2013/4/24

直方の阿高宮  

直方の長崎街道筋阿高宮。念願かない、見学。

まず写真におさめなかったが鳥居向かって右に校長須藤先生顕彰碑。気になり裏の説明文眺めるが背が足りず、後日直方市史を読むことにする。大正の人。

阿高宮は、鳥居の天保30年と大宮司従五位に〓〓貴族じゃあ♪しかも嘉永

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2013/2/15

今日の博多座  歌舞伎

博多座昼の部。直前予約もHP見て電話してみるものです。
最初の吹雪峠、せりの真横でど迫力!席に着くとき、花道に仕掛けがあるなぁとは思いましたが、「せり」と結びついていませんでした。まさに「かぶりつき」
掛け合いと間合いがリズミカルで、途中からのどんでん返しがスリリングでした。

幕間に売店をのぞいていると、お客様のスーツに紙吹雪。無地だから、それがやたら粋に見えて、うらやましいくらいでした。紙吹雪が着くくらい舞台に近い席にいた証拠。江戸時代の人も、そう感じたのかしら。

身代御前は最初勘三郎丈とだぶりましたが、だんだん勘九郎丈らしさが出て、いつの間にか引き込まれていました。最初から最後まで母と(^◇^)
花道から酔って登場するときは思わず手拍子したくなるような♪まさに狂言の骨頂でした。仁左衛門丈の地団駄がやっぱりタップダンスに聞こえて、江戸の人ってやっぱりモダン。北野武が時代劇でタップ入れたのが、やっと納得。

河内山はあらすじしか知らなかったので、そうかそうかと発見しながら楽しんだ。松江出雲守という名がなぜ江戸時代の呼称が使われていたかとか、黙阿弥の苦悩とか、今までのもやもやがガイドを聞いて、吹っ飛びました。途中で花道に大道具を運んでいた方々が、出雲守の家来役をつとめていたのがわかって、当たり前ですがTVで見たとおりだぁ!とちょっと感動。でも風邪薬で途中(=_=)本当にm(_ _)m

団十郎丈の勧進帳がもう見られない!と思うと、後悔したくない。そこで母娘でもう1回の超ぜいたく。もち、母のチケット代は誘った私持ち。勘九郎丈のおかげで、親孝行できました。

歌舞伎はかしこまった気がするけど、博多座ではみんな素直に笑うし、何より服装を気にしなくて普段着で見れるのがいい。歌舞伎座では、今回みたいな体験うちら庶民には体験できんよぉ、と母と話す。

50年以上前東京に住んでいた母は、父と大向こうで見たらしい。当時の母の家計簿によると、当時の父の月収は1万円前後。当時の父としては精一杯だったと思う。

我が家も、今日から1駅前で降りたり、バスのフリー券をめいっぱい使ったり、一層ケチケチで生活だ。

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