2011/4/15

日蓮正宗 05  

世界についての彼らの末法観は、人びとが創造的なエネルギーを、戦争にではなく平和と相互尊重へと注ぎ込む、明るく美しい未来観である。

日蓮正宗創価学会によれば、一国あるいは人類全体の集合的な業(カルマ)は、数多くの個人の業を変えることによって、転換することができると考えている。
一人の人間の業を、悪い状態から素晴らしい状態へと変えることを「人間革命」と表現している。
日蓮の教えを布教し、これが他者によって受け入れられることが「広宣流布」であり、これは文字どおり「仏法を広く宣べ流布する」ことである。

日蓮正宗創価学会は、日蓮を末法の本仏と仰ぎ、人類を救う力をもつ「大御本尊」を信じ、流布することによって、人類を救済できると考えている。
したがって、人びとは幸福を確立するためには日蓮正宗に改宗し、「大御本尊」あるいは一般家庭の「御本尊」の前で読経し、題目を唱えなければならない。

もし十分な数の人びとがこれをおこなうならば、社会の悪い業は消え去り、末法の邪悪な世界は終結し、美しく平和な仏国を現出することができるとしている。

ところで、創価学会 仏壇っていくらぐらいするのでしょうか?
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2011/4/10

日蓮正宗 04  

この地獄界に住する人びとの粗暴な本性のために、人間はたがいに憎しみあい、各国は戦争を起こす。

人間の悲しむぺき状態の根本原因は、悪しき業(カルマ)にある。
よりよき人生への鍵は、自己の業を変えることにある。

よりよき業は、人をより高い「境界」へと導く。
本尊に題目を唱えるという完全に清浄無垢な業によって、人は仏界を顕現することができる。
慈愛に満ちた人は、知恵と他者への献身によって、よりすぐれた人間となるのである。

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人類は自らの悪しき業を転換することにより、罪を滅して仏界を得ることができる、と日蓮正宗創価学会は主張している。
人類全体が良い境涯を顕すときには、人びとはたがいに愛しあい、貧欲と暴力はすみやかに消え失せ、戦争は過去のものとなり、諸国民は平和に生きることになる。

しかし、今日の実情は、人類がその地獄界の本性をむきだしにして、核戦争へと向かう道を歩んでいる。
これは、この世界が地獄そのものになってしまうということである。
日蓮正宗創価学会は、自らの宗教を、人類をそうした地獄から守ることができる唯一の方法であるとして提示している。

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2011/4/5

日蓮正宗 03  

日蓮正宗では、「大御本尊」は本仏たる日蓮と宇宙の根源の法である「南無妙法蓮華経」を図顕したものであるという。
日蓮は一二八二年に入滅したものの、日蓮とその教義を具現化した大御本尊を通して、日蓮は常住しているとされている。
また「大御本尊」は宇宙全体、そして生の根本法則を象徴するものであり、したがって全存在の根本的な法である題目を表現するものとされている。
救済への唯一の道は、「大御本尊」あるいは一般家庭に安置されている「御本尊」を信じ、題目の七文字を唱え弘めることにあるという。

このように、人類が直面している終末論的問題にたいする日蓮正宗創価学会の解決策は、非常に明確である。
人間は死後に彼岸で救済や正覚を得るのではない。
そうではなく、人間は仏界をこの現世で顕現することができるのである、と。

天台の十界論によれば、あらゆる人間には十の生命の状態が常に存在しており、いかなる人間であれ、地獄界から仏界にまでいたる十種類の生命の状態の、いずれかの状態を顕している。

創価学会員ならば、創価学会 仏壇が必要ですね。

今日の世界に邪悪が存在するのは、地獄のような心に支配された人びとがいるからに他ならない。
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2011/3/30

日蓮正宗 02  

これは非常に簡単でありながら力があり、誰人も信心をもってこの簡単な題目(南無妙法蓮華経)を唱えるならば、今生のうちに仏界にいたるのである。

かくして、日蓮とその信徒だけが人類を救済へと導くことができる。
日蓮正宗では、その宗祖を「日蓮大聖人」と呼んでいる。

日本の日蓮正宗寺院の多くに共通の特徴は漫茶羅にあり、漫茶羅が礼拝の中心として崇められていることだ。
しかし、日蓮正宗と他の日蓮宗との、決定的な違いは、漫茶羅の地位にある(注27)。
日蓮正宗では、出世の本懐である漫奈羅は日蓮が=一七九年(弘安二年)十月十二日に顕したと主張する。

この漫茶羅は「本門戒壇の大御本尊」と呼ばれ、この大御本尊と同じ力用を発揮する「御本尊」が日蓮正宗寺院や信徒の家庭にも安置されている。
日蓮がこの世に現われた根本の目的は、この「大御本尊」を図顕することにあったといわれる。

