2011/4/19

読書の春  

NHKのBSでやっている「週刊ブックレビュー」という番組がワタシのお気に入りである。

日頃、読書に勤しんでいるわけではないが、基本的に読書はすきである。

ただ、1冊読み終わって間があいてしまうと、次の1冊になかなか手が出ない。

そんなときに、この番組をみると、3人の番組のゲストが紹介する3冊ずつ、計9冊を楽しんだ気分を味わえるのだ。

特に、各ゲストのお勧めの1冊は、紹介者以外のゲストやその週の司会者のさまざまな感想が聞かれ、読みたいと思った本は、作家名、タイトル、出版社を携帯のメモ帳に登録しておく。

「いつかきっと」読むだろうという高揚感が、そうさせる。
そうだ、久しぶりに紀伊国屋へ行ってみようか。
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2011/2/18

楽園のイメージ  

楽園写真家 三好和義氏の写真集『タヒチ伝説の楽園』に収められている作品

多くの人がイメージする楽園は、こんな感じじゃないかな。

まさにど真ん中でしょう。

楽園というのは、楽しい園と書きますが、それだけではない
「こころのゆとり」だとか「ゆっくり流れる時間」なんかを含んでいるように思います。

ただ、それだけならばほんの少し努力して探せば、すぐ近くにありそうな気がしますが、
ふだんの生活からはなれた空間でないと
すぐに仕事のことが気になったりしてしまいますから、それでは『楽園』とは言いにくい。

住めば都というのもありますが、逆に、
旅ならいいけど住んでしまうとイマイチなんてのもあるかもしれません。

写真のような場所は、実際にその場所で暮らしてみたらどのように感じるのでしょうね。

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2011/2/17

太鼓判  

糸井重里という有名人が書いた文章だから
『今日のダーリン』を魅力的にかんじたのだろうか。

ネットでみつけた、自分の知らないヒトの文章を読んで
同じように惹かれるだろうか?

というより、まず読むことすらしないかもしれない。

知人以外のヒトのブログを訪れることがまずないので
自分でもわからないのだ。

世間からそれなりに評価されている、あの氏が書いたモノだから
悪かろうはずがないと思い込んでいるかもしれないし、
そうじゃなくても、いくらかは下駄をはいた状態で評価しているに違いない。

初めて読む書き手の小説に出会うときも、○○賞受賞作だったり
雑誌で◎の高評価だったりと、なんらかの情報を得て手に取るものだ。

ベストセラーになっていたらそんなに面白い本なのかと気になるし、
読みたくもなる。

「自分で見つけた」ってことが少なすぎるのだ。

よーし、何かみつけてこよ。
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2011/2/16

腑に落ちることって  

昨日 『ほぼ日』に触発され
ブログを始めたと書きました。

なぜ『ほぼ日』なのかは私にもわからない。

ほかに ステキなサイトを知っていたなら
それでもかまわなかったかもわからない。

べつに『ほぼ日』でなくても良かったわけです。

なぜ触発されたかということに 意味があるのかもしれません。

それは、どうもイトイ氏の書く文章に触発されたということのようです。
いちいち頷いてしまう。
うんうんと納得してしまう。腑に落ちるのだ。

ただこの場合、納得するだけじゃ終わらかった。
自分でも このような文章を書きたいと思ったのでしょう。

ですから、このブログは文章を書く練習のつもり
ということなのでしょうか。

人の目に触れてしまうかもしれないのに、大丈夫なんでしょうか。

宣伝などしませんが、誰にも知られずひっそりとやるなら
日記帳やノートにでも書けばいいでしょ。

でも、誰かに読まれるかも、という緊張感がないと上達しないです。きっと。

人目に触れたがっているような、ないような、
何かを期待している、いやらしい自分がここにおります。
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2011/2/15

ブログデビュー  

ははあ
なんだかわからないけれど
とりあえず ブログを始めてみることにしました

『ほぼ日』の今日のダーリンに触発されて
というか なぜか分からないけれど
何年ぶりかで 
そうだ『ほぼ日』を訪れてみよう

またまたこれも なぜかわからないけど
いいね『今日のダーリン』

もどきでいいから こんなのやってみよう
となったわけです
※『ほぼ日』→『ほぼ日刊イトイ新聞』のことです


何かの間違いでこのブログを目にした方
申し訳ありません
なーんの興味も惹かない
グダグダな徒然日記が書かれてオリマス

以上 はじめてのおつかい
ではなく はじめてのブログでした

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