今回の山で再認識したのですが、地形図を詠む事の本当の意義を伝えたいと思います。
本文でも書きましたが2000mより上部は吹雪で完全にホワイトアウト状態でした。
何も見えないのに「地図」なんて意味があるのでしょうか?
GPSを持っていた方が、視界に関係なく現在地が特定出来るので地図なんか必要ないように思う人がいるのではないでしょうか?
ココでハッキリと言っておきます。
そういう人は地図が詠めない人です!
いや、地図は読めて頭では理解できているのでしょうが、実際の山岳地形と自分自身の感覚を一致させられないのです。
「地形図を詠む」のは間違いで、地形図を参考に「山」を詠むのが本来の意味です。
地図に書かれている内容で、この先に起こりえる状況を把握する事こそが本質なのです。
それが出来ないのにGPSだけ持っていても冬山では通用しません。
雪の上を歩く距離感、傾斜を登る高度感、雪崩れや起こりえるあらゆる危険性を地形図を参考に自分自身の身体と感覚で詠みとるのです。
ガイドの後ろを何回歩いても、その感覚は身につきません。
GPSも同じです、ガイドの変わりに機械に案内してもらうだけですから・・・
今回、青○地点でタイムアウト敗退しました。
双六山頂まであと高度で350m、時間にして1時間30分ですが、帰りのリスクを考えて無理をしませんでした。
地形図を常に見て「山」を詠んでいるから、そういう判断を下したのです。
「また何度でもチャンスはあるよ!」
沢の畔でツリーの彼女はそう教えてくれるのです・・・

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