2016/3/9 | 投稿者: れい子

ほぼ1年ぶりに書きます
このブログでこわいことに遭遇してしばらく
やめていましたが。。。。。。。'_';
今はコンサート活動も開店休業状態で

昨年、老人ホームでコンサートをして、母によく似た人をみつけ
泣いてしまいました
ちゃんと歌えるまで。。。。。
折角、歌を楽しみにしてくれてるホームの高齢者の人には関係ないこと
もう少し時間をおいて活動再開しようと思っています

この1年、腕が早く上がるように湯治にいろんなところに行きました
年を重ねるごとに上がらなくなるそれはまずい。。。孫も抱っこしたいしね

一番よかったのは城之崎温泉の近くにある円山川温泉、ここ最高!!!
それと乙女の湯。。美肌効果抜群!!
もちろんリハビリのようはた先生には感謝!!感謝!!
金曜からまた円山川温泉に行きます

四国88ヶ所お遍路で出会って石碑
人を妬まず恨まず・・・・。・
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2015/4/6 | 投稿者: れい子

今年は雨続き・・・4月4日のお花見は
1日だけ晴れた京都・平野神社の桜
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京都ブライトンホテルの鉄板焼きは最高!!
スパークリングワイン、何杯飲んだか、お勘定すごかった。
グラスワイン1杯1600円なり〜〜〜〜女3人でうち1人は飲まず・・・後。。カラオケ・・
京都の夜は最高!!
腕のリハビリ、飲んだ分がんばるのだ。

3月に宝塚歌劇
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演目・・カリスタの海に抱かれて
2階席のど真ん中・・・・・オペラグラスを買おう!!
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2015/3/24 | 投稿者: れい子

灘の生一本  そろいぶみ
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呑めないのがつらいでござる!!
が。。。多少は飲んで。。。いる。。酒*^_^*
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2015/3/3 | 投稿者: れい子

これが左腕、上腕に入っていたチタン23センチ
先生が持って帰ると術後(全身麻酔の。。覚醒の途中。。意識もうろうの中)
聞かれて、思わず”いる”と答えた。

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息子が手術に立ち会って。。というか寝てたらしいが

術後、病室を訪れた先生と私の会話を聞いて
あの先生なんで、あんなため口なん??と驚いていたが
いつもそんな感じのやり取りなので、気にもとめずにいた。
だが腕はいい。。。
信頼してた理学療法士さんが通っていた病院をやめて
何軒か整形外科を回ったが、どこの先生もレントゲンを見て、
口を揃えて言ったのが、この手術上手ですね。でした・・・
先生も、自分でいうのもなんやけど、この手術は神業です・・
と言ってはった。
でもあまりにきれいにチタンがはまったので、今度は抜けるかどうか・・・とおそろしことを
いってたけど、無事に抜けて一安心。

前回より痛みも少なく元気にしています。
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2015/2/18 | 投稿者: れい子

傷に効くといわれる草津の湯、
一度は行きたいと思っていたので
母の喪が明けて、片道500キロ7時間かけて
行ってきました。お遍路で慣れたせいか
全く遠く感じなかった。
上田菅平インターから鳥居峠を越えて
草津温泉、大雪でした。

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峠を通過したのが昼間だったのでまだよかったけど、
日の当たらない道路はカチコチのアイスバーン。。

草津が日本一の温泉と言われるのも頷ける。
泉質が最高!!!
煮川の湯、地蔵の湯、白旗の湯、たまたま出会った3人のリピーターが
口を揃えて教えてくれたお薦めの湯、絶対入って帰ってねといわれた。
3か所とも無料です。有料も入ったけど煮川の湯にはどこもかなわない。

後ろが草津温泉の湯畑
草津のくの字もないけど。。。
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2015/2/18 | 投稿者: れい子

12月27日、母が亡くなりました。
2月11日、四十九日の法要も無事に終わりました。

母が亡くなって、四十九日まであっという間に過ぎました。
10年介護した母がいなくなって、私にとってどれだけ
大きな存在であったか日々感じます。

お通夜、母の好きだったいい日旅立ちと秋桜(私が録音した歌声)を一晩中流し、
最期の別れはバイオリン演奏と私の歌で送りました。

母のことだから納経帳を持って”あの世”に行くんだと
八十八ヶ所回り終えるまで待ってた感じです。
骨折したことで、昨年は母とゆっくり過ごすことができた。
骨折にも感謝、、、痛かったけど

みんなが休みに入って、みんなに囲まれて、
最期は関西で1人しかいないと言われる納棺士の方に
死に装束を整えて頂いて棺に。。。。。
若い頃、姉妹を亡くし、父と結婚後は子供も亡くし、母方の親族は
1人もいない、身内には縁の薄い人だった。
ここ5年は寝たっきりで、母はしあわせだったのかとふと思うときもある。
が。。。

暮れに入院したときに、急変しても
自宅で看取る態勢を整えてくださいと
言われていた。所謂、看取り介護です。
主治医の先生、看護師さんに、この状態で
よくもっていると言われてた。
せめてお正月までは。。。いてほしいと願った。


