帰国して2  

今の日本の政治にがっかりする。
それと同時に日本人のおとなしさと言うか、感情を表面に
出さない人種に感じてしまう。
 私は中南米、南米と約5年間仕事をした経験があるが
最初のドミニカ共和国ではバス代が2円(日本円で)
上がっただけで暴動が起こるのである。
その暴動も半端でない。
車を燃やしたり、道路を封鎖してタイヤを燃やし
そこを通る車に石や棒などが飛ぶのである。
最近行ったアルゼンチンでは、毎日の様にデモやピケがあった。
やはりタイヤなどを燃やし、道路を封鎖するのである。
毎日の事で市民の慣れっこになっている状態である。
 このようにラテン系の人達は感情を出す人種である事は
誰しもが分かっているが、人間として正直と私は思う。
その点を考えると日本人は、内に秘めていて
何を考えているのか分からない人種のように私は思う。
現在の日本の政治家を、中南米の人間が見たら
毎日のように暴動が起きているであろう。
私の若い頃は学生運動で日本人が騒いだ時期であり
そこには学生として、何かを考えていたと思う。
それが正論であるかないかは、別として
日本人として考えていた時期である。
だが、平和ボケした今は「君子危うきに近寄らず」
であり、それに付け込んだ政治家はやりたい放題
そして自滅(自民党)して行き、それに変わる党も
弱腰政治で表面を繕っている。
これでは日本は変わらないであろう。
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帰国して1  

アルゼンチンから帰国して3ヶ月が経った。
日本に帰って来て、最初の行動は温泉と日本食であった。
前回のドミニカ共和国から帰国した時に、最初に食べたものは
寿司でもなく、ラーメンでもなく、吉野家の牛丼であった。
今回は魚貝類が食べたくなり、それと温泉を考えて
帰国した次の日に函館に向かった。
函館は私の生まれ故郷であるが、ここ十数年帰っていない。
両親も亡くなっているし、小さい頃に函館から離れているので
自分には、あまり思い出がない所ではあるが、母の生まれた所であり
母がカトリックだったので、良く教会で遊んだ事や、雷が鳴って
母に僻みついて行った思い出などの2,3歳の頃の思い出が
今でも浮かんで来て自然に足が向いてしまう。
成人になってから、東京から函館に住んで、ボランティアで
車椅子の人達に、コンピュータを教えていた事があったが
それも一年で終わってしまった。
生活するための仕事が函館にはない為、生活が出来なくなって
札幌に出て行ったのである。
それから1,2度、函館に行ったが、年々街の変化を感じたが
今回は函館駅が変わってから、初めて行った。
今の函館は観光の街として生きて行くしか無くなって来た、私の小さい頃は
北洋漁業、函館ドックなどがあり、水産工場や船舶の修理などで賑わっていたと
聞くが、今は観光が主であり、観光客も台湾の人達や韓国の人達が多い。
特に大沼公園に行った時は、ここは中国かと思うくらい中国語が飛び交って
いたのには驚かされた。
地元の人に聞くと、ここ数年は日本人より台湾や韓国の人が多い時期が
あるとの事であった。
確かに函館駅前の広告も日本語以外に中国語と韓国語で書かれていた。
今の日本を訪れる観光客の縮図が、地方にも表れている感じがした。
私は幾度か大沼公園に行ったが、毎回、雨の日が多く、どうも相性が悪いので
私は大沼公園が好きになれませんでしたが、函館は見る所が多く、幾度見ても
新鮮味があるのはどうしてでしょう。
私の生まれ故郷だからなのかもしれませんが、本当に歴史を感じながら
歩ける街です。
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