまず制約条件そのものの吟味が必要となってくるでしょう。


主な制約条件は次のようなものとなるでしょう。


既存の市街住宅地では、一般に住宅の決定的な形状、枠組を決める敷地の大きさが小さく、道路に面する間口は狭く、周辺には住宅が建て込んでいます。


デザイン住宅の建て替えは、その小さな個別宅地ごとにバラバラに進行する。


それが統合的に、同時共同的に実施できるという条件を整えることは望ましいことです。

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