そのときがきて、みんなに囲まれ
逝った母はしあわせだったと私は思う。
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2014/12/20 | 投稿者: れい子

12月20日本日、高野山に満願のお礼参りに行きました。
雪もなくお参りを済ませ、山を下りかけた頃、物凄い雨・・・・・

12月6日70番から82番まで回りました。

82番札所根香寺・・こんな方がいました。

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12月20日に八十八ヶ所・・・満願と予定を立てていたが・・・
12月9日、母が誤飲による肺炎を起こし、緊急入院。
医師からは今夜が峠と言われ、親族に連絡、人口呼吸器をつけるか
ご家族で話し合って下さいと言われた。
91歳寝たきりの母にとって、それは”死”を意味する。
それなら母を家に連れて帰りたいと医師に伝えた。
医師は絶句し、帰る途中で急変しますと言われたが、
最期は家で看取りたいと言う私の思いを酌んで、病状が
落ち着けば帰ってくださいと言ってくれた。

だがその前に色々検査をした、その検査の結果
医師も驚くほどの生命力といわれ、母は峠を越え、生還した。
そして12日に退院した。まさに奇跡。

私は四国に行ってよかったと心から思っている。
急ぎ、12月14日八十八ヶ所すべて回り終えた。

88番札所大窪寺

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私の誕生日、高野山にお礼参り
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ほんとにいろんな方にお世話になって心から感謝です。
母は今日も元気にしています。
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2014/11/25 | 投稿者: れい子

11月22日の夕方から家を出て、23日、1日で10ヶ所回ってきました。
12月20日のお誕生日には満願成就できそうです。

左腕を骨折しなければ、四国霊場開創1200年のこの年にお遍路さんをしようと
思わなかった。
年内に満願できますようにと、こっこちゃんが投稿してくれなかったら
来年でいいか・・・・・と思っていた、母のためのお遍路なのだから
急がなくていいとも思っていたけど、1200年という年は2度と巡って
こない、骨折万歳!!!です。

63番札所吉祥寺
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見頃は過ぎたけど。散りゆく紅葉🍁。。。65番札所三角寺
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2014/11/25 | 投稿者: れい子

11月16日お遍路の途中、松山城の近くにある秋山兄弟の生誕地に行きました。
数年前に訪れて、弟の真之さんの手を擦ると出世するとか。。。。で

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お礼方々、早朝の真之さん像を拝顔いたしました。

馬に乗っているのはお兄さんの好古氏。


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2014/11/18 | 投稿者: れい子

11月15日45番札所から53番札所

45番札所岩屋寺
車を降りて坂道を800メートル歩きます。

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人の顔??に見えます。
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今回、次の46番札所をうっかりとばして、47番札所へ
その道中、対向車を交わそうとして、左にハンドルを切って側溝に脱輪
JAFを呼ぼうとしたら、みんなであげるから呼ばなくていいといわれ
どこからともなくお遍路さんたちが集まり、あっという間に側溝から車
を引き上げてくれました。そしてそれが終わると何事もなかったようにみなさん
いなくなりました。あなたは運がいいね、八坂寺さんに助けてもらってこれだけで
すんだのよと言われました。左側が前輪、後輪落ちてたら・・・・・

ただただ感謝です。

参拝を済ませ、46番札所をとばしたことに気がつきました。
戻りなさいという意味だと主人と話しました。

翌日は54番札所から59番札所まで

55番札所南光坊、ここでも不思議なご縁に恵まれて
1つ目は、南光坊のご本尊様が四国霊場開創1200年を記念して開帳されていて
ご拝顔できたこと、そして16日で終了、最後の日にここに来れたこと。

2つ目は、納経帳の最後に氏名を記入する欄があるそうで、
初めてのお遍路なのでわからず、白紙のままにしていたら、
納経所の書き手の方に(この方たちをなんて呼ぶのか??)
最後のページに名前が書いてないと言われ、いつもは書かないけど、
これも何かのご縁やから、書いてあげましょうと言ってもらったと
主人がうれしそうに車に戻ってきて、最後のページを見せてくれた。
私は次の札所をナビに入力していて、折角の有難い場面に立ち会えなかった。
主人には「一期一会」私には「念ずれば花ひらく」と言葉を添えてくださった。

私もうれしくなって是非お礼をと納経所に向かった。
ドアを開けると「なんかわすれもん」と主人に書き手の方が話しかけていた。
「一言お礼を言いたくてきました」というと「わざわざ、そりゃそりゃ・・」と
私を手招きして、はがきを手渡してくれた。
はがきには
一期一会 喜びも悲しみも あなたと分かちあい 生きていきたい
と書かれていた。
夫婦の不仲を見透かされていたのか?????????
このようにこれから先の人生、2人で生きて行きなさいと言われているように感じた。
半分過ぎた頃からほんとのお遍路の意味がわかってきたような。。。。。まだまだ。。

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