ブラックコメディではなくノワールだった〜映画『映画は映画だ』〜  ブログ

最近『インファナル・アフェア』のリメイクである『偽装警察』など、
全く違う立場の人間が入れ替わったら、という映画やドラマが受けている。

韓国の鬼才、キム・ギドクが送り出すこの作品は、
どうだろう。

アクションシーンで、本気になる性格を抑えきれず、共演相手を
病院送りにしてしまう俳優・チャン・スタ(カン・ジファン)は
映画の撮影中止の上、共演相手が居なくなる危機に陥る。

自業自得も同然の事態に、スタは先日ルームサロンでモメた
組織ナンバー2のイ・ガンペ(ソ・ジソプ)に頼み相手役をして貰う事に。
密かに映画俳優になる願望持っていたガンペとしては
またとないチャンスだったが、スタが出した条件とは、

AV動画まとめ御殿は本気でやりあうことだった。

しかし、ガンペは俳優の仕事は思いもよらない程私生活を束縛される上、
組の抗争が激化しストレスを抱えることとなる・・・

最初、タイトルの意味がよくつかめず、単なるブラックコメディなのかと
映画の中盤まで観ていたが、中盤を過ぎた頃から、ガンペの目線で
映画を観ると、れっきとしたノワール作品であることが判明。

中途半端にヤクザに憧れた男と、これまた中途半端に俳優に憧れたヤクザ。

ガンペは、ヤクザものを意味する韓国語の『カンペ』、スタは、スターそのままを
意味したのではないでしょうか。
着ている服もスタは白のスーツで、ガンペは黒、判りやすい役の対比である。

映画を撮影している間に、ガンペの性格は、ヤクザものから、
他人に情けをかけてしまう様に傾いてしまうのだが、それが故に、自分の組織や
手下を追い込むことになってしまう。

そして映画がクランクアップした後、現実の世界の残酷さを、スタに見せるのだ。

お前の憧れている世界は映画の中の空想でしかない。
映画は映画なのだと。

夢を見られただけよかった、夢の代償はこれから払う、と、消えていく、ガンペの
背中が寂しくもあり、映画の全てを語る話でもある。
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後悔  ブログ

これからの世代の人に認知症についていいたい訳です。これは私の経験に即し、感じた事がらです。私が言わなくてもこれからもっともっと次第にクローズアップされることなのでしょうが、認知症なるものも架空の病気などではなくて必ず私達のもとにやってくるものだったのです。
そして、更にそれは予防出来るものだと私は考えている訳です。
私の母などは結局予防出来る時期になかなかふさわしい対処療法を出来なかったのではないかと非難している次第なのです。

まず、認知症の予防を明確化するべきです。
それは日々の行動を老化に伴い怠ってはならないのです。
そして、日々の行動をやめてしまおうとするのが高齢者であるのです。

このいわばサボリの気持ちが認知症へと結びつけてしまうのです。
主婦が買い物へ行かない、料理を作らなくなってしまった、これはもはや危険信号なのです。

しかしきっと実家では父は、この事態を定年退職をして父も手があいたことから「いいよいいよ、オレがやるから」ということになってしまったのでしょうか。

ここに優しさでありながら認知症のことを考えると大きな間違いがある訳です。買い物へ行く、行かないにはまさにはっきりとした境界線なるものがあったのです。

何故その境界線を作ってしまったのか今更ながら後悔をしてはいるのです。
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