他の日蓮宗では、日蓮が「御本仏」であるという概念と一二七九年の「大御本尊」に特別な意味が付与される考え方に異議を唱えている。
しかし、日蓮正宗と創価学会では、この「大御本尊」は静岡県・富士山の裾野にある日蓮正宗総本山大石寺の正本堂に安置されており、この「大御本尊」こそ、全人類救済のために日蓮が一二七九年に建立したものと主張している。

創価学会 仏壇を購入して、創価学会のために尽くそう。
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2011/3/23

日蓮正宗 01  

創価学会が信奉している日蓮正宗は、日蓮の教えを正しく継承している宗門である。
一般に日蓮宗各派は、日蓮自身に起源をたどることができ、今日の日本において日蓮仏教の各門流を構成している。

しかしながら、日蓮正宗の教説と末法観は、他の日蓮宗諸派のそれとは明確に異なっている。

ほとんどの日蓮宗では、釈迦牟尼仏を真り永遠の仏陀であると見なしているが、日蓮正宗は、日蓮こそが「末法の御本仏(真の仏)」であると主張している。
日蓮正宗では、釈迦牟尼仏はもっとも暗黒な末法の時代に出現して、人類を成仏と救済へと導く本仏のために道を照らす先覚者である、と主張
する。

日蓮は末法のときに生まれ、法華経の救済力を人類に教示したがゆえに、日蓮こそが本仏でなければならない。
釈迦牟尼仏が説く救済への道はたどりがたく、きわめて少数のものにしか理解できない。
しかし、日蓮は本尊(漫奈羅)に向かって題目を唱えるという、非常に簡単な信仰形式をあたえた。

そんなこんなで創価学会員の方々は、みんな創価学会 仏壇を持っているそうですね。
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2011/2/23

病院での死亡  

内科から外科病棟にうつされた患者が、何人かぬけだして相談にやってきた。
手術をうけるべきかどうか。
なかには化学療法がうまくいって菌がでなくなっているものもいた。
菌がでなくなっていたら、空洞がまだあっても、もうすこし化学療法をつづけて、どうなるか、みてもいいではないか。
化学療法で永久に菌がでなくなるかもしれない。
それがその時点のとうぜんの判断であった。
この意見に賛成してかえった患者が薬による治療をえらぶことは、療養所から退所することであった。
それから三十年ちかくたった今日、あらためてふりかえってみると、化学療法をえらんだ人たちのほうがよかった。
薬で空洞のあつい壁がなくなるはずはないといわれたが、空洞はとじないままでもなおることがわかった。
空洞があっても菌がいなくなれば、結核は再発しない。
薬でなおしたほうがいいのは、肺の健全な部分がのこっていて機能障害をおこさないことだった。
手術で肺をとった人のなかからは、たっしゃでいる人もあるが、機能障害をおこしてなくなった人がでてきた。
手術がまてないのは、外科勤務で俸給をもらっている医者だが、患者は故郷で化学療法をつづけられるのだから、まってもよかった。
現在では日本で結核はほとんどすがたをけしたが、途上国ではまだある。
しかし空洞を手術でなおす医者はいない。
どんな結核でも薬でなおすのがふつうになった。
あのころ療養所の患者が、すすめられた手術を自分の選択すべきこととかんがえたのは、患者同盟という全国組織をもって結核についての情報を交換できたからである。
病気について理解をもてば、患者も治療をえらぶことができるものだということをかれらはおしえてくれたのだった。
日本の医学の研究は、米国や英国にくらべてそれほどおくれているとはおもわない。
医者がやっている検査や治療も、それだけとりだしてみれば、ひけをとらないものもすくなくない。
しかし、患者が治療をうける病院という場でかんがえると、日本の医療は世界に類がないといわねばならない。
それは医者が患者を平等の市民としてとりあつかっていない。
法律のことがわからないものが、事件の解決の仕事を弁護士に代理してもらっているように、医者は患者の病気の治療の代理をたのまれている、おなじ市民であるという意識がない。
医学の知識には理解に高度の教育を必要とするものがある。
しかし日常に患者のもとめる治療は現在の日本のふつうの人間の理解をこえるものばかりとはいえない。
むずかしいことも患者に説明できるほどに医者は医学を理解していなければならない。
急を要するとか、患者の意識がうしなわれているときは、治療を説明することはできない。
しかし患者にちかいしかるべき人に、あとになってからでも、治療について知らせる義務はある。
治療は、患者が主体になって、自分につこうのいい医者をえらぶことではじまるのが原則だからである。
医者を養成するためにつくった教育病院は、万事医者のためにする施設だろう。
しかし教育病院でも一般の市民を診療し、保険制度によって支払われるのなら、昔の官費患者のように患者をあつかうことはゆるされない。
患者の基本的人権はどこまでも尊重されなければならない。
患者は病気の治療を一時、医者にたのんだとしても、生活の全部を医者にあずけたのではない。
患者の生活の制限は、もしおこなうとしたら、患者の同意のうえでゆるされることである。
創価学会 仏壇は用意するのに時間が掛かり、かつ割と高額であるからだ。
手術にはこういった最悪のケースも想定し、望まなければならない。
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タグ: 創価学会 仏壇 永眠